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死んでる彼女
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飲み会の帰りに同じ部署の後輩の朝香祐介が、青い顔をして息を切らして走って追いかけてきた。
「あの、光さん。少しお時間…頂けませんか? 相談したい事があるんです」
すがるように目を潤ませて、必死に両手を合わせてお願いされてしまったので…私は断れなかった。
「別にいいけど…そこのファミレスでもいい?」
私は、目の前にあったファミリーレストランを指差して言った。
「ありがとうございます。話が出来ればどこでも良いです」
祐介は少しホッとした顔をして愛想笑いをしていた。
席についていざ向かい合うと、二人きりであまり話した事が無かったからなのか?…少し祐介は緊張しているようだった。
私はそれを見ていたら、可笑しくなってきてついつい吹き出して笑ってしまった。
「ひどいなぁ! 光さんは…こっちは真面目に悩んでるのに」
膨れっ面をして怒りながらも祐介はやっと少し緊張がほぐれたようで、そのまま要件を話し出した。
「光さんは死んだ人が見えるんですよね? 順子さんに教えてもらいました」
順子の奴め…あれだけ他人には話すなって念押ししていたのに…。
私の顔色が変わったのを察して、慌てて祐介は頭を下げていた。
「順子さんを怒らないであげて下さい。俺がすごく悩んでいたので、仕方なく光さんのことを教えてくれたんです」
「聞いてしまったもんは、仕方ないから別にええんやけど…あんまり過度に期待されると困るんよ」
確かに。この甘い顔した年下の可愛い部下が思い悩んだ顔をしていたら、あの順子なら、放っておかないだろうと私は祐介の顔を見て大きな溜め息をついていた。
「わかってます。でも、話だけでも聞いてもらえませんか? お願いします。こんな話…光さんにしか話せないんです」
「わかったから、もうそんなにペコペコ頭下げんといてくれる? さっきから皆にジロジロ見られてるで!」
若い男女がこんな時間にファミレスで、男のほうがペコペコ頭下げてる場面をまわりの人間は、きっと面白おかしく思って見ているに違いなかった。
結局、私は祐介の話を聞くことになってしまった。
「実は…二ヶ月位前から、知らない女が毎晩のように夢に出てくるんです。最初は普通に夢だと思ってたんですが、毎晩のように同じ女が出て来るなんて…さすがに俺も気持ち悪くて。そやからね。昨日、夢の中で強い口調でもう出てくるな!って言ってやったんです」
祐介は、コップに入った水を一気に飲み干してから更に続けた。
「すると、朝起きたら…姿見が粉々に割れてたんです。それを見て俺…急に怖くなってしまって…」
話し終えると、祐介は私に答えを求めるような目をしていた。
「その流れやと、お怒りになってしまったかもね。…彼女さん」
祐介は、必死になって首を何度も左右に振って否定していた。
「彼女じゃないですよ! 全然知らない女なんです!」
私は、大きく溜め息を吐いて話を続けた。
「祐介くんがそう思っててもね。きっと相手は、そう思ってないのよ」
私の答えに、祐介の顔から血の気が引いていくのがわかる。
「彼女は、きっと前に住んでた住人じゃないかな?」
「どうしたら良いんですか? 本当にあの女が、俺のこと彼氏とか思っていたら…めっちゃヤバイんじゃないですか?」
私を見る祐介の瞳が、少し涙目になっていた。
「彼女と話せるかどうかやねんけど…かなり難しいかも…ここで別の女が出てきたら彼女さん怒り狂いそうやし…」
生きてようが死んでようが、色恋が絡むと…女同士は、何かと面倒なんよね。
「祐介くんは、不動産屋さんに前の住人の事は何か聞いてた?」
私の質問に祐介は、何かを確信したように頷いていた。
「俺が入居する前の前の住人が、男に捨てられて風呂場で手首切って自殺したって聞いてました。でも、ちゃんとお祓いをしたって言ってたし、めっちゃ家賃が安かったから住む事にしたんです」
祐介は、かなりのチャレンジャーだった。
そして…頭を掻きながら祐介は顔を赤くしてボソッと言った。
