38人が本棚に入れています
本棚に追加
恋愛恐怖症
******
無事に宮田君のお母さんの魂も…元の身体に戻ることが出来た。
順子に呼ばれて戻ってきた宮田君は、泣きながら兄弟で抱き合っていた。私は、順子を病院へ残して…師匠と一緒にお焚きあげを済まして彼女も無事に向こう側へ行くことが出来た。師匠は呆れて苦笑しながらも、これが私の役割なのかもしれないと言って許してくれた。
****
家に帰って、携帯を見ると…母からメールが届いていたので簡単に今日あったことを報告しておいた。
疲れてベッドに入るとすぐに私は眠りについた。
そして、夢の中で夜刀がホッとした顔で現れて言った。
「真澄から貰った清めの塩を使ったのは、良い判断だったね。彼女は、もう少しで悪霊に取り込まれる所だったから…龍安のものでは、あそこまで戻せなかったよ」
「そやね。私も正直、どうするか悩んだけどね」
夜刀に言われて私もホッとした顔をして見せると、夜刀はまた真剣な面持ちで話し出した。
「実を言うと…僕も、真澄が力を込めて作ったんだ。…光には、秘密だって真澄は龍安に言っていたけどね」
夜刀は、微笑んで私の顔を覗き込んでいた。
「光は、真澄にとって特別らしいからね。光を守るためならなんでもするって言っていたし…」
「知ってたよ。真澄さんの力を、少し夜刀から感じてたしね」
気持ちを悟られたくなくて…私は、クルッと夜刀に背を向けて言った。
「でも…今は、好きとか嫌いとか色恋絡みで悩みたくないねん」
「きっと、真澄は光のそういう所が、好きなのかもしれないね」
私が照れながら話すと、夜刀はクスクスと意地悪く笑っていた。
****
その日から一ヶ月が、何事もなく過ぎていた。
朝礼の後、順子が幸せいっぱいの顔で近況を話してきた。
「あの時は、本当にありがとう、あれからな。優さんとお義兄さん夫婦と改めてご飯食べに行って、お義兄さんに早く結婚しろって言われて。お義母さんが、回復したら結婚しようって…優さんにプロポーズされちゃった♪」
順子は幸せいっぱいといった表情で、プロポーズされたことを思い返しているようだった。こんな調子だったから、今日の順子は、仕事に身が入らないだろうと…私は、残業を覚悟していた。
ところが…。順子は私の予想を裏切り、いつもよりも仕事に身が入ったようで、思っていたよりも仕事が早く片付いたので、定時に帰ることが出来そうだった。愛の力って凄いね。
*****
仕事を終えて、私が帰る用意をしていたら…順子が、真顔で真澄さんのことを、懲りもせずに聞いて来た。
「光は、本当に…真澄さんのことを、好きとかって気持ちは無いの?」
「うーん。私な。出来ればそういうことを…今は、真面目に考えたくないねん。恋愛って苦手やし…」
私が困り顔で苦笑しながら、順子に言うと…心配そうに自分の顎に手を当てて、順子は考え込んでいた。
「それって、恋愛恐怖症って奴なんちゃう? 光…やっぱり引きずってるやろ? 中学の先輩のこととか、高校のあの同級生のことも…」
確かに…中学の頃も高校の時も、今よりは恋愛に対しては前向きな方だった。でも、初めて付き合った先輩も高校で付き合った同級生も…私に生きていないものが見えることを知ると、気味悪がって離れていった。
「真澄さんは、あの二人とは全然違うし、光のことを全部判ってて好きでいてくれてるんやから、そろそろ真面目に考えても良いと思うけどな…」
順子は、真剣な顔をして私の背中をポンポンと叩いて言った。
一階のロビーへ行くと、宮田くんが順子を待っていた。今日も病院へ一緒に行くらしい。ラブラブな二人を見送って、私は一人で駅へ向かって歩いていた。
「真澄さんは、私には…もったいない人やからね」
私は、本音をふと…口に出してしまった。
真澄さんは、男にしておくのが勿体無いと誰もが口にする超美形やし…しかも、スタイルも凄く良くて性格もどこか中性的で、頼りになる。優しくて大人やし、どこにも欠点なんて見当たらなかった。
そんな人に…ギュッとハグされる度に、正直に言うと…いつも心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいドキドキしている。
真澄さんだって…そんな私の気持ちに気付いているはず、あまりにも好き好き言われ続けて、逆に私は真澄さんの本当の気持ちを知るのが怖くなっている。
私がもし、真剣に真澄さんのことを好きだと言ったらどうなるんやろ?
