母親と地縛霊

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母親と地縛霊

 あれから、一週間が過ぎようとしていた。  真澄さんは、三日前にまたややこしい依頼があったようで…。 しばらく関東の方に行くと言って、わざわざ私にホテルの連絡先などを細かく伝えてから、名残惜しそうに旅立っていった。 同じく徹兄も、しばらく博多へ出張しているようだし、二人が居ない間は平穏に暮らせそうだ。色々と慌ただしいことが、重なったせいか? この静かで平穏な日常を私は、少し物足りなくも感じていた。 ********************* 「この間は、ほんまお世話になりました」  祐介が、午後の休憩時間に…この間のお礼だと手土産を持って、私の部署へやって来た。 「これ、休憩の時に順子さんと食べて下さい♪」 どこから情報を仕入れたのか? 私が気に入っているお店のプリンを祐介は買って来ていた。 「休憩室の冷蔵庫に入れておきますね」 気を利かせて、部署専用の休憩室の冷蔵庫に持って来たプリンを入れてから、祐介は軽く会釈して自分の部署へ戻っていった。 「もうすぐ休憩やから、一緒にお茶していけば良かったのにね~」 順子が残念そうに私の背後に立って、私の肩を揉みながら言った。 「部長も外回りで戻らへんみたいやし、ちょっと早いけど…休憩しよか?」 「するする~。休憩休憩~♪」  丁度やっていた仕事も一段落していたので、順子を誘って私もすぐに休憩室でのんびりすることにした。 「祐介くんの件、大変やったんやろ?」  プリンを食べながら、順子は少しだけ申し訳無さそうに…この間のことを聞いて来た。 「確かに…面倒やったけど、師匠も真澄さんも助けてくれたからなんとかなったし、沢山の魂を救うことが出来た訳やしね。それに…十年も死んでから苦しんでた二人が、幸せそうに向こう側へ行くのを見送れたからええんよ」 私の言葉を聞いた順子は、ホッとした顔をして…今度は、好奇心満々の顔をして身を乗り出してきた。 「それで? 光は? 真澄さんとは、いつ結婚するの?」 「ちょっと、急になんでそうなるん? 結婚なんか…まだまだ、考えてない。それに、付き合っても無いのに結婚なんかありえへんわ!」 私が真澄さんとの結婚を否定したら、順子は凄く残念そうだった。 「祐介くんが、二人共ええ雰囲気やったって言うてたから…なんか進展したんかと思って、期待してたのに。ほんまに何も無いの? チュウもして無いの?」  私が真澄さんと、何も進展していないことに恋話好きの順子は、ちょっとつまらなそうに口を尖らせていた。さすがにチュウは無いけど……会う度に真澄さんが、私にハグする回数が増えていることに…私は戸惑いを感じていた。あれは、やはり愛情表現ってやつなんやろか? でも、この胸の内を順子に話すつもりなんて私には無かったので、うまく話をすり替えることにした。 「順子はどうなん? 営業の宮田君とは、あれからどうなってるん?」 私はやり返すみたいに、順子に身を乗り出して聞いてやった。 「付き合ってるよ。……でも、結婚までは話が進んでないねん。なんか、向こうの実家がややこしいことになってるみたいで、最近…なかなか、ゆっくり会われへんのよ」 順子は少し苦笑いしながら、スマホのメールを確認していた。 「今日もやっぱり、無理そうやわ」 「ややこしいって、どうややこしいん? 何か揉めてるん? それとも、誰か具合が悪いとか?」  肩を落として…大きな溜め息を吐いている順子が、つい気になって私は聞いてしまった。 「(まさる)さんが言うには、お母さんが倒れて意識不明のまま…二年も経つらしいねんけど、最近になって…兄弟で延命するかどうかを揉めてるらしいねん」  私に聞かれて順子は、事情を話してくれたけど…その表情は、なんとも寂しそうで私も同じように大きなため息が出てしまった。