家族旅行

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       ―Ⅳ―    イエヤ家の旅の一行は、リンシャ王国の王都ハバナムまで、船旅を楽しんだ。 ハバナ湖の南岸中央にあるハバナムまで、所要時間は4時間程度だ。 ハバナ湖には、みっつの港があり、ひとつは北東の国境の町ベガ、もうひとつは、その対岸である、北西の国境の街セルラ、そしてもうひとつが、王都ハバナムだ。 リンシャ王国最北の東西にある国境の町から出港した船は、どちらからのものでも、対岸に直行することなく、常に、ハバナムの港に寄る。 ハバナ湖で、人々の交通手段とされている貨客船はすべて、国王の持ち物なので、運用は国王の取り決めに従っている。 そのひとつに、ハバナ湖横断の(さい)にはハバナムに立ち寄る、というものがある。 ハバナムに立ち寄らせるのは、リンシャ王国に入りながら、王の存在を(ないがし)ろにさせないためと、人々と荷に、王都を素通りさせないためだ。 船を換える必要はないが、ハバナムに立ち寄ることで、ここでもう一度、人と荷物に対して、船に乗せるための料金を支払うことになる。 それだけでも、国王には収入源となるし、そこで料金が発生するのなら、ついでに商売をしていこうと、荷物を降ろす商人もあるのだ。 それにより、ハバナムは、人や物が集まる、都と呼べる街として、()り続けられている。 また、リンシャ王国では、陽の落ちている間、船を出すことはないので、みっつある港から船が出る時間は、8時、10時、13時と決まっている。 東西の国境の町から、8時出港の船に乗るのなら問題はないのだが、そこに到着するのに、流土石の道路が整えられた現在でも、隣国の首都や王都からの移動時間は、休憩含め3時間程度だ。 (よる)が明けてから出発すれば、船に乗る時間は10時か13時になるので、ハバナムで1泊しなければ、先には進めない。 そのため、多くの者が、ハバナムで夜を過ごすことになり、それもまた、王都を栄えさせた。 「ふうーん。それって、なんか、操られてる感じー」 ジェッツィの不満そうな言葉に、ミナは微笑んだ。 「でも、そんな風にでも、稼いでいかないと、国を維持するのは難しいんだよ。国がなくなれば、国という枠組みがなくなれば、近隣の国から、その土地に住む人たちは、土地や物、時には人も、奪われたりするんだよ。今の状態が、この国の人々にとって、最善とは言わないけど、ここまで維持されてきたということは、他国から奪われることがなかったという事実は、生活する上で、大きな助けになったと思う」 「最善の方法を探さなくていいの?」 「それは、この国の人たちが、考えることだね。現状で良しとするのか、もっと良い状態を求めるのか。最善の方法を探すということは、現状を変える方法を探すということだよ。それに伴って、現状で得をしている人たちは、それを失うかもしれないし、物事を変えようとするなら、大変な労力と、それに従って変化しなければならないこともたくさんあって、影響は大きい。それらすべてに対処していくには、人手も、時間も、お金も、ほかにもいろんなことが、必要になる。それらを用意できるのかどうか、という問題もあるね」 「う、うーん…」 具体的なことは思い描けないけれど、ジェッツィにも、変化の大変さというものは、なんとなく感じ取れた。 「変えるとしたら、どんなこと?」 ブドーに聞かれて、ミナはそちらを見た。 「そうだね。まず、わざわざハバナムに寄らせなくても、国境の町で宿泊してもらったり、船の料金を改定する、という手段がなくもないよね。そちらで、これまで通り、もしかしてそれ以上のお金が回収できるなら、それも悪くない。ハバナムでの仕事は減るけど、その代わり、国境の町で仕事が増えるかもしれない」 「必ずしも、悪いことばかりではない?」 「うん。だって、良くしようとして変えるんだもん。悪いことは、あるかもしれないけど、少なくなるように努力して、それはきっと、それなりに成果があるよ」 「うん…、そっか…」 「アルシュファイドも、今、いろんなことが変わってる。それは、良いことかもしれないし、悪いことを招くかもしれない。それでも、みんな、やりたいって、思って、良くなるって、信じて、動いてくれてるんだと思う」 「ふうん…」 ブドーとジェッツィが、これらの話を聞いて、どう思うのか。 今後の考えに影響するのか。 判らないけれど、ミナは、目の前に何があるのか、2人に、理解してもらいたかった。 きっとそれは、2人が生きていく、この先のことで、役に立つから。 2人がそれぞれの考えに沈む様子から、窓の外の景色に目を移すと、ぼーっという、こもりながらもよく通る、太い笛のような音がした。 一行がいるのは、左舷側の客室なので、港に入ろうとする様子を見ることができる。 「下船の合図かな」 「ああ。準備をした方が良さそうだな」 現在のリンシャ王国の様子を教えてくれていたムトが、ミナの言葉に応えて言った。 