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―異国の地Ⅶ―
***男部屋の話Ⅰ***
寝室の分け方には、多少、既婚の男たちの抵抗が見られた。
黙らせたのは、ジェッツィの言葉だった。
「もう、一生、一緒なんだから、一晩ぐらい、譲りなさい!」
「もう、連続3日…」
「わがまま言わない!」
デュッカの最後のあがきに、ぴしゃりと言い放ち、ジェッツィはミナの背を押して、どんな分け方にしよう、と瞳を輝かせた。
未婚の10代はすんなり決まったが、ファラは既婚だが10代で、ミナは意識的に、10代の仲間と思われていた。
カリはミナより若いのに、その落ち着きから年長者に数えられて、ちょっぴり、いじけた様子だった。
「じゃあ、親世代と子世代で分かれよっか。エリカさんやサシャスティは親世代がいないし、人数的にそちらでもいいですか?」
ミナがそう言って、ジェッツィ、ウラル、テナ、サリ、ファラ、カリ、ミナの7人と、エリカ、リィナ、サシャスティ、マトレイ、カルトラ、セッカの6人に分かれることになった。
ちなみに、男たちは、レジーネ、マディク、ニトを中心に、デュッカ、イズラ、オルカ、テオ、レイ、ルフト、サムナが、ひと部屋、コーダ、ブドー、ユクト、ラフィ、カィン、スー、ファルセット、ファル、パリス、オズネルで、ひと部屋使うことになった。
彼らの使う部屋には、腰より少し低い程度の高さに、灯心草と呼ばれる草を織って作った、畳と呼ばれる床材が敷かれており、その上に寝具として使うための緩衝材を置き、厚みのある敷き布を載せて、寝台が整えてあった。
「ああ、切ない…」
テオが溜め息をつくと、連鎖のように溜め息が続き、オルカが困ったように笑った。
なんで自分はこっちの組なんだろう、と思ったりもしたが、少しデュッカに話すことがあるし、もしかして、医師の自分は、少年たちに、無用な緊張感を与えているかもしれなかった。
「あーあ。隣に柔らかーいリィナの体がないと眠れる気がしないよー」
テオが枕を抱いて、ごろんごろんと左右に揺れた。
樽が揺れているようだ。
「想像させるな、俺だって辛いんだ」
レイが切ない溜め息を吐いた。
もう、何回目か、数える者はない。
「ふん、お前らは毎晩一緒だろう。俺は旅の間ずっと1人寝を強要されるんだ。泣き言を言うな」
「お前はもう少し離れてやった方がいい」
「なんだと」
デュッカはレイを睨んだが、仰向けで目を閉じる本人は見もしない。
気配は察しているが。
「女性には女性の、秘密にしたいことがあるのだとさ。そういう時間を、持つことすら許さないなんて、デュッカはひどい甘え男だ、ということらしい」
「吹き込んだのか、ジェッツィに」
「まさか。ただ、事実を把握しただけだよ、あの子なりに」
「まったく、次から次へと」
「ところで、女性の秘密にしたいことってなんだい」
テオが隣のレイを見る。
レイはちらりとそちらを見て、こいつもこいつだ、と思った。
どうやら、女性の秘密、という言葉に、性的興奮を覚えているらしい。
「ごろごろすることだとさ。そんなだらしない姿は見せられない、ということだろう」
「ああっ、なんてかわいいんだ。そこがいいんじゃないかっ」
テオがまた、ごろんごろんと身悶える。
「まったく、普段、どれだけ贅沢をしていたか思い知らされるよ。手の届くところにいることが、当たり前のように思っていた」
サムナが言って、溜め息を吐いた。
毎晩どうして、あの体を、ただ、抱きしめるだけで満足できていたのだろう。
いつでも、なんでもできるという安心感だけで、満たされていたとでも言うのか。
今、こんなに、情欲に焦がれているのに。
「まったくですねえ…。息子たちがいなくなって、ちょっと浮かれていました」
ルフトが、そう言って、はははと笑う。
近い距離なのだが、次男が出て行って、2人になると、その空間が嬉しくて、ほんとう、浮かれ過ぎていた。
息子たちがいることも、それはそれでいいのだけれど、相手の呼吸だけ、感じる幸せに立ち戻って、新婚のときめきを噛みしめていたところだった。
セッカの心には、息子たちの存在が大きく占めていて、気付くと溜め息をついているけれど、そんな姿にはまた、新婚にはなかった色気があって、嫉妬の疼きも手伝うように、なんとも言えない快楽となっていた。
こんな自分を、セッカはどう思うだろうか、と、少し恐れが交じるけれど、それすらも快楽の内だった。
