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―Ⅷ―
ミナとデュッカの作業は、1時間以上、2時間未満で終わった。
終了と同時に、ミナは、倒れはしなかったが、ふらつき、デュッカに有無を言わせず抱き上げられ、部屋に運ばれた。
サラナザリエは、この作業の効果のほどを知りたかったが、デュッカの行動を止めることはできなかった。
それからミナは、食事もせずに、夕方まで休むと、少し疲れた様子で、デュッカとともに部屋を出て、まず、サラナザリエの所に来た。
「ミナ。成功したのか」
顔を見るなり、そう聞くと、ミナは困ったように笑って、言った。
「さあ、どうでしょう。とにかく、やれることはやりました。あとは、1人1人の判断です。サラナザリエ様の思うところが、実現しやすくなるといいです」
「うむ。ところで、明日、帰るのか。もう、2、3日、休んでいってはどうか」
事前の知らせでは、2泊させてほしい、ということだったのだ。
「ええ。この国の人たちが許してくれるなら、少しのんびりさせてもらいたいですけど」
サラナザリエは、声を大きくした。
「何を言う!許すも何も、そなたたちは、このザクォーネ国の恩人だぞ!」
「それでも、人の心に干渉するのは、人として、許容される範囲ではありません」
寂しそうに言うのを見て、サラナザリエは、声の調子を変えてみた。
「ミナ。では、せめて私に、恩人を持て成す機会をくれ。そのように疲れた様子で、城から追い出すなど、したくないのだ」
するとミナは、困ったように笑って、すみません、と言った。
「気を使っていただいて、ありがとうございます。それでは、もう1泊、増やしても構いませんか」
「街の様子も、見せたいのだがなあ!」
わがままを言うと、ミナは、少し楽しそうな様子になって、笑い声を立てた。
「はい。では、2泊、増やしたいと思います」
「うむ!街は、私が案内するからな!」
サラナザリエは、こぶしを握って、そう言うと、ミナの体を気に掛けて、もう少し休むといい、と言った。
「夕食は、旅の一行全員と、ともにしたい。19時に部屋に入るよう、案内させるから、それまで、まだ時間がある」
「ええ。ブドーとジェッツィの様子を見たら、あともう少し、休ませてもらいます」
「うむ。ではな」
そうして、サラナザリエとは一度別れ、夕食で再び顔を合わせた。
旅の仲間たちとも、全員と顔を合わせ、その多くが、ほっと安堵した様子なのを認めて、ミナは、申し訳なく思いながらも、ここには味方がいるのだと、安心していた。
ザクォーネ王国の民たちに風を通した際に、特別、名乗りはしなかったが、会えば、あのときの者だと、彼らには判る。
城を歩いていても、役目の者たちが、はっとして、慌てて視線を落としている。
怒りや、不審の気持ちを表しはしないが、ミナは、心細い気持ちがしていた。
判っていたことだし、それでも、前を向くけれど。
仲間たちのくれる、思いやりの心は、思う以上に胸に沁みた。
そんな思いを持ちながら、ミナは、ブドーとジェッツィに、今日は一日、何をしていたのと聞いた。
事前に、街を歩いてはどうかと提案していたので、ハイデル騎士団のファルと、シェイド、そしてマルクト・シラキウスが、装備の足りないものや、これからリクト王国に向かうのに役立ちそうなものを探すという名目で、ブドーとジェッツィに同行してくれた。
もちろん、デュッカの与えた彩石動物たちも付いていたし、前回に来たとき、街の様子は大体分かっていたので、よく知らない西側は避けて、街の外には出ないよう、言い含めてあった。
「ファルたちが、道具、見るって言うから、城の南側の広場から、南に歩いていったんだ。あっちらへんは、砂を溶かして、金具を作ってたぞ。金具になる砂は、あんまり採れないから、柄の部分は、メグスの加工品だって言ってた」
ブドーの言葉に、ミナは頷いた。
「ああ!そうなんだ。アルシュファイドとかだと、柄の部分は木製だったりするよね」
「うん。でも、アルシュファイドでは、金具の部分が多いけど、こっちはほんとに、限られた部分だけ。切れる部分の反対側、峰って言うらしいんだけど、その部分が、メグスだったりするんだ」
「へえっ。それは見てみたいね!明日は、私はまだ、もう少し休んでいるけど、明後日は、サラナザリエ様が案内してくれるの。ブドーとジェッツィも行かない?」
ジェッツィが、心配そうな顔をして、ミナを見た。
「ミナ、だいじょうぶなの?」
ミナは笑って見せた。
本当は、まだちょっと辛い。
体も辛いが、何より、心を保つのが、辛い。
でも、こういうことは、他者に理解してもらえることではないから。
心配を掛けると、今度は、回復したことを、納得してもらえなくなる。
「うん。今度はリクト国に行くからね。用心のためなの」
ジェッツィは、そう?と言って、首を傾げたが、疑う理由がないので、話を戻した。
「サラナザリエ様は、どこを案内してくれるの?」
「さあ、どこだろう?そのときのお楽しみがいいんじゃない?」
「ん、そうかもね!」
それから、ブドーとジェッツィは、代わる代わる、今日、行ったところでの詳細や、感動を語ってくれた。
「ミナもデュッカも、明日は城にいるんなら、街の外に出たらだめか?」
「そうだね。でも、今日はお城の南に行ったんなら、東側の農地の様子とか、北側の染色工場の様子とか、見るものは、いっぱいあるよ」
「んー、そうなんだけどさ!ちょっと、この、街の周りの様子とか知りたいなって。自分が今いるとこが、どんなもんかさ」
