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魔女は夜に恋をする――ふくだりょうこ チームD
パソコンの電源を落とし、腰を上げる。
「お疲れさまでした!」
「あれ、榛名さん、もう上がり?」
「定時ですが」
「仕事は終わったの?」
「資料は社長のパソコンに送っておきました。納品も午後イチで完了しています。お疲れさまでした!」
これ以上、引き止められてはならない。鞄を持ち、足早に帰ることにする。
「なんだって榛名さんはさっさと帰っちゃうかね」
「仕事が終わっていたら帰れるものですよ、社長。それに榛名さんのデザインは百発百中なんですから」
「たまには飲みに行くぐらい……」
「酒癖悪い社長とは誰とも飲みにいきたくありません」
同僚と社長のそんな話を背中で聞きながら、私はオフィスを出た。
オフィスから電車で一時間。満員電車の中でひととおりSNSを確認したあと、スマホの電源を落とす。満員電車の中は、意外と静かだ。みんな世界に興味なさげあっちを見たりこっちを見たり。そんな景色も嫌いじゃない。
電車を降り、トイレでメイクをする。オフィスではほぼすっぴんに近いけれど、夜はそうはいかない。念入りにアイラインは引くし、リップは深い赤。最近、通い始めたまつエクサロンとは相性がいい。程よいカールを保ってくれているおかげでいつもより美人に見える気がする。お団子にしていた髪も下ろして念入りにアイロンで伸ばす。ちょっといいヘアアイロンを買ったおかげで髪の調子がいい。熱を加えるたびに髪に潤いを与えてくれるアイロンらしい。本当かどうかは知らないけど。
二十時ちょっと前。あとは店で着替えればいい。時間には間に合う。
「こんなものでしょう」
トイレの鏡の中には先ほどまでとはちがう女がいた。
*****
目の前には新宿区役所に立つビルの中に店はある。
隣のビルはカプセルホテル、もう片方の隣のビルはどこぞの会社の持ち物らしい。
『魔女の家』。それがうちの店の名前だ。店員は私ひとり。いかがわしい店ではない。言ってみれば占いの店だ。未来を視てあげたり、薬を作ってあげたり、お守り代わりのアクセサリーを作ってあげたり。ただそれはどれもちゃんと魔力がこもった「本物」だ。
そうデザイナーは仮の姿。本当は魔女、その名もエミリ、である。
まあそう言ったって誰も信用しない。いま私がいる世界とは異なる世界に住んでいた魔法を使える夫婦が転生魔法でここにやってきた。来たはいいけど帰れなくなった夫婦はそのままこの世界に居つくことになる。そして、子を授かった。それが私。言ってみれば、私は魔法使いのサラブレッドなわけだ。本来は魔法であっというまに身だしなみも整えられてしまうけれど、昼間の仕事から気分を変えるためにいつも自分で丁寧にやっている。
まあせっかくの特別な力、怪しくない形でこの世界でひと儲けしてやろうと思ったのだけれど……。
「どう思いますっ? 彼、浮気してます?」
本日ひとり目の女性客が涙ながらに言う。
「うぅん、そうね、してるわね……」
「うわああああん! やっぱり!!」
「だから諦めて……」
「彼に! 呪いをかけてください! 復讐したい」
「ダメよ、呪いは自分に返ってくるから」
「えぇ、でも呪いをかけるのはエミリさんなんだから、私は大丈夫ですよね」
お前、そういうこと言ってるから浮気されんじゃねぇの……という言葉を飲み込み、笑顔を作る。
「それより、明日、渋谷のこの店に行ってみなさい」
店の名前と住所をメモに書き、女性に渡す。
「なんですか、このお店……怪しいところ?」
「普通のバーよ。午後九時二十分に行きなさい、必ず」
「なんで……?」
「そこで運命の人に会えるわ。そんに浮気男とはさっさと別れて、新しい恋をしなさいよ」
「ええ……」
途端に女性の顔を胡散臭そうに歪む。いい、いい、慣れてる。つーか、魔女の家、なんていう胡散臭い名前のところに来ておいてよくそんな顔ができるのだ。
「本当よ、騙されたと思って行ってみなさい」
