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裸の王と丸裸にされた男――春日すもも チームC
※こちらの作品はBL作品となっております。
「暑い……」
カリエ・グイナーは汗を拭いながら、人の波を避けるようにして賑わう繁華街を歩いていた。
「汗をかいててもお兄様はかっこいいよ。さっきからすれ違う女性が振り返っているのに気づいてる?」
隣を歩いていた弟のヨルモエが弾んだ声で聞いてくる。
「別に。女の視線なんて興味ない」
自分が常人より多少容姿が整っていることは自覚している。しかしどんなに多くの女性に注目されたとしても、自分のマイノリティはそれを求めていない。
「はははっ、お兄様らしいや。ゴホッ、ゴホ」
「ヨルモエ!」
急に咳き込み、立ち止まったヨルモエに駆け寄り、背中をさすった。
「大丈夫、ありがと……」
「長旅だったからな。でも、もう城は目の前だ」
顔をあげると、繁華街の向こうに、そびえ立つ王宮が見える。あの中には、最近、王位継承をしたプラムリアの王、プラムスタンティン三世がいる。
「あともう少しでおまえの手術代が貯まる。それまでの辛抱だ。さぁ、日が暮れる前に行こう」
ぽんとヨルモエの肩を叩く。身体がつらいはずなのに、うん、と精一杯の笑顔で返すヨルモエに、目頭が熱くなる。
――本当に、あともう少しなんだ。
賑わう城下町を抜けて王家が住む城の入口に近づくとそこは重厚な石壁がそびえていた。プラムリアは150年近く争いのない平和の国といわれているが、戦いの痕跡は至るところに残されている。この城の石壁も侵入者を防ぐための名残りなのだろう。
「会場は城の中だったな」
城の入口に近づくと、甲冑に身を包んだ体格のいい門番二人が、こちらを睨みつけてくる。カリエが懐から手紙らしきものを見せると、それを見た門番は無表情のまま、あっさりと扉を開けてくれた。
開かれた扉から奥へ進むと、広い庭のあちらこちらで個性的な衣装に身を包んでいる者たちが語らっていた。彼らは世界から招かれた有数のデザイナーで、とある目的のためにプラムリアを訪れている。そして彼らは奥へ進むカリエの姿に目を留め、ひそひそと小声で話し出した。
「もしやあれは噂の……?」
「やはり彼らも呼ばれていたのか」
デザイナーと名のつく職業の人間ならカリエ・グイナーという名前を知らない者はいない。なぜなら、カリエは特殊な生地を開発した仕立て屋として今、世界で一番注目を集めているからだ。
「貴殿が、カリエ・グイナーか」
王の居所を探していると、背後から名前を呼ばれた。声のする方角に振り向くと、そこには長いローブのような群青色の長いマントに身を包んだ聡明そうな男が穏やかに微笑んでいた。背中ほどの長さの銀の髪に、丸眼鏡がよく似合っている。
「あなたは、もしやプラムリアの宰相であるキイ・コモリ殿では?」
「いかにも。王の元へ私が案内します。」
カイエはヨルモエと顔を見合わせ、コモリについていくことにした。
城の奥へ続いている赤絨毯の上をコモリの案内で進む。徐々にすれ違うメイドや執事が少なくなり、いよいよ王のいる間に近づいているのだと実感する。
キイ・コモリといえば、王の一番の側近で、プラムリアの政治は彼が握っているといっても過言ではないと聞く。そして王位継承を記念するプラムリア記念行事である『王のパレード』を仕切っているのも、コモリだという噂だ。
王は昔から派手な衣装を好み、服のためには莫大な金をかけるダメ王子だと評判だった。そのコモリが発案したのがパレードで王が着用する衣装の一般公募だった。そしてパレート一週間前の今日、王の衣装のコンペが行われることになっており、特別枠としてカリエの元にコンペの招待状が届いたのだ。
「この先が王の間です」
金と銀の華美な装飾をあしらった重厚な扉の前に着いて、コモリが振り返る。カリエはピンと背筋を伸ばした。
「準備はいいか?」
「はい。いつでも大丈夫でございます」
