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二択じゃねえぞタコ野郎――嶋幸夫 チームA
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請け負うべきじゃなかった。いつもそうだ、俺はなんとなくの判断で失敗してしまう。
二つ返事病──俺はいつも自分の「役割」に貪欲だ。頼みを多く引き受けて、容易にキャパシティをオーバーする。
そして今がその最たる瞬間だ。長年ほうっておいた悪癖が、俺のライター人生を脅かさんとしている。
俺は二択を迫られている。
真を選べば、俺は市場価値を失ってしまうだろう。
嘘を選べば、俺は……。
こういうとき、賢いやつは抜け道を考えるだろう。だが俺はそれほど頭は冴えていないし、苦しまぎれに飲むエナジードリンクはさっぱり効き目がない。
どうしてそんな状況に追い詰められてるのかって? まずは、ここに至る経緯からだ。
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俺はライターだ。ブロガーといってもいい。自称とかへっぽことかの呼び名がその前についてもいいが、とにかくも世の中のちょっとした楽しみを大げさに取り上げるのが好きだ。喋り下手だからYouTuberにはなれず、ゲーム実況はノリで始めてみたのはいいが、動画がボロクソな評価だったから諦めた。
はじめはこの仕事も消去法に思えたが、続けていくうちに「陽気な内向型」の俺にはそこそこ向いているってことがわかってきた。
今回も俺は、ほんのちょっとした好奇心で案件を請け負った。その名も「フリーランス自己管理チャレンジ」というもの。サービスが使い物になりそうかを実際にテストする「実証試験」の手伝いをすることになっている。
ルールは3つ。
1、 依頼を1つこなす間、デスクトップ画面とWebカメラで始終監視する
2、実況と解説がつき、俺の執筆作業を中継する(後にダイジェスト動画として公開す)
3、フリーランス専門のコンサルタントがさまざまな角度から分析し、業務改善に役立てる
なにか効果がありそうかと言われれば微妙な試みだが、このチャレンジをレポート記事にまとめあげることが、俺の請け合った案件だ。
俺の見立てでは、半分ネタだと思っている。そうでもなければ、そもそも俺には仕事が回ってこないだろう。しかし、フリーランス仲介のIT企業がバックについているらしいから変な話だ。
今回クライアントから依頼されているのはノベルゲームのレビューが5本。序盤を要約し、見どころを規定文字数でまとめるという仕事だ。「いつもの取引先といつもの仕事をする」ことで、自己管理チャレンジの企画者側と話がついている。もちろん実況者側も把握していることだ。
「さあ始まりました、フリーランス自己管理チャレンジスタートです! 実況はわたくしこはだがお届けいたしまーす!」「認可後初めての実証試験です。一体どのように転ぶのでしょう」
スポーツ実況ではなく、まさにゲーム実況のノリだ。それもそのはずで「こはだ」なる実況者は、ライターをしながら趣味で動画投稿をしてバズった結果この役目を担っている。高めの声を作っているが、年の頃は30に迫る。
一時期はほんとうにくだらない縛りのある動画ばかり上げていたのだが、ここ数年でいきなりアイドル化して人気をつけてきやがった。付き合いが長いだけに何とも複雑な心境だが、今回の依頼はそのコネがあってのものだ。
解説はどこのどいつなのかは知らないけれど、間違いなくクライアント側の人間だろう。インテリジェントなおっさんじみた口ぶりから、こいつがフリーランス専門コンサルティングなのだろう。
「さてと、今回はほんとうにイチから始めるんですもんね。というわけで、まずはPCを点けるところから。最近のノートパソコンはほんと起動がはやいねー」
顔認証を使ってさっとログインすると、まっさらなデスクトップがあらわになる。「録画されるから、必要なもの以外は分けておけよ」と言われたから、実況専用のユーザーアカウントをPC上に作ったのだ。
「あれ、どうやら買ったばっかりみたいですね?」「配信のために環境をリセットしたんじゃないでしょうか。用意周到ですね」
俺はテキストエディターを立ち上げて、まっさらな画面に「人様のデスクトップを詮索するな」と書き込んだ。
