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―四色(しそく)の者Ⅰ―
マナ-レグナ同様、長きに亘る空席を余儀なくされた役職がある。
彩石判定師だ。
現在、そこに座るのは、ミナ・イエヤ・ハイデル。
風の宮公デュッセネ・イエヤ、通称デュッカとは伉儷だ。
一年ほど前、長男レジーネ・イエヤを産み、最近引き取った双子の姉と弟とともに、新たな家族として歩み出したところだ。
「それじゃ、10,000ディナリずつ渡しておくね。行ってらっしゃい、気を付けて」
「うん。ありがと、ミナ」
財布に紙幣を仕舞い込んだ弟、ブドー・セエレンに続けて、姉のフレンジェット・セエレン、通称ジェッツィが、ありがとう、ミナ、と言った。
ミナは、にっこり笑顔を見せて、どういたしましてと返すと、門に向かう2人を見送った。
ボルファルカルトル国に向かうアークを見送る少し前。
ミナはイエヤ邸で玄関扉を閉めると、押さえようもなく、ため息が出た。
デュッカがその腰に腕を回し、今日は休んだらどうだと言いながら、唇をミナの首筋に寄せた。
「ちょっ、だめです、こんなところでこんな時間に」
「なら、寝台に戻ろう」
「だめ。ぜったい」
決然と言い放ったミナだが、正直、少し体が辛いので、デュッカの思惑が何にしろ、寝台に横になる、という状態には、強く心引かれた。
そのため、と言うか、体は正直と言うのか、デュッカに身を寄せてしまった。
本気でかなり辛そうなので、デュッカは自分の、抑制などという言葉を一切無視した昨夜の行為を、今後はちょっとだけ改めようかと、ちらりとだけ思った。
ほんとう、ちらりと、思っただけ。
「まだ時間はある。戻るぞ」
そう言って、ミナを両腕に抱え上げると、デュッカは階段を上った。
ミナは、自分の失敗が分かっていたので、諦めの息を吐いて目を閉じ、運ばれるに任せた。
居間の、異能対策をしてある幼児用柵の中に入れている、レジーネのことが少しだけ頭を過ったが、デュッカに任せておけばいい。
風の宮公は、祭王の補佐を務める四の宮公の一角で、風の異能が桁違いに強い者が、その椅子に座る。
扉は閉まっているが、風は大抵、隙間から出入りしているので、2階の、ふたりの寝室にいても、1階の様子を把握するぐらい、訳は無い。
砂時計みっつ分程度、4分の1時間という短い時間、寝台に身を横たえたミナは、なんとか自力で起き上がって、部屋の中にある姿見に全身を映すと、身なりを整えた。
「今日は残業はやめておけ」
「努力します」
鏡の中の、自分の赤い顔を直視できない。
遠慮なくと言うよりは、容赦なく、寝台のミナの背を、デュッカが撫で回したからだ。
同時に、風によって、全身に、ほどよい圧力を加えてくれたので、先ほどまでより体は楽になったが、与えられた刺激に反応した、気持ちの切り換えが、やや遅れている。
こんなことではいけないと、邸の外の気配を探って、迎えが来たことを知る。
「イルマたちが来ました。行ってきます」
「ああ。早く戻って、俺の相手をしろ」
「約束できません」
「ふうん。まあ、いいが」
ミナは、扉に行きかけて、なんとなく気になり、デュッカを振り返った。
「デュッカ?」
「旅の最中はあまり手が出せないからな。今週は我慢しない」
「ちょっ…っ、ああっ、もうっ、しようのないひと!」
ミナは苦し紛れにそう叫んで、勢いよく部屋を出た。
もう、すぐに、イルマ・リ・シェリュヌたち、ミナの護衛は扉を叩く。
見送るかと思われたデュッカは、ミナのすぐあとを追っており、ともに護衛たちを迎えた。
少女騎士イルマと、男騎士セラム・ディ・コリオと、同じく男騎士パリス・ボルドウィンが、扉が開くのを待って、挨拶した。
「ちょっとだけ待ってて、ちょっとだけ」
そう言って、ミナは居間に戻り、レジーネの側に行って頭に触れると、行ってきます、と呟いた。
振り向くと、イエヤ邸の一切を取り仕切る家令のグィネス・テトラがいたので、レジーネをよろしくと頼んだ。
「はい。行ってらっしゃいませ」
「うん、お願い」
慌ただしく居間を出ると、お待たせ、と声を掛けて、イエヤ邸を出た。
外の風が、心地いい。
今日もいい天気になりそうだな、と、透明度の高い緑玉色の虹彩と、鮮やかな青い瞳孔の珍しい組み合わせを持つ一組の瞳を空に上げた。
黒い中に、赤い色の筋が交じる髪を、風が撫でて通り抜ける。
アークの出発まで、あともう、ほんの少しだった。
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