「そっか。ブドーはどこにでも行けちゃうから、範囲を狭めてしまうと、空間の把握がしにくいのかもねえ…」
ミナは、ちらりとデュッカを見たが、見返す目は、論外だ、と言っている。
ミナと離れて、ブドーの付き添いなどしたくないのだ。
なんとか、動いてもらえるよう、言葉を捻りだそうとしているところへ、ブドーが言った。
「せめて、壁の上に上がりたいんだけどさ。見張りの…兵か。なんか、人がいるから、面倒なことになりそうなんだよな」
「ああ、それなら、案内を付けてもらえば、いいんじゃない?風で飛び上がるんじゃなくて、階段を使って上るのもいいと思うし」
「えーっ、あんな高いとこまで、階段…」
「ふふ。まあ、階段に沿うように浮いて上がるのも、ひとつの手段ではあるけど」
「ええっ、それ、もっと、きついって!」
デュッカが、腕を組んで言った。
「そんなこともできないのか。やはり戻ったら、鍛えねばならんな」
ブドーは目を大きくして、仰け反った。
「ええっ?き、鍛えるって、何するんだ?」
「さて、どうするか。集中力を高められる応用修練があればいいが」
「まずは、質の違う空気は作れるのかな?ブドー」
ミナが聞き、ブドーは、聞き慣れない言葉に戸惑う。
「えっ、質の違う…」
「簡単に、空気をぎゅーって一点に向けて押し込めば、その部分には、何も入れることができなくなるよ。空気だから、見えないんだけどね。その範囲を広げれば、その上に、立ったり、座ったり、もちろん、寝転ぶこともできる」
「へ、え…。なんか、便利そう」
「うん。すごく便利よ。ほかにも、一口に空気と言ってもね、火を保つことのできないものとか、逆に燃えるものとか、呼吸する空気より重いものとか、軽いものとか、特徴のあるものを作り出すこともできるのよ。そういう違いを知って、特定の空気を作り出すことができれば、その違いから、自分の行動が助けられたりもするよ」
「ただ風に飛ぶだけじゃないんだ…」
「うん。まず、基礎修練はするとして、デュッカが言うように、何か、集中力を高められることを考えてみようね。基礎修練に近いことは、毎日しているよね」
「あ、うん。この大きいサイジャク、使ってる」
ブドーには、腰帯の取り外しができる部分に、大きめのサイジャクを嵌めて持たせている。
移動途中など、気付いたとき、空いた時間に、ちょくちょく異能の発動と停止を繰り返して、基礎修練の代わりとしている。
基礎修練は、きっかり1カロンの力量を消費するのだが、この場合は、消費量には多少目を瞑って、発動と停止の操作に重きを置き、修練している。
「それも、きっと力になると思うから、続けてね。さて、どうするか…」
考え始めたところへ、サラナザリエが来て、食事は充分したかと聞かれた。
「あっ、ブドー、ジェッツィ、ご飯食べた?」
「まだ食べたい!」
「行ってくる!」
「うん」
そう言って、料理の載る机に向かうジェッツィとブドーを見送ると、サラナザリエはミナに、そなたはいいのかと聞いた。
「んー、もう少し食べたいかな。サラナザリエ様は、食べたんですか?」
「うむ。ハイデル騎士団の者たちが、自然に口に運べるよう配慮してくれたのだな。自分たちも食べているようだったが、なかなかできない技だな!」
ミナは、仲間たちのことを褒められて、嬉しくて、にっこり笑う。
「それじゃ私も、失礼して食べてきますね!」
「私も行く!薦めたい料理があるのだ」
そうして、サラナザリエは、イエヤ家の4人に、この料理のここがいい、ここが自慢だと、解説しながら薦めてくれた。
ブドーとジェッツィは、すっかりサラナザリエと打ち解けて、明後日だけと言わず、ミナとデュッカが城で休んでいる明日も、案内してもらえることになった。
楽しい夕食を終えると、少しだけ、ムトと今後の旅の確認をして、明日、変更した計画を教えてもらうことになり、ミナは早めに部屋に戻る。
それを送るついでに、デュッカも部屋に入り、掛ける言葉に迷うミナの腕を引き、寝台に連れていく。
「あ、の、着替え…」
「脱げばいい」
「え」
デュッカは、ミナを振り返り、その疲労の隠せない様子を見て、膝から抱え上げると、3人ほども横になれそうな大きな寝台の中央に、そっと横たえた。
気持ちの良い寝心地に、ミナは大きな息を吐いて、目を閉じる。
ほんの一瞬、眠りに入っていたようで、ふと、目を開けると、先ほどまで着ていたはずの上着がなく、その下の襯衣が目に入った。
さらに目を落とすと、デュッカが腰帯を引き抜いたところだった。
「デュッカ…」
抗議のつもりで出した声は、自分でも驚くほど弱々しく、目を上げたデュッカは、ミナの顎を指でなぞった。
「任せておけ」
ミナは、言いたいことがたくさんあったのだけれど、息をつくのもやっとで、声が出ない。
襯衣を脱がされ、袖のない肌着になると、肌がひやりとした外気に粟立ち、デュッカが吸い寄せられるように唇で触れる。
息の震えが、抑えようもなく響き、顔を上げたデュッカが、ミナの顎先から指を喉に這わせ、肌着の釦を外していく。
開いた隙間から、そっと忍び込むデュッカの手が、肌を撫でる
「………」
肌着の前が、胸から落ちるのを待たず、ミナは部屋の明かりを消した。
「まだ、そんな余裕があるか」
デュッカの声が、不満げなのは判ったけれど、言い訳も紡げない。
「まあ、いい。手探りも、また、な」
呟いて、デュッカは、ミナの息の乱れを聞きながら、暗がりに浮かぶ、求める者の柔らかな肢体を辿った。
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