「うちはまだ、娘もいるし、留学者も来たから、しばらくは賑やかだよ。毎日楽しいねえって、話していたところだ。なんか、それで満足していたけど、そういう、共感してくれる存在があってこそだよね。ああ、寂しい」
サムナがため息交じりで言う。
留学者たちは、今日は、ザムダ邸とカヌン邸で預かってもらっている。
ザムダ邸では、青少年を、カヌン邸では、娘たちを。
最初は、カルトラとサムナが、娘たちをまとめて預かると言っていたのだが、ファラが、母が預かります、と言ったのだ。
「私が家を出てから、少し母が元気がないと言っていて。私も、たまには戻っているのですけれど、巣立ってしまった思いが消えないのでしょうね。少女が3人もいれば、それは賑やかになるでしょう。きっと、気が紛れます」
そのように話して、手配したのだった。
「マディクがいますよ。ほら、サムナに、よしよししてあげて」
マディクは、ちょうど起きていて、父に言われて、サムナに小さな手を伸ばして、たんたん、と叩いた。
「おお…いい子だね。でももう、寝ないといけないよ」
マディクは、言葉を理解したのか、逃げるように、すごい速さで這って移動した。
向かった先は、眠っているレジーネとニトのところで、ニトの顔を叩こうとした。
「おとなしく寝ろ」
近くのデュッカに言われて、内容が解ったわけもないのに、マディクはおとなしく、目の前の掛け布のなかにもぐった。
デュッカは、息を吐いてマディクをひきずりだすと、頭の向きを変え、レジーネとニトの間に寝かせて、もう一度、寝ろ、と命じた。
叱られたと感じたのか、判らないが、マディクはすぐ横のニトの体にしがみついて、顔を隠した。
幼子が大人しくなったので、デュッカは息を吐いて、部屋の明かりを少し落とした。
「それで、オルカ。どう見た?」
デュッカは静かな声だったが、普通の声量だ。
オルカは、小さな子たちが気になって、声を落とした。
「ええ、最初は、歌声が流れるたびに、緊張していましたけど、そのうち、落ち着いて聴くようになりましたよね。注意は必要ですけど、確かに、慰めのようなものにはなっている。今は、それで充分かもしれません」
デュッカは、オルカの配慮に気付いて、言った。
「ああ。音は、気にするな。聞こえないようにしてある」
オルカは、デュッカが風の宮公であることを思い出し、自分が配慮するまでもないことに気付いた。
「あ、そうか。はい。旅の間、歌を聴かない期間としてもいいですし、どれかひとつ、持たせてもいいかもしれませんね。聴かなくても、手のなかにあることが、心強さとなったり、旅暮らしだった母を、連れている、という、気持ちになるかもしれませんね」
若い頃は、港から港に、歌を届けていたのだと、作業しながら、ブドーとジェッツィは、リィナとサシャスティに聞いたのだ。
オルカも、それとなく聞いていて、事情を知った。
「そうか。どうするかな。ミナと話してみよう」
「ええ。年は離れていますが、リィナとは、よい関係が作られつつあるようですね。サシャスティには少し、母の面影を見ているようだ。お2人も、双子との関わりを求めていますし、一緒に楽しむ機会を考えてあげるといいかもしれませんね」
「分かった」
「それと、ジェッツィの方は、今後、もしかして、お2人の影響を強く受けるのかもしれません。進路に関わってきますから、様子を見るだけでなく、話を聞いてあげるといいでしょう」
「うん。そんなところか?」
「ええ。ところで、ウラルたちのこと、このまま、預かる心積もりですか?」
「うむ。住まいを与えてやるしかできないがな。長期になっても、俺たちは構わんが、誰か、様子を見てやる者が必要だ」
「そうですね。来週から、ひと月もいないのですから、解っていても、置いて行かれた気持ちは、拭えないでしょう」
「連れて行くこともできんではないが、そこは、区別するべきと思う」
「ええ、正答だと思いますよ。厳しいようですが、明確さが必要です」
「しかし、中途半端な手出しとも言える。保護施設の方が、割り切れるのかもしれんとも思うんだ」
「ええ…、難しいところです。ただ、こちらの使用人は、温かい。施設の人たちが冷たいって言うんじゃないです。仕事だからではなく、子供のことを考えているのだから。でも、だからこそ、ウラルには特に、その対応は厳しすぎるのかもしれません」
「うむ…」
テオが、ごろんと、うつ伏せになって、会話に入ってきた。
