頼みの綱の聖女召喚なのに、皇太子のせいで交渉決裂しました

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頼みの綱の聖女召喚なのに、皇太子のせいで交渉決裂しました

 聖レイシス帝国は、疲弊していた。  祓っても祓っても一向に収束する気配のない瘴気と、日々増えていく魔物の討伐で。  休みなく続く浄化と討伐に終わりは見えず──世界を徐々に魔素が侵食していく。  やがて人々は、数百年前に封印された魔王の復活が近いのではないかと噂するようになる。  危機感を覚えた帝国は、藁にもすがる思いで古の禁術を用いて聖女の異世界召喚を計画した。  聖レイシス帝国宮廷魔術師筆頭ケネス・ガードナーが陣頭指揮を取り、古の禁呪でもある聖女召喚の儀が開始された。  召喚の儀の為に神官庁の協力を得、王宮の地下神殿の大理石の床に描かれた聖女召喚の魔法陣へ、ケネスが選りすぐった能力の高い魔術師の魔力が注がれていく。  この時の為に、討伐部隊から招集された手練れの魔術師も居たが、異世界から聖女を召喚するのであるから、討伐を一時中断するのもやむなし、と心を切り替え召喚の儀に参加していた。  ──異世界に()られる聖女よ、我等の求めに応え来られませ──  呪文の最終部分の詠唱が終わり、魔法陣に魔力と光がみなぎる。  眩い光が神殿を覆い、その光が収束すると、魔法陣の中心に一人の女性の姿が現れていた。召喚の成功に皆ざわめき、ほっと胸を撫で下ろす。  聖女に対する最初の印象は、黒いローブを纏った黒髪の華奢な女性だった。召喚時の光に視界を奪われ、思わず両腕をクロスして庇うような姿勢をしていたからだが、その腕が下された瞬間──予想外のものを目にして皆、瞠目した。  …………皺が深く刻まれた、ややきつめな印象の老女の顔が現れたからだった。 「これが聖女? ただのババアではないか」 「「「「!!」」」」  いつの間にか聖女の近くまでツカツカと近付いていた聖レイシス帝国皇太子レオンハルトが考えなしに口にする。聖女召喚の儀式を見守っていた国の重鎮達も皆、魔女の年齢に関しては同じ感想を抱いたものの、そのような事は口が裂けても言えない。  禁呪を使って異世界から聖女を召喚するのだ。  当然、聖女という名に相応しい美しき乙女が召喚されるものだと皆思うだろう。  過大な期待を抱いたがゆえに──皆、老女の召喚には内心ガッカリしていた。昔はそれなりにモテたのではないかと思える整った顔立ちのスラリとした老女だったが故に。 「…………」  目の前に仁王立ちする王子を見上げる形になった聖女は、怒りのオーラを纏っていた。自分の失言に気付かない皇太子はさらに聖女の神経を逆撫でさせる発言をする。 「こんなババア、現場で使えるわけがなかろう。足手まといだ。送り返して聖女として相応しい別の者を()べ」  体力のないお年寄りを酷使するのは喚んだ方としても忍びないので、送り返すのはある意味正しいとも言えるのだが──。 「っ、無理です。この禁呪は一方通行で、呼び寄せることしか出来ません。それに、あの術は連発出来る類いものではありません。──高齢でいらっしゃる聖女様には御負担が大きいでしょうが我々は聖女様に協力を仰ぐしかないのです」  冷や汗を垂らしながら、ケネスが皇太子を説得する。  王宮魔術師筆頭なだけあって、ケネスだけは召喚した聖女が老女でも落胆していなかったが、皇太子を除くそれ以外の人間は聖女を怒らせたことに気付き戦々恐々とし──皇太子をいかに穏便にここから摘み出し、いかに聖女の機嫌回復をするか、アイコンタクトを始めた。 〔殿下連れてきたの誰だよ〕 〔すまん、多分俺だ。勝手について来た〕  宰相ロドリグ・ダラーヒムが問うと、すまなそうに手を挙げたのは騎士団長ガウェイン・スユーフだった。 〔あー。ばば…じゃない、聖女様、お冠だぞ。どうするよ〕 〔いざという時の為に集団感応魔法の魔具を配っておいて正解だったよ〕  神官長アーロン・グレイルが言うと、深々と溜息をついたような心の声を発したのは皇太子を説得中のケネスだった。本音を言えば、皇太子を摘み出して早く聖女様の機嫌取りをしたい。 〔私は殿下と聖女様の説得をせねばならないから、あとは任せる〕  召喚の儀の開始前にケネスは、不測の事態に備えて集団感応魔法がかけられた魔具を宰相、神官長、騎士団長の三人に配り発動状態にしていた。  聖女召喚の準備にどこか不備があり、失敗して別のモノを喚んでしまう可能性もあったからだが、皇太子がある意味素直に育った弊害がここで計画を阻んでしまうとは。 〔ケネスの用意周到さのお陰で作戦会議が出来るのは正直助かる〕 〔幾つかパターンを想定していたが、これは想定出来なかったものな〕  聖レイシス帝国の重鎮は、召喚した聖女を丸め込むために幾つかの作戦を予め立てていた。うら若き乙女が相手ならば、手練れの自分達で色々言いくるめて協力もすぐに得られるのではないかと。 「ほぅ。そっちの都合で人を拐かしておきながら、謝罪の一つもせず、あたしがババアだから『はい、チェンジ!』ってわけかい」  それまで一言も声を発することのなかった老女──もとい、聖女が剣呑な声を上げた。酸いも甘いも知っている、百戦錬磨の(つわもの)を思わせる声だった。 「あたしを『聖女』と呼ぶということは、何かい? あたしに荒れた世界をお救いくださいとでも言うのかい? 全く、冗談じゃ無いよ。──お前ら何様だい?」 「私は聖レイシス帝国皇太子だ!」 「そんなこと聞いてないわい!」  間髪入れず皇太子がドヤ顔で堂々と答えたので、聖女は一瞬ガクッとなりながら即ツッコミ返した。 〔〔〔〔殿下ーーー!!〕〕〕〕  空気の読めない皇太子に皆頭を抱え、声にならない絶叫を上げた。 「こんなのが皇太子だなんて、国の行く末はお先真っ暗だね。ま、そんなことは知らんこっちゃないし、礼儀のなってない奴らの手伝いなんて頼まれても願い下げだよ!」  聖女の言葉に一部同意出来てしまうのが辛かったが、聖女から協力拒否をされてしまい、交渉のこの字が出る前に交渉決裂してしまった。
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