確かに…彼と付き合い始めて日が浅いから、どうするべきかなんて順子には口出し出来るわけがない。それに、宮田君の母親のことも何だか不憫に思えてきた。  身体は、寝たきりなんだろうけど…きっと、その側で魂が子供の話を聞いているはずだから、自分を生かすか殺すかなんてことを…子供が、言い争っている様子をとても複雑な思いで見てるはず…。 「順ちゃん。宮田くんのお母さんに会いに行こう!」  私は、どうしても我慢出来なくなってしまって…順子と一緒に、宮田君のお母さんに会いに行くことを決めていた。 *****  終業時間になって、私も順子もタイムカードを押して部署を出て、一階のロビーへ降りて宮田君が来るのを待っていた。 その間、順子は私のことを心配して気遣ってくれていた。 「ほんとに大丈夫? 病院やねんで? 無理しなくてええんやで!」 「大丈夫やって、お守りもあるし…出来るだけ、力を抑えて行くから心配ない」  心配している順子の肩をポンポンと叩いてから、お守りを見せて私は大丈夫やと笑って答えた。 しばらく順子とこんなやり取りをしている間に、宮田君がエレベータから降りてきていた。 「ごめん。待たせてしまって。急に入った得意先からの電話がえらい長引いてしもて…神宮さんまで待たせてしまって、本当にごめん!」 「謝らんでええよ。そんな頭下げられたら困るわ。私が無理言って呼び出したんやし、予定もあるのに…ほんま、ごめんね」  待たせたことを詫びて、頭を下げる宮田君の身体を慌てて起こしながら、私は急に呼び出した理由を歩きながら話すことにした。  三人で会社を出て、駅へ向かいながら宮田君に病院へ一緒に行ってお母さんに会わせてほしいと頼むと、宮田君は目に薄っすらと涙を浮かべて喜んでくれた。 「そんな風に順ちゃんが、おふくろのこと心配しててくれて、俺…嬉しいわ。ありがとう」 どうやら、話を詳しく聞いてみたら…宮田くんも順子とデートが出来なくて色々と悩んでいたらしい。 「今日は、兄貴らとおふくろのことをどうするかの話し合いを病院で会ってするつもりやけど…俺はどうしても、もう少し目を覚ますのを待ちたいって思ってる。兄貴も兄貴の嫁さんも、もう諦めようって言うねんけど…俺は、どうしても諦められへん!」  駅から病院へ向かうバスの中で、宮田君は自分の本心を熱く語っていた。 「身体が寝たきりでもな、きっと…お母さんの魂が、見てるはずやって光が言ってくれてん。光にはそういうのが見えるから、一緒にお母さんに会いに行こうってことになったんよ!」 「え? それほんま?」 「大きな声では、言わんといてね」 私は、驚いている宮田君に顔を近付けて念を押しておいた。 ****  病院に着いて、正面玄関を入った所で夜刀の声が聞こえた。 「僕が結界を張って、地縛霊たちには気付かれないようにしているからね。そのまま病室まで行って大丈夫だよ」  私は、心の中で夜刀にありがとうとお礼を言って病室へ順子たちと向かった。病室へ入ると…宮田君のお兄さん夫婦がいたので、順子と私は廊下へ出て待たせてもらうことにした。 結界は、張られてはいるものの…嫌な感じはやっぱりする。 黒い影が、あちこちに見えるし、うめき声のようなものも聞こえる。宮田君のお母さんの病室の前にも、何体か影が佇んでいた。宮田君のお母さんでは、無い…凄く嫌な感じがする。 しばらくして、宮田君が部屋からお兄さん夫婦と出て来た。 「二人とも、おふくろに会ってやって。俺は、下で兄貴らと外の空気吸ってもう少しどうするか話してくるから……」  宮田君はそう言って、私と順子を残して病室を出た。 病室へ入ると…順子はベットの横に座って、意識のないお母さんの手をギュッと握っていた。 