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その足で僕は書店へと向かった。濡れてシワシワの漫画を返却する訳にはいかないから、弁償しようと思ったのだ。慣れない漫画コーナーを必死に探し回り、やっと見付けた同じ漫画を買い、直樹君の家へ向かう。ごめん、直樹君。そう思いながら、リュックから出した濡らした漫画と買いたての漫画をポストに入れ、その場を立ち去った。遠くからかすかに僕を探すお母さんの声が聞こえた。返事なんかするもんか!僕は声から逃げる為に、遠くに向かう事にした。みつかりたくない一心で、足の向くまま走り続けた。見慣れた景色から徐々に知らない景色に変わっていった。気付いたら全く知らない公園に居た。疲れた僕は自動販売機でお茶を買い、ベンチに座った。そしてカラカラの喉にお茶を流し込んで、そのまま眠りについた。
バサッ。何かが僕にかけられた音で目を覚ますと、知らないオジサンと目が合った。
「よう、坊主。お前何俺のベッドで寝てるんだこの野郎。仕方ないから毛布も貸してやるよ」
オジサンはそう言うと、地べたにあぐらをかき、口に割り箸をくわえてケーキとスーパーのお総菜を並べ始めた。驚いた僕の様子を見ながら、オジサンはなおも続ける。
「なんだ?飯はやらんぞ。今日はワシの誕生日。1年に1度の贅沢飯の日なんだ。この日の為に、あちこちから小銭を拾い集めてるんだからな」
「誕生日なんですか。おめでとうございます」
「ワシはもう歳はいらんのだがな…」
1ピースだけのケーキにロウソクを立て、火を付けながらオジサンは答える。ロウソクの光がオジサンが買ってきたご馳走を照らしている。僕もお腹がすいてきた。起き上がり、リュックから菓子パンを取り出すと、オジサンは僕を見詰めた。
「食べますか?」
「いや、いい。坊主は家出か?家出なら出来るだけ早く家に帰る事だな。ワシの様になるには早すぎる」
オジサンはコロッケを箸で割りながら僕に問い掛ける。僕はパンをかじりながら、そうですが帰りませんと答えた。ずっと良い子で居た。成績は上位を保って、家の手伝いもこなした。同級生の男子みたいに、悪戯をして人を困らせた事もなかった。修は手がかからない良い子で助かるわと、お母さんによく言われていた。なのに、たった1度失敗しただけで、友達を馬鹿にして僕を産んだ事を後悔する。そんな親と一緒に居たくない。ずっと、暗闇の中を懐中電灯の光だけで歩いてきた様な人生だった。お母さんの期待がかかればかかる程、僕の闇は更に濃くなる。逃げ出して、内心ホッとしているのに戻る気はない。
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