テンパったホワイトナイト現る

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テンパったホワイトナイト現る

 王宮の地下神殿にて行われた聖女召喚の儀は成功したものの、空気の読めない皇太子レオンハルト・ドゥ・レイシスの言動で聖女には帝国に対して悪印象を与えてしまった。  内心天を仰ぎつつも、ケネスは宮廷魔術師筆頭として聖女をどう説得すべきか考えあぐねた時──天の助けを具現化したような存在が急接近してくる気配を感じ思わず目を瞠った。  刹那、地下神殿に龍の咆哮が轟く。 「ぎゃおー!」  ケネスの横を黒い疾風が弾丸のような猛スピードで通過して行き、広げていた黒い翼を素早く畳んで聖女の前にズサーッと滑り込んで平伏した。  ()()は大型犬くらいの大きさの黒いワイバーンだったが、その存在を知る者からすれば、聖女の足元に自ら額ずく姿は驚愕に値するものだった。 〔〔〔〔守護龍が陛下以外の人間に平伏している⁉︎〕〕〕〕  聖レイシス帝国の象徴であり、建国からこの国の守護をしている守護龍ミッドナイトが、この国の君主である皇帝以外の人間に(こうべ)を垂れることはない。  だというのに、誇り高き守護龍が聖女の足元に平伏している。  聖女は突如現れた守護龍に驚きを隠せない様子だったが、平伏した守護龍は聖女に向かってぎゃうぎゃうと鳴いて語り始めた。 「なっ」  皇太子は王族ゆえか、守護龍の語る内容が解るようだった。聖女も守護龍の言葉が理解できるのか、頭を下げたまま語る守護龍を静かに見下ろしていた。 「……あんたの謝罪は受け取ろう。許すか許さないかはさて置いて、だ」  そう語る聖女の言葉から、守護龍が聖女に謝罪を述べていたことが推測できた。聖女は言葉を切って一瞬こちらを見遣り、その視線を守護龍に戻す。 「あいつらの代わりに謝罪してくるあんたは何者だい?」  聖女の問いに、頭を床にこすりつけたまま守護龍はぎゃおぎゃおと答える。聖女は守護龍に興味を持ったのか、平伏する守護龍の方へ歩み寄り蹲み込んだ。 「この国の守護龍、ねぇ。龍というと、もっと大きな生き物だと思っていたが──」  聖女が想像するように、守護龍の本来の大きさは高さ15メートル、横幅5メートル、翼を広げると20メートルほどある。今は子供のワイバーンの姿になってはいたが。 「あぁ、なるほど。屋内だから大きさをコントロールしているのか。魔法でそんなことが出来るのは便利だね。──それより、いつまで頭を下げているんだい? あんたの謝罪は受け取ったんだ。いい加減その頭を上げな」  先程まで怒っていた人物とは思えないほど、穏やかな声で聖女は守護龍に語りかけ、ぽんぽんと軽く守護龍の背中を叩いた。その言葉でようやく守護龍は頭を上げた。 〔〔〔〔神様、精霊様、守護龍様ーーー!!!!〕〕〕〕  守護龍のナイスフォローのお陰で皆、心の中でガッツポーズをする。  いきなり飛び込んで来た守護龍の謝罪を受け入れてくれるくらいなのだから、聖女は狭量な人物ではないようだ。うまくいけば聖女の赦しを得て交渉するチャンスが巡ってくるかもしれない。 〔浮かれてなどいられないぞ。まだ我々を許す、というお言葉は頂いていないのだ〕  ケネスが魔具越しに指摘すると、宰相ロドリグ、騎士団長ガウェイン、神官長アーロンははっと気付かされる。 〔〔〔そうだったー!〕〕〕 〔聖女様の気が変わらないとも限らんから、ロドリグは陛下へ報告と対策会議、アーロンは術者たちの撤収と聖女様のお世話係の手配、ガウェインは折を見て殿下の回収を頼む〕 〔〔承知!〕〕  ロドリグは回れ右して地下神殿を静かに後にし、アーロンは召喚術で消耗している術者へ向けて片手で撤収の合図をして地下神殿からの撤収を促す。 〔今なら殿下を摘み出せそうだが、話題の主になっているようだし様子見でいいか?〕 〔そうだな〕  ケネスが指示を出している間にも、聖女と守護龍の会話は続いていた。 「叱って貰うって、小さな子供じゃあるまいし。──アレはいくつなんだい?」  言いながら聖女はちらりと皇太子を見遣った。聖女は皇太子の年齢を聞いているようだ。 「24で()()か。大変だな」  同意するようにぎゃおぎゃおと守護龍は訴えている。聖女と守護龍の会話がわかる皇太子はショックを受けたような顔をしていた。 「だろうね」  苦笑して皇太子を残念そうに見ている聖女に、守護龍は何かしらを語っている。 「……ヒナコだ。私の国の文字では一日などの日を表す文字と、神事に用いられる果樹を表す文字、子を表す意味の文字で書く。