一行は、それぞれの席を立ち、棚などに置いていた、貴重品のほか、手荷物を取ると、少し話して、下船も徒歩でしてみよう、ということになった。 乗船したベガとは、行き先が逆なだけで、特別変わったことはなかったが、通路から見える景色を感動を持って眺め、発着用の建物のなかに入る。 示された進路そのままに、2階から1階に階段を下りると、建物の外に出て、船底から出てきた車と合流した。 すぐ雇えるよう、港で整えてあった馬に引かれる車に、乗り込む者は乗り込んで、近くの宿に向かう。 今回、泊まる宿も、ミナたちが前回利用した宿だった。 ブドーとジェッツィや、来るのが初めてのユクトやテナ、付従者(ふじゅうしゃ)警護隊の面々は、その外観の荘厳さに口を開ける。 贅を尽くしたような造りの宿で、やはり贅沢な食事をいただくと、翌日の出発の確認をして、早めに、宛てがわれた部屋に戻る。 翌朝(よくあさ)、船の出港に合わせて支度をした一行は、車を馬に引かせて、そのほとんどが徒歩で船に乗った。 この船でも、寝台の付いていない個別の客室を取って、船内探検のあと、客室で(くつろ)いで過ごした。 到着したセルラでも、徒歩で下船すると、手配していた馬を引き渡してもらい、まずは昼食。 食後、少しの休憩の後、13時に陸路を出発した一行は、セルラの出口で流土石を用いた道路に入った。 ここから、隣国イファハ王国だ。 流土石を用いた、往復路と言う、この道路は、互いの逆側に向かう2本の道路の脇に、整備された、流土石を用いていない道路がある。 これら4本の道路それぞれには、人が通る歩道と、馬車が2台並んで走れる程度の道幅があるので、かなり広い空間が(ひら)けている。 その両脇には、勢い盛んな草花が茂り、入国する者たちを迎えていた。 「わあ、だいぶ変わったねえ。前に来たときは、馬車に当たりそうなぐらい、草花が迫っていたんだよ」 「へええ」 以前にも迫力に息を呑んだが、草花の輝きは衰えを知らず、これこそイファハ王国と誇るような有様だった。 ここから直接、ザクォーネ王国に入る道も、一応、あるのだが、そちらはまだ整っていないので、流土石を用いた道路ではない。 特に急ぎの旅でもないので、少し遠回りになるが、一行は、イファハ王国の王都ケフィラに立ち寄って、1泊することにしていた。 ミナは、こちらの、現国王の王弟にして外務大臣クリセイド・アシィカとは知人の範囲だ。 ザクォーネ王国からの帰りに、2泊ほどする予定なので、そのときに、あちらの都合が良ければ、挨拶しよう、ということになっている。 往路は、1泊なので、充分に休息を取り、翌日、この旅の目的地であるザクォーネ王国に向けて出発した。 ここからも陸路は、流土石を用いた道路だ。 元々、それほど長くない距離なので、1時間程度で、ザクォーネ王国唯一の玄関口、最南の町ファランツに到着した。 ザクォーネ王国には、前回にミナたちが来たとき、水の側宮サリが打ち建てた、水の絶縁結界が作動中なので、このファランツにある、2ヵ所の出入口以外からの侵入は、よほどの技量を持つ者でなければ、できない。 ただ、異能の力量が大きいというだけでは、この結界に干渉して侵入することは、できないのだ。 ザクォーネ王国は、陸地よりも水場の多い国なので、ここから、馬車と馭者を残して、船で、湖、川、水路などを進んでの旅となる。 一行は、以前にも利用した船屋(ふなや)に向かい、船と、それを操る船頭とを借り受けた。 3艘の船のうち、1艘は、屋根と、障子と呼ばれる窓と、少ないけれど壁のある、水上に浮かぶ小屋のような造りで、ほかの2艘は、船上にそのような小屋はもちろん、遮るものは何もない。 イエヤ家の面々は、その、屋形船(やかたぶね)と呼ばれる屋根付きの船に乗って、障子を開けて流れる景色を眺めた。 以前は、町なか以外では、霧が立ち込めていて何も見えなかったが、現在は、町を出れば、湖に浮かぶ小さな島のような陸地も見えるし、進んでいるのが、広い湖なのか、一方(いっぽう)への流れのある川なのか、人工の水路なのか、知ることができる。 「へえーっ。すげえ!深いとこと、浅いとこがあるのな!浅いとこは、通れるように、深くしてるんだ!水が透き通ってるから、この辺、深くしてあるのが良く見える!」 「どこっ、あっ、ほんとだ!へええ、へええ、きれい!」 開けられる障子は、背面にあるので、2人は身をよじらせて、外を見る。 その姿を微笑ましく思い、ミナは、浮かぶ笑みを大切に思った。 こんな風に、笑顔をくれる、ふたりを。 「そろそろ昼なので、次のウィランシィに停まりましょうか」 この船の船頭が、屋形(やかた)の内部に顔を出して言い、同船していたセラムが、そうだな、と頷いた。 「ほかの船とも連絡を取って、次の町?港付近で、一旦、船を繋ごう。ウィランシィと言うのは、どういう所だ?」 「操船があるので、外で構いませんかね」 「ああ、分かった。