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婚約宣言
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あの日から…しばらくの間は、真澄さんも関東に戻って本当にややこしい依頼を片付けるのに忙しそうだった。私が、織衣さんに呼ばれて遊びに行くことはあったけど…穏やかに平和な日常を過ごしていた。
****
十二月に入って私の居る部署の仕事も忙しくなり、あの日の真澄さんとの出来事が夢だったのかも…なんて思えるようになっていた。
十二月最大のイベント【クリスマス・イブ】の当日は、退社後に予定のある社員ばかりのようで…誰もが、黙々と必死に仕事を終わらせて定時でタイムカードを押して一目散に帰って行った。
勿論、順子や祐介も同じだった。
私も織衣さんと約束をしていたので、帰る支度をしていると…スマホに着信が入って誰かと思ったら…実家からだった。
「もしもし~、光ちゃん? 仕事中やった?」
聞こえてきたのは、美郷ちゃんの声だった。
「大丈夫やで、今から会社出るところやけど…どうしたん?」
「ごめ~ん。徹哉がどうしても電話しろっ言うてひつこいから、電話したんよ…光ちゃんが、真澄さんと二人きりでデートなんちゃうか?って昨日から、何回もメールして来て落ち着かへんねん」
私よりも、自分の嫁が浮気しないかとかをもっと心配した方がええのに…困った変態シスコン兄貴やわ。
「美郷ちゃんが、謝ること無いし…徹兄が、アホなだけやから…。出来の悪い兄貴で、ほんまごめんね」
私が、謝って溜め息を吐いてると…優しい美郷ちゃんは、明るく笑っていた。
「大丈夫。徹哉がシスコンってことは、理解した上で一緒になったんやから、これぐらいはどうってことないよ」
「今日は、真澄さんじゃなくて…織衣さんに来て欲しいって言われてるんで、これから行くんやけど…真澄さんは、まだ関東やと思うし。心配されるようなことはないって、徹兄に私からメール送っとくね」
念の為に美郷ちゃんには、私が自分で徹兄にメールを入れておくと答えた。
「もしかしたら徹哉な。今夜にでも、新幹線で帰って来そうな勢いやったから…気をつけてね!」
美郷ちゃんは、そう私に念を押すと…電話の向こうで大きな溜め息を吐いていた。嫌な予感がするけど…織衣さんが今日は、温泉に入って一緒に食事をしようってわざわざホテルを予約してくれてるし、私も楽しみにしていたから、邪魔はされたくなかった。念のために、私はその旨を徹兄にメールしておいた。
*****
会社を出ると…師匠が車で迎えに来てくれていたので、そのままホテルに向かうことになった。織衣さんは、昨日から温泉のあるホテルで療養してるらしい。
「お疲れなのにすみません。ご実家で過ごされる予定だったんじゃないですか? いつもいつも母の我儘に付き合わせてしまって…光さんには、申し訳ないと思ってるんですが、母はどうも息子よりも光さんと一緒に過ごしたいらしくて。光さんのご両親にも、本当に申し訳ないです」
師匠は本当に申し訳無さそうに苦笑してから、頭を下げていた。
「謝らないで下さい。嫌ならお断りしてますし…父も母も織衣さんが、私を娘のように可愛がって下さってることには、本当に感謝してるんです」
私は、織衣さんへの思いを師匠に話していた。
「父も母も織衣さんがいなかったら、私は生きてはいなかっただろうって言ってました。十歳の頃のことなんで、私も憶えてるんです。病院で織衣さんが声をかけてくれて、師匠と織衣さんが助けてくれたから、私は今ここにいるんです。だから、命の恩人は大切にしないと」
私の言葉を聞いて…師匠は、凄く嬉しそうに微笑んでいた。
****************
ホテルに着いて、部屋へ行くと…織衣さんが待っていた。
「光ちゃんおかえり! 食事の前に少し温泉入ろう~♪」
私が、返事をする間も無く…そのまま、織衣さんに手を引かれて温泉へ連れて行かれてしまった。
