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第一章
僕には、ふらりと会いに行く男がいる。
僕よりも五つ年上で、煙草も酒も大好きな男。
僕が煙草も酒も苦手だから、彼がとても大人の男に見えた。
彼と知り合ったのは、僕が働くバイト先に彼が赴任してきたから。
初めは特に何とも思っていなかった。ただ、どちらかと言うと「苦手なタイプだな」と思っていた。
でも、何がきっかけだったのかは自分でもよくわからないけど、いつの間にか彼を目で追う自分に気づいた。そうなると僕は、頭で考えるよりも先に行動してしまう。
僕には、遠距離恋愛の恋人がいる。
数ヶ月に一度しか会えない恋人だ。だから僕は、暇を持て余していたのかもしれない。
ある日、男の仕事が終わる頃に、約束もしていないのに男の最寄りの駅で待ち伏せて、偶然を装って彼に近づいた。
初めは驚いた顔をしていた彼だけど、帰れと僕を追い払うことも無く、食事に誘ってくれた。
店では、他愛のない話をした。
それから僕は、何度も偶然を装って、彼に会いに行き食事をした。何度も会ううちに、僕は彼のことを「光貴(みつき)さん」と、彼は僕のことを「空良(そら)」とお互い名前で呼ぶようになった。
確実に僕の中で、光貴さんに対する興味が深まっていった。
そんなことを三ヶ月ほど繰り返したある夜、光貴さんの家の近くの海に行った。
人気のない暗い海岸沿いを歩いているうちに、自然と手を繋いでいた。
人気の絶えた暗がりで光貴さんの足がピタリと止まり、いきなり僕を強く抱きしめた。
「キス…しようか」
耳の傍で囁かれる掠れた光貴さんの低い声。
「うん…」
僕は小さく頷くと、顔をずらせて光貴さんの唇に自分のそれを押しつけた。
優しく何度も食まれる唇。とても心地の良い甘い痺れにうっとりとしていると、熱い舌が口内に入ってきた。
激しい舌の動きに、合わさる唇の隙間から僕は甘い声を漏らす。唇が痺れるまで吸われ、ようやく離れていく。
瞳を潤ませて荒い息を吐く僕に向かって、光貴さんが「空良、どうしよう…」と呟いた。
僕は、光貴さんの言わんとしていることがわかったけれど、笑って誤魔化した。
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