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西のメリーはんと東のメリーはん
ここは猫又探偵社の事務所。責任者が座るはずの回転椅子に虎吉はいない。テレビの前でいつもならデデンと横になっておやつの黒豆せんべいをバリバリ食べながら、あーだこーだ言ってるニャンゴローもめずらしく姿が見えなかった。
「もしもしー! うちや! うちうちー! メリーやけど~♪」
事務所の中には、豹柄にデコられたガラケーで大きな声で誰かに電話をしているメリーはんだけがいるようだった。
「ちょっとー! まだ話し終わってないって! あ、もうー! また、切られたぁー。やっと繋がったのに~!」
昔の黒電話と違って。最近の携帯電話やスマホって代物は、知らない相手や通話したくない相手に対して着信拒否設定をすることが出来るので、メリーはんの妖怪としての立場がとても危ういものとなっていた。
「あかんわー! 最近。全然電話がつながらん。ストレスたまるわー。固定電話でも、ほとんどが留守番電話やからなー」
メリーはんが、ブツブツとぼやいてると、その手に持っているガラケーの着信音が鳴っていた。
「はいはい。もしもしー! メリーやけど?」
「もしもし~? メリーはん? 私。メリーよ♪」
「誰って!? メリー? あっ! 東のか? はいはい。ひさしぶりやんかぁー! 元気やったか?」
「今ね~。西の街に遊びに来てるの~♪ もうすぐね~♪ そこまで行くわよ~。フフフ」
どうやら、電話の相手は『東のメリーさん』のようで、この西の街へ観光にきているようだった。
「ちょっとー! なんや。言いたいこと言うたら切ってしもた。ほんま、東の妖怪は礼儀っちゅうもんがなってないな!」
いやいや…。メリーはんも負けてないと思うのですが。ここで突っ込むと倍ほど言葉が返って来そうなのでやめておきます。メリーはんが本気で怒ると怖いんでね。
*************
《コンコンコン!》
電話を切って5分と経たないうちに。事務所のドアをノックする音が聞こえてきた。
「どちらさーん? 今、虎吉さんも、ニャンゴローちゃんもおらんから、また今度出直してもらえるやろか?」
「フフフ♪ 開けてよ。私。メリーよ! メリーはんに会いに来たのよ♪」
「あら? もう来たん? さすが同じメリー言うだけあるわな。はいはい。開けるでー!」
メリーはんがドアを開けると。目の前には、これから『メイドカフェ』にでもご出勤ですか? と突っ込みを入れたくなるようなフリフリのゴスロリスタイルの若作りをしているメリーさんと一緒に観光に来た『貞子ちゃん』が立っていた。
「お久しぶり~♪ メリーはん♪ ウフフフ」
「ちょっとー! なんやの? その格好! フリフリやん!」
「良いじゃない♪ メリーはんも、十分個性的じゃない? その豹柄とゼブラ柄~。フフフフ。スッカリ西の街のおばちゃんよね~」
2人とも顔は笑ってるけど、目は笑っていなかった。確かこの2人の妖怪『西のメリーはん』と『東のメリーさん』は、犬猿の仲だったはず。
「どういう風のふきまわしなんや? こんなとこまで来るなんて?」
「風のうわさで聞いちゃったのよ♪ 西のメリーはんも、そろそろ引退じゃないか? ってね。うふっ♪」
「なんやて? 誰がそんなことをふれまわっとるんや!! うちは、まだまだ引退なんかせえへんで!」
目と目で火花を散らしながら、事務所の入り口で2人がにらみあってると、何か良くわからん鼻歌を歌いながらニャンゴローが外出先から帰って来た。
「あれ? メリーはん? お客さんですか? こんなところじゃなんですから、中へどうぞ、どうぞ!」
「ちょっと! ゴローちゃん!? こんなん中へ入れんでええんや! もう、すぐにお帰りになりはるからな!」
「おおーこわぁ~♪ じゃ、噛みつかれないうちに私は退散しまーす。お邪魔しましたぁ~! フフフ」
メリーはんが青筋を立てて怒っている間に、東のメリーさんは、クスクスと笑いながら足取り軽くその場を去っていった。多分、最近不調のメリーはんのうわさをどこかから聞きつけて、わざわざ東の街から観光がてらメリーはんのことをからかいに来たのであろう。
「ゴローちゃん! 塩や! 塩かして!」
「塩? ですか? はいはい。わかりましたにゃ」
メリーはんはニャンゴローに塩を手渡されると、事務所の前に思いっきり塩をぶち撒いていた。
「あー! スッキリしたわー! 二度とあんなんの顔みたないからな!」
「あんなんって……。同じ妖怪さんやないですか?」
「あかんねん。西と東じゃーな! 昔から水と油やねん」
メリーはんは、そうニャンゴローにブチブチと愚痴りながらガラケーをポケットから出してGuchitter(グチッター)へメリーさんの悪口を書き込んでいた。
