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―片割れ―
宰相ユラ-カグナからの呼び出しは珍しい。
と言うか、初めてかもしれない。
以前は、絶縁結界を視察して回るのが主な仕事だったし、異能統制事業を立ち上げると決めて、動き出してからも、確認の必要などで会う場合は、呼び出しではなく、顔を合わせた時に申し合わせればよかった。
できるだけ早く、王城に来てほしい。
なんとなく、引っ掛かる伝達だった。
「何か意味があるのかなあ…」
歩きながら、そう呟くと、隣を歩くカィンが、用事ではなく?と聞いた。
グランレン修練場創建局には馬車があるが、ここのところ、書類と顔をつき合わせていたので、歩きたいと言ったのだ。
まだ昼には至らない、朝の清々しさが感じられる空気を吸い込み、ああ、やっぱり歩くのっていいね!とルークは声を上げた。
「用事は用事でしょ。みんな、忙しいの判ってるのに、呼ぶんだから。宰相の立場だから、呼び出しって言うか、お願いだけど」
「?では、意味とは?」
「ん、僕が違和感持ってるのは、そうだ、用件を書いてないからだよ。ね、意味深長に思うでしょ」
「ああ、なるほど。それに、なんで、来ないんだろう。宰相の立場からしたら、出向くのが普通じゃないでしょうか」
「そうだよ!それも変だね!そもそも僕、王城には立ち入るべきじゃないんだよ。今、政王不在なんだし」
「ですよねえ」
政王不在に、祭王が、政王の居城で、命令など下そうものなら、双王制の根幹が揺らぐ。
「王城に何かがある、ですか」
「ああ、それなら、行くしかないね。でも、何が?結界が揺らいでるわけないし。あ、でも、前回、改めたとき、ミナの手、借りてないんだった」
ミナは、結界を正しく導く。
その違いは、歴然としているのだ。
「うーん。そうなのかな。確か、昨日は結界再点検したんでしたね」
「ん。でも、アークいないのに…、あ、僕の結界が問題?」
「どういう意味です?」
「王城は、二重結界なんだ。僕ら、3人で建てたのと、僕だけで、王城の建物の維持をしてるのと」
「3人…あ、そう言えば、彩石、大きい方は3色でしたね」
「うん。風で、心を守って、水で、身体を守って、火で、他者からの影響から守ってる」
「へえ。俺、そこまでは聞いてなかった。それって常識ですか」
「いや。でも、王城の衛士なんかには、説明してあると思うよ。それがどんな働きの結界か、警護としては知っとかないと」
「あ、そりゃそうか」
なんでしょうねえ、と言いながら、この平穏な会話が、なんだか嵐の前の静けさに似ているな、と気付き、ぞくりとした。
「あ、なんか今、背筋を悪寒が」
「お、俺もです…」
王城が近付くにつれ、不安が高まる。
「うう。馬車で、さっさと来ればよかった」
「あはは」
カィンは乾いた笑いを発し、やはり、ミナの進言が原因だろうかと考える。
いや、ミナの方が、ユラ-カグナからしたら、上位者なんだから、進言は変か。
逃避行動のように細かい言い回しにこだわったりして。
とにかく王城に着くと、2人は、ルークの護衛の祭王親衛隊の男騎士2人と、宰相執務室へと上がる。
北棟の3階に控える、廊下の衛士が、ルークに気付いて姿勢を正した。
親衛隊のレトール・パーナが先に立って、目的の扉を叩き、祭王陛下のご来訪です、と告げた。
なかから、すぐ開けます、と応えがあって、両扉が大きく開いた。
なかに入ると、扉を開けたのは、王城書庫管理官テオと、城駐彩石選別師マニエリで、手前に出て来ていたユラ-カグナと同じく、恭しく腰を曲げて迎え入れた。
「厚かましい願いにお応えいただき、ありがとう存じます。どうぞ、あちらの椅子に」
畏まった挨拶は、廊下の衛士向けだろう。
こちらの様子を気に掛けている様子は見えないが、こういう、見せ掛けも、時には大事だ。
ルークがなかに入って、扉が閉められると、ユラ-カグナは上体を起こして深い息を吐いた。
「すまない、呼び出して。相談しなければならないことがあるんだ」
「へ、へえ。やだな、改まって」
笑顔を作る頬が、なぜかひくつく。
「取り敢えず座ろう。テオ、マニエリ」
「ああ」
ルークは何気なく、2人を見て、ぎょっとした。
なんだろう、この憔悴振りは。
「どどどどうしたの」
テオはまあ、時々見られる表情だが、マニエリは基本的に、疲労や表情を面に出さない。
動揺で声が吃る。
「いや、まあ…とにかく座ろう」
テオがそう言って促し、ルークは手近な1人掛けの椅子に座った。
カィンは、その斜め後ろに立ち、ユラ-カグナは、テオとマニエリも座ると、長椅子のひとつに腰を下ろした状態で、両手を組み、少し上体を前に倒した。
「あとで見てもらうが、彩石判定師室のことだ」
なんでこちらを見ないのかな、とルークは、どきどきしながら考える。
完全な逃避思考だ。
「ミナから指摘があったんだが、あの部屋には、前代彩石判定師が遺した、手記があった」
「ふ、ふうん…何が書いてあったのかなあ…」
聞きたくない、という気持ちを、成る丈口調に込めてみる。
