政王不在

6/36
前へ
/130ページ
次へ
       ―風を聞くⅠ―    手のひらの敏感さが、その下の柔らかく(なめ)らかな肌の温かさを伝える。 デュッカは、まだ暗いだろう外の静けさを聞きながら、すぐ(そば)にある寝息を妨げぬよう、そっと唇を寄せて白い肌に口付ける。 反応を見られないのは少し不満だけれど、起こすわけにはいかない。 いや、正直に言うと、自分の欲望を満たすためなら、ほかのことなど、どうでもいい。 けれども、そうすれば、その(しわ)寄せはすべてミナに、()し掛かるのだ。 ミナの体は大事だし、何よりも、そのために彼女が、デュッカを顧みなくなることが、面白くない。 デュッカは、彼女のために、動くのではない。 彼女を独占したい自分のわがままを、最も大きな形で、回数多く満たすために、動いているのだ。 「………」 ふと、顔を動かして、同じ部屋にある別の寝台、幼児用の小さな寝台に目をやった。 どうやら、息子レジーネが起きたようだ。 抱き上げてくれる腕を求めてだろう、小さな両腕を天井に上げて、うようよと動かす。 デュッカは、そちらから視線を外して、質の違う風を作り出し、レジーネの相手をさせた。 まだまだ、手の下の肌触りを手放したくないし、ミナに相手をさせるなんてとんでもない。 そんな暇があるなら、自分の相手をしてくれなければ。 そう思う手に力が入ったのか、ミナがふと、寝息を乱して、目を覚ました。 「……ん」 もうすぐ、()が明ける。 こんな時間から、体を求めれば、ミナはきっと、今日一日(つら)いけれど。 むさぼりたい。 「デュッカ…はっ」 息を呑んで、身をよじる。 反応が、いとしくて、たまらない。 「ちょ、今、なん…じ、あっ、だめっ」 かわいらしい高い声が上がって、デュッカは、もう、あとのことなど、ほんとう、どうでもよくなってしまう。 「デュッ、カ、待って、待っ、もうっ…、だめっ、あっ…」 ミナが、一心に反応を求める容赦ない指先を絡め取って、固く握りしめる。 「はっ、もうっ、なんですか、朝から…?朝?」 「まだ夜だ」 「ちょっ、絶対嘘っ、もう、だめだってば、…ああッ」 一際(ひときわ)高い声が上がって、ミナは続く息を(こら)える。 そういう、耐える姿が、すごく、そそられるのだが。 これは、言わずに、楽しんでおく。 「ミナ。もっと」 「だめっ」 「いやだ」 「だめっ、ですってば!もう!…お願い…っ、ふ…」 もう、言葉のひとつひとつが、いや、もう、その声だけで、乱れる呼吸の音だけで、求める心をくすぐられて、(たま)らない思いなのだが。 教えない。 本人にすら、知らせない。 それも、独占しておかなければ。 大切に、胸の奥に。 「ああ、今日、一日、欲しい」 「…っ、そんなっ、こと、だめだって、分かって…」 「分かってる。言っているだけだ。…もう少し、触らせろ」 「デュッカ…」 諦めの声音に、デュッカは遠慮なく甘えて、その肌を(むさぼ)る。 満足することはないけれど、ある程度の欲望を満たして首筋に口付けると、息を吐いてミナが言った。 「もう、こんなことしたら、私だって、我慢するの、(つら)いんですからね…」 思いがけないことを言われて、デュッカはミナを仰向けに、その珍しい色合いの瞳を覗く。 目尻にうっすら(にじ)む涙を親指で()いて、求めてくれるのか、と聞く。 感覚を刺激される動きが()んだので、ほっとしたように吐く息が熱い。 ミナは、答えを迷うように、デュッカを見たり、()らしたりを繰り返す。 「うっ、その…、ごめんなさい、聞かなかったことにして…」 「言わないなら、ほかのことで満足する」 さっそく、肌をなぞる指の動きに慌てて、欲しい、ですっ、と声が上がる。 顔を覗き込んで、再度の言葉を無言で促すと、ミナは、頬を赤くして、目を()らした。 「……あ、その、もっと、触って欲しい、って…」 「……もっと……?」 「う…、は、はい…」 デュッカは、顔を伏せてミナの首に唇を寄せた。 「もう、今日は休め」 「だっ、から、それはだめって、あのっ、もう、()めてくれるのではっ?」 舌が肌を這う、感触をミナは(こら)える。 「そんなことを聞いて()められるか」 「そんなのひどっ、はっ、ちょっ、もうっ、…ん…っ」 …結局、もうしばらくミナを楽しんでから、デュッカは深い息を吐いて、その心地の良い肌から手を離した。 「湯を浴びてくる。お前も、服を着ろ。いつものように、きっちりとな」 夜の衣を着直して、寝台から下りたデュッカを見上げたミナが、かわいらしく小首を傾げる。 「きっちり…?」 その仕草、不思議そうに見上げる目、声、動く唇に、もう一度飛び込みたい強い衝動を感じたが、あるかなしかの理性を酷使して踏み(とど)まった。 「そうすれば少しは、抑えてやれる」 「はあ…」 納得しているとは釈明できない声を上げて、ミナはデュッカを見つめた。 いつも、あんまり、自分に触れる行為を抑えられている気はしなかったけれど、言うだけ無駄か、それとも、やっと放してくれたのに、気を変えさせてしまうかもしれない。 沈黙するミナの懐疑を見て取り、デュッカは微笑む。 白い寝具を胸に、上体を起こすミナの首筋に唇で触れて、ほんの砂時計みっつ分もしない別れを惜しむ。 振り切るように離れると、隣の自室に続く扉を開けた。 今朝は、なかなか、いい始まりだ。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加