その翌日。猫又探偵社には、メンバー全員がそろいもそろって集まって。朝からすごく暇そうだった。ところが、スマホでインターネットのニパニパ動画を見ていたニャンゴローが、何かに驚いた様子で突然、大声で叫んでいた。
「ちょっと! これ、これ! 昨日のメリーさんでしょ?」
「何やの? どうしたん? ゴローちゃん。メリーさんがどうしたん?」
「ニパニパ動画で人間に宣戦布告してはりますよ!」
「えええええーーーーー!? なんやてーーーー!!」
ニャンゴローが見ていたニパニパ動画に昨日の東のメリーさんが生放送で、西の街の人間に向けて宣戦布告動画を配信していた。
「何やて? 東のメリーさん? それがどないしたんや?」
「あ。虎吉さん! 何かね。電話が携帯やスマホになってからつながりにくいからって、この方、インターネットの動画配信とかSNSを利用して人間に宣戦布告してるみたいです」
「この西の街でか? 勇気あるなぁー。そんなことしたら、えらい目にあうだけやのになぁー」
この西の街というところは、治外法権みたいな所が少しある街で。特に東や北から来る方々は初めての場合開いた口がふさがらんといった状況に陥りやすいのである。
たとえそれが、都市伝説の恐ろしい妖怪であっても変わりはない。きっと、半日もすれば結果は出るので虎吉もニャンゴローもメリーはんも、ジャッジの瞬間をのんびりと待つことにして『招き猫家』でお茶の時間にすることにした。
****************
そして、その頃の東のメリーさんはというと。
人間を怖がらせようと、貞子ちゃんと一緒に動画の閲覧者の元へ向かっている最中だった。
「ウフフフ♪ 私。メリーよ! 今、あなたのマンションの下にいるの~~~」
「ちょっとー! 勝手にそんなこと言うて家に来られても困るんやけど~!? 今日は町内会の婦人会の集まりがあるし、私はこれからすぐに出かけるんやで!」
「え!? あの、ちょっと!?」
人間に怖がられるどころか、迷惑がられて相手にしてもらえない東のメリーさんは、ビデオチャットで話してる相手に一方的に通信を切られて唖然としていた。その横では、自信満々の『貞子ちゃん』が任しとけという顔でメリーさんを残して、スッとその場から消えてしまった。どうやら、その人間の部屋へ行ってしまったようだ。
その頃、この部屋の住人は外出前の長い化粧を鏡の前で念入りに行っていた。テレビではお昼のワイドショーがやっていて、なんちゃらいう家具屋のお家騒動の様子を赤裸々にコメンテーターと司会者が語っている。そして、化粧をやっとこさ済ませた部屋の住人が振り返って、テレビの画面を見たらザーザーと画面には砂嵐が映し出されていた。
「あれ? おかしいな? テレビ調子悪いんかなぁー」
《キ―――――!! キ―――――!!》
何かを擦るような嫌な音まで聞こえて来たので、部屋の住人がテレビのコンセントを用心のために抜いた。その瞬間に画面には古い井戸が映し出されて、皆様ご存知のBGMと共にその中から何かが這い出して来ているのが見えた。見えたのだけど……。
「あかん、あかん! 約束の時間に遅れてまうわ! 会長の伊藤さん、5分でも遅れたらうるさいからなぁー。早よ行こ! こんなん。帰ってから旦那にやらせたらええしな!」
東の街でこれをやれば、誰もが恐怖に声を上げて腰を抜かしてしまうのに、ここでは町内会の伊藤さんの方に分があったようで……。『貞子ちゃん』はそのままその場に放置されてしまった。
***************
《コンコンコン!!》
その日の夕方、猫又探偵社のドアを誰かがノックしていた。
「はいはい。どちらさんですかぁー?」
ニャンゴローが元気良くドアを開けると、そこには疲れて項垂れてしまっている、『東のメリーさん』と『貞子ちゃん』が立っていた。
「どないしたんですか? 何か一気に老けたんちゃいます?」
「もう~……この街怖い……。人間……怖い。うううう」
「あー! もうー! 泣くことないやろ!? リサーチ不足や! 気にすることないって! ほらほら、中に入り!」
「うううう。メリーはん~! ありがとう~。昨日は、ごめんなさい」
今日一日でスッカリ妖怪としての自信を無くしてしまった2人は、優しいメリーはんの言葉に涙して抱きついていた。
「もう~! しゃーないなー! 虎吉さん。この子ら招き猫家で珈琲飲ませたってもええかな?」
「ええんちゃう? ち~ち爺も笑って許してくれるわ」
泣き崩れている2人の東の妖怪を連れて、メリーはんは『招き猫家』で美味しい珈琲をご馳走してやって、翌日2人を東の街へ帰らせたそうです。
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