その命、真紅につき

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橘 陸斗の両親は彼が物心着く頃には、既に夫婦関係破綻していたらしい。 幼い彼はそれについて疑問を持ったのは中学入った時の、まさに思春期真っ盛りである。 それでもその頃は父親だけが外に女を作ってろくに家に帰らない、と理解していた。しかし、母親もまた長いこと不倫をしていたと知ったのはここ数ヶ月のこと。 どこか心の拠り所であった母親は、息子に知られたと悟った否や不倫相手の家に入り浸るようになった。 経済力だけは豊富にあった両親は、まさに金だけ置いて息子から逃げたのだ。 彼が大人たちに絶望し、見限るのは仕方のないことだったのだろう。 「……いつからか。どうしても苦しくなった時に、ここに傷を付けると少しだけ楽になったんだ」 彼は傷だらけの左腕を指先で力なく撫でた。 「それでも、どうしようもなく消えてしまいたくなって。じゃあもう死んじゃおうって思ったのが3ヶ月前でさ……そうなったら、やってみたい事やってやろうって」 「やってみたいこと?」 「髪も染めて。ピアスもして。あと」 そこで一旦言葉を区切る。 「……恋が、したかった。あと童貞卒業」 「はぁ?」 突然何言ってんだこいつ。いやまぁ言葉の意味は分かるけども。話の方向性が分からないぞ! それでもその顔は大真面目だ。 「オレ、恋もしたことないし。こういうのって初めては好きな子としたいじゃん……」 「ま、まぁな」 そういうもの、だっけか。 あんまり昔過ぎて忘れたな……うん、でもさ。 「橘、それ。お前が俺のこと好きみたいじゃないかよ」 「うん、好きだけど?」 「はぁぁ!?」 ここは病院。でも思わず声をあげちまって、慌てて自分の口を塞ぎ声を潜める。 「いやいやいや! 意味わかんねぇよ!? まさかお前が俺の事……」 「うん、好き。愛してる。多分一目惚れ」 「えぇぇぇ……」 お前やっぱりゲイなの? とか初恋がアラサーの男とかヤバいだろ、とか。よしんばそうでも、好きな人をストーカーして脅してレイプすんなよ。とか。 清純派なのか鬼畜なのかどっちなんだとか。 ……もうツッコミが追いつかねぇよ。 若い子ってそういうもんなのか? いやいや俺もまだまだ若いけど分からない。 「でさ。好きな人の事って色々知りたくなっちゃうじゃん」 「うんうん。でも、それストーカーって言うんだけどな」 「え。ダメなの?」 「……」 倫理観ぶっ壊れてんじゃねーの? この子。 うっとりと自分の世界に浸ってんじゃないよ。あと目が怖い。 「……そしたらブスと付き合っててムカついた」 「言い方!」 女教師に向かってブスってなんだよ。失礼なガキだな。 それに彼女はブスじゃねーよ。派手じゃないけど、それなりに俺のタイプの範疇だっつの。 「まぁ不倫、だったしな……」 「それは関係ない。ただ先生はオレのだもん」 「なんじゃそりゃ」 もん、はやめろ。あと俺はお前のモノじゃない! ……なんて口を挟む気にもなれなかった。 「身体だけでも良かったんだ。そしたら笑って死ねるかなって……1ヶ月だけ」 橘は何かを堪えるように目を瞑った。 「なるほど。それで『余命1ヶ月』か」 持病も心臓じゃなくて『心』の病気。余命も自分で定めた自殺までのタイムリミット、な。
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