「しかし、3人まとめてだと、二の足を踏むよね。私も、あとからシィアが来ることを考えたら、悩まないではいられなかったよ。今、うまくいっているようだけど、まだまだ、これからだよね」
レイも、ひっくり返って、うつ伏せになり、デュッカとオルカを見た。
「その、こんなことを言っては心ないが、ニトは1人にできないのか」
「ニトは、1人にできるだろう。だが、ウラルは、そうではない。あの子にとって、ニトは、ただの従弟ではない。最後の、拠り所なんだ」
デュッカの言葉に、ルフトも、くるりと引っくり返った。
「3人の姉弟ではないのですか」
「いいや。ニトはウラルとコーダの従弟だ。あの姉弟は、一度、両親を失って、落ち着いたはずの、叔母の家族の下で、再びすべてを失ったんだ。ウラルにとって、コーダは、一緒に支え合って生きる者だが、ニトは、心の支え、そのものなんだ。奪えば、壊れてしまう」
「そうか…」
レイは、痛ましい気持ちで、ウラルを思った。
「コーダの方は、姉を支えるという、使命感が心の支柱となっているから、ニトが元気で、たまに会えるのなら、それで充分だろう。ただ、ウラルがそういう状態だから、3人を離すことはできない」
「ふむ…」
ルフトは、じっとニトを見つめた。
3人の、姉弟と従弟。
自分は、あと数年で、アルシュファイド王国で言う定年を迎えるので、セッカと2人、どうしようか、と、話し合っているところだ。
多くの伉儷がするように、国内一周旅行なんてしてみたいね、との話は出ていたが、生活の形態は、まだ決めていない。
ルフトの現在の仕事は、主に、郊外に出向いて、上水道の導管を整備することだ。
長期に亘って、現状を維持する術を用いているところもあるが、定期整備をするため、敢えて、期間を短期で設定しているところがほとんどだ。
その分、人手を必要とし、金が掛かるが、安全を保つことと、雇用を定着させて、国状を安定させるための、仕組みのひとつとなっている。
同じ年齢の仲間たちは、それなりの地位に立って、組織を動かしているが、ルフトは、現場に残って、活動し続ける経験者として、立とうと決めた。
定年を迎えたら、就業時間は減らすが、現場に居続けたいという、希望を出しており、所属する水道局からも、受諾する内定を受けている。
地位ある者に比べれば、収入は少ないのかもしれないが、数々の実績と、何より更新しながら維持し続けている現場の処理能力に対して、受けている高い評価が、その収入に反映されているので、生活は質素だが、貯えは充分だ。
「ニトは、今、3歳ぐらいですか」
「ああ、今年すぐ、3歳になったそうだ」
デュッカの返答を聞いて、ルフトは黙考した。
成人するまで、17年は長い。
その頃、自分もセッカも60代だ。
だが、若くないとは言え、アルシュファイド王国の民の平均寿命を考えたら、まだまだ、人生の半分だ。
その頃の自分は、どうしているだろうと、考えるまでもなく、現在の職業で勤め続けているだろう。
騎士は独身の者が多いと言うが、ファルの性質からして、よいお嬢さんがいれば、孫を見ることにもなっているかもしれない。
ウラルという、10代前半の娘、コーダという、10歳前後の少年と、そしてニト。
セッカと、ファルと、ラフィと、ウラルと、コーダと、ニト。
とても、大きな家族だ。
セッカは、どう思うだろうか。
なんと言うだろうか。
ファルは、ラフィは。
ルフトは、今、住んでいる家を思い出す。
セッカと2人、あの頃はまだ、ファルもいなくて、手を繋いで見上げた、2階建ての家。
イエヤ邸のような広い家屋ではないけれど、小さくても、多くの子に1人部屋を与えられる家を選んだ。
今、それらは、客間として整えている。
「デュッカ。セッカと、話し合いますが、ファルとも、ラフィとも。まだ、私自身、覚悟というものはありませんが、一度、考えさせてもらえませんか」
ルフトの、発言の重さを。
思って、テオとレイは息を呑む。
イズラは、驚いて口を少し開け、溜め息を吐いた。
「大きな、決断ですねえ…」
ルフトは、そちらを見て、笑った。
「うん。よくこの子たちのこと、知らないけどね。私たちなら、環境は、与えてやれると思うんだ。あとは、受け入れられる、気持ちがあるのかと、この先の生を負う、覚悟を持てるかどうか。それはまだ、正直、判らない。だから、4人で、よく話し合ってみたいんだ」
サムナが、そうか、と言った。
「家の広さは?」
「うーん。充分、と、言いたいね。部屋数はあるんだ。ただ、まあ、狭いよ」
「そうか。仕事は?」