「あっはーなにかを返してきた!! 人様のデスクトップをのぞくなって!」「こはださん、彼をちゃんと作業に集中させてください」
「こちらには執筆スピードからタイプミスまでお見通しですからね!」「そうなんです。実況者側には、キーボードの入力内容がリアルタイムで伝わるようにしています」
明らかに視聴者への説明だとわかるやりとりに、末恐ろしさを感じる。
つまりは、PCをハッキングするいい機会ってわけか。
ふつうは実況されながら(というか茶々を入れられながら)書くのは、とてつもなく集中力を欠く行為だ。しかしながら見えっ張りに追い立てられた脳が、アドレナリンだかエピネフリンだかを撒き散らしてくれるおかげで、どうにか作業に手をつけられそうではある。
さっそく1本目から取り掛かろうか。俺の作業スタイルを紹介しよう。
動画編集ソフトで、個人的には盛り上がりだと思うシーンを切り取り、ずっとループさせる。そうすることで、ノベルゲーム特有なページ送りの手間を省く。そして、そのシーンについてひたすら打ち出すのだ。思いの丈を書けるだけ書いたら、ノートを取り出すと次は紙の出番。
「ヘえー紙にいちど考えを吐き出すんですね! 私は最初から最後まで同じファイルに書いちゃうけれどなあ」「いやー、いろいろなフリーランスを見てきましたが、進め方はほんとうに人によって違いますよね」
Webカメラの角度を変えて、手元が見えるようにしてみる。なるべく検索ワードにひっかかりそうな単語を書き出して、グルーピングしたり線でつなげたりして、なんとなーくまとめていくのだ。
これが意外と侮れず、だんだんと要点が絞られていく。ぐだぐだとPC上で編集しているよりもずっと早いことがある。そうして出た要素と要素をカタコトみたいにテキストに書き出して、後は上手いようにつなぎ合わせれば記事になる。
作品に大した思い入れはないが、むしろハマった作品だとやりづらい。かといってまったく興味がなければそれは苦痛でしかない。ちょっと気になるぐらいがちょうどいいのだ。
「おーおーおー、これはコピペじゃないのかなー、大丈夫でしょうか? オフレコにしますか?」「あまり煽らないであげてください。ここからリライトするんですよ。必要なもの以外を削ぎ落して、マッシュポテトみたいに原形をとどめないぐらい粉々にするんです」
Ctrl+CとCtrl+Vのキーを押しただけでコピペ記事扱いにするのやめろ。操作上では間違っていないけれども。
「ふんふん、確かに、並べ替えて、言葉を付け足して。あれあれ全部消しちゃった!?」「また最初から書き直してますね。今の一連の作業は脳へのインプットということでしょうか」
違う、良くなかったから消しただけだ。
そんなこんなで茶々を入れられながら、ときどきカメラにサムズダウンしながら執筆を進めていく。
「はーいここでまたドリンクバーにイン! カップを持っていったから、多分そうですよね」「カメラからだと見えませんが、そうとう良い場所を確保したみたいですね。あ、やっぱり席に戻ってくるのも早いですね」
ドリンクバーで新しくガソリンを補給している間にも、ワイヤレスイヤホンで実況を拾う。
「フリーランスの方はやっぱりカフェやファミレスが職場なんですか? 私はずっと家なんですよー」「最近はコワーキングスペースといった、定額で使える作業空間も充実しているんですよ」
まさか完成までずっとこの調子で喋り続けるのかと思ったが、作業が軌道に乗ってくると少し静かになる。
3本目の執筆が終わり、とりあえず中腹を超えたといったところか。
とりあえずこれはこれで納品するか。
そう思ってメールの文字列をなんとなく目でなぞった瞬間。
首筋のリンパ管に電撃が走った。それはまるで何かが破ける音のような……。
は? え?
ほぼ驚きに近いリアクションが口から出てくる。隣の席の視線がこちらを向く。頭がアイドリングストップしている。
見てしまったのだ。納期を1週間も過ぎた仕事を。
俺は腱反射よりも早くPCを操作して、ミリ秒単位でブラウザバックした。
そんなアホなことがあるわけないと心の中で反芻しつつも、もう一度確認するには怖すぎた。今、この画面は丸々録画されているのだ。
「メールチェックが早いなー、すごいなー、何が映ってるのかわかんないぐらい!!」「そうですねーやりとりに時間はかけていられませんからねー!」
しかし実況、解説はそれについては何も言及してこない。そしてリアクションが不自然。
これはもう「見て」しまったのだろう。どうする?
