光と影

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光と影

*****  泣き崩れた徹兄を宥めるのは、大変だった。頑なに反対する徹兄に、今の私の気持ちを伝えて、真澄さんとの婚約を渋々だったけど、認めてもらえたので真澄さんはとても満足そうだった。 後日、改めて織衣さんと挨拶に来ると…両親に深々と頭を下げて、真澄さんは帰って行った。  翌朝、徹兄は仕事が残っているからと…私とは、口も聞かないまま…始発で出張先の博多へ戻って行った。 「光ちゃんは、気にせんでええんよ! その内…落ち着くと思うし、いつまでもシスコンバカ兄貴でおられても困るしね」  美郷ちゃんは、笑って私のことを元気付けてくれていた。 そんな美郷ちゃんを見て…ふと、何か違和感を感じた私は、もう一度美郷ちゃんをじっと見つめて驚いた。 「美郷ちゃん…お腹が…」 「フフフ♪…気がついた?」 美郷ちゃんは、自分のお腹を擦りながらニヤニヤしている。 「もしかして…赤ちゃん出来たん?」 「そうやで。もうすぐ…六ヶ月になるわ」 「徹兄は?…徹兄は、このこと知ってるん?」 私が慌てて聞いたら、美郷ちゃんは凄く意地の悪い顔をしていた。 「あの人が自分で気付くまで、放置中やねん。さすがにお義母さんやお義父さんには、話してあるけど…。この分やと…産まれるまで、気付かんかもな~」 美郷ちゃんは、また…お腹を優しくさすりながら言った。 初めてのお産やのに…美織ちゃんは、全然不安そうではなく…あっけらかんとしていた。このまま気付かずに子供が産まれたら…きっと、徹兄は慌てふためくんやろね。 *****  翌日…仕事を終えて会社を出ると、真澄さんが待っていてくれた。私は車の中で、昨日のその後の話をして…美郷ちゃんが、妊娠六ヶ月だと真澄さんに報告しておいた。 「そうですか。女の子だったら、徹哉さんは、きっとメロメロでしょうね」 真澄さんは、そう言うと…凄く意地の悪い顔をして笑っていた。きっと…頭の中で、その状況を想像して楽しんでいるに違いない。 「結婚なんですけど…徹兄の赤ちゃんが生まれて、落ち着いた頃にしたいと思ってるんです」 「そうですね。そのほうが良いかもしれないですね」 私の提案を真澄さんは、快く承諾してくれていた。 年末年始に…色々と依頼が入ってしまった真澄さんは、また明日から関東へ行かなければと名残惜しそうだった。 「もしも、何か…光さんに起こったら、私はすぐに戻って来ます。ですから、安心して下さいね」 別れ際に真澄さんは、私の力のことをとても心配していた。  確かに…夜刀を身につけていても…最近やたらと黒い影を見るし、声も聞こえる。夜刀も真澄さんに、私の力を抑えきれないと、言っていたらしい。出来るだけ…自分でも抑えようとしているのに。自分でも上手く制御が出来ていない。 真澄さんは、「きっと必要になるでしょう」と言って、守りの者を置いていってくれた。 「真澄は、光を大切に思っているからね。とても強い守りの者を置いて行ってくれたみたいだ。これで僕は、少し昼間に安心して休めるよ」 夢の中で、夜刀はそう言って笑った。  夜刀は、夜刀というだけに…やはり昼間は、力が弱まるらしい。それにしても…こんなに自分でも、自分の力を抑えきれないなんて…何なんだろうか? 今でも、少し油断するとどこからか声が聞こえる。 ずっと…この間から聞こえてるあの声が、少しずつ近づいて来ているような気がする。 「もうすぐ…もうすぐだ…あと少し…」 まだ遠くて全部は聞き取れていない。 でも、夜刀も嫌な予感がすると言っていた。 *****  夜刀と守りの者のお陰で、大晦日も年明けも何事も無く私も家族も過ごしていた。 守りの者の名前を聞いたけど…真澄さん以外には、教えないと言われてしまったので《ナナシ》と私は、勝手に呼んでいる。ナナシは、もともと修行僧だと夜刀が教えてくれたけど、どうして真澄さんに仕えているのかは教えてくれなかった。  年が明けて…四日目になって、またあの声が近くで聞こえるようになった。声は、日に日にどんどん近づいて来るような気がしていた。 「光様。光様の身に危険が迫っているようです。ワタクシだけでは、お守り出来るか心配ですので、念の為に龍安さまの所へすぐにでも参りましょう」 ナナシが危険を察して…私は、すぐに師匠に連絡をして迎えに来てもらった。 「凄く強い力を感じますね…これは、本当に急がないと行けませんね」 異常な事態に気付いた師匠は、車の中で織衣さんにすぐに連絡していた。屋敷に着くと…すぐに織衣さんが清めの塩を持って待っていた。 「光ちゃん、とにかく先に身を清めるよ!」 手を引かれて、浴場へ連れて行かれ…私は、されるがまま言われるがままに身を清めて屋敷の奥のもっと奥の部屋へ連れて行かれた。 「凄い…凄く強い結界を張ってあるんですね」 「これはきっと、影の力を持つ者が光さんの存在に気付いたんです。影の力は光の力を嫌うので、光さんを幽閉するか抹殺するかどちらかだと思います」 師匠は険しい顔付きで、私の知らない影の力のことを話し始めた。 「影の力を持つ者は、その力を悪用してこの世を影で動かしている…生きている人間のことなんです。その邪悪な力で、人を呪って排除しては…世の中を自分たちの良いように動かそうとする者。例えば政治家や権力者です。その者たちの背面下で動いてる輩。それが、影の力。影の力にとって光の力を持つ光さんは、唯一の天敵という訳です」  不安が私の顔に現れていたんだろうか? 