温泉へ入って織衣さんが、私の背中を流しながら真面目な口調で言った。
「やっぱり、徹ちゃん。この傷のことを…まだ、気にしてるんやね。これだけ大きい傷やから、感じる責任も大きいんやろね」
背中にザックリと大きく斜めに入った傷跡を…織衣さんは、指の先でなぞって何か考えてるようだった。
部屋へ戻って私と織衣さんが食事をしている時に、少し楽しそうな様子の師匠が織衣さんに報告に来た。
「先程、真澄から連絡が入りまして、今日中にはこちらへ来る予定にしているそうです。光さんがここへ来られていると話したら、急いで帰ると言っていましたよ」
そして師匠は、私の方を見てニッコリと笑っていた。
真澄さんとは、あの日からずっと会っていないので、正直…会って何を話せば良いのか困ってしまう。気持ちの整理と言っても…どう整理するかも判らないままだったので、何か期待されていたらどうすれば良いのか…私は、急にこの場から逃げ出したくなっていた。
*****
食事の後…織衣さんと話し込んでいたら、夜の十一時を過ぎてしまっていた。織衣さんには、泊まって行きなさいと言われたけど…明日も、朝から仕事だったので、急いで帰る支度をしていると、織衣さんは私に可愛くラッピングされた小さな箱を手渡した。
「最近、光ちゃんがまた…地縛霊に関わることが多くなってるって、龍安から聞いてたからね。これを持ってて欲しいのよ」
箱を開けてみると…中には、新しい高そうな数珠が入っていた。凄く綺麗な水晶と翡翠の数珠だった。私は、織衣さんにお礼を言ってから、織衣さんに用意していたプレゼントの包みを手渡した。包みを開けて出てきたカシミヤの藤色のストールを羽織って、織衣さんは凄く喜んでくれていた。
「ありがとう~♪ 嬉しいわ~♪」
そして、嬉しそうに笑って…後ろから抱きついてハグして来た。
「凄く良くお似合いですね。母上様♪」
すぐ後ろで聞き覚えのある声がしたので、声の方へ振り返ると…両手を広げて真澄さんが立っていて、後ろから織衣さんが私の背中を押したので…私は、真澄さんにしっかり抱きしめられてしまった。そのまま真澄さんは、私を抱きしめたまましばらく離してくれなかった。
「そろそろ、離してあげてもらえる? 光ちゃんに嫌われてしまうと真澄も困るでしょ?」
「そうですね~。嫌われるのは、遠慮願いたいので…名残惜しいですけど」
真澄さんは、クスクスと笑ってやっと開放してくれた。
「私は別に部屋を取ってあるから、ここでゆっくり二人で過ごして頂戴ね。邪魔者は退散するわ~♪(笑)」
織衣さんは、楽しそうに笑いながら…自分の部屋へ帰ってしまった。
「うちの母は、早く私たちの赤ん坊の顔が見たいようですね♪」
真澄さんは、意地の悪い顔をして私に言った。
こんな日に…こんな場所で、男と女が二人っきりですることは、一つしか無いでしょ…織衣さんも無茶なことをしてくれる。この間のことで、鈍くなってしまったのだろうか? 真澄さんを目の前にして、私は逃げ出そうとは考えていなかった。
いっそこのまま…なるようになってしまった方が、気持ちの整理もつくのかもしれないなんて…私が覚悟を決めていると、真澄さんが意外にも紳士的な行動に出た。真澄さんは、私の前に跪いて私の手を握っていた。
「こういうことはですね。やはり順序を守らなくては、紳士とは言えませんからね。まずは、光さんの気持ちを確認しておかないと」
「…私の気持ち…ですか?」
真澄さんの問いに…私が、戸惑っていると…真澄さんは、私に顔を近付けて私の気持ちを確かめていた。
「私と婚約して頂けますか? 本当は、すぐにでも結婚したい所なんですが」
真澄さんが…真面目な顔をして真剣に聞いている。
「……私なんかで本当に良いんでしょうか? 真澄さんは、本当に私と結婚したいんですか? 本当に?」
「勿論です。本当に結婚したいと思っています。私は、初めて光さんに会ったあの日から…私の相手は光さんしかいないと思っていました。光さんも私と同じ気持ちでいてくれていると…確信していましたしね」