「固まりましたね……瞑想?」「原稿を開いたままぼーっとしています。あるいは、全体の構成を確認しているのか……」
俺は、Webカメラから見えるよう、わかりやすく頭に手をあてて考える。構成もクソもない。考えているフリをしながらこの場を切り抜けるしかない。
いやいや考えるっていったって、どうする。平静を装うにも限界がある。
無理だ。この焦りようでは全ての動作がぎこちなくなる気がする。〆切超過が発覚してからずっと、行空きを入れたり消したり、語尾を修正するフリをしている。不毛な時間を実況されつづけるのには息が詰まる。
「はれれ、ワープロソフトを閉じちゃいましたね!?」「なるほど、もしかするとファミレスの2時間制限で移動を挟む必要があるのかもしれません」
ここは、一時離脱を決断し申す。
ちょうど夕方に近づいて客が増えてきたころだったから、リフレッシュにかこつけて別のファミレスに移動するぞ。ノートPCを閉じて移動している間は、さすがに実況されない。
その間になんとか立て直す。俺のプランはこうだ。
1、何事もなかったかのように受注を進め、納品。レポート記事には「間に合った」と書く
うまくいけば一番いいが、クライアントからしたら論外中の論外。得意先をひとつロスすることになるが、これがレポートにも動画配信にも一番影響が出ない。
2、1週間遅れた旨を取り急ぎ謝罪、今日中に納品、レポート記事には「間に合わなかった」と書く
完全なる正直者だが、そんなことをすれば俺のブロガー人生が終わってしまう。つまり正直であること意外、何のメリットもない。俺は聖人ではない。飯を食わせろ。Q.E.D.
3、そもそもレポート記事を途中で契約解除する。
なんだかんだで怪しまれてアウトになる気しかしない。却下。ここまで収録の準備もしてきて、下手すりゃさらにでかいトラブルになる。
選択肢 出すだけ出して 選べない。そんな五七五を詠んでいる暇はない。
クライアントをぶった切るか、自分の評判を落とすか──その二択に集約されてしまう。
俺はそこまで機転の利くタイプじゃない。ならば誰かにその役割をアウトソースするのが自然だろう。こういう時、まず頼れる仲間は誰か。それは外ならぬ「嫁」だ。そう、俺には同じく、フリーランスの嫁がいる。納期を外したこともなければ、草稿を送らなかったこともない叩き上げだ。
ただ、この状況で連絡するのはいろいろな意味で憚られるが……いや、しかし、むしろ今しかないともいえる。
「すまん、助けてくれ」
さっそくチャットでヘルプを求めた。
「やめて」
「まじでやばいの」
「おめでとう、このドアホ」
「納期が1週間も過ぎてた」
「雑魚が」
「なんとかごまかしたいのだが」
何の脈絡もなくワカサギのスタンプが送られてくる。律義に罵倒を視覚的情報で説明するな。
「もう見なかったフリしたくないからさ、」
「うん」
「さっさとスマホでメール送って、謝って」
「じゃないとあかんね」
「で、文面はもう二度と見ない、開かない」
「それで行こう」
ひとまず、それでこの場は回避できる。すぐに連絡をとろう。レポート記事はやはりあいまいに書いてごまかすしかないか。
あきれ返った嫁からシラスの魚群スタンプが送られてくる。次いで、呆けた顔をしたタコ。
わかった、わかったから、俺の謝罪メール作りを邪魔しないでくれ。俺もお前も、嘘はつきたくなければ面倒ごとをもみ消したい性分だろう。
「こはだです。ただいま復帰しました! やっこさんも丁度オンラインになりましたね」「席を立ってから15分ほど間がありました。拠点を喫茶店に移して再開です」
「それにしても、半日ぐらいはずっと監視している事になりますけど、私らにとってもコレはかなりの重労働ですよね。実はさっき、居眠りしかけました」「身も蓋もないことを言わないでください。とりあえず今は最後まで見届けましょう」
とりあえず書き進めてはみるが、今度はレポートをどうごまかして書けばいいのかが、新しい悩みの種になっていた。フリーランスは良くも悪くも、自分の名前を売る世界だ。やらかしは一生涯ネット上に残り、積み上げた信用がすっ飛ぶのは一瞬のことだ。馬鹿正直に「1週間遅れちまったぜ」と書けるような、能天気な業界ではない。
つもる話は山ほどあるが、今は一刻も早くこの監視から逃げ延びなければならない。
しかし不思議なことに「さっさと済まそう」と思うほどに次の一文が思い浮かばなくなるものだ。
「なんか、やたらと語尾にこだわっていませんか? 気になるのは分かりますけど」「前の文と重複しているわけでもなさそうです。表現に気を遣っているのでしょうか」
違う、語尾で悩んでいるのではない。語尾をいじって時間を稼いでいるのだ。あと、ほんの少し踏ん張ればゴールインなのに、ラストワンマイルの気力が出ない。
レビュー対象の4作目が、ゼロ年代のめちゃくちゃキラキラした学園モノなのもつらい。こちとらそんなエンタメチックな気分じゃねえっていうの。なけなしの力を振り絞って少年時代に立ち戻り、ときめき、ときめきと自己暗示をかけながら仕上げた。