「アカン、考えんとこ。考え出すと、胃が痛む…」
自問自答しながら、自宅のマンションの前まで帰って来た私は、見覚えのある白い車が停まっていることに気付いて足を止めた。
「おかえりなさい。光さん。お久しぶりです♪」
車から降りてきたのは、さっきまで私の頭を悩ませていた真澄さん本人だった。
「ややこしい依頼で、しばらく帰れないって…師匠からは、聞いてたんですけど? もう帰ってきたんですか?」
私は、突然のことだったので…。ついこんな憎たらしい言葉しか、口から出て来なかった。そんなことは、お構いなしの真澄さんは、にっこり笑って私の手を取ると、車へ乗り込んだ。しかも、今日は何故か運転手付きで来たようだ。
「実家でね。母が、久しぶりに光さんと食事がしたいって、駄々をこねるのでね。急で申し訳ないとは思ったのですが、迎えに来たんですよ」
真澄さんは、嬉しそうに笑って私の手をしっかり握ったまま離さなかった。
「ちょっと待って下さい。織衣さんが、帰って来てるんですか? もう、身体は? 大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫です。かなり容態は良いようで、しばらく自宅療養出来るそうです。母はね。どうしても、光さんと過ごしたいようで、お仕事で疲れてる所をすみません」
「そんなん。私は全然平気です。 手術は、手術は成功したんですね?」
どさくさ紛れに真澄さんにギュッとハグされてしまったけど…織衣さんを心配していた私はドキドキする間もなく、身体を離して真澄さんの瞳を覗き込んでいた。
「そうですね…主治医の話では、成功したようです。安静はまだ必要ですが、自宅に戻れるまで回復しましたからね。本当にご心配をおかけしました」
ホッとしたと同時に真澄さんの顔が…すぐ目の前にあることに気付いた私は、みるみる顔が火照るのを感じて、慌ててクルッと真澄さんに背中を向けた。きっと耳まで真っ赤になってる。まだ、この気持ちは真澄さんに悟られたくない…手遅れかもしれないけどね。
車から降りて…玄関を入ると、師匠と織衣さんが出迎えてくれた。70前のお婆ちゃんなのに…。40代半ばの貴婦人にしか見えない妖怪のような織衣さんは、心臓病を患っていて最近、大手術をしたのだった。
手術前のあの日に織衣さんは、涼しい顔をして笑いながらこう言った。
「美人薄命っていうやろ? だから、私が死んでも泣いたらアカンよ!」
「70近くまで生きてるんですから、薄命とは言いませんよ!」
遠慮すること無く…私は、織衣さんに突っ込みを入れていたことを今でも覚えている。
****
織衣さんの無事な帰還を喜びながら、四人で食事を済ませて…応接室で入院中の話を織衣さんが話してくれた。
「ほんま…憎まれっ子世にはばかるって、よく言うたもんですね(笑)」
私が、織衣さんに向かって憎まれ口を叩くと…織衣さんがニヤリと笑って反撃してきた。
「真澄と光ちゃんの赤ちゃんを見るまでは、やっぱり死なないことに決めたのよ。フフフフ♪」
織衣さんは、私の表情が変わるのを楽しそうに見て笑っていた。すると、真澄さんが凄く嬉しそうに頷いて同意していた。この母子は……どこまで本気でどこまでが冗談なのかが、全く私にはわからないから凄く返事に困ってしまった。
「私は、光ちゃんを真澄のお嫁さんにって、本気で決めてるからね♪」
織衣さんは、私を見て真剣な顔をしていた。心の中を読まれてしまったみたいだ。真澄さんと師匠が、席を外して織衣さんと二人きりになると…織衣さんは、私にわかるように本心を話してくれた。
「私は、光ちゃんの心の傷が癒えるまでは待っててあげるよ」
「私も、織衣さんがお義母さんになるのは嫌じゃないです(笑)」
だから、私も正直な気持ちを織衣さんに伝えていた。
しばらくすると、常駐している看護師さんが来て…身体を休めて下さいと言われて織衣さんは渋々部屋へ帰って行った。
***********
「このまま、泊まって行かれますか?」
少し意地の悪い表情で笑いながら真澄さんが聞いてきた。
もちろん私は「帰ります!」って即答していた。
帰りの車の中でも、真澄さんはずっと私の手を握っていたけど…家に着くまでそのままでいた。
「私も冗談のつもりは無いですからね。光さんが望んでくれたら、いつでもお嫁に迎えたいって思っています。徹哉さんを説得するのは、大変そうですけどね」
「そうですね…少し、真剣に自分の気持ちを整理してみます。まだ、時間は掛かるかもしれないですけど」
私は、正直に思っている今の気持ちを真澄さんに伝えていた。
「本当ですか? やっと、光さんも真剣に私の気持ちに応えてくれるんですね」
私の言葉が予想外に嬉しいものだったようで…真澄さんは、今日は気持ちを抑えきれないと…別れ際にギュッと私を抱きしめると、そのままの勢いで私の唇に自分の唇を重ねていた。私は、突然だったので暫く身動き出来なかった。
我に返った私は、慌てて真澄さんから離れて真澄さんをその場に残して、自宅に帰った。あまりにも突然のことで帰ってからも、何も考えられなかった。勿論…これが私のファーストキスでは、無いけれど。もう、何年もそんな経験が無かったので、心臓が飛び出しそうになっている。
なかなか寝付けず、やっと眠りにつくと夜刀が現れて今日の出来事について思うことを語っていた。
「光もやっと真澄と少し進展したようだね。良い歳した男女が、なかなか先に進まなくて僕は少し苛立ちまで感じていたからね。織衣さんが、戻ってきて本当に良かったよ」
夜刀は、今日の出来事を喜んでいるようだった。
「でも、一番の障害は光自身では無くて、徹哉かもしれないね。本当に結婚話が進んだら、徹哉が黙っていないだろうから…真澄は、どうするんだろうね」
そう言うと、心配そうに苦笑して夜刀は黙り込んでしまった。
最初のコメントを投稿しよう!