カイエの返事を聞いて、コモリは目の前の重厚な扉を押し開いた。入り口から部屋の奥まで甲冑に身を包んだ騎士が十数名並んでおり、まっすぐ敷かれた赤絨毯の上を、コモリに続いて歩いた。
王が座るであろう華美な玉座の前にヨルモエと並ぶと、コモリが手を上げて合図する。
「カリエ・グイナーを連れて参りました」
コモリの号令に周囲の騎士や家来が跪き、二人も同様に膝をついたその瞬間だった。
「あいかわらず、堅苦しいな」
背後から声をして周囲が一斉に振り返ると、そこには華やかな王族衣装に身を包み、頭部には王冠を被った体格のいい男が赤絨毯の上を歩いていた。
「また、貴方という方は下々の扉から入ってこないようにとあれほど……!」
「うるせぇな。トイレ行ってたんだから仕方ないだろ」
勢いで立ち上がったコモリの小言を軽くかわす言動と身なりから、この男がプラムスタンティン三世だとすぐにわかった。王は、膝をついたのカイエの隣を通り過ぎていく。王と目を合わさないよう、慌てて顔を伏せると、ふわりと上質で芳醇な香水の香りが鼻腔をくすぐった。
王はそのまま五段ほどの階段を上り、よっ、と掛け声をかけて椅子に深く腰かけたようだ。
「おまえが、カリがエグイって噂のデザイナーか」
「いえ、あの、私の名前はカリエ・グイナーと申しまして」
思わず顔を上げると、そこには椅子の肘掛けに頬杖をついた王が上から自分を見下ろしていた。体つきがよく、きりりと引き締まった眉に、大きな黒目が印象的な瞳はやや垂れて、一見柔和な印象に見えるが、口角の上がった唇のせいか自信に満ちた傲慢な顔に仕上がっている。王と呼ぶにふさわしい、誇り高き造形にカリエは釘付けになった。
「おまえの噂は俺の耳まで届いているぞ。確かに噂通りの美しい男だ」
「はぁ」
そっちの噂か、と肩透かしを食らう。
「あと、何やらけったいな布で服を作る仕立て屋だそうだな」
カリエは、ごくりと唾を飲み込む。
「恐れながら、私の仕立てた衣装は一度見たら忘れないほどの美しさを兼ね備えておりますゆえ、きっと王様のお眼鏡にかなうかと」
「ほう、それは楽しみだな。早速見せてみろ」
よし、食いついた。カリエはヨルモエに目配せをして、持っているトランクを王の目の前に運ばせた。
「それでは、ご覧ください。賢者の布で仕立てた衣装でございます」
カリエの声に合わせてヨルモエが勢いよく、トランクの蓋を開ける。すると、トランクをのぞきこんだコモリの表情がぴくりと引きつった。トランクの中身が見える位置にいる家来や騎士たちがざわつき、始める。
「カリエ殿、これは……」
おそるおそるコモリが尋ねた。
「はい。この布は『賢者の布』と申しまして、知性を試す力を持っており、知恵のあるもの、聡明なものにしか見えないため、この布で仕立てた衣装は選ばれし者しか見ることのできないのです」
カリエの説明に家来たちは一層ざわついた。ヨルモエは両手でトランクの中から衣装の袖を摘み、引き上げるようにして王に見せるが、王は無表情のままだった。
「皆の者、静粛に!」
コモリが周囲に静まるように指示をする。
「いかがでしょうか……」
カリエが様子を伺うように王の顔を見つめると、カリエと目が合った王は黙って立ち上がり、階段をゆっくりと降りてきた。王の言葉に耳を傾けようと、周囲はしんと静まった。
両手を掲げたヨルモエのそばまで王がやってくる。ヨルモエの手はわずかに震えている。カリエはこの時間が過ぎるのをじっと耐えた。
「これは斬新なデザインだな」
王の言葉に、再び周囲はざわめく。
「コモリ、聡明なお前も見えてんだろ? どうだ、この衣装、俺に似合うと思わないか?」
名指しされたコモリはコホンと咳払いをした。
「ええ、きっとお似合いです」
「よし、決まりだな。これを着てパレードに参加しよう」
「ほ、本当ですか?」
唐突に発したカリエの声は裏返ってしまい、王は吹き出した。
「信じられないって顔すんなよ。他の仕立て屋には作れないデザインで気に入った。えっと、カリがヤバイナーだっけ?」
「……カリエ・グイナーです。王様」