「あと…その女の人が、めっちゃ可愛かったって聞いてたんで」
「それなら、もう一度夢の中で謝って付き合ったらどう?」
少し呆れたように冷たく言ってやったら、祐介は泣きそうな顔をした。
「勘弁して下さい! 死んでる女とはさすがに付き合えませんよ!」
確かに…冗談言ってる場合では、無いねんけどね。
その自殺した女の人の事を、もう少し調べる必要はありそうだと私は思ったので、祐介にまた質問をした。
「大家さんてマンションに住んでるの? 出来れば…もう少し詳しい事を知りたいねんけど」
「大家さんは管理人も兼ねて住んではるんで、連絡入れたら明日にでも話は聞けると思います」
私のこの質問には、さすがに祐介も真剣な顔をして答えていた。
「そしたら、明日の昼過ぎにでも行ってみよか? 私も直接話しを聞きたいしね。マンションまで案内してくれるやろ?」
そして祐介は、最寄りの駅まで迎えに来てくれるという事で話は纏まった。
*****
家に帰って眠りに就いたら…早速、夜刀が心配そうな顔をして夢の中に出て来た。
「僕は光が心配だから、本当はあまり関わってほしくないんだけど…光は彼を助けてあげたいんだよね?」
いやいや…そんな良いもんじゃなくて、乗りかかった船って奴なんだけど。
「同じ会社の子やしね。出来れば手遅れにならないうちに出来る事をしたいとは思ってるよ」
これも私が、正直に思っている気持ちだった。
すると、夜刀は心配そうにまた苦笑いをしていた。
「そうだね。僕も出来るだけの事はするけど無茶はしないでね。それに龍安にも相談した方がきっと上手くいくよ」
夜刀に師匠に相談するように言われて、私も素直にそうしようと思った。
…やっぱり、私一人だと不安だものね。
きっと師匠にまた怒られるかも…と思いつつ。私は、夜刀の言う通りにするつもりでいた。
*****
翌朝、起きて出かける用意をしていたら私が連絡をするよりも先に師匠からスマホに連絡が入った。
「もしもし…おはようございます。休日なのに朝早くからすみません…どうしても確認しておきたい事があったもので…」
私は、もうあの事を師匠が嗅ぎつけたのかと少しドキッとしていた。
「おはようございます。それで? 確認って何ですか?」
私は、わざとらしく少し惚けてみた。
「今朝、起きたら光さんに頂いた懐中時計にヒビが入っていたんで、何かの虫の知らせじゃないかと思って確認したかったんです。また妙な事に出くわしているんじゃないですか? 正直に答えて下さいね」
やっぱり師匠だわ。こういうことに関しては、嗅ぎつけるのが凄く早いのだ。
「今から電話して…お話するつもりだったんですけど…」
事情を話したら、やはり師匠も一緒に行く事になって、私の住んでいるマンションまで車で迎えに来てくれることになった。
そして、祐介とは待ち合わせていた駅前で落ち合ってマンションまで案内してもらった。
「せっかくのお休みにすみません。大家さんには、先に連絡してこれから伺いますって言ってあるんで、直接大家さんの所までお願いします」
祐介は緊張しているようだったが、多分それ以上に師匠の存在が気になっているみたいだった。
「初めまして祐介くん。私は龍安と言います。光さんの保護者のような者だと思っておいて下さいね。事情は光さんからお聞きしていますのでお構い無く」
師匠は自ら祐介に簡潔に自己紹介してくれたので、私が紹介するまでもなかった。
****
マンションに着いて、大家の町田さんの部屋へ行くと町田さんは部屋の前で待っていてくれて私たちを部屋へ招き入れてくれた。
「自殺した岡野由紀さんの事を聞きに来はったんやね。何から話しましょうか? もう、かれこれ十年前の話なんですけどね。忘れられません…あれは、ほんまに可哀想な出来事でした」
お茶を入れながら町田さんは話を続けた。
「岡野さんは人懐っこい子で、仕事も真面目で私が最後に会った時には、もうすぐ結婚するんやって言って凄く幸せそうでした」
「それが……私がここを甥っ子に任せて一ヶ月ほど海外旅行へ行ってる間にあんな事になってしもて…ほんま残念です」
町田さんは少し目頭を押さえながらも、淡々と話を続けた。
*****
話を全部聞き終わって私はびっくりだった。
