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―Ⅴ―
ミナは翌朝、少し遅くに目覚めたようだった。
遅くと言っても、食事には充分、間に合う。
いつもより、少し辺りが明るいという程度だ。
身支度を済ませて、部屋を出る。
明け方担当の不寝番…交替で寝ているが…は、アニースなので、今朝も扉の近くにいた彼女と挨拶を交わして、皆はどこかと聞く。
「たぶん、ほとんど中庭と思うけど、もしかしてジェッツィは、談話室かも」
「そうだね。今日、やっと目的地に到着だね」
「ああ。でもミナ、何をするんだ?」
「ん。ちょっと、風を通すだけだよ。デュッカに頼まないと」
そういえば言っていなかったと気付き、足早に中庭に出ると、木に寄り掛かるデュッカの側に寄る。
「おはようございます。デュッカ、明日、風を通したいんですけど。この国に」
言うと、腕を伸ばすので、一歩近付いてみた。
デュッカはミナの頬を片手で包んで、親指でしばらく撫でていたが、やがて言った。
「風でなくとも、やれるのか」
「ああ…、まあ、やりようがないでもないですけど」
「けど?」
「この、水の気配の強いなかに、できれば、風を通したい。あなたの風を。デュッカ。あなたの、心の在り様が。きっと、皆の指標となるから」
「俺の…心?」
ミナは頷いた。
強い風のなかでも、まっすぐに立つひと。
でもそれは、風に立ち向かっているのじゃない。
受け入れて、過ぎ行くままに、感じている。
自我を消しているのでもなく、ただ。
そこにあるものを、認めてくれる。
温かな、心が。
通り過ぎた皆のなかに、少しでも残るといい。
ミナは、頬に触れるその手に、自分の手を重ねて握り、少しの間、風を感じていた。
「朝食にするか」
少し離れたところで、ムトの声が聞こえて、ミナは手を放し、デュッカも離すと、並んで歩き出した。
巻き込んではいけない、とは、ミナは考えなかった。
1人で、できないことではないけれど。
きっと、自分1人でやるよりも、うまくできる、そう思う。
ミナ1人の、思いではなく。
独断ではなくて、きっと。
デュッカの、思いが、ミナの考えの押し付けを、止めてくれる。
ミナは、デュッカの指に指を絡めて、握った。
何よりも、自分は、1人じゃない。
このひとと。
一緒に、生きていくから。
何を、決断、するにせよ。
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