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その命、真紅につき
壁も床も白い。ここは病院だ。
昨年大々的に改築したばかりの病棟はシミひとつない綺麗なものだ。
全て塗って覆い隠してしまったのだろうか。俺がガキの頃はもっと汚くて古い建物だった。
―――『橘 陸斗が病院へ運ばれた』と聞いたのは今朝のこと。
自宅での事故で……と濁して電話してきたのはほとんど初めて聞く彼の母親の声だったらしい。
……気がついたら、病院のこの病室。その母親という女性の前にいた。
初対面って事はないはずだ。それなのに本当に印象の薄い女だった。
普通の顔に普通の薄化粧を施し、普通の姿をした中年女。
特に特段美人なわけでも、逆に醜い訳でもない。特徴の挙げにくい、強いて上げるとすれば『普通』な。そんな彼女は、今まで連絡つかなかった事を詫びる訳でも言い訳することもなく淡々と頭を下げて何事か言った。
恐らく何かの挨拶めいたことだったのだろう。
申し訳ないが、俺の頭には何も入ってこず残りはしなかった。
んで、気がついたらこの箱みたいな病室。白くてつつるつるとした床は硬い。
そこでパイプ作りの寝心地悪そうなベッドに沈み込むように眠る男と二人。
「馬鹿野郎」
俺は毒づく。当然返事なんか返ってこない。返って来てたまるか。
「ばーか」
……こいつさ。家庭内での事故だって。
手首掻っ切って水張った浴槽に突っ込んで、おまけに大量の睡眠導入剤飲み込んでいたってな。
つまりODとリストカットによる自殺未遂。
しかも初めてじゃないのは、白い手首に刻まれた大小様々な長さの線が物語っていたらしい。
常習的なリストカット。だから長袖脱がないし、体操服にも着替えられなかった。
セックスの時に頑なに服を脱がないのも。青白い顔で、遅刻無断欠席繰り返すのも。
こいつ、病んでたんだな。
「馬鹿野郎。バカ。アホ。変態。絶倫野郎。ヤリチン。早漏……」
「いやいやいや、言い過ぎでしょ」
布団がモゾモゾ動いて、点滴が繋がれた腕がシーツを彷徨った。
「起きてたのか」
「起きてましたよ」
ま、知ってたけど。狸寝入りなんてせこい真似しやがって。
「先生。来てくれたの」
「馬鹿。俺、担任な」
知ってた? 皮肉を投げつけると薄く笑って受け止められた。
思わず舌打ちしたら、橘はため息をつく。
……ため息つきたいのはこっちだ、アホガキ。
「先生。ごめん」
「あ? 何がごめんだって。……俺の仕事増やしたことか。その腕のこと隠してたってことか。それとも」
「先生」
目を伏せるクソガキの言葉に被せるように言いつのる。
「俺を死ぬほど悩ませて心配させた事か」
「え」
間抜け面で固まる男をいい気味だと思った。
……大人を舐め腐って。何が立場の違いだ。俺の方が大人だぜ。十年以上人生の先輩だっつーの。
「先生、心配してくれたの?」
「当たり前だろ、馬鹿」
「悩んでくれたの? オレのために」
「だったらなんだよ、アホガキ」
「先生がめっちゃ罵倒してくる……」
若干恨めしそうに言って身体を起こそうとする、生意気な生徒を俺は制する。
起き上がって傷口からまた出血したらどうすんだ。胃洗浄はもう済んでるみたいだけど、顔色真っ白通り越して青いじゃないか。
「……あのな先生」
その語り掛けで、ぽつりぽつりと彼は話し始めた。
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