どうも大家の町田さんの話だと、彼女が男に捨てられたという話は全く違っていた。
実のところは……二人で、婚姻届を出そうと約束していた日に婚約者が来なかったらしく、不審に思った彼女は婚約者に会いに行ったらしいのだが、向こうの両親に門前払いを受けて泣く泣く帰って来たらしい。
多分…彼女との結婚を彼のご両親は反対していたようだ。
一週間……彼女は彼からの連絡を待ったらしいけど、連絡は無くて彼女は自分は彼に捨てられたんだと自暴自棄になり、風呂場で手首を切って自殺したという事だったらしい。
そして、この話には続きがあった。実は、婚約者は彼女を捨てたのでは無くその日、彼女のマンションへ向かう途中で事故にあって意識不明の重体だったらしくその彼もまたその日から二週間後に亡くなってしまったそうだ。なんて悲惨な話なんや。
話を聞き終わって、三人で大家の町田さんの家を出て取りあえず近くの喫茶店にでも入ろうという事になったので、祐介のお気に入りの喫茶店へ案内してもらった。
*****
店に入って席に座ると…すぐに祐介が、不安そうに私に聞いて来た。
「この後、どうするんですか? 彼女…昨夜も出てきたんですけど」
確かに彼女は間違いなく…あの場所で地縛霊になってしまっている。
「私は、先に岡野さんの彼を探したほうが早いと思います。師匠は、どう思われますか?」
私の問いに師匠は、にっこり笑っていた。
「私もそう思います。彼を見つけることが出来れば…説得しやすいでしょうしね」
師匠と意見が一致したので、これから岡野さんの婚約者を探す事になった。
マンションに戻ると、町田さんが婚約者が事故にあった場所を調べていてくれていたので、そこに霊体が残っていないか確認しに行く事になった。
「婚約者の名前は、確か…内田雅人さんやったね」
念の為に私は祐介に確認しておいた。
「そうです。内田さんで、間違いないです」
「では、急ぎましょう。自殺ではありませんからね。すでに彼は、いないかも知れませんが…念のため、この事故現場に向かいましょう。確かこの道路は…」
師匠は、もう一度…事故があった場所を確認すると、ナビに目的地を入力しながら運転席についた。
*****
一部始終を見聞きしていた夜刀は、心配そうに私の頭の中に語りかけて来た。
「龍安がいるからなんとかなりそうだけど。少し嫌な予感がするんだよ。面倒な事が無ければいいんだけど。光…気をつけるんだよ」
そう私に忠告すると、また何も言わなくなった。
「確か、この交差点ですね。事故があったのは…」
師匠は車を止めてナビを見て確認していた。
「少し降りて彼がいないか見てきます。師匠は車で待ってて下さい」
私は車を降りて、事故があったという場所を見ていた。
すると、交差点の丁度真ん中あたりに黒い渦を巻いたモヤモヤしたものがある。
人にしては大きすぎるし、なんか吹き溜まりのような嫌な感じがする。
よく見ると、その側に幾つか人の形をした灰色がかった影もあった。
「あの大きな黒い奴は悪霊で、そして小さい奴はここで事故にあってあいつに捕まってしまった人の魂だから気をつけろ!」
真っ黒い渦から、目を離せないでいる私を心配した夜刀が語りかけて来た。
「そうやね。あれはちょっと大きすぎる…取りあえず車に戻って師匠に伝えよう」
何度も言うが、今の私に悪霊や霊を払う力は無いに等しい。
「師匠…なんか、やばそうな大きい黒い渦がありました」
「ここからも感じてました。きっとあれは何十年もあそこに居着いてますね。事故があったのもあれのせいだと思います」
師匠と私の会話を聞いた祐介が、更に青い顔をしていた。
「これは、真澄を呼ばないといけないでしょうね…」
交差点の真っ黒な渦を目の前にして、師匠は言った。
真澄とは、師匠の弟で…実は、真澄さんの方が霊能力は師匠よりも上というか、かなり上でこの業界では多分トップにいる人だ。
「そんなにやばいですか?…真澄さん呼ぶって事はかなりですよね?」
師匠が真澄さんに連絡を入れると、すぐに向かうと真澄さんに返事を貰えた。
「大丈夫ですよ、真澄は、光さんびいきですからね。光さんと一緒だと言ってやったら、二つ返事でしたよ(笑)」
