壁と話す

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気がつくと部屋にいた。まるで誰かがこの前まで生活をしていたような部屋だ。いや、厳密に言うと、この前まで僕が暮らしていた部屋だ。だけどひとつ、決定的に違う。窓と扉がない。壁に囲まれている。ネットも繋がる。位置情報だって僕の家。頬をつねっても夢じゃない。電気もある。ちゃんと寒い。  僕はこの部屋から出られると思った。それは物語的な収束の予期(ふらぐ)ではなく、ここが僕の部屋だからだ。生まれてこの方、僕はこの部屋に住んでいた。朝起きた時、学校に行く時、晩御飯の時、お風呂の時、僕はいつもこの壁を開け、事を済ませに行くからだ。そう思って僕はドアノブを探してた。だけど何故か見当たらない。おかしい、こう思ったのはそれが初めだった。  「そうだ、学校へ行かないと!このままでは遅刻してしまうではないか。急げ!」 そうは言うものの、壁は返事をしない。壁は反響し、また自分の耳に入った。この壁は()しかすると僕なのかもしれない。そう思うと僕は壁に話しかけた。 「おい壁、そこをどいてくれ、さもなくば私は遅刻してしまう! 」 壁は言った。 『おい壁、そこをどいてくれ、さとなくば私は遅刻してしまう!』 僕はどいた。僕の心がそう言ったから。仕方ない、今日は休もう。そう心に留めると壁がスルスルと窓に扉に変わった。なんだこれは?僕は疑問に思った。  何はともあれこれで一安心、さあ学校へ行こう!すると扉はズルズルと壁になった。 「ふざけるな!!君はそうやって僕を閉じ込めようって言うのかい?それとも僕を怒らせて、脳の神経諸共千切って仕舞おうってのかい?」 壁はなんだって話さない。頭にきた僕は壁を思いっきり蹴った。すると一気に力が抜け、床に倒れ込んだ。 「ああそうかい、つまらないね!」 僕は床に寝そべり空想した。そうするうちに少しずつ壁が近づいてくるみたいだった。  気がつくと窓が空いていた。彼は夕方の憂鬱な家屋を広げたオモチャのように見せつけた。たまったもんじゃない。僕は窓からの脱出を試みた。窓を開け、飛び降りる。するとさっきまで外だと思っていた風景も壁であることに気がついた。 「これじゃあ袋小路じゃないか!どうしてくれるんだ!」 でもそれは自分だった。どうして僕は僕を殻に閉じ込めるんだ。どうして僕は僕を騙すんだい。許せない。最高にイライラする。  そうか、お前は学校に行けない訳じゃないんだな。お前は自分を学校に行かせたくないんだな。頭に来る。  そこに壁がある。ならば壊して進めばいい。あるいは飛び越えて進めばいい。そこに人がある。行かないで、ここに居て。そう呼びかけてくる。気味が悪いことに無視して横を抜ければいいだけなのに、壁よりもタチの悪い重力が構えている。僕はこれまで人を無視して、重力の荷重に負荷がかかりながら生活をしていた。  この部屋には憂鬱の雲が出来ている。殴ったって壊れやしない。晴れるまでずっと、狂った頭で待つしかないのかもしれない。終わるかどうかも知らない霧がさよならするまでね。
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