やっぱり、真澄さんは私の気持ちをずっと前から知っていたんだ。
****************
私と真澄さんが、初めて出会ったのは…私が14歳で真澄さんは20歳だった。
あの日……私は、真澄さんに一目惚れしてしまったんだ。
でも、歳の差もあるし…叶うはずのない恋だと、そう思い込んで諦めてその気持ちを心の奥にしまってしまった。
「あの時…私も光さんに一目惚れしていたんですよ」
真澄さんは、嬉しそうに言った。
「もう…良いですよね。私は、十分待ったと思うんですよ」
真澄さんは、そう言って私を抱き寄せていた。抱き締められた私は、嬉しくて涙が止まらなくなっていた。
「降参です…。そうです…出会った日から、真澄さんをずっと好きでした」
私は、真澄さんの背中をギュッと抱きしめ返して自分の思いを告げていた。
「やっと…光さんを捕まえました。…それでは、最後の仕上げに行かなくては…」
真澄さんは私の耳元でそう呟くと、急いで私の手を握りしめて車に乗ってホテルを後にした。
最後の仕上げという意味を確かめる間も無く、そのまま二人を乗せた車はマンションを通りすぎて、私の実家の前でようやく止まった。
「ご両親には、先に私から連絡しておきましたので行きましょう」
いつの間に両親に連絡を入れていたんだろう? 真澄さんは、私を連れて車を降りると玄関のインターホンを押していた。すると、家の中から、すぐに美郷ちゃんとお母さんが青い顔をして出て来て…小声で訴えて来た。
「どうしても…我慢しきれんようになったみたいで…徹哉が、帰って来てしまってん。ごめんね。光ちゃん!」
「真澄~~!! 貴様~~~!!」
徹兄をどう対処するかを考えている暇などなく…。勢い良く叫びながら徹兄が家の中から、飛び出してきて…真澄さんに殴り掛かって来た。
その瞬間、後から追いかけて来たお父さんが、徹兄をしっかりと羽交い締めにして徹兄を止めていた。さすが空手の黒帯保持者。
「こんな遅くに玄関先で大声を出すな! お前は、さっさと中に入っとれ!」
お父さんは、徹兄をそのままずるずると引きずって家の中に入った。
「夜分遅くに申し訳ありませんでした。少しでも早く…ご両親にご報告をしたいと思ったので、無理を言って来てしまいました。今日、やっと光さんの同意が得られて改めて婚約させて頂きました」
真澄さんは、両親に深く頭を下げて挨拶をしていた。お母さんもお父さんも微笑んで祝福してくれていた。
「わかっています。私たちも…どれだけこの日を待っていたことか…」
お母さんは、瞳に少し涙を浮かべて喜んでくれていた。
しかし…徹兄は…諦めきれずにまだ暴れている。
「俺がそんなこと許さん! お前なんかに光はやらん! 絶対やらん!」
お父さんに羽交い締めにされたまま…徹兄は頑張って抵抗していた。
「離せ! この! クソオヤジ!!」
お父さんに向かって徹兄が叫んだのと同時に…美郷ちゃんが、徹兄の右頬を思いきり張り倒していた。
「もういい加減目を覚まし! みっともないで徹哉!」
さすが…元ヤンなだけに怒ったら怖い…。
「徹兄! 本当に私のことを大切に思ってくれてるんやったら、真澄さんとの結婚…許して欲しい」
私が徹兄の手を取って説得していると…真澄さんが、徹兄の前に立って顔を突き出して言った。
「そうですね…一発くらいは殴らせてあげても良いですよ。あなたの大事な姫君を頂くのですからね」
涼しい顔をして笑うと…真澄さんは、ゆっくりと目を閉じていた。
徹兄は真澄さんを前にして、凄く悔しそうに握りしめた拳を震わせていた。
「絶対…絶対に幸せにするって約束出来るんやな! 光を不幸にしたり泣かせたら俺は、俺は絶対に許さへんからな!」
徹兄はそう叫ぶと…真澄さんの胸ぐらを掴んだまま泣き崩れてしまった。
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