「ほかのブログを見漁りはじめましたねぇ……」「概観をつかみたいのか、集中力が切れているのか。そのどっちともとれそうです」
とはいえ、いろいろと「参照」しながらだが。
そして最後の5作目は、むしろとことん暗い話だった。か弱いハムスターやウサギみたいな少年少女が絶望的な話をたどる、そんなものが好きな奴はいっぱいいる。そして、読者層がはっきりしているとまた書きやすい。皆、のっぴきならない問題を抱えているのだ。そう思えば今の状況も……。
「あー完全にガス欠ですねー、ミスタイプがめちゃくちゃ多いし、顔が緩みきってますね」「これだけの時間ぶっ通しで作業すると表情筋に影響してくると。なるほど把握しました」
ああ、自分でも何を打っているのかもわからん。そしてこはだも、はじめのキャピキャピが嘘のようにつっけんどんな態度だ。キャラ崩壊キャラ崩壊っていつも動画で突っ込こまれてたから、今さらだろうけれど。
「はい、新規メール作成ね。お世話になっております、原稿お送りします、修正があればご指摘ください、取り急ぎ、っと、ドラッグ&ドロップで添付するのも忘れずに、じゃあ送信してくださーい」「露骨に急かさないでください、文面での印象も大事ですからね」
「あー終わった!! つかれた!! 私一文字も書いていないのに!!」
かくして総執筆時間、6時間ぐらいでライティングは終了。何もかもがやっつけ仕事のままショーは閉幕となった。
そして明くる日。
自己管理チャレンジの分析結果が通達され、俺はメールに添付されたURLを踏んだ。
無駄なほどに洗練されたダッシュボード上に、自己管理の改善指針とやらが映しだされる。半分どうでもいいのだが、この結果を見なければレポート記事が書きはじめられないのだ。
よくある多角形のグラフが目に入る。どういう基準で出しているのかわからないが、作業効率は高得点。理屈はわからないけど嬉しい。情報整理力は平均。スケジュール管理力はマイナスがつく。
その中に「対応力」というパラメータがあり、いちばん低い評価がついている。いや、なんやねんそれは。何に対する対応だよ。基準がわからないからショックもない。
ステータスの概要欄をよく読んでみる。「納期遅延など不測の事態に対し、冷静に確認をとりつつ対応できるかどうか」だそうだ。
ありましたね、不測の事態。
「そんなの真面目に見なくていいよ」
隣で実況のダイジェスト動画を見ていた嫁がそうつぶやく。とうのとっくに「こはだ」の仮面を投げ捨て、画面を二分割して何かを書き続けている。
「メールの納期、あれ後から書き換えたやつだから」
「書き換えた?」
ちょっと何言ってるのかわからな、あっ……!?
今、わかったのだが……事実を飲み込めない。安心感と虚無感が同時に襲う。
つまり、ドッキリだったってことかオイ。
「お前、それ、分かってて……」
私は噛んでないよ、と吐き捨てるように言う。
納期改ざんは収録直後に知らされたことだそうで、解説役すら知らなかったという。当たり前の話だが、テレビのドッキリは基本裁判沙汰にはならない。今回の「実証試験」もそれと同じで、コンサルティングサービスの一環として、あえて揺さぶりをかけて対応力を見るそうだ。
そんなもっともらしい名目で、俺たちは今ごまかされようとしているのだ。
俺たちがガッカリとする以上に、そこまでして弱小ライターから何のデータを吸い出そうとしているのかが、わからない。大したうまみもないだろうし、一体何がしたいのか!
「一緒に訴えよう!」
「大げさなんだよ」
「お人好しだからって二人そろって利用されて腹が立たんのか?」
それもあるが、なんつーか、とにかく必死をこいて頭を悩ませたあの時間を返してほしい。
「うるさいタコ」
お人好しだと本気で思ってんの、と小声でつづく。
「いやタコってどういう……」
俺も物書きの端くれだ(そう思いたい)から、嫁の意図をたどってみる。そしたらすぐに思い浮かんだことがある。いろんなところに手を伸ばすだとか、ふにゃふにゃして落ち着かないとか、主体性がないとか……そんなところか?
俺は狐につままれたようなまま「タコ 暴言 語源」で調べる。ふうん、なるほど。タコは死にかけると、自分の腕を全部食ってしまうんだと。
「うけおうべきじゃなかった、いつもそうだ、オレはなんとなくのはんだんでしっぱい」
「やめろ」
そして、嫁は脈絡もなく俺の下書き中の記事を勝手に読み上げはじめる。人の書いた文を音読する以上の嫌がらせあるか? そんなことに一喜一憂するのはアホらしいと彼女は言っているのだ。
わかった、わかった。
俺は冒頭につらつらと書き連ねた、この大げさな文章を消すことにした。わざわざ美談にしなくても、このエピソードは俺たちの間だけで始末をつければいい。
「どうでもいいから、はよ新作買いに行こ」
下書きをほうっぽり出して、俺たちは新作の人気ゲームを買いに出かけた。
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