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―ナイデア共和国を行く―
馬車は軽快に走る。
まだ、流土石(りゅうどせき)を仕込んではいないが、ウルカグラを用いて整えられた道路は、ただの荒野よりも安定して、障害となるものがない。
アークは、広い馬車内で、情報伝達紙の女発信師ルーベル・ミィチェの質問に答えていた。
「…では、この道路を作ることのできるウルカグラは、カザフィス王国にも運ばれているのですか」
「ええ、そう。あちらには、土の川があるから、南北を繋ぐ道ではなく、土の川に至る道から、少しずつ整えているわ」
「そちらにも、流土石を提供するのですか?」
「そうね、できることならしたいけれど、維持の方法を考えたら、最初から、そのようなことは、避けるべきかもしれない。そこのところはまだ、検討中よ」
「分かりました」
ルーベルはまだ少し、興奮気味だ。
アルシュファイド王国の政王に直接話を聞けるなんて、そう、あることではない。
逸る胸の鼓動は抑え難かったが、彩石騎士の1人、緑鉉騎士ファイナ・ウォリス・ザカィア・リル・ウェズラが厳しい目を向けているので、対応は慎重にしなければならない。
「少し、まとめますので、お時間をください」
「ええ、どうぞ」
さりげなく休憩を入れて、ルーベルは、そっと息を吐いた。
手に持つ書類を読んでいるはずなのに、こちらがそれとなく窺う度に、ファイナと、目が合ってしまう。
その緊張感も手伝って、疲労は大きかったが、それを上回る意志が、ルーベルを動かしていた。
アルに同行するカイと同じく、今回、3国交易のことを広く認知してもらうため、ルーベルは同行を求められた。
ただし、広報するには、カザフィス王国とボルファルカルトル国の同意が必要なので、無駄足にならないよう、政王の外交の様子を発信する、という、もうひとつの目的も加えてもらっている。
それも、政王側からの申し出だ。
どんな記事になるか、判らなかったが、多くの者に、世界の状況を、解りやすく、発信することを心掛けている。
そのようなこれまでの仕事を、高く評価されて、今回、指名されたのだ。
ただ、発信師であればいい、ではなく。
ルーベル・ミィチェという発信師に、書いてもらいたいのだと。
そう言われたときの感動で、今でも震えが走ってしまう。
新たな録音用の彩石を用意して、ルーベルは再び、質問を開始した。
質問の内容は、予め決めてきており、そちらは、事前に確認してもらったが、この旅のなかで、質問が生じれば、その都度、発してくれていいと言われている。
もちろん、どのような答えになるかは、返答しない、ということも含め、政王側に委ねられている。
事前に用意した質問は、目的地がボルファルカルトル国だったので、そちらに関するものが主だったのだが、ナイデア共和国に入ってみると、次から次へと質問してしまった。
尤も、それらのほとんどは、政王でなくてもできる回答だということで、戻ってから、改めて質問を作成するようにと言われた。
とにかく、アルシュファイド王国が、その建設に関わった、ウルカグラという土を使った道路を通って、一行は荒野のなかを進んだ。
荒野、と言っても、現在、水路が設置されつつあって、作業中の人がいたり、ほかにも、壁と屋根のある建造物が作られようとしているようだった。
「あの建物は何の用途かしら」
アークがそう口にすると、シャスティマ連邦ナイデア共和国外務省特別対応室室長という長い肩書の、コバト・ナイヤという男が答えた。
「あれは、水路管理兼、農地開拓舎と呼んでいます。そのまま、現在設置中の水路を、これから管理、運用、維持し、農地の開拓を見越して、拠点とするために建てているものです」
彼の所属は、厳密にはシャスティマ連邦ということだが、出身がナイデア共和国ということもあり、言葉の端々には、シャスティマ連邦という、大きな国のまとまりの一員としてではなく、ナイデア共和国という、構成国への愛情が濃く表れていた。
「水源は維持できそう?」
「残念ながら、ボルファルカルトル国頼みなので、恒久的とは言えません。ただ、努力すれば、それだけ長く続けられますし、関係悪化などによって水源を断ち切られた場合、異能により、最低限の水を農地に供給しやすくする仕組みを考えに入れて、水路は設置しています。あちらの国に、最初の橋渡しをしてくださったこと、これから、異能の制御により、もしもの備えが考えられること、アルシュファイド王国には、感謝しています」
アークは、表情柔らかく、コバトを見た。
「そう。こちらも、できることは限られますが、今、そのように、先行きに不安だけでないのなら、よかったですね」
「ええ…!」
ルーベルは、この結び付きを、どのように説明すべきかと、考えた。
自国のことを第一に思うのなら、他国のことに関わり合うべきではない。
そんな考え方ももちろんできる。
けれど、船のなかでアークは言った。
他国への援助はいずれ、アルシュファイド王国を、ただ、恩を返されるのではない、豊かさに導いてくれる…。
信じたい。
そう思っている自分を知っていた。
けれど、発信師というものは。
公平であらねばならない。
自分の考えを書いていけないわけではないけれど。
そのために、読者に与える印象を、決定付けてはならない。
意識の操作をしては、ならない。
ルーベルはそのように、信じていた。
一方のカイは、どうなのかと言うと、私情を詳らかにして、隠すことなく、偽ることなく書く。
それはそれで、そのような考えが、なぜ、起こるのか。
読者に知らせることで、読者自身の考えを、促していると思う。
自分はそのようには、しないが、肯定的に考えてもいた。
だから、彼が、自分と同じく指名されたと知ったとき、自分の果たすべき役割を、いや、求められている役割を、理解した。
そのように、するもしないも、自分次第だ。
ルーベルは、冷静に見極めて。
自分の、仕事をしたい、と思った。
自分が自分に課す、仕事。
それはきっと、これからの、発信師としての自分を、作る糧となる。
糧と、するのだ。
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