なんだか、わざと言い間違えている気がしてならない。
「ああ、そうそう、カリエな。今からこの衣装を試着するから手伝え。こいつはおまえのなんだ?」
王は、目の前で衣装を掲げているヨルモエを指差した。
「弟のヨルモエにございます」
「そうか、おまえの弟か。ならば特別な部屋を用意させるから、しばし休むがよい」
その言葉を聞いたヨルモエはカリエの顔を不安げな表情で見つめてくる。
「あの、我々兄弟を同じ部屋にしていただけないでしょうか」
「ならんな。カリエ、おまえは今日から俺の部屋で仕えろ」
「俺の、とは王様の部屋でしょうか」
「そのとおり。パレードまで俺の部屋で俺の世話役をしろ。衣装の報酬はパレードのあとで渡す。俺の許可なくこの城を出ることは許さん」
どうやら衣装を渡してすぐに自国へ帰るというわけにはいかないようだ。
「わかりました……そのかわり必ず衣装を着てくださるとお約束くださいますか」
「貴様、無礼だぞ!」
「まぁ、よい」
王がなだめると、コモリは潔く引いた。
「俺は、約束は守る。それにこの衣装が気に入った。カリエ、おまえもな」
「わ、私ですか?」
「その衣装持って、俺についてこい。コモリ、集まったデザイナーどもを丁重にもてなして、帰ってもらえ」
「かしこまりました」
カリエはヨルモエが慌てて渡したトランクを小脇に抱え、裏へ引き上げていく王の後ろについた。望んだ結果とはいえ、あまりにもうまくいき過ぎたせいか、空のトランクが今だけは重い気がした。
カリエは仕立て屋の長男に生まれ、親からその店を引き継いだ。もともとは百姓の衣服を専門に扱っていた小さな店だったが、隣国で洋裁の技術を学んだカリエは貴族のパーティ衣装も手掛けるようになり、店は繁盛した。店が軌道にのった矢先、流行病で両親を亡くし、まだ幼かった弟は肺病を患い、その看病で仕立ての仕事ができず、貯金を切り崩し、その日暮らしの毎日を送っていた。いよいよ貯金が底を尽きそうになり、どうにかして弟の手術代金を集めるために、カリエはとある策を思いついた。それが『賢者の布』の始まりだった。バカには見えないといえば、見えないと口に出してしまうと頭が悪いというレッテルを貼られてしまう。それを恐れたプライドの高い貴族たちはこの生地で出来た衣装を見えないとは決して言わなかった。そのおかげで貴族たちから報酬を得ることができ、一気に生活が潤い、賢者の布の噂は世界に広まった。
もちろん罪悪感がないわけではない。けれどカリエは、ヨルモエが手術をして元気になった暁には再び百姓の服を作る小さな仕立て屋に戻りたいと思っていた。今までの多くの貴族を騙してきた罪を償わなければならないのなら、それでもいい。小さい頃に親をなくし、青春時代のほとんどを病床で過ごした弟だけはこれから幸せになってほしいと願うのだ。
「どうした、部屋に入らないのか」
「い、いえっ」
部屋の中央から呼ばれて、カリエは慌てて王の部屋に足を踏み入れた。まるでリビングか、大広間ほどの広さのある部屋の中央には天蓋付きのキングサイズのベッドが鎮座している。
王の後をついて来たはいいが、部屋に入るとついてきていたメイドや執事もいなくなり、二人きりになるなんて思ってもみない。ヨルモエは数人のメイドに囲まれ、さっさと別室へ連れていかれてしまった。病の身体に影響がないといいが。
「弟のことは案ずるな。メイドにはよく言ってある」
「は、はい……」
自分の表情から読み取ったのか、王は察しがよかった。キイ・コモリが実権を握っていると噂されていたが、少なくともこの王はバカではない。賢者の布についても、他の貴族とどこか対応が違うように見える。どう違うのか、と説明はできないが、腹の奥に何かを思案しているような、そんな気がしてまだ安堵はできない。
「さっそくおまえの衣装を着てみるとしよう」
「王様、今日はもうお疲れでしょう。パレードは一週間後ですのであとでも」
「二人きりのときは、ハミルと呼べ。それが俺のファーストネームだ」
「はい、ハミル様」
「さあ、俺の服を脱がせて、おまえの仕立てた衣装を着せてくれ」
