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あの人はスーツ姿でガードレールに体重を預けるようにして俺を待っていた。
いつもならライブハウスのまわりにいる女の子たちと雑談したりするのだがその日に限って風に当たりながら歩いてゆっくり帰りたい気分になった。
「サキ具合悪いの?」
メンバーが心配してくれる中「野暮用だろ」と冷たい声でリーダーがつぶやいた気がする。
それには答えず家に向かって歩きだした。
東北の冬は名前通り寒い。そんな中歩いて帰るなんて言い出したのだから不審がられるのも当然だ。
だけどその日は違った。
マフラーに顔を埋めるように歩いていると目の前に人が立っているのが見えた。
その人が笑顔で俺をみている。
ブランドはわからないが随分高そうなスーツを着こなしていた。
手には一輪の白い薔薇。
「こんばんは」
彼はゆっくり姿勢を正して俺に声をかけてきた。
一瞬俺の中に緊張が走った。
誰なんだろう。
「あなたのファンです」
「え?」
状況が理解できないまま突っ立っている俺に彼は手に持っていた白い薔薇をすっとかかげるように差し出してきた。
「ちょっとキザだけど」
彼は少し困ったような表情で笑っていた。
「・・・ありがとうございます」
俺が受け取ると彼はほっとした顔になって
「おやすみなさい」
と言って停めてあった黒い高級車に乗ってどこかへ去っていった。
一瞬の出来事にあっけに取られながら、花を包んである紙の中に携帯番号が書かれたメモをみつけた。
それが俺の人生を大きく変えたといったら大袈裟なんだろうか。
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