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その男、無愛想につき
なるべく人気のないトイレの個室を選んだ。
水音に紛れるように。咳き込んで、吐き下そうと嘔吐く音がタイル張りの床に響く。
「っ……ぅ……ぐッ……ハァ、ッ……ぁ……ゲホッ」
ぐらぐらする頭に、駆け回る思考は一つだった。
汚い、汚い、吐き出せ、と急かすのは自分。何故こんな事にと嘆き憐れむのも自分。
「うぅッ……ぅ、っ、ぁ……はぁ……」
口いっぱいに広がるあの臭い、味。後に残る胃液。
全て吐き下しても多分足りない。
「くそっ……くそっ……」
髪を掻きむしり、あの感触を味を体温を全て消してくれと誰に願うのか。
……嗚呼、またやってしまった。
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呼び出され、見せつけられたのは動画。
小さいクセに画質が良いスマホのそれには、目を覆いたくなる。
喉の奥に突っ込まれて、涙を浮かべても必死で咥え込む風俗女みてぇな自分の間抜け面。
込み上げてきたのは怒りより先に吐き気だった。
『すごくいい感じに撮れたよねー?』
こんな最低なモノを見せてるのに、橘の目がやけに澄んでいるのが印象的で―――。
『先生。ほら生徒指導してよ』
カチャカチャと音をさせるそこに、俺は目を逸らして舌打ちをした。
また性欲発散するのか。若いんだな、女にでもしてもらえよ。なんて心の中だけで毒づく。
実際、整った顔の彼のことだ。女子生徒人気も高く、相手には苦労しないだろうに。
『俺には……先生だけだよ』
何も言わない俺の思考を読んだかのように、そう言ってごく自然に顔を近付けてくる。
「っ……やめろっ、バカ」
唇は好きな人と。……なんてガキじゃあるまいし。
でもこいつと嫌だ。キスなんて、冗談じゃない。
「ふーん」
顔を仰け反らせて意図的に避けた俺に、鼻白んだような表情をしたが。
でもそれも一瞬で、再び何を考えているか分からない笑みを浮かべた。
『じゃ、今日もよろしく』
そう言って寛げられたズボン。そこから見えるよく見知ったモノ。
『ほら。早く』
その声に唇を痛みを感じるまで噛み締める。
ゆっくり跪き、それに手を掛けた。
『ほ、本当に……するのか』
間近に見た生々しさは二度目だから尚更躊躇しかない。
小さな声で呟いた俺に、くすくすという笑い声が降りかかる。
『ほら頑張って。先生』
早くしないと他の人、来ちゃうかもね。
なんて囁かれたらもう逃げられない。戦慄く唇を開き、舌を出す。
恐る恐る這わせれば、ピクリと震える性器。
……ちくしょう、死ね、殺してやる!
なんて脳内で誹り罵倒の言葉を数々並べ立てながら、昨日より些かスムーズになった口淫に絶望した。
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