「うん。養えると思う。遊ばせてはやれないが、独り立ちはさせられると思う」
「そうか。確かに、一応、一定の環境はあるな」
「うん」
デュッカが言った。
「改築や転居は考えの内か?」
「うーん。いや、どうかな。改築は考えてみてもいいけど、転居は、しないかな。私は、ファルとラフィには、生まれ育った、家を遺してやりたいから。それに、新たな家庭を作るんじゃなくて、新たな家族を迎え入れたい気持ちなんです。これから変わるかもしれないけど、今は、そうしたい」
「そうか。改築するなら、言え。もう、この子らのことは、余所事ではないからな。まだ、熟考が必要と言うなら、この子らは、ここに留め置くよう、配慮しよう。住まいをこことして、そちらに招いて、何度か泊まらせるなどもしてみればいいし、お前たちがここに泊まって、共に暮らしてみてもいい。ひと月は俺たちもいないから、その間にでも考えてみるといいだろう」
「助かります。明日は、一度、私たちに預けてもらえますか」
「ああ。俺とミナは、ブドーとジェッツィと出掛ける。ニトは、だが、レジーネとマディクと過ごしたいと思ってくれるかもしれん」
「うーん、そうか。せっかく親しんだところを、引き離すのはかわいそうだ…」
サムナが言った。
「まだ、引き取ると決めたわけではないんだろう?それなら、私たちも同行して、あまり意識させない方がいいだろう。レジーネとマディクには、少し早いが、遠出を、そうだな…、そうだ。船で、ズリューナの丘に行って、少し長めに過ごさないか。弁当を持って、…いや、あそこは、景観だけだから、コーダには退屈か」
ルフトが、思い出して言った。
「ああ、そうしてくれるなら、いいところがある。コナル山公園っていう、私有地だけど、自由に入って、楽しめるところがあるんだ」
「へえ。どこだね」
「メリー地区。その公園は、シサ川寄り。船で行けないし、まあ、そこそこ、距離はあるけど、サルーナ・リーほどじゃない。片道なら、1時間もしないと思うよ」
「そうか。マディクたちは馬車で眠るよう配慮して、連れていけるかな」
デュッカが言った。
「父か、サリかカリかカルトラが同行するなら、風か水の寝台を作って寝かせればいいし、客車を丸ごと揺らさないようにすれば、眠らせることが容易になるだろう」
サムナが楽しそうに何度も頷く。
「おお!それはいいね。じゃあ、朝になったら、早速話し合おう。弁当は、すぐには用意できないなあ…」
「あとで持って行かせればいい。1時間もしないのだろう」
これに、ルフトが答えた。
「ええ、そうです。このイエヤ邸の料理師に作ってもらえるんですか」
「できなければ、途中で買ってもいいだろう。選ぶ楽しさもある。ただ、通り道に店はないかもな」
「そうですね。確実なのは、南通りの弁当屋が、開くのは早いはずですが、人数が多いと、店を分ける必要があるかもしれませんね」
「それもまた、楽しみとなるだろう。そうだな…もう遅いから、何も決められないが、明日、何を決めなければならないか、考えることはできる」
「そうですね!何か、書くものあるかな。あっ」
ルフトは、部屋の端に小さな棚を見付け、デュッカが、たぶんその中だ、と頷いた。
引き出しを開けて見ると、願った通り、便箋と墨筆と炭筆がある。
ルフトは、少し迷って、消せないが濃い墨筆と、便箋と、下敷きが見えたので、それも取り出して、自分の寝場所に戻った。
「まず、誰が行くかですよね」
テオが答えた。
「こんな機会、滅多にないんだし、デュッカたち除いた全員で行かないかい」
「大丈夫ですか?」
「特に断る理由は、ないはずだ。女子部屋で、女子だけで出掛ける計画を立てているかもしれないけどね」
「ああ、それはありそうだ」
サムナが言う。
「そのときは、翌週とかにずらしてくれるように言おう。こちらの予定は、早い方がいいから」
ルフトが頷く。
「うん。頼むよ」
レイが言った。
「俺たちは、関係ないとも言えるが、エリカがウラルのことを気に掛けているようだから、同行していいか」
ルフトは頷いて応えた。
「ああ、それは、いい相談相手になってくれると助かる」
サムナが、悩むように言った。
「ええと、じゃあ…、留学者たちは、まだ、あちらだけで過ごしてもらったらいいかな」
デュッカが頷いて答えた。
「あまり多すぎても困るだろう。夜、共に過ごすようにすれば、異変がないか、確かめられる」
「うん、そうだな。明日の夜は、じゃあ…、」
「暁の日は俺たちは休むが、皆、学習や仕事がある。家に帰るのがいいだろう」