「はぁい……」
渋々といった様子で女性は頷き、腰を上げた。
「いくらですか?」
「一万円になります」
「たっか!」
「これで本当に運命の人に出会えるなら安いでしょうが!」
「出会えなかったら、訴えますからね!」
「はいはい、どうぞ!」
女性はこれまた渋りながら一万円を私に渡して店を出て行った。
代わりに入ってきたのは、長身の男性。
「あら、徹郎くん」
「注文のやつ、持ってきましたー」
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、それほどでも」
彼は雑貨屋の窪田徹郎くん、二十五歳。魔法薬に必要な材料を配達してくれている。この日本のどこで調達してくるのかは分からないが、頼んだものは欠品せずに必ず持ってきてくれる。
そんなんで生活は成り立っているのかと聞いたことがあるけど、魔女でなくてもそういった「手に入りづらいもの」を必要とする人はけっこういるらしい。くわばらくわばら。
「ラクダの血にスズメバチを漬け込んだハチミツ、チョウセンアサガオ、それから……」
テキパキと徹郎くんが取り出す商品をチェックしていく。
「うん、揃ってるわね。ありがと。これ代金ね」
「あざーっす! ……あれ、ちょっと多めに入ってない?」
「おまけしといた」
「やったー! エミリさん大好き!」
緩みそうになる頬を頬杖で隠す。お金につられなくとも好きだと言ってくれたらどれだけ嬉しいか……。そう、私はこの徹郎くんに想いを寄せている。『魔女の家』を始めたのは三年前。母親に紹介された雑貨屋が徹郎くんだった。
無邪気な笑顔、裏表のない言葉、なにより声がいい。会えるのは週に一度だけ。それでもその日が楽しみで仕方がない。
「エミリさんってさ、どういう魔法が使えんの?」
「そういう話したことなかったっけ」
「うん。さっきのお客さんの話がちょっと聞こえてさ。未来のこととか分かんの?」
「そうね、過去とちょっと先の未来は視えるよ」
「えっ」
徹郎くんの顔が強張る。うん、正常な反応だ。
「大丈夫、許可を取らないと視ないし、かなり集中しないといけないんだ」
「あ、そうなんだ」
頷き、少しばかり考え込むような表情になる。
「んーと、俺が昼になに食べたか分かる?」
んー、そう来たか。
「……牛丼」
「すげぇ! 正解!」
「野菜もちゃんと食べないとダメよ」
「すげぇすげぇ! あとは?」
「結構いろいろと出来るのよ。何もないところからモノを作ったりとか……」
ちょうど話題に出ていたので、ポンと目の前にパックに入ったサラダを作って出してやる。コンビニに売っているようなアレである。
「すげぇ!」
「あとはまあ空も飛べるし、体力も回復できる。簡単な怪我も治せるよ」
「エミリさん無敵じゃん……」
「まあね!」
好きな人に褒められればそりゃあ鼻高々になるっていうものだ。そりゃあもちろん、できないことだってあるけれど。
「じゃあさ、俺もお客さんとしていい?」
「もちろん! いつもお世話になってるからサービスしちゃうよ!」
「やったね! ……実は、好きな子がいるんだけど」
「え」
「惚れ薬とか、作れないかなあ?」
「あー……」
これは予想外のところがきた。そうか、好きな子か、そうかそうかそうか。そうだよね、年ごろだもん、どう見ても。
「エミリさん、ダメ?」
「……ごめんね。作ってあげたいけど、人の心を変えるものはダメなんだ。怪我は治せるけど、心は救えないのと一緒で」
「そっかー、そうなんだね」
ちょっぴり眉が下がった。あー。期待していたんだよね、ごめんね。私はたった今失恋しましたけどね!
「あ、でも惚れ薬を作らなくても、振り向かせることはできるよ!」
「ほんと?」
「うん、きっかけを作ったり、接点を増やしたり。そういうお手伝いならできる!」
「エミリさんマジ優しい……。協力してくれる?」
「もちろん!」
パァッと明るい笑顔に目を細める。好きな女の子とうまくいきたいよね、わかるわかる。私も好きな人と両想いになりたいもん、うんうん。もう無理だけど!
