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その部屋は建物一階の北側にあるが、玄関からそこへ行くまでに見た邸内の様子もこれまた豪華絢爛たるもので、映画やドラマの舞踏会シーンで見るような大ホールがあったり、天井からはキラキラと光るシャンデリアが下がっていたり、廊下のあちこちには高そうな壺やら青銅製の偉そうな胸像やらが置かれていたりと、まさにお金持ちの豪邸の典型といった感じの内装である。
それに、なんだかレトロというか近代っぽいというか、まるで戦前にタイムスリップしたかのような、現代風ではない古めかしい印象をこのお屋敷からは受ける。そこら辺が、やはり元華族さまの邸宅といったところなのかもしれない……。
「では、ご用意ができましたら、今度はこちらへおこしください」
そう感じさせる一因であろう、同様に一般庶民の感覚を逸脱した瀟洒なゲストルームで僕らが旅装を解くと、すぐに執事は次の部屋へと誘う。
「あ、はい」
その部屋の優雅な雰囲気を味わう間もなく、異邦人の顔をした僕らも後に着いて部屋を出る……すると執事は、さっき通った屋敷の中欧に位置する大ホールへと向い、そのホール正面に設けられた赤いカーペット敷きの大きな階段から二階の方へと上って行く。
ゲストルームを出てすぐの廊下の両端にも階段が見えたが、それよりもこちらを使った方が近いのだろうか?
いずれにしろ、どうやら目的の部屋は二階にあるらしい……。
先程、柾樹とかいうあの青年は〝例の部屋〟とかなんとか意味深なことを言っていた。〝例の〟とは、いったいどういう意味なのだろうか?
「あのう、藤巻さん。ご家族か御親類にも、花小路家の執事をしている方がいらっしゃいます?」
僕がそんなことに思いを巡らしていると、不意に先生が執事にそう質問を投げかけた。
僕もそう感じたが、どうやら、あのもっと高齢の藤巻さんとこの藤巻さんが、どこか似ていることをずっと気にしていたようだ。
「は? ……いいえ。そのような者はおりませんが。というよりも、私の親戚は前の大戦中に死に絶えておりますし、家族も父と母はすでになく、後はこの山の麓に暮らす妻と五つになる息子がいるばかりでございます。それがいったい何か?」
「ああ、いえいえ。すみません。どうやらこちらの勘違いだったようです。他人の空似というやつですかねえ……」
執事に怪訝な顔で見つめられ、先生は気恥ずかしそうに首を横に振って苦笑いを浮かべた。
そっか。あの藤巻さんとは赤の他人なんだ………ん? でも、なんかおかしいな。別に親族でなくとも、同じ花小路一族の家に同姓の藤巻という名の執事がいれば知っててもよさそうなものだと思うんだが……今の反応からして、彼はまったく知らないみたいだった。
やはり、どうにもさっきから、僕らと彼らとの間には何かの齟齬があるような気がする……。
コンコン…!
「柾樹様、藤巻でございます。秋津先生方をお連れいたしました」
突然、耳に軽快なノックの音が響く。僕がそんなぼんやりとした疑念を抱いているうちに、その〝例の部屋〟とやらに到着していたみたいである。
「どうぞ。入ってください」
そこは二階西側の廊下に面して横一列に四つ連なったドアの内の、奥から二番目のドアの前だった。その部屋の中からは先程の柾樹という若者の声が聞こえてくる。
「失礼いたします」
その声を聞いて、藤巻執事がドアを開ける。覗き見ると僕らが通されたゲストルームと同じくらいの広さの、やはり瀟洒な作りの部屋だ。
しかし、ゲストルームとは違い、あまり調度類がなく殺風景な印象を受ける。あるのは古びたベッドと鏡台。それから人が入れるほどの大きなクローゼットが一つぐらいである。おまけにこの部屋の中の空気は、少し埃っぽいようにも感じられる。
「さ、どうぞ入ってください」
柾樹青年の言葉に、先生と僕も室内へと足を踏み入れる。
「では、私はこれで失礼いたします」
それを見届けると執事は断りを入れ、静かにドアを閉めて部屋を後にする。
部屋に唯一ある外に面した窓も閉められており、閉め切られた埃っぽい部屋の中には先生と僕、そして柾樹という青年の三人だけが残された。
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