「え、デュッカ休むのか」
デュッカは、レイを睨んで言った。
「なんのためにミナを休ませると思う。週末忙しいことを口実に、やっと俺の相手をさせる時間を作ったんだぞ。俺が仕事をしてどうする」
テオがさすがに、苦言を口に乗せる。
「ちょっと、デュッカ、ミナの体調も少しは…」
「ふん。それはそれ、これはこれだ。体調が悪くなるなら、むしろ仕事なんて辞めさせてやる」
テオは大口を開けて、があー、と発した。
デュッカは、再度、ふんっ、と言って、そっぽを向いた。
オルカは、しょうのない人だと笑いつつ、自分も同行していいかと聞いた。
「立場上、学習場のなかだけでやれることを探すべきなんですが、やはり、彼らの体験を思えば、特別扱いとしたい」
サムナが、瞳をやさしくする。
「そうかね。しかし君も、自分の体調には、気を付けてもらわなければいけないよ」
オルカは笑った。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
ルフトが言った。
「じゃあ、取り敢えず、今、この邸にいる者で考えよう。馬車の形はどうしよう」
デュッカが答えた。
「少し変わったものの方が、子供は楽しめるだろう。2階建てのものがあるから、それを雇え」
「あ、見たことありますが、あれは雇えるんですか」
「ああ。朝から伝達を放って用意できるか判らんが、ほかにもいくつか、変わった形のものがある。2台ぐらいに分かれて乗ってもいいし、とにかく、朝になったら手配する」
「お願いします。じゃあ、みんなで行ったとして、ええと、な、何人か…、」
テオが数え上げた。
「まず、ウラルたち3人、君ら4人、僕ら3人、ユヅリ家が6人、レイんとこが3人、カヌン家が2人、イエヤ家が3人、あとは、カィン、オルカ、ユクト、パリス、サシャスティ…かな」
「はい。ええと、29人です!」
「30名の区切りか。2階建てなら、1台で乗れるな」
レイが言い、デュッカが、そうだなと頷く。
「ほかにも乗れるものはあるが、まあ、多ければ2台だ」
「はい。もし弁当屋に行くなら、10人分ずつ頼めばいいかな」
「あと、菓子もあるといいな。焼き菓子なら、何種類かこの邸にあるはずだ」
「はい。あと、飲み物。あ、そうだ。手押し車は必要かな」
「さすがに、折り畳みのものはないが、これから遠出が増えるなら、うちはこれを機会に用意してもいい」
イズラが、うちも!と言った。
「そしたら、それは9時にならないと店は開きそうにない」
ルフトの言葉に、そうとも言えない、とデュッカが言った。
「休日木工の店などは早めだ。あそこは、種類は多くないが、道具類は大抵、完成品でも手に入る」
「そうですか。9時に、ぱっと買って出発しても、朝の茶の時間に着くから、それでもいいですけどね」
「それもそうだな。何かと準備があるし、父と母は、レジーネに何か、形のあるものを与えたいかもしれない。サムナ、4人で行って、選んでくるのはどうだ」
「それ、いいね!物持ちいいから、ほとんどが昔からユヅリ家にあるものなんだよ。種類の多そうな店が開くの待って、選んでくる!」
「ただし、急げよ。人数が多い分、手分けして取り掛かれば、それもまた、楽しめるだろう」
ルフトは喜んで頷いた。
「そうですね!えっと、じゃあ、弁当と菓子は、買いに行く方がいいかな」
「弁当箱や箸などがないかもしれない。グィネスに聞いて、使い捨てか、今後も使うものか、決めてから、なるべく昼食は作ってもらえ。うちの料理師も、腕を振るいたいだろう」
「ああ、なるほど」
ルフトは、温かな気持ちになって微笑んだ。
「菓子は、買いに行く方が、子供が嬉しがりそうだから、行かせるといい。菓子店は、手土産として求められることが多いから、ほかの店より、早く開くはずだ」
「そうですね。それに女性も。少年たちは、フッカとかがいいかな」
「定番だが、タクラなら形が崩れにくいだろう」
「そうですね!ああ、楽しい」
「まあ、楽しいばかりではないが、増えることは、確かだな」
「ええ」
ルフトは、笑って、ふと視線を上げ、ニトを見た。
楽しいばかりではない。
それは、深く心に、重しとして、置かなければならないけれど。
共有できたらいい。
悲しみも痛みも苦しみも。
感じてもらえたらいい。
生きている喜びを、毎日のときめきを。
強くそう、思った。
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