「今日はもう次のとこ行かなきゃなんだけど、エミリさんって明日の夜は空いてる?」
「うん」
「よかった! 仕事終わりにいろいろ話させて! じゃね!」
笑顔で帰っていく徹郎くんを見送る。うーん、そうか。そうか。いるよね好きな人のひとりやふたりや百人ぐらい。いっそ百人ぐらい好きな人いてくれたら私もそこに混ざることができるのに。
「はあああああああああ」
大きなため息をついて、くすんだ気持ちを吐き出す。
好きな人の幸せを願うのは当然だ。ただ、自分が幸せにすることができないっていうのが悲しいだけで。
でも明日も会える。二日続けて会えるのは、実は初めてだということに気がついた。
*****
翌日、彼は本当に来た。私の仕事がちょうど終わったころに顔を出し、ニコニコ笑いながら、「晩ごはん行こ」と言った。
徹郎くんが連れて行ってくれたのは大衆居酒屋だった。薄い、薄いハムカツやキャベツの塩だれサラダを食べながらうまいうまい、と言っているのを見て少し不安になる。私が食べたいからと竜田揚げを頼んだら、遠慮がちにでもおいしそうに頬張った。
「で?」
「はい?」
はい? じゃない。何のために今日会っているというのだ。
「好きな子の話よ」
「そうでした!」
グーッとコーラを飲み干し、店員さんにジンジャーエールを頼んだあと、彼は身を乗り出した。
「すんごい美人なんですよ」
嬉しそうに言うので私もつられて笑ったけど、心が軋む。
「へえ、そうなんだ」
おっ。私、大人げがないぞ。声が平坦だぞ、私。
「仕事先で知り合ったんですけどねー」
っていうことは、同業? ……なわけない。取引先で魔女は私だけだって言っていた。
「でもちょっと気が強くて、優しい人なんです」
優しくされたことがあるのだろうか。美人に優しくされると好きになっちゃうよね、わかるわかる。わかりみ~っていうのか最近は。
「その人の生年月日とか出身地とか知ってる?」
「あー、知らないすね。なんかそれヒントになるんですか?」
「二人の未来が視えやすくなるの。まあ、なかったらなかったで。とりあえず、ちょっと徹郎くんのこと視てもいい?」
「えっ」
「そんな深くは覗かないよ、もちろん。何か二人の関係にきっかけになりそうなこと」
深く覗き込んでしまって、徹郎くんの好きな女の子への気持ちを知ってしまうのは辛い。
「じゃあ、お願いします! なるようになれだ!」
決心したように徹郎くんは姿勢を正した。私も肚をくくらねば。
「ではでは、失礼して……」
知っている人のことはできるだけ視ないようにしている。知らなくていいことを知ってしまったせいで、態度が変わったりしてはいけないからだ。でも、今回は仕方がない。
ひとつ、大きく息を吸い込み、細く吐いていく。徹郎くんをじっと見つめる。こんなふうに目が合っているとドキドキしてしまうけれど、集中していれば大丈夫。大丈夫……。
…………。
「エミリさん?」
「…………」
「エミリさん!」
「あ……っ、ごめん」
「何か、視てまずいものとかありました?」
「う、ううん! そうだな、次の休みは表参道に行くといいと思うよ。ばったり会えそう」
「マジで!」
「マジマジ」
顔は引きつっていないだろろうか。
どうしよう。
視えない。何も。
「それなら、エミリさんも一緒に行こ!」
「えっ、私がいたら誤解されるでしょ。ひとりで行きなさいよ」
「俺、いきなり声かけられる自信ないもん。エミリさんもいたら、一緒にお茶しませんか、とか誘えるじゃん」
「それはそうだけど……」
えっ、私、徹郎くんの片想いの相手とお茶しなきゃいけないの? それ軽く地獄じゃない? でも……。
「ね、エミリさんお願い!」
「……わかった」
「やったね! ありがと!」
行ってもたぶん会えない。
だって私には何も視えなかったんだもの。
*****
次の休み、予定通りに徹郎くんと表参道に行った。でも、もちろん相手の女性と会うことはできずに二人でお茶をして帰ってきただけだった。