師匠は、私の肩をギュッと抱きしめてくれていた。 「光の力は、影の力を無効化させられる。唯一の力ですからね」 …黒い影の力という物があって、その力を持った人間がいて、しかもその力を私利私欲に使ってる人たちが、別にいるなんて…考えたこともなかった。 *****    でも、強い結界の中にいて…しかも、夜刀もナナシも姿を現してずっと側にいてくれているから……私は、全然怖くなんて無かった。 「その影の力を持った人が、近づいて来てるってことなんですよね?」 「母が放った使者からの報告では、明日にはここへ来るであろうと言われています。だから、真澄にもこちらへ戻って来るように連絡をしているのですが……明日まで戻れるかどうかわからないそうなんですよ」 師匠が、織衣さんを見て頷くと…今度は織衣さんが、話を続けた。 「最悪の場合は、光ちゃんの力を解放するしか無いわ…影の力は、光の力で抑え込むしか方法が無いからね。前に教えたやろ? 躊躇せずにやるんやで! 後のことは、私と龍安とでなんとかするから」 そう言って織衣さんは、笑いながら私の背中を叩いた。  私のこの力を解放したら…影の力は押さえ込めても、この世にいる無数の浮遊霊や地縛霊が一気に集まって来るはずだ。だから、それも大変なことで…このままどうなるのかは、私にも想像が出来ないけど…今は、師匠や織衣さんのことを信じるしかなかった。 「僕も全力で、光を守るからね」  夜刀が、尻尾をクルンと私の右腕に絡ませて言った。ナナシも、私のすぐ側で待機していた。そして、影の力を持つ者は…すぐ側まで、近づいて来ていた。 「光…やっと……見つけた」 *****  …また、声が聞こえた。 あの声が、すぐ側まで来ているのがわかった。夜刀もナナシも…全神経を集中して警戒していた。 もちろん…師匠も、織衣さんも警戒している。 それでも声は、すぐ近くで聞こえていた。 「光…隠れたって無駄だ。この結界もこの僕には、無意味なもの!」  叫び声と同時に…何かが、裂けるような凄い音がした。  音に驚いた私は、思わず目を閉じてしまった。そして、ゆっくり目を開けてみると…目の前には、真っ黒なオーラに覆われた黒髪の私と同じ歳くらいの凄いイケメンが立っていた。ナナシが私の前に立って構えている。 そして夜刀が耳元で叫んだ。 「ここじゃ駄目だ! 隣の社へ向かって走って! 早く! 光!」  夜刀は、ナナシと共に…そのイケメンに立ち向かって行った。私は、夜刀に言われた通り全力で走って社へ向かった。 織衣さんと師匠も、私の後ろを護衛しながら走って来ていた。すると…すぐに織衣さんが放った使者の断末魔の叫びが、後方から聞こえてきた。 「お前たちのその力は、僕には通じない! 光は、僕が連れて行く…僕には光が必要なんだ!」  振り返った瞬間に…すぐ耳元で声がしたかと思ったら、全身に激痛が走り…意識が遠くなって、その後のことは覚えていない。 きっと、私は…逃げられなかったんだ。 *****  私は、何の抵抗も出来ないまま…あの影の力を持つ黒髪のイケメンに連れ去られてしまったようだ。意識を失ってから、どれ位の時間が経っているんだろうか…。私は、目を覚まして自分が生きていることをまず確認した。 そして、夜刀とナナシを呼んでみたが…やはり返事は無かった。ここは…見た限りでは、どこかの廃工場のようだ。すぐに私を殺さなかったことには、きっと何か目的があるんだろうけど…これからどうするつもりなんだろう。 (やっぱり…殺される?) それに…さっきから、何故か力が解放出来ない。 影の力ってそんなことも出来るんだろうか…身体を起こしながら、私が思案していたらあの声が聞こえた。 「殺されたくなかったら、逃げようなんて考えないことだね」 声は聞こえるけど…姿は見えなかった。 「僕の一族たちは、光を殺せって言うかもしれないけれど…光が、逃げようとしない限り、僕は殺したりしないからね」  私には、何故か影の力を持つ彼が凄く悪い人間のようには思えなかった。 話す声はとても優しくて…真澄さんや師匠を思い出させる。 「名前…まだ、名前を教えてもらってないよ」 私は、普通に平静を装って話しかけてみた。 「僕の名前は…夜刀。光の黒猫と同じ名前だよ」 彼もまた、親しげに質問の答えを返して来た。 「そうね…夜刀が、人間になったみたい…」 私は、思ったままを言葉にしていた。 「…光は、僕が怖くないの?」 クスクスと笑いながら、彼は私の前に姿を現した。 「怖くない。声が優しいから…。本当に人を殺したりするの?」 「必要な時はね。…僕は、容赦なく誰だって殺せるよ」 私の問いに…夜刀は、正直に答えて寂しそうに笑った。 何故か、親しみさえ感じてしまうこの敵に…どうしても人を殺したり、この世の中を思い通りにしてやろうみたいな悪意を感じられなかった。 彼は、少し目を閉じて考えてから…また、話を続けた。 「今の僕を助けることが出来るのはね。光だけなんだ。あいつらは、ずっと隠し続けてたんだ。僕の力を悪用するために光の力を遠ざけたんだ…でも、やっと見つけて会いに来たんだ。僕たちのこの力を抑えることが出来るのは……光だけだからね」  私が、夜刀を助ける? 私には、夜刀の言っている意味がまだ良く理解出来なかった。でも、彼が敵では無いと言うことは…自然に心で感じていた。
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