その命、真紅につき

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「橘。お前……馬鹿だろ」 たっぷり時間を掛けて言った言葉に、彼は閉じてた目を開いて頷いた。 「このバカガキめ。そんなことして、誰が幸せになったよ。お前か? 俺か?」 「……誰も」 「そうだな」 年齢通り、それよりずっと幼く見える彼の瞳は傷付きまくった子供のそれだ。 見つめればなんだか堪らない気分になるから、少し視線を逸らす。 「先生、丹羽の事好きになっちゃったし」 「はぁぁ!? ……っ、な、なんでそうなるんだよっ」 俺は確かにハグもしてもらってたし、相談もしてた。でもそこに恋愛感情はないぜ。 断言できる。俺にはない。 彼にだって無いはずだ。だって……まぁそこは蛇足だし個人情報だからやめとこう。 とにかくあの人は天然というか、何考えてるかイマイチ分かんないけど単なる良い人だ。 そこにこいつの思う感情のやり取りも機微もない! ……それを丁寧にしつこく説明してやって、ようやく彼は暗い色の瞳にほんの僅かな光を映し始める。 「ほんと?」 「俺のストーカーなら、そんくらい把握しとけっての。馬鹿!」 俺は彼が何か言う前に、軽くデコピンかました。 「痛てぇっ! 先生、ひでぇよ……オレ、怪我人なのに」 「バーカ。自業自得だろうが。ほんと馬鹿だな。お前ってさ」 この馬鹿でアホで自分勝手でイカれてるクソガキに……嗚呼、くそっ。なんでかなぁ。 「もうこんな事すんなよ……り、陸斗」 「先生」 縋るような目で見やがって。 迷子になった子供みたいじゃないか。歪んで、苦しんで自分を傷付けて……でもその傷は、痛みはこいつを本当の意味でこいつを救ってくれたか。 違うだろ? こんな目をしたこいつ、だれが。 「頼むよ。死ぬな」 ……俺の口から柄にもない言葉が零れて止まらない。 「切るな、なんて言わない。だからもう死ぬとか止めろ。いくらでも抱かせてやるし、恋だってさせてやるからさぁ。お前が望むまでずっと一緒にいてやる。いや、居ようぜ」 ……俺は何を言っているんだ? 元々自殺とか自傷行為とか『勝手にやれよ。止めねぇよ』のスタンスだったじゃねーか。 止める奴を『綺麗事ぬかしやがって。エゴ押し付けてんじゃないの』って否定的だったはずだ。 なのに何故だ。 今の俺は思い切り彼の近くで、『死ぬな』とか言ってる。おかしいだろ。なんでこんなにこいつが傷付くのが怖いんだよ。 「先生?」 「なぁ、陸斗。俺の事、好きか? まだ」 おいおいおいおいっ、何言おうとしてんだ。まったく俺の嫌いなタイプの女みたいじゃないか! 感情的で相手にすがりつくタイプの鬱陶しいやつ。 今の俺がそれだ。嗚呼、気色悪い。やめてくれよ。 でも止まらない。言葉が、感情が止まらないんだ。 「先生」 ベッドの上の彼が、陸斗が白くてやたら青い血管の浮いた腕を伸ばす。 それをしっかりと握りしめる俺。 「好き。あんたのこと……愛してる」 「そうか」 彼の絞り出すような声には、涙が滲んでいたと思う。 苦しげに泣きそうに歪んだ顔は、いつしか見た気がする。 こうして見れば、今の方がよっぽど余命1ヶ月っぽいな……なんて薄情な事を考える俺と。 その痛々しさすら愛しいなんて思うイカれた俺が同時に存在してやがる。 俺もついに病んじゃったんだろうか。 こんな下らない恋愛ドラマみたいな……。
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