どうもあのあたりから調子が悪い。
「榛名さん、聞いてる?」
「あっ、はい! 次のフライヤーのデザインの件ですよね」
「聞いているならいいけどさあ、頼むよ?」
渋い顔をしているクライアントに、私は思わず頭を下げる。今回はちゃんと話を聞いていなければデザインができない。いつもは、相手の頭の中にあるデザイン内容を覗いている。私はそれを描き起こせばいいだけなのでおかげで仕事も早い。絵を描くことも得意な私にとってうってつけの仕事だけど、今は視えないのだ。必死になって話を聞いておかなければ。
「……とまあ、こういう感じでよろしく」
「わかりました」
「納期、一ヵ月後でもいい?」
「あー……っと、もう少しいただいてもいいですか?」
「えー、君いつもそれぐらいには仕上げてくれるじゃない」
「ちょっと仕事が詰まっていまして」
こっちは視えていない上にお前の説明が雑だから大変なんだよ! と言いたいところだけど、私の都合なんだから仕方がない。力が戻ってきたときに、もう一度打ち合わせと称して視に来るしかない。力が戻れば、の話だけど。
クライアントのオフィスを出て、スマホを取り出す。電話帳を開いて呼び出すのは母の番号。
「お母さん? いまちょっといい?」
『あら、どうしたの。珍しい』
「んー、ちょっとさ。力の調子が急に悪くなっちゃって。原因何かな、と思って」
『体調悪い?』
「忙しいけど特には。こんなこと初めてだから、戸惑ってて」
『お母さんが力が出にくくなったのは、インフルエンザになったときぐらいかしらね』
「インフルエンザかかるものなの?」
『かかるわよぅ、向こうにはインフルエンザなんてないもの。お父さんに薬作ってもって一発で治したけどね』
ということは、気がついていないだけでどこか調子が悪いということだろうか。よく食べてよく寝て健康そのものだとばかり思っていたのだけれど。
『あ、あともう一回あったわ』
「なに?」
『お父さんを好きになったとき。うふっ』
うふっ、じゃない。乙女みたいなことはやめてほしい。いや、いくつになっても乙女みたいな人だけども。
「なに。つまり恋愛しているとそうなるってこと?」
『そうねぇ、恋も病気みたいなものだから』
「…………」
恋は病気。分からなくもないけど、そういう感じですかね、私。確かに、徹郎くんに片想い真っ最中だけど、それは前からだ。いや、前よりも今のほうが好きかもしれない。そのせいか?
「どうすれば治るの?」
『なになになにエミリちゃん、好きな人いるの? 聞かせて聞かせて!』
「今度ね! どうすれば治るかだけ教えて!」
『簡単よ。その相手が幸せになればいいの』
「幸せ……」
『そう。お母さんのときは、お母さんがお父さんを幸せにしたけどね。まあ簡単でしょ』
「…………」
恋した相手を、恋で幸せにする。私では無理だ。ということは……。
「わかった。ありがとう」
まだ話したそうにしている母の声を無視して電話を切る。
「ちゃんと失恋しないと、魔法は復活しない、っていうことか……」
*****
「エミリさーん! なになに話って!」
数日後、私は徹郎くんを店に呼び出した。この笑顔ももう見れなくなるのだと思うと、途端に心が沈み込んでくる。いけない、長い人生でこんな失恋ぐらい、なんだというのだ。いやでももしかしたら、失恋は初めてかもしれない。今まで長らく生きてきたけれど、恋をしたのが初めてなんだから。どうしてこの人だったのだろう。それも今は考えても仕方がないことだ。
「これ、あげる」
「なにこれ? ドリンク剤?」
「まあそう見えるけどね。お薬です」
「俺元気だよ?」
「欲しがっていたでしょ、惚れ薬」
「えっ」
視えないし飛べないし、魔法で何も作れないけれど、魔力が全くなくなっているわけではないらしい。それに惚れ薬なら材料があればできる。