「初めまして、仲川順子です。優さんとお付き合いさせて頂いてます。未熟者ですが宜しくお願いします」 宮田君のお母さんに順子は、笑顔で挨拶をしていた。  病室は北向きの暗い部屋で、善くなりそうなものまで…逆に悪くなりそうな病室だった。しかも、この部屋には地縛霊が住み着いているようだった。もしかしたら、あれのせいで意識が戻らないのかもしれないと思っていたら…頭の中で夜刀の声が聞こえた。 「光、宮田くんのお母さんを見つけたよ」 「ほんまに?」 「光が心配してるように…この部屋の地縛霊が原因で、身体に戻れないようだね。お母さんは、まだ魂と身体が繋がっているから戻れるはずだ。でも、早くしないと戻れなくなってしまうよ」 夜刀の話を聞いて、私は少し考えてから順子に言った。 「順ちゃん、お母さんは…まだ生きてるみたいやわ。きっと、助けられるよ!」  そして…念の為に龍安師匠に連絡をして病院へ向かってもらうことにした。 「夜刀、結界を解いてくれる? 地縛霊と話してみるから!」 カバンの中から数珠を取り出して、私が構えると夜刀は結界を解いていた。 大きく深呼吸をしてから、私はそこにいる地縛霊に語りかけた。 「私の声が聞こえますか? この白い光が見えますか?」 すると、病室の隅から黒い人の形をした影が呻き声を上げて姿を見せた。 長い間ここにいて、人の意識を失いかけてるみたいやから…このままでは、まともに話は出来そうに無かった。 私は、この間…真澄さんに頂いた『浄めの塩』をカバンから取り出して、その黒い影を囲うように撒いて手を合わせた。 *****  すると……黒い影は、中学生位の女の子の姿に戻ってその場に立っていた。その横には、宮田君のお母さんも寄り添っていた。 「この子は、悪くないんです。私が勝手にこの子が心配で、身体に戻らないだけです。信じて下さい!」 お母さんは、必死に彼女を庇っている。 「自宅で倒れて…気がついたら病院だったんですけど、身体から魂が出てしまっていて途方に暮れてたら、この子が来て「早く身体に戻れ」って言ってくれたんですけど…寂しそうなこの子を見たら、心配で身体に戻れずに…二年も経ってしまって、その間にこの子は口も聞けなくなってしまいました」 子供を持つ母親なだけに…ひとりで迷ってしまった彼女を放っておけなかったようだ。 「大丈夫です。別に彼女を祓う訳ではありません。彼女を私が向こう側へ渡れるようにします」 私がこれから始めることを説明をしていると……黙っていた彼女が話し出した。 「お母さんを身体に戻して下さい。早くしないと、本当に戻れなくなる。この病院にいる地縛霊や浮遊霊を狙っている悪霊が、すぐ近くにいるんです」  確かに自分たちの力を増幅させるために…悪霊が、人の魂を喰らうと師匠も言っていた。 「あなたは、自殺したんやね。自殺したことを今は、悔いてますか?」 「はい。…凄く悔やんでいます。治療が辛くてこの部屋から飛び降りたんです。楽になれると思っていたので…でも、楽にはなれませんでした」  彼女は、正直に自殺した経緯を語ってくれた。とても治療が辛かったんやね。でも、自殺は絶対アカン。絶対アカンねん。もっと、苦しむだけやねん。 「これから私に憑依して、この経文を悔いる思いを全部込めて書き写して下さい。そうしたらお焚き上げをして、向こう側へあなたは渡れます」 彼女は私の言葉に頷いて、悔いる思いを込めて経文を書き留めていた。  そうしている内に…師匠が駆けつけて、病室に結界を張ってくれていたので…地縛霊たちが、なだれ込んでくることは何とか避けられた。 無事に宮田君のお母さんの魂を見つけることが出来て、夜刀も私もホッとしていた。
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