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女王の孤独――森きいこ チームG
見ろよ。あれが女王だ。見えるか、特殊な樹脂で閉じ込められている。それだけ脅威なんだ。女王の正体……? さぁ、ただ、彼女を学者は女王と呼んだ。巨大な隕石としてた併用に飛来して、甚大な被害をもたらした。
君は飛来後の生まれだよな。
俺は飛来前の人間で、科学者だ。あの隕石が落ちてきた日を覚えている。とても大きな彗星が、空を横切って行った。すぐ後に衝撃波で吹っ飛ばされたけどね。東京でさえそうだったっていうんだから、墜落地点が海だったことは、もしかしたら幸いかもしれない。それでも、多くの津波でほとんどのの人は流された。
それが、女王にとっては大切なことだったんだ。
どういうことか……そうだ、お前は菌というと何を想像する?
はは、ウイルスか。まぁ、そうだな、病原菌ともいうもんな。俺は真っ先に森をイメージする。外生菌根って知っているか? 樹木とキノコの菌から成り立つ森のネットワークだ。森じゅうに張り巡らせて、その森の中の栄養をやりとりする。例えば西の方にリンが足りない、なら過剰な北からもらおう、そういうやりとりを、菌がネットワークで交信するんだ。
野外訓練でこれを教わった時、感動したよ。自然は長い時間の中で、そんな力を蓄えていたのかって。
俺は菌と言うと外生菌根を想像する。
あとか冬虫夏草だな。あれはまぁ、宿主を殺してしまうんだが。
女王は隕石の内側で波に乗って人間が来ることを待っていた。そして、その人々を種子と変えた。繁殖が望みだったんだ。波が帰ってくると体験的に理解していたんだろう。
でも、うまくいかなかった。人間と女王の種族は別物だ。それでも女王は諦めず、隕石の中をその強力な体液で溶解させ作り替えた。種子の部屋をそれぞれ作り、一つひとつ押し込めた。
そして、芽吹くのを待った。
俺たちが隕石の中へ降下して、突入した時、その構造に驚かされた。天井はくりぬかれ、燦燦と光が降り注ぎ、八角形の部屋が規則正しく並ぶ。
驚く俺の前に、女王はひとり座り込んでいた。
随分と痩せた、小さな女だなと思ったよ。隕石は、そうだな……分かりやすくいうなら、東京タワーと同じくらいの高さがあるんだ。そのサイズの隕石の中を作り替え、種子を集める。
女王は人を食べなかったのかって? 随分面白いことを聞くな。女王は人間をあくまでも種子……そうだな、自分の子供のように感じていたんだと思う。俺という闖入者に気付いても、彼女はよろよろとそれぞれの部屋を守等としていた。
死んでしまうと感じた。女王の巣作りは失敗していた。でも、女王はそれを理解出来ないんだ。
俺は女王に話しかけたけれど、女王と意思の疎通はできなかった。でも、女王は俺を殺そうとはしなかった。
彼女は一度たりとも直接的な危害を加えたことはない。ただ飛来で多くの人命が奪われた。だからこそ、彼女を排除する必要があった。
俺はその作戦に参加したんだ。女王を生け捕りにしろ、という命令だったが、「殺せ」という意味を持っている気がした。なによりも世界は隕石に怯えていた。行方不明の人は恐らくすべてあの隕石に集められていた。愛しい家族を取り戻したい。
ただ、日本の領海にあるうちなら、他国の干渉を受けずに研究が出来る。国の上層部があれだけ迅速に動いたのはそのためだ。種子という研究結果も、女王が意思疎通出来ない存在だということも、独占して研究した成果だ。
そして、作戦は決行された。はじめは衛星から監視をし、安定している状態だと判断した。それから、中の構造をレーダー探知し、熱反応があるものがひとつだけ存在すること、隕石の内部が蜂の巣のようになっていることを突き止めた。
女王が部屋のひとつに手をかけた時、俺は構えていた銃の引き金を引いた。
え? ためらいはなかったかって? 正直恐ろしくて反射的に引いたんだ。冷静じゃなかった。
女王の血は赤くはなかった。ガラスが割れるような音がした。
肉限では人間の姿をしているけれど、女王は異質なものだ。他人から見れば違う姿に見える。その人間の想起する人間の女性にカモフラージュしているらしい。その原理はまだまだ解明されていない。
――俺には、黒髪の女性に見える。お前は?
あのあと、隕石を科学的に分析し、種子となった遺体も速やかに家族の元へ返った。俺たちは遺体を運び出しながら、キツネにつままれたような気持ちになったさ。津波で運ばれたというのに、損傷がほとんどない。その理由が女王の口から排出された体液に由来していると知って、遺族の反応はあんまりよくなかった。
女王はやっぱり宇宙から来た。
家族は繁殖に使われるはずだった。
そう知って喜ぶはずがない。ただ、もう恨むらくは女王がいない。
いや……俺が撃ったからじゃない、それは致命傷にはならかった。餓死だそうだよ。
繁殖が出来ずに、餓死したんだ。
巣を見に行ったのか、物好きだな。まぁ、観光地になったんだよな。津波の被害がなかった国や、お前たちみたいな飛来後の生まれは、見に行くみたいだな。
どうだった?
俺たちには想像のできないことばかりだ。あんな形の巣をつくるだけして、死んで行くなんてな。
あの巣は爆破しようとして、いくつもの手段を使ったが傷ひとつつかなかった。
俺は振り向いた女王の澄んだ目が忘れられないんだ。だから、定期的にこの標本を見に来る。永遠に晒し者にされる、餓死した女王。写真で見ると、人間にはとても見えないのに、直に見ると女に見える。
恋……? さぁ、どうだろうな。考えたこともない。随分とロマンチストなんだな。
俺は分からない。ただ、忘れられない。作り上げられた巣と共に、引き離されるまでそこにいた。
別に、女王の繁殖に賛成だったわけじゃない。世界にはいるみたいだけどな。まだ陰謀論を唱える奴らには、女王は実は生きてて侵攻するために潜伏しているって信じている。
透明だった。あの目は空っぽだった。
もしも、あの巣いっぱいの子供たちが生まれても、女王は地球を攻めることはなかったんじゃないか。また同じようにどこかに飛び立って、同じように過ごしたんじゃないか。
こんな考え誰にも言ったことはないさ。
なんでだろうな。
お前は俺の目に映る女王にどこか似ているんだ。
――嬉しくない? はは、そうだなぁ……。分からない。俺にとってあの事件は、ずっと謎なんだ。これからも、この謎と女王のことを忘れられないと思う。
また、基地に来たら会いに来るさ。
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