「でもエミリさん、人の心を変えるような魔法はダメだって……」
「今回は特別よ。倫理的な問題でダメだって言ってるだけだし」
世界が違うのだから、向こうの世界での倫理観は通用しない。ということに今回はしておいてほしい。
「これを相手の女性に飲ませなさい。それであなたの恋は成就する」
「……エミリさん、何か怒ってる?」
「怒ってない。あ、代金はいらないから」
「どうして?」
「その代わり、ほかの雑貨屋紹介してくれない?」
「なんで?」
「答えなきゃダメ?」
「俺のこと嫌いになった?」
「…………」
嘘でも嫌いになった、なんて言えない。雑貨屋を変えることは彼の不幸に繋がるだろうか。いや、きっと大丈夫。このあと、もっと大きな幸せが徹郎くんを待っている。
「とにかくそれを持って相手の女性のところに……」
そう促そうとしたときだった。
「ちょ……っ、徹郎くん、何してるのっ?」
見ると徹郎くんは渡した惚れ薬を一気に煽っていた。
「ちょ……っ」
「え?」
「え? じゃないわよ! なにしてるのっ? 飲んだら、私のこと……」
好きになっちゃうじゃない。その一言を飲みこむ。こんなことをして、私は好きになってほしいわけじゃない。一瞬だけ夢を見せられても、困る。
「大丈夫だよ。俺、もともとエミリさんのことが好きだから!」
ほら。惚れ薬の効力たるや。我ながらすばらしい。すばらしいから、困ってしまう。
「待ってて、いま解毒薬を出すから」
「いらないよ」
私の手をぐっと握って徹郎くんが言う。
「だから、俺の好きな人はエミリさんなの! エミリさんと話せるようになりたくて、あんなこと言ったの!」
「は?」
「えっ、なにその胡散臭そうな顔」
「こういう顔にもなるわよ、そんな嘘……」
「嘘じゃない! 表参道に行ったとき、エミリさんめちゃくちゃ謝ってたけど、そんな必要なかったんだよ。だって俺すごく楽しかったし、一緒に出掛けたかったのはエミリさんだけだよ」
じゃあ、これまで彼が好きな人に向けて言っていたのは全部……。
「うそっ?」
「だから本当だってば!」
徹郎くんはそばまで来ると、私の手をぎゅっと握った。
「すんごい美人で、気が強くて、でも優しい人。でしょ、エミリさんは」
「でも、私、魔女で……」
「関係ないよ、そんなの」
彼の笑顔で不安が霧散していったような、そんな気がした。
「でも……」
と、パッと手が離される。温もりが遠いのいて、指先から冷えていく。
「エミリさんは俺のこと嫌いだよね?」
「えっ」
「だって、雑貨屋変えてくれって」
「違う違う! 私も徹郎くんのことが好きでだから徹郎くんが好きな人とうまくいっちゃうのが嫌で……あ」
私の言葉に徹郎くんは嬉しそうに微笑んだ。それからぎゅーっと私を抱きしめる。
「だよね、そんな気がした!」
「そんな気がするならどうしてわざわざ言わせたのっ?」
「だってちゃんとエミリさんの口から聞きたかったんだもん」
ああなんて嬉しそうに言うんだ。私が言ってほしかったこと、してほしかったことを全部叶えていってくれてしまう。彼こそが魔法使いのようだ。
「あの……念のために聞いておきたいんだけど」
「ん?」
「私、魔女だよ? 人間とは違う。それでもいいの?」
「エミリさん、俺、自分が人間だって言ったことあった?」
「えっ。違うの?」
「さあどうでしょうね」
「教えてよ」
「秘密。これから付き合っていくうちに分かるよ。俺のこと、少しずつでいいから知っていって」
「なんか余裕……」
徹朗くんの腕の中で拗ねたように言うと、すぐそばで楽しそうな笑い声が響いた。
「エミリさん」
「なに」
「今夜はいい夜だね」
明るく言う彼に答える代わりにしっかりと抱きしめ返す。
秘密の多い私たち。
嘘はナシにして、少しずつ本当のことだけを話していこう。
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