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「最悪………。」
次期藩主候補にして鷹智家嫡男である政暁は、呻きながら目を覚ました。またあの夢か。腕の傷がずきずきと痛み、顔を苦痛でしかめた。時雨と肌を重ねるようになってからは、殆どあの時の夢を見ることなどなかったのに。久しぶりの悪夢のせいか、鼓動は早鐘を打ち、身体はびっしょりと冷や汗をかいている。政暁が不機嫌そうに頭を掻くと、横から青年の声がした。
「若様、まだ夜も明けておりませぬ。如何なされたのですか?」
凛とした心地のよい声。横目で声の主を見ると、声の主である青年は心配そうな顔をしていた。彼は政暁の懐刀にして、藩の退魔集団『鬼祓い』の頭領の嫡男である紅原時雨である。女と見紛うような美しい顔。後頭部で纏めた、烏の濡羽色の艶やかな長い髪。そして紅玉の瞳。政暁は懐刀である時雨の姿を視界に入れると、心が落ち着いていくのを感じた。
「久々に悪夢を見た。」
黙っていては余計心配させるだけだろう。少しだけ話してみることにした。
「悪夢ですか?」
「ああ。江戸にいた頃の嫌な夢。………っ!」
腕の傷がいっそう痛みを増し、思わず押さえつける。
「念のため、腕の傷を見せてください。」
ここまで痛むのは数ヶ月ぶりであろうか。上半身をはだけて腕を見せる。
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