カリエの前でハミルは両手を広げた。いまだかつて、衣装を着させろと言った貴族は一人もいなかった。口には出さないものの、そこに衣装はないとわかっているのだから。
しかしハミルは堂々としている。まるで、カリエにも見えていない賢者の布の衣装が、ハミルには見えているかのようにすら、感じる。
「わかりました……それでは失礼します」
カリエは観念して、ハミルの衣装をひとつずつ丁寧に脱がし、すぐ隣のベッドに並べていった。
「カリエ、俺の体はどうだ」
「大変、立派でございます」
裸のハミルは予想以上の体つきだった。バランスよく鍛え上げられ、長身の体はどんな衣装でも着こなせるだろう。カリエはなるべく直視しないようにして黙々とハミルを裸にしていく。なぜならハミルの体は、まさにカリエ好みの体だったからだ。
恋愛対象が男性で、願わくは男性に抱かれたいと思っているカリエだったが、両親のことや弟のことがあってから、そういう色恋沙汰には無縁になっていた。しかし、こんな理想どおりの体はなかなかお目にかかれない。せめてこの身体を目に焼き付けて帰りたい。しかし、気を許してくれているとはいえ、相手は一国の王だ。邪な心を抱くわけにはいかない。
「それではこれより、衣装を着ていただきます」
「おう。頼むぞ」
ハミルはすでに真っ赤な下着一枚の姿になっていた。その股間には王の子息と呼ぶにふさわしい、下着の上からでもわかるほどに立派なものが控えているのがわかる。目のやり場に困るというのはこのことだ。
トランクを開け、衣装を取り出し、頭ひとつ分ほど高いハミルの肩にかけるふりをする。ハミルの腕や腰に触れ、衣装を着せているように手を動かす。実際は、感触どころか、何もないのだ。
「終わりました」
「うむ。どうだ、似合っているか?」
カリエはさきほど直視できていなかった分、ハミルの身体を上から下までしっかりと目に焼き付けるように眺め、大きく頷いた。
「大層お似合いでございます」
「俺も、そう思う」
ハミルが満足そうに笑う。その笑顔は、眩しいほどの優しさと寛大に満ちていた。自分はこの人を騙しているのだと思うと、胸がキリキリと傷む。
「カリエ、なぜそんなにも寂しそうな顔をする?」
「いえ、何もございません」
「しかし同時に、おまえの顔はそそられる」
「は……?」
ハミルは、ずい、とカリエとの距離を縮めた。
「ハミル、様?」
「おまえの衣装を着た俺に抱かれる気はないか?」
その言葉に驚き、あの、と言いかけたカリエをハミルは抱き上げ、ベッドに押し倒した。脱がされたハミルの衣装の上で、カリエの両腕は縫い留められた。
「わかっておったぞ。おまえが俺を見る目が物欲しそうだったからな」
「あの、ハミル様……」
「しばし俺に任せて、何もかも忘れてしまえ」
「え、あの……あっ……」
それはまさかの展開だった。自分が抱いている邪な気持ちまで見透かされていたとは。
そしてハミルのテクニックは予想以上で、久しぶりに与えられた快楽に、まるで乾いた大地が水を飲み込む如く、カリエは溺れていった。
「……リエ、カリエ」
優しいハミルの声が自分の名前を呼んでいる。
あれからどれくらいの時間が経っただろう。何度も体を重ね、すでに部屋はとっぷりと暗くなっていた。
「大丈夫か?」
「動けません」
「ははは、だろうな。そろそろ衣装を脱がせてくれ。おまえじゃないと扱えないのだろう?」
「はい、ただいま……」
そうはいっても久方ぶりの営みは体力を大幅に削り、身動きが取れない。
「仕方のないやつだな」
大きな手の平が、ベッドに伏しているカリエの頭を優しく撫でる。こんな風に誰かに優しくされたのはいつぶりだろう。それがプラムリアの王様だなんて、自分はなんという贅沢者なのだろう。今まで忘れていた、安らかなひとときにカリエは落ちるように眠りについた。
翌朝、コモリがハミルの部屋で裸のカリエの姿を見ても驚きもしなかった。どうやら最初からこうなることは予想されていたらしく気恥ずかしい。
