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―Ⅸ―
朝、目覚めると、もう、陽が高く、ミナは慌てて起きかけて、素肌を落ちる掛け布を掴んだ。
「は…」
「唐突だな」
低い声に、どきりと心の臓が跳ね上がり、ミナは振り返った。
裸の腕が上がって、引き倒される。
「あっ、なん…」
どうして、こんな状況なのか。
問いかけて、思い出した。
昨夜の、こと。
「も…っ、よりに、よって…あぁ」
溜め息が出るけれど、時は戻せない。
急いで、起きて、あれこれと気を掛けるべきことはあるのに、まだ、動けそうにない。
その体をゆっくりと、デュッカが撫でる。
「デュッカ…」
「何か、口にしたいなら、持ってくるが」
「そんなこと、城の人たちが、驚きます…。水くらいなら、飲めるし」
「やめておけ。飲みたいのか」
「あ…、ちょっと…」
「こちらを向け」
そう言うものの、ミナの行動を待つ気はなく、デュッカは細い肩を引き倒して、仰向けにさせた。
それから、指でミナの顎を下げて、軽く口を開かせると、口のなかに集めた、城の絶縁結界を抜けて落とした、上空の水気を、少量ずつ流し込んだ。
幾度か、ミナが喉を鳴らすのを聞いて、水を与えるのを止め、ついでなので、舌を入れ、充分に味わってから、唇を離した。
「もっといるか?」
「も、いいです…、て、言うかっ、この部屋確か、水差しあったはず…」
客間なので、アルシュファイド王国のように飲み水を引く水道管はないが、飲み水の入った水甕と、手軽に飲めるように、片手で持てる水差しと、水飲み用の器が、しかも枕元に用意してあり、ミナは視線を動かして、その存在を確認した。
「どちらでも、することは同じだ。それより、もう少し休め。今日は一日、起こすなと言ってある」
そう言いながら、体を撫で回すデュッカの両手を掴んだけれど、動きは止まらない。
「デュッ…、カ…、」
「これぐらい、許せ。もう、一週間以上、触れられなかったんだ」
それから、遠慮なく肌を撫で、唇を、時に舌を這わせて、薄暗い部屋のなか、ミナを求める。
ある程度、情欲を宥めると、デュッカは、窓布を開けていいかと聞いた。
「もう少し明るい方がいい…」
「だめっ」
「そう言われると、こう、したくなる…」
ミナは、感じやすいところを刺激されて、声を呑み込んだ。
「ああ…、そこまで弱っていなければ、貪り尽くすのにな…」
「こんな、ところで…」
「関係ない。第一に、昨日の作業は多少、手間がかかったからな。報酬を求める」
「そんなこと…っ、持ち出す、なんて…あッ…、も、話してる時ぐらい」
「ん?ちゃんと聞いている。話すといい」
「も…、ほんとに…」
落ち着いて話すことすら許してくれないなんて、ひどいひとだ。
少し、そう思わないでもなかったけれど、しあわせと、感じてしまっている、自分を知った。
昨日、人々の心に、無遠慮に入り込んだ。
そのことを考えなければならない気もしたが、身に受ける性的快感に押し流されて、今はとても、考えられない。
こんなことではいけないと、思いもしたけれど。
今日は、何も考えずにいたい、気もした。
しっとりと纏わり付く霧のように、敏感な部分を探っては弄ぶデュッカの与える、刺激が幾度となく恍惚の頂に招く。
11時を過ぎると、ようやく、食事をしたいと言うことで、彼の行為を止められはしないかと思い付き、言うと、持って来させる、と返された。
食事が届くまで、名残を惜しむように与えられた、一層の刺激の果てに崩れ落ちる。
そのミナを置いて、簡単に上着を身に付けたデュッカは、小間使いを扉の外で待たせて、食事を台車ごと受け取ると、部屋の中での整えを断った。
イルマとともに、扉の外で立つアニースが、無理をさせているのじゃないでしょうねと言うので、ふん、と答えてやった。
「今日一日ぐらい、俺の者として何が悪い。体は休めさせている。邪魔はするな」
そう言い捨て、扉を閉めると、此れ見よがしに、もともとあった、周囲を遮断する結界を、より堅固に建て直す。
気配に気付いて、寝台の上から起き上がることなく、ミナがこちらに顔を向ける。
気怠い様子が、情欲をそそったが、今は食事を摂らせる方が先だ。
上体を起こさせて、具合良いようにしてやり、夜の衣の上に着る備え付けの部屋着を、裸の肩に掛けてやった。
掛け布で胸を隠すミナは、どう食べようかと思案するように食事に目をやり、デュッカは、何が食べたい、と聞いた。
「取ってやる」
「あ…、じゃあ、その、汁を…ああ、でも」
「いいから。持っていてやる」
匙を渡し、汁の入った器を、ちょうど良い位置に持っていく。
風で固定もできるが、世話を焼きたい。
もっと言うなら、匙を口に運んで、かわいらしい唇が、応じて開く様を幾度となく眺めたい。
けれど、そこまでやると、食事半ばもしないうちに、欲情を抑えきれなくなりそうだったので、止めた。
ミナは、汁の皿を空に近付け、ありがとうございますと口元を隠す。
手拭きを求められる前に、隠す手をどかして、唇を舐めた。
もちろんついでに、深い口付けに繋げる。
「次は?」
ミナは、何か言いたそうにしたが、結局諦めた様子を見せ、えっと、と台車を見る。
「何か、お腹に溜まるもの…かな。ちょっとでいいんですけど」
「ちょっと?」
「ひと口か、ふた口で…、ちょっと、眠りたくなってきました」
「この肉は」
「あ、はい…」
肉叉に突き刺して、口元に運ぶと、小さな口を開けて、はくりと閉じる。
思った通り、堪え切れそうにない情欲に支配されたが、ぐっと堪えて、もぐもぐと口を動かすのを、物欲しく思いながら見つめる。
「もうひとつ、もらえますか」
「ああ…」
あと、ふた切れ、求めに応じて与えると、ミナは満足して、少し眠らせてくださいと言った。
横たえてやり、食事に蓋をすると、隣に潜り込んで、上着を脱ぐ。
「俺も寝る」
横向きになって、ミナの裸の腰に手を回す。
「ほんと、その体勢、きつくないですか…」
いつもの形で、ミナはいつも、疑う。
懐疑の目が、また、かわいらしくて、情欲をそそるのだが、今は我慢だ。
「眠れ。俺が悪戯な心を起こさないうちに」
言うと、慌てて目を瞑る。
その様子に、笑みを誘われ、いとしさに、ミナのこめかみを唇で触れた。
手の内にある、このいとしき存在。
絶対に、離しはしない。
放しも、しない。
じぶんの、もの。
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