まぁ、あたしがいた世界とここでは文字や文化も全く違うだろうから言ってもわからないだろうがな」  守護龍はそんなことはない、と言わんばかりの態度でさらに話しかける。 「褒めてくれてありがとうよ。名前といえば、あんたの名前には真夜中という意味があったりするかい?」  話の流れで聖女の名前がわかったが、聖女の方は守護龍の真名を聞いたらしい。 「そうか。あたしの知る外国の言葉で同じ発音のものがあったからもしやと思って聞いてみたんだが」  守護龍が王族以外の人間に自ら名を教えるのは異例のことだったが、守護龍の真名の意味を異世界の人間が知っていたのは意外な事だった。 「女に年齢(とし)を聞くのは野暮ってもんだよ。あんたは幾つなんだい?」  守護龍は聖女に年齢を聞いたらしく、聖女は年齢(それ)を答えなかったが逆に守護龍の歳を聞いていた。 「……安心しな、余裕であたしの方が年下だ。むしろあたしの方がミッドさん──いや、ミッド様って呼んだ方がいいんじゃないかい?」  愛称呼びを許すほど守護龍は会ったばかりの聖女に心を開いている、という事実を信じられない思いで見ていると、守護龍は(かぶり)を横に振った。 「そうかい。じゃあ、ミッドと呼ぶよ」  聖女がそう言った後、ぐぅと小さな音が地下神殿に響いた。何の音か気になったがその音の発生源は聖女のお腹だったらしく、「すまない」と守護龍に謝っていた。 「仲間と宴会する所だったんだが、その直前にここへ飛ばされたからね」  ケネスはタイミングの悪い時に喚んでしまったことを知る。仲間と楽しく飲み食いしようとしていた所に、別れを告げる間も無く強引に召喚され、喚び出した途端に老女だという理由で送り返せと言われただけでなく、元の世界へ戻れないと知らされれば怒るのも当然だろう。  守護龍は聖女に何かを話した後、成り行きを見守っていたケネスの方を見て、閃いたと言わんばかりに両前足をポンと打ち鳴らした。  その刹那、ワイバーンから10歳くらいの黒髪の白皙の美少年に変化した。全身黒一色のシンプルな水干を纏っていたが、守護龍の気品がにじみ出ている。  聖女の方も、守護龍が人型に変化するとは思わなかったらしく驚いたように瞬いていた。 「ミッドは人の姿にもなれるのかい?」 「うん。今は国の守護に力を注いでいるから子供だけど、平時は大人の姿で散歩したりしているよ」  守護龍に身体を変化させられる能力があるのは知っていたものの、人の姿にも変化できるとは。  驚いているケネスに向けて守護龍は数歩歩み寄り、可愛らしいボーイソプラノで「魔術師長」と声をかけてきた。 「はっ」 「料理長に色々な料理を小皿に少しずつ用意してって伝えてくれる? 聖女様、お腹が空いているそうなんだ。異世界から来られているから何が食べられるかわからないし、苦手なものもあるかもしれないから、すぐ出せるもので至急お願い。果物やデザートなどの甘いものも忘れずにね。僕もお腹が空いたから僕の分も用意してほしいと伝えて」  ケネスはその指示に従わざるを得なかった。  目の前の聖女様は気の短い性質の人間では無さそうだが、初手で相手の機嫌を損ねてしまっているのだ。  帝国への印象をより良いものへと変える為、今は聖女様の空腹を解消せねばならなかった。 「かしこまりました。早急に用意させます」 「聖女様は僕の部屋へお連れするから、全て僕の部屋に運んでね」  そう言うと、守護龍は聖女に向かって駆け寄り、小さな手を伸ばした。 「ヒナコ、僕の部屋でお話の続きをしよう? 僕、お茶いれるの上手いんだよ?」 「わかった。ミッドのお茶を頂こうか」  聖女は差し出された手を取る。守護龍は聖女が手を取ってくれたのが嬉しかったのか、花の顔を綻ばせると転移の魔法を使ったらしく聖女と共に消えてしまった。  すぐさま地下神殿はいつもの静寂な空間に戻った。  そこに残っているのは、ケネスとガウェインと、茫然と佇んでいる皇太子レオンハルトの三人のみ。 「守護龍様さまだな」 「だが、主導権を守護龍様に持って行かれてしまう形になってしまった」  ガウェインが感嘆したように呟くのを聞いて、ケネスは守護龍にお株を奪われてため息をついた。  が、今はそんなことよりも聖女様だ。 〔アーロン、全て聞いていたな? 守護龍様の指示通りに頼む〕 〔承った〕  守護龍のお陰で、挽回するチャンスがやってきた。
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