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そうして俺たちはさっきの橋へと戻ってきた。
夕日が川に滲んでいる。
遊んでいた子供たちはとっくに帰っていた。
一歩踏み出そうとした俺は、胃の奥を冷たい手に捕まれた気がして止まってしまった。
耳の奥でサイレンの音がする。
「仕方ないナァ」
くすり、と奈央が笑う。
「特別だよ」
内緒話のように告げてから俺の手を取った。
奈央に引かれるように俺は再び歩き出す。
手を繋いで歩くなんて何年ぶりだろうか。
風は昼間の熱を孕んで熱い。
橋の上には車はおろか通行人すらいない。
季節も何もかもあの時とは違うというのに……。
俺の頭に蘇るのはあの卒業式の日。
日の落ちた道を全力で自転車を漕ぐ俺を救急車が追い抜いて行く。
負けるものか。一層足に力を込めた。
頬を切るような冷たい風も心地よいくらいだ。
珍しくパトカーのサイレンも聞こえていはたが、あの時の俺にとっては他人事だった。
「奈央って呼んだりしてな」
そう、奈央への告白で頭が一杯だったのだ。
しかし奈央を呼び出した橋へ着いた俺を待っていたのは彼女ではなく橋に追突したトラックに救急車やパトカーだった。
「女の子が跳ねられたって」
野次馬の声は遠い。
回転灯の赤い光が現実味のない光景を照らしている。
「奈央ネェは、奈央ネェは!!」
自転車を飛び降り駆け寄っていく俺を警官が止める。
毛布を掛けられた担架が救急車に運ばれていく。
道路に溜まった真っ赤な血。
俺が調子に乗らなきゃ、俺が呼び出さなきゃ……。
後悔ばかりがぐるぐると頭の中を巡り俺は泣くこともできなかった。
俺は大学を言い訳に奈央の死に向き合えないまま故郷から逃げ出した。
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