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―風を聞くⅠ―
手のひらの敏感さが、その下の柔らかく滑らかな肌の温かさを伝える。
デュッカは、まだ暗いだろう外の静けさを聞きながら、すぐ側にある寝息を妨げぬよう、そっと唇を寄せて白い肌に口付ける。
反応を見られないのは少し不満だけれど、起こすわけにはいかない。
いや、正直に言うと、自分の欲望を満たすためなら、ほかのことなど、どうでもいい。
けれども、そうすれば、その皺寄せはすべてミナに、伸し掛かるのだ。
ミナの体は大事だし、何よりも、そのために彼女が、デュッカを顧みなくなることが、面白くない。
デュッカは、彼女のために、動くのではない。
彼女を独占したい自分のわがままを、最も大きな形で、回数多く満たすために、動いているのだ。
「………」
ふと、顔を動かして、同じ部屋にある別の寝台、幼児用の小さな寝台に目をやった。
どうやら、息子レジーネが起きたようだ。
抱き上げてくれる腕を求めてだろう、小さな両腕を天井に上げて、うようよと動かす。
デュッカは、そちらから視線を外して、質の違う風を作り出し、レジーネの相手をさせた。
まだまだ、手の下の肌触りを手放したくないし、ミナに相手をさせるなんてとんでもない。
そんな暇があるなら、自分の相手をしてくれなければ。
そう思う手に力が入ったのか、ミナがふと、寝息を乱して、目を覚ました。
「……ん」
もうすぐ、夜が明ける。
こんな時間から、体を求めれば、ミナはきっと、今日一日辛いけれど。
むさぼりたい。
「デュッカ…はっ」
息を呑んで、身をよじる。
反応が、いとしくて、たまらない。
「ちょ、今、なん…じ、あっ、だめっ」
かわいらしい高い声が上がって、デュッカは、もう、あとのことなど、ほんとう、どうでもよくなってしまう。
「デュッ、カ、待って、待っ、もうっ…、だめっ、あっ…」
ミナが、一心に反応を求める容赦ない指先を絡め取って、固く握りしめる。
「はっ、もうっ、なんですか、朝から…?朝?」
「まだ夜だ」
「ちょっ、絶対嘘っ、もう、だめだってば、…ああッ」
一際高い声が上がって、ミナは続く息を堪える。
そういう、耐える姿が、すごく、そそられるのだが。
これは、言わずに、楽しんでおく。
「ミナ。もっと」
「だめっ」
「いやだ」
「だめっ、ですってば!もう!…お願い…っ、ふ…」
もう、言葉のひとつひとつが、いや、もう、その声だけで、乱れる呼吸の音だけで、求める心をくすぐられて、堪らない思いなのだが。
教えない。
本人にすら、知らせない。
それも、独占しておかなければ。
大切に、胸の奥に。
「ああ、今日、一日、欲しい」
「…っ、そんなっ、こと、だめだって、分かって…」
「分かってる。言っているだけだ。…もう少し、触らせろ」
「デュッカ…」
諦めの声音に、デュッカは遠慮なく甘えて、その肌を貪る。
満足することはないけれど、ある程度の欲望を満たして首筋に口付けると、息を吐いてミナが言った。
「もう、こんなことしたら、私だって、我慢するの、辛いんですからね…」
思いがけないことを言われて、デュッカはミナを仰向けに、その珍しい色合いの瞳を覗く。
目尻にうっすら滲む涙を親指で拭いて、求めてくれるのか、と聞く。
感覚を刺激される動きが止んだので、ほっとしたように吐く息が熱い。
ミナは、答えを迷うように、デュッカを見たり、逸らしたりを繰り返す。
「うっ、その…、ごめんなさい、聞かなかったことにして…」
「言わないなら、ほかのことで満足する」
さっそく、肌をなぞる指の動きに慌てて、欲しい、ですっ、と声が上がる。
顔を覗き込んで、再度の言葉を無言で促すと、ミナは、頬を赤くして、目を逸らした。
「……あ、その、もっと、触って欲しい、って…」
「……もっと……?」
「う…、は、はい…」
デュッカは、顔を伏せてミナの首に唇を寄せた。
「もう、今日は休め」
「だっ、から、それはだめって、あのっ、もう、止めてくれるのではっ?」
舌が肌を這う、感触をミナは堪える。
「そんなことを聞いて止められるか」
「そんなのひどっ、はっ、ちょっ、もうっ、…ん…っ」
…結局、もうしばらくミナを楽しんでから、デュッカは深い息を吐いて、その心地の良い肌から手を離した。
「湯を浴びてくる。お前も、服を着ろ。いつものように、きっちりとな」
夜の衣を着直して、寝台から下りたデュッカを見上げたミナが、かわいらしく小首を傾げる。
「きっちり…?」
その仕草、不思議そうに見上げる目、声、動く唇に、もう一度飛び込みたい強い衝動を感じたが、あるかなしかの理性を酷使して踏み止まった。
「そうすれば少しは、抑えてやれる」
「はあ…」
納得しているとは釈明できない声を上げて、ミナはデュッカを見つめた。
いつも、あんまり、自分に触れる行為を抑えられている気はしなかったけれど、言うだけ無駄か、それとも、やっと放してくれたのに、気を変えさせてしまうかもしれない。
沈黙するミナの懐疑を見て取り、デュッカは微笑む。
白い寝具を胸に、上体を起こすミナの首筋に唇で触れて、ほんの砂時計みっつ分もしない別れを惜しむ。
振り切るように離れると、隣の自室に続く扉を開けた。
今朝は、なかなか、いい始まりだ。
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