それからというもの、ハミルは昼間に公務をこなし、夜はカリエと過ごした。ずっとハミルの部屋にいたのでヨルモエのことは気になったがパレードのときには会えるとコモリに言われ、今はハミルと過ごす時間を大切にすることにした。ハミルはカリエを存分にかわいがり、時には愛を囁き合う間柄になっていた。
気づけば一週間が過ぎて、いつもと変わらずハミルと夜を過ごし、パレードの朝を迎えた。ただその日はメイドが金と銀の糸で織った下着を用意してきてハミルはそれを装着する。カリエに再び衣装を着せるように命じた。
「カリエ、どうだ。似合うか?」
「はい、ハミル様」
いつものように答えてはみるものの、心中は複雑だった。このあと、ハミルはパレードに出る。衣装なんて着ていない。周囲から見れば、いわゆる下着一枚だけの姿だ。
「カリエ、俺の勇姿をこの部屋の窓から見ていろ」
自信満々のハミルにカリエは胸が張り裂けそうになっていた。弟の手術代のためとはいえ、プラムリアの王であるハミルを騙し、裸でパレードに参加させていいのだろうか。王が自分のせいで恥をかくなんて、見ていられるのだろうか。
最悪の状況になる前に、止められるのは自分だけではないか。
「そろそろ時間です」
「よし、では行こうか」
コモリが呼びにきて、ハミルは部屋から出ていく。もう時間がない。どうしよう。気持ちばかりが焦る。
「ハミル様!」
カリエは気づけば、ハミルの背にしがみつくようにして引き止めていた。
「どうした、カリエ」
いつものように甘さを含んだ声でハミルは答える。
「その衣装を今すぐ脱いでください!」
「どうしてだ?」
「ハミル様の麗しい姿を他の者に見せたくないのです」
衣装が嘘だと言う勇気がない。けれど、その裸を見せたくないという気持ちも当然あった。自分に優しくしてくれたハミル、ひとときとはいえ、体を重ねた愛しい人。気づけば恋に落ちていた。一国の王としがない仕立て屋なんて、成就しない恋だとわかっている。それならば、せめて愛しい人が恥をかかないように――
「案ずるでない、カリエよ。堂々とした俺の姿を見ていてくれ」
ハミルは、カリエの手を優しくどけて、大きな黒いマントをコモリに着せられ、部屋を出ていった。
「申し訳……ありません……」
一人、王の部屋に残されたカリエは膝から崩れるようにして声にならない声で叫んだ。
ハミルが外に出てすぐに、城中にファンファーレが鳴り響いた。特別開放された城の庭に集まった群衆の歓声がカリエの耳まで届いてきた。
「王様よ!」
「プラムスタンティン三世よ!」
マント姿のハミルが登場したのだろう。より一層甲高い群衆の歓声がカリエの耳に届く。
カリエは部屋の窓に近づいた。庭に作られた舞台の上では鼓笛隊が賑やかな曲を奏で、群衆は王に向かって手を振っている。いつも自分を優しく愛してくれたハミルではなく、そこにいるのはプラムリアを治めるプラムスタンティン三世だ。
そして、ファンファーレが止み、ハミルは自らマントを剥ぎ取った。その姿に、しん、と会場は静まり返った。マントの下は、金と銀の下着一枚の王の姿だった。
「王様……?」
少し間を置いて、群衆がざわつき始める。そして小さい子供の声が聞こえてきた。
「裸だ!」
「王様が裸だ!」
慌てて子供の口を閉じようとする両親に、騎士や側近も何も言わなかった。普段なら王への侮辱と罵倒は許されないはずだが。
「驚かせてしまってすまない。俺の話を聞いてくれ」
ハミルが声をあげると、群衆は静かになり、続く言葉を待った。
「これから俺がプラムリアの王となり諸君の生活を守っていく。今日はそのはじまりのパレードということで何も身に着けないことに決めた。国民に対して嘘偽りを持たないという証だ。どうか、これからも俺を信じてついてきてほしい」
王のスピーチに群衆は一斉に拍手をした。王の言葉が国民の胸に熱く響いたようだった。
カリエはその言葉を聞き、何が起きているのか、わからなかった。
「失礼する」
ノックをして部屋に入ってきたのはコモリと、そしてその隣にはヨルモエがいた。