気付いているのかいないのか、ユラ-カグナは、できる限り簡潔に述べた。
「彩石の情報だ。しかも、危険な」
「危険?」
「影響が絶対的で、人を、破壊する」
ルークは、目を見開いた。
彩石は、人を、助けるものだ。
人を破壊するなんて…。
「え、そんな彩石…、え、と」
「テオ」
「ああ」
呼び掛けに応えて、テオが、小さいが、堅固な結界を張った。
そこから、親衛隊のレトールと、エコー・ケルシが締め出される。
その状態で、テオが語った。
「例えば、火壊石(かかいせき)だ。これは、結界と、それを構築する術者と、火壊石を扱う者を壊す働きを持つ。このサイセキが発動すると、結界を粉々に吹き飛ばし、術者は肉体を破壊され、火壊石を発動した者は、心を破壊される」
ルークは、息を呑んだ。
「え…っ、発動者を、破壊!?」
「心をな」
「それだって、充分、酷いでしょ!」
叫んで、ひとつひとつ、考える。
「結界を破壊なんて、そんな、絶対的にもほどがあるよ。いや、だから絶対的って…とにかく、絶縁結界すら壊すの!?」
テオが答えた。
「そう思うね。明示してなかったが、試すわけにいかない。たぶん、彩石判定師になら、判るんだろう」
「あ…、じゃ、じゃあ、発動したわけじゃ」
一縷の望みに縋るルークに、ユラ-カグナから、即座の否定が返った。
「いや。ミナが、あれは、既に発動して、結果を見たものだと言っていた。書かれていない部分は、確認しなかったもので、恐らく、彩石判定師にしか、判らないんだ。だから、そこは、ミナも、隠している。明言しない」
なんて恐ろしいことを言うんだ。
そう、叫びたかったが、堪えた。
ルークは、自分の胸元の服を、強く掴んだ。
「とにかく、そういうものが、複数、存在して、あの部屋にあるんだ」
ルークは息が苦しくなった。
「そ、そんな危険物を、あ、あんなところに、か、飾って…」
「だからそこは、隠してあるんだ。ミナが、限定解除したと言っていた」
ルークは呻いた。
「彼女は、いったい、どれだけのことを、抱えているんだ…」
ユラ-カグナは、頷いた。
「ああ。だから、対処しないわけにはいかない。だが、どうすべきかは…、正直、考えたくない。いや。もちろん考えるが。少し時間をくれ。とにかく、知った以上、双王に知らせないわけにいかなかったから、取り急ぎ、ルーク、君に知らせている。シィンにも話すべきなんだが、立場的にこれは、俺からではなく、ルークから話すべきなのかと、思ってな…」
宰相の権限で、知らせるべき者を独断できない。
そういう、難しい対処が、必要なのだ…。
「分かった。シィンには僕から。それにしたって、ああ…」
ルークは頭を抱えて、深い息を吐いた。
カィンが言った。
「ミナは、それも、改めるべきと、考えたんですね…」
前代…初代彩石判定師の判断を、ミナは、覆す判断をした。
初代の彩石判定師が、初代の双王にも、初代のマナ-レグナにも明かさなかったことを、こうして、公言したのだから…。
初代には、できなかったことを。
現代で、すべきだと。
判断した。
それは。
そうだ。
信頼の、証し…。
「安定している今だからこそ、すべきだと、考えているんですね…」
「………」
無言を、一同が返す。
その決断を、ミナは、1人で負い、実行した。
まだ、負っていることが、ある。
それでも。
今、ここに、全幅の信頼を寄せて。
自分たちの対処を、求めている…。
ルークは、まだ、心が乱れていたけれど、顔を上げた。
「分かった。そのくらいのことは、僕らで負わなきゃね。じゃあ、判定師室を確認するよ。…、でも、ちょっと、待って」
ルークは、顔を仰向けて、目を閉じると、深呼吸した。
息が整うと、目を開けて、決意に頷く。
「わかった。まず、判定師室から見るから、案内して。それから、シィンに話す。アークにも、僕から、帰ったら話があると伝えておく」
「お願いします」
ユラ-カグナが、頭を下げた。
「ん。ああ、喉が渇いた。ちょっと、喫茶室で落ち着かせて。そのまま判定師室に行くね。あっ、そうだ。ミナは今日はどこなの」
「ああ、今日は土の術全般を検討しに行っている。昨日確認した、結界の問題点などについては、まとめさせているところだ」
「う。やっぱりあるのか。うん、分かった。じゃ、テオ、マニエリ、来て。ユラ-カグナは、見たの?」
「ああ、昨日のうちにな。そちら、創建局の方はどうだ」
「うん、順調。まあ、ちょっと、ごたついてる感じはあるけど、頑張ってるよ」
「四の宮は?」
「ん、明日、御前会議だから、今日の昼から…15時から、四の宮の意見をまとめるって。それまでは、創建局で意見を取りまとめる」
「そうか。忙しいところすまない。よろしく頼む」
「うん、任せて!じゃ、行こうか」
テオが結界を解き、ルークは先に立って歩き出した。
片割れのいない今、自分が、しっかりしなければ。
そう、腹の奥に、重しを置いた。
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