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「はあ? 何をおっしゃっているのですか? 当家が花小路の宗家、元伯爵の爵位を賜った旧華族の花小路家です……もしや、あなた方は旦那様の御落胤だなんだという詐欺や騙りの類ですか!? でしたら警察を呼びますよ! 誰か~! 誰か警察に電話を~!」
だが、先生のその説明も虚しく、執事は声を荒げると屋敷の中に顔を向けて大声で叫び出す。
思いの外に何だか怪しい雲行きになってきた……。
どうもよくわからないのだが、やはりこちらの藤巻執事には話が通っていないらしい……もしかして、先生に仕事を依頼した方の花小路家とこちらの花小路家は仲悪いとか? よくある話だけど。どちらが本家筋かとかで昔っから揉めてるとか……。
ともかくも、話が通っていないとなると、確かに突然、アポもなく訪れた探偵とその助手なんていうのは見るからに怪しい存在である。
しかも、世間じゃ名の知れた日本有数の資産家である当主が亡くなった直後のことだし、それでなくとも来訪者に対して警戒心が増していて当然であろう。
そこへタイミングよくもやって来た探偵を名乗る怪しい二人組だなんて……このままでは僕ら二人、大富豪の家を狙った強請り集りの輩として警察に突き出されてしまいそうな勢いだ。
「うーん…なにやら話に齟齬がありますねえ……」
「あ! いやその! 僕たち別に怪しい者じゃ…」
このあまりよろしくはない状況に、相変わらず暢気な先生に成り代わって僕が俄かに慌て出したその時。
「僕が頼んだんですよ」
執事の体越しに、屋敷の中から突然、そんな声が聞こえてきた。
「あ、これは柾樹様!」
藤巻執事は後を振り返ると、思わぬ様子で驚きの声を上げる。
燕尾服の隙間からそちらを覗うと、そこにいたのは一人の若い男性だった。白シャツに黒いスラックスを履いた、20代そこそこの顔立ちの良い好青年である。
「この方達は僕が依頼して来ていただいた名探偵の秋津影郎先生とその助手の御林さんです。ほら、例の事件のことで……」
「ああ……左様でしたか。それはどうも失礼をいたしました」
その若い人物の言に、執事はわずかに逡巡した後、ようやくにして納得してくれたようである。
「ホッ……」
警察に突き出されずにすんで、僕は文字通りホッと胸を撫で下ろす。無論、となりの先生の方はそもそも動じてすらないの、端から安心も何もないのだが……。
いや、そんな先生の反応よりも、今、〝事件〟という単語を耳にした瞬間、執事がどこか奇妙な顔色を浮かべたのがどうにも気になって仕方ない。
「どうも初めまして。当家の主人の息子で、桂木…あ、いや、花小路柾樹と申します」
続けてその男性は、若者らしい溌剌とした声で僕らにそう挨拶をした……なんて、高校生の僕が言うのもなんなんだが、それほどに若々しい爽やかな印象を与える人物なのである。
でも、姓を名乗る時、言い間違えて後から〝花小路〟と訂正していたのはなんだったんだろ? それに、さっき彼が依頼主のようなことを言ったような気もするが、依頼主は昨日会ったあの老人ではないのか?
先生もそこら辺のことが気になったらしく、わずかではあるが目を細めた。
「あのう、話がどうにも見えてこないんですけどぉ……僕達はもっと年配の花小路さんに依頼されて、ここまで連れてこられたんですが、本当の依頼主はあなたなんですか? それから、ある事件を解決してほしいということだけで、詳しい話もまだまったく……そのある事件というのはどういう……」
「まあ、そうお急ぎにならずに。こんな所で立ち話もなんですから、まずはお部屋にご案内いたします。詳しいことはそれからにいたしましょう」
どこか齟齬のあるこちらの認識と向こうの側の言に思わず僕が質問をぶつけると、花小路柾樹と名乗るその青年は手を前に差し伸べてその口を遮る。
「藤巻さん、先生達をお部屋に御案内してください。それから、例の部屋までお連れしてくださいますか? 僕は鍵をとってきますから」
「かしこまりました。では、秋津様、御林様、どうぞこちらへ」
「はあ……」
なんだかよく訳のわからぬまま、豪壮なその邸宅内に足を踏み入れた僕と先生は、先を歩く執事に導かれるままに、邸内にいくつかあると思われるゲストルームの一つへと辿り着いた。
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