「ヨルモエ!」
「お兄様!」
カリエに抱きついたヨルモエは今まで見たことのないくらいに顔色がよく、元気な姿だった。
「おまえ、どうしてそんなに体の具合がいいんだ?」
「治ったんだよ! 手術しなくても僕、元気になったよ! お兄様、ありがとう!」
一体どういうことなのだ。カリエはコモリに説明を求めるべく、視線を送る。
「すべて、あの方のお考えですよ」
どうやら騙されていたのは自分のようだ。
そして前代未聞の裸の王様のパレードが行われ、群衆は大いに盛り上がり、イベントは幕を閉じた。
しばらくして王の間に、いつもの正装に身を包んだハミルが現れ、カリエとヨルモエは床に擦り付ける勢いで伏した。
「ヨルモエ、すっかり良くなったな」
「ありがとうございます! 王様のおかげです!」
ヨルモエの弾んだ声が響く。カリエは顔を伏せたままなので様子がわからない。そして、自分はここでハミルに何を告げればいいのだろう。謝罪なのか、それとも、自首か。
「カリエ、俺に言いたいことがあるのだろう?」
「はい……」
ゆっくりと顔をあげる。いつものように優しいハミルの顔が目に飛び込んだ。
「おかげさまで弟が元気になりました。本当にありがとうございました」
「それで?」
「……お気づきかと思いますが、どんな罰も受ける所存です」
「それは、いい心がけだ」
ハミルの口調が変わり、表情が険しくなる。
「カリエ・グイナー、多くの貴族と、この俺を騙した罪は重い。おまえはこの国で禁固刑に処する」
その言葉にカリエは静かに頭を伏せた。やはり賢者の布なんて子供だましに過ぎなかった。しかし、どんな罪でも償うと決めていた。ヨルモエさえ元気になれば、自分はどうだっていいのだから。
「カリエ、俺の部屋で一生を暮らすのだ」
「へ?」
思わず顔をあげると、ハミルは必死に笑いをこらえていた。
「どうだ。驚いたか? おまえは俺の后になるのだ」
「き、さき?」
「冗談が過ぎませんか? カリエ殿が困惑していますよ」
見かねたのか、コモリが呆れながらハミルに声をかける。
「はっはっは。カリエ、おまえに金を払った者たちは、最初からおまえが弟のために金を工面していることを気づいていたのだよ」
「え……」
「不憫なおまえのために貴族たちは騙されたふりをしておったのだ」
ハミルの言葉を聞いても、まだ信じられない。
「俺はおまえの噂を聞きつけて、内偵に行った。しかもたいして上手ではない演技で貴族を騙した気になっているおまえが、逆に気になってな。忘れられなかった」
「え?」
「それでコモリに協力してもらい、俺がおまえを騙すことに決めたのだ」
「ええ!」
隣のヨルモエは微笑みながら聞いている。おそらくヨルモエは知っていたのだろう。
「貴族から預かった金はヨルモエから返させよう」
「それは構わないのですが」
「カリエ、おまえはおまえの幸せを考えろ。俺と一緒にいるのは嫌か?」
「滅相もありません!」
それだけは自信を持って言えた。このまま終わりにしたくなんてない。できることなら、この先もずっとハミルのそばにいたいと思った。
「おまえは永遠に俺のそばから離れるな。俺がおまえに惚れてしまったからな」
「大変、光栄でございます!」
カリエの目からは、大粒の涙がこぼれていた。
「はいはい、これにて一件落着ですね。まったく国をあげてすることじゃありませんよ」
「そう、言うなよ、コモリ。おまえの演技もなかなかだったぜ」
「褒めても何も出ませんよ。そういうことですから、貴殿は王の専属の仕立て屋になりなさい」
「はい……!」
「別に俺は、いつだって裸でも構わないけどな」
ハミルは豪快に笑った。そして、すべてを知っていたと思われる周囲の執事やメイド、騎士たちも同じように笑った。
こうしてカリエは、裸の王様と親しまれているプラムスタンティン三世の后兼、専属デザイナーとして、罪を償いながら生きていくことになりましたとさ。
おしまい
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