あの日告げれなかった言葉を君に……

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 八月、お盆の季節。大学生の俺は数年ぶりに帰省した。  本当はゼミが忙しいとか言って今年も帰るつもりはなかったのだが米寿を迎えた祖父に「いつまで元気でいられるかわからんから」と言われると弱い。  もっともその祖父は毎日畑仕事に精を出し、大学とアパートの往復だけの俺よりよっぽどマッチョだ。  今、井戸で冷やしている西瓜も、祖父は軽々持っていたというのに受け取った俺はよろけてしまった。 「う~……あづぃ」  ジワジワ鳴く蝉の声をBGMに裏の井戸端にて行水中の西瓜を眺めていると「奏くん」と背後から声が掛けられた。 「え……」  振り返った俺はへたりと尻もちをつく。文字通り腰を抜かしたのだ。 「奈央ネ……ェ?」  そこには初恋の人が立っていたのだから仕方ないだろう。 「私も久しぶりに帰ってきちゃった……って何をしてるの?」  頬を抓っている俺に、奈央が不思議そうに首を傾げる。 「いや、夢かと思って」 「……で?」 「夢じゃない……みたいです」  抓った頬はヒリヒリ痛い。  人の気を知ってか知らずか最後に会った時と変わらない笑顔で奈央が反対側の頬を指先で押してくる。  こっちは痛くない。ちょっとくすぐったい。俺ってやつはゲンキンだ。 「お互い久し振りに帰って来たんだしちょっと散歩に行かない?」  涼し気な水色と白のストライプのワンピースがふわりと揺れる。  そういえばお祖母ちゃんに作って貰ったお気に入りだったっけ、とぼんやり思い出した。
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