出よう」 船頭とセラムが外に出て、やがて戻ると、次の港は、やや寂しい街だろうと言った。 「弁当があるから、食事の心配はしなくていいが、船内で食べることになりそうだ」 「外に出てもいいか!?」 ブドーの言葉に、セラムは頷く。 「ああ。座り続けは、きついからな。だが、あまり港から離れるな」 「分かった!」 ミナが、前に来たときは、弁当は着いた港で買ったよね、と言った。 「ああ。あのときは、それが良さそうだったが、今回は、船の予約をする時に、船屋の者が、近くに弁当屋ができたと言っていたからな。うまいということだったから、ついでに頼むことにしたんだ」 「そうなんだ!楽しみ!」 そうして着いた港は、小さめの漁船らしき船が、多く繋がれたところで、余所(よそ)から船を停泊させる区画は、あまり広くないようだった。 「ここで多くの船が休憩するようになったのは、ここ数年のことらしい。今、様子が変わりつつあるようだが、まだ、大勢の訪問者に対処できる設備では、ないようだ」 食事を摂りながら、セラムが、船頭に聞いた話を教えてくれた。 弁当は、船屋(ふなや)の者が薦めてくれただけあって、おいしく、どうやら、イファハ王国の多色で多彩な野菜を、多く使っているらしく、鳥獣の肉はないが、魚肉だけでも、見た目も、味も、腹にも満足できる内容となっていた。 食事が済むと、一同は船から降りて腰を伸ばし、港の近くを歩いて、様子を窺った。 新たに開かれたと思われる食堂があったり、持ち帰り用の飲食する品があれこれ店先にあって、ちょっとした人だかりができている。 「うわあ、お弁当、用意しといてよかったね!」 「うん、でも、ちょっと入ってみたい!」 ミナとジェッツィは、表から眺めるだけにしたが、ブドーは積極的に、順番待ちの列に並んで、食べやすそうな何かと、中身の入った水筒を買ってきた。 「なんか、うまそうだった!」 そう言って、包みを開けると、茶色の焼き色が付いた白いものに、具材を挟んでいる食べ物だった。 「いいなあ、でも、私じゃ食べ切れないや」 ミナは残念に思いながら言い、立ったまま、おいしそうに食べるブドーを見た。 「水筒のなか、なあに?」 ジェッツィに聞かれて、ブドーは、雑穀茶、と言った。 「これで、一揃(ひとそろ)いなんだってさ。ザクォーネも雑穀茶なんだな!」 「ああ、うん。イファハ王国は、決まってなかったよね。雑穀茶と、草茶(くさちゃ)と、花茶(はなちゃ)が、好みで飲まれてるみたいだったね。葉茶(はちゃ)や豆茶(まめちゃ)もあったけど、種類を選べるようなものじゃなかった」 雑穀茶は、チタ共和国から流れてきた形が定着したのだろう。 草茶は、アルシュファイド王国では、薬草を使っているので、それぞれの効能があり、味が強いのが特徴だが、イファハ王国の草茶は、飲みやすいもので、グァリという名のものが一般的なようだった。 花茶は、アルシュファイド王国と同じく、花弁から作られているそうだが、宿でいただいた花茶は、宿の特別配合のもので、イファハ王国では、何種類もの花の花弁を花茶に使うことが、通例らしい。 アルシュファイド王国では、一応、数種の花を合わせたものもあるが、特定の花1種ずつの花弁から作っているものが、主流と言える。 「お茶ひとつでも、それぞれ違うんだ。私たち、うちでは、お父さんが採ってきた、いろんな植物を煮出してたけど、ザルダ茶が一番、飲みやすかったかな」 「そうなんだ」 「うん。いくつか、これいいなっていうのもあったけど、それは、あんまり採取できなかったって、一回きりしか飲めなかったりした」 「それは残念だったね」 「ううん!いろんな味を知れて、楽しかった!とても飲めないのとかもあったけど、お父さんと、いっぱい、話して。楽しかった」 ブドーとジェッツィが、動きを止めて、前方に目をやる。 そこにあるものを見ているのではなくて、記憶を辿っているのだろう。 ミナは、ふたりの様子をじっと見ていたが、記憶に沈む様子は、長い時間ではなかった。 すぐに目の前のものに意識を戻して、表情が動くのが判った。 昼の休憩を終えて、再び船を出した一行は、夕暮れ時に、ファランツの真北にある、ヴェッセンと言う町に到着した。 前回は、絶縁結界構築を依頼されて来たので、領主の城に泊まったが、今回は、ただの家族旅行として来たので、宿に泊まる。 昼に休憩したウィランシィとは、比べものにならない大きな町で、船は大きな建物の裏手に停まると、人と荷を降ろした。 対岸に、船を停泊させる所があったので、あとで、あちら側に繋ぐのだろう。 イエヤ家の面々は、ムトなどとともに、一足先に宿に入って、部屋に通された。 洗練された美しさのある部屋は、やさしく、しなやかな女の立ち姿を思わせた。 食事も、繊細な盛り付けをされたもので、細部への気遣いが嬉しい。 一行は、上質な宿のもてなしに満足して、眠りに就いた。
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