私は、少し苦手なんですけど…とは、口には出せなかったけど。きっと、師匠は気付いてるはずだ。
*****
「あれに気づかれる前に、車に戻りましょうか」
師匠が私に声を掛けて、車へ戻ろうとした時だった。
すぐ真横で知らない男の声が聞こえてきた。
「光だ!! 白い光が見える…お願いだ! 助けてくれ!」
これはやばいと思いながらも、声のする方を見たら灰色がかった人の影の一つが現れた。
「静かにして、あれに気づかれたら助けてあげるにも助けられへんようになる。だから騒がずにもう少しだけ待ってて」
通じるかどうかは解らなかったが、とっさに小声で私は灰色の人影を説得していた。
すると、どうにか人影に私の言葉が通じたのか? 静かになった。
「あなたは、内田雅人さんじゃないですか?」
「違います。私は、つい最近ここで事故にあった者です。事故の日からずっと、あの黒い奴のせいでここから動けないんです」
影に向かって内田さんかどうかを確認したが、違うようだった。わかったのは、やっぱり黒い奴のせいで沢山の魂がこの場所に留まっているということだ。あれは間違いなく、夜刀の言う通り悪霊って奴なのだ。
きっと内田さんの魂もどこかにいるはずなんだけど、ここに居る魂の数は多すぎるから探し出すのに苦労しそうだった。
「もう少し待っていて下さいね。あの黒い奴を地獄に葬ってくれる方がこっちへ向かってますから」
私が触れたことで、若い男の姿に戻った魂は黙って頷いて姿を消した。
悪霊に気付かれるといけないので、師匠が結界を張っている車の中で、私は真澄さんが来るのを待つことにした。相変わらず祐介は、青い顔をしたままひたすら怯えていた。
辺りが暗くなりかけた頃に車の窓を叩く音がして、外を見たら真澄さんが満面の笑みを浮かべて立っていた。
*****
悪霊を目の前にしてるというのにも関わらず、真澄さんは私に向かって満面の笑顔を向けていた。
「遅くなって申し訳ありませんでした。私の大切な光さんが、無事で何よりです。待っていて下さって良かったです」
急いで、後部座席のドアを開けると…私は、いきなり真澄さんにハグされていた。
(真澄さん?…いつから私は、あなたの所有物になったのでしょうか?)
口に出すと、何かと面倒なので…私は心の中で突っ込みを入れていた。
「あれは…かなりの年数あの場所に居着いて、事故を起こして人の魂を縛り付けて、恐怖や悲しみや怒りや絶望を喰らって力を得て大きく育ってますね」
黒い渦を見て真澄さんは真面目な顔で師匠に言った。
「この場所は、あまり通らなかったから気付きませんでしたね。依頼人も居なかったし、道路だと、特に普通に事故で処理されますからね。これ以上大きくなられると、本当に厄介ですよ」
師匠の言葉に真澄さんも深く頷いていた。
「では、さっさとあれを片付けましょうかね。光さんは、お守りをそのまま持っていて下さい。そして、心の中であの魂たちに話しかけて…こちらへ誘導しておいて頂けますか? 光さんになら、必ず出来るはずです」
真澄さんは私にそう話すと、にっこり笑って師匠とあの真っ黒い奴の方へ向かった。
「祐介は、絶対に車の中から出たらアカンよ!」
私は祐介にそう言い残して車を降りた。
私は真澄さんに言われた通りに心を落ち着かせ…目を閉じて、心の中で魂たちに必死に呼びかけた。
「お願いします。白い光の方へ、白い光に向かってこちらへ来て下さい! 黒い奴から早く離れて、こちらへ来て下さい!」
すると…沢山の魂が、私の側の白い光の方へ集まって来ていた。
「光! 一人ずつ向こう側へ渡してあげながら、内田さんを探すんだ」
私の目の前に夜刀が猫の姿になって現れて叫んでいた。
「向こう側へって? どうやって渡してあげるの?」
「大丈夫。光が手を握って、あそこに見える白い大きな光まで誘導してあげればいいんだ」
「うん、見える。すっごく大きな白い光…これでみんな向こう側へ渡れるんやね!」
本当に凄い数だったが、私は内田さんを探しながら一人ずつ向こう側へ渡していった。
その頃…師匠と真澄さんは、いつもの如く絶妙な連携プレイで黒い奴をしっかりと地獄へ葬っていた。
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