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―Ⅹ―
目を覚ますと、行為を求められ、応じて、少し休んで、夕方。
体はともかく、心は、かなりしっかりしてきたので、デュッカの求めを撥ね付けると、部屋から追い出した。
気力で体を動かして、湯を浴び、きちんと服を着ると、また少し休んで、外見を整え、部屋の扉を開けた。
外には、湯を浴びたらしいデュッカと、イルマとアニースがいて、ミナは笑顔を向ける。
「旅の計画は決まったかな」
アニースが頷いて答えた。
「ああ、昼前には、整っていたようだよ。明日は、装備を調え直したりする。予約できるところとか、してね」
「そっか。話を聞きたいな。あ、あなた、あの…」
廊下に控える小間使いに声を掛けてから、ミナは、少し頬に赤みが上るのを感じたが、食事の載った台車のことを思い出した。
「あの、申し訳ないんだけど、食事を残してしまって。下げてもらってもいいかな」
「はい、仰せの通りに。しばらくお出になるのでしたら、寝台など、部屋を整えさせていただいてもよろしいでしょうか」
願ってもない申し出なので、ミナは勢いよく頷いて、お願いしますと言った。
ほかの3人は、実を言えば事情を察したが、特に表に出さずに、歩き出すミナを追った。
ムトの居場所を確かめて、これからの旅の確認をして、少し。
ブドーとジェッツィが、サラナザリエとともに戻って、興奮しながら、今日の感動を話してくれた。
「明日は、コーリナを外側から見ようって!ミナもデュッカも行くんだし、いいだろ!」
ブドーの言葉に、ミナは笑顔で頷いた。
「うん、もちろん。コーリナの外は、北と南しか見てないんだよね。外側から壁、見てみたいね!」
「ほかにも、近くに、金属になる砂を採取する場所とか、見せてくれるんだってさ!楽しみ!」
ジェッツィも表情を同じくして、頬を染める。
しばらく話していると、夕食の時間になり、旅の一行と、サラナザリエも同席する食事台を囲んで、楽しく過ごした。
食後も、ブドーとジェッツィを中心に、どんなことが見たい、知りたいと聞いて、明日の予定や、今後の旅の予定に組み込む。
この夜は、しっかりとデュッカとは部屋の外で別れて、安眠を取り戻すと、きちんと体を休め、翌日は、不安なく動ける程度に、回復した。
朝食を摂ると、約束通り、城の船着き場から船に乗って、コーリナの町の外に出た。
外側の壁には、敵の接近や侵入を防ぐ仕掛けが随所にあって、見えるところは、説明してもらった。
見えないところにも色々とあるようだが、そこは当然、機密だ。
でも、その機密も、ほんのり、仕組みなどではなく、明かせる部分だけ説明してもらうなど、かなり優遇してもらい、そこにある信頼に、ミナは感謝した。
あんなことをした、自分はともかく、ブドーやジェッツィに対してまで、辛く当たることもあるかとの懸念があったのだが、安心した。
多くの人と会い、ミナを見分ける瞬間を目にしたが、大抵は、視線を伏せてやり過ごす。
それはそれで、寂しい光景と言えなくもなかったが、今は、大丈夫。
隣に、デュッカがいる。
そして、ハイデル騎士団の皆が。
そんなミナの胸の内は、隅に追いやって観光を楽しみ、コーリナの外で昼まで過ごすと、今度は、コーリナの壁の内側に戻って食事をし、広場から歩いて城に戻ることにした。
ミナは、金属とメグスの組み合わせが見たいと言って、城の南の広場から、南の通りに入り、ブドーとジェッツィは、サラナザリエと、同じ広場から東の通りに入った。
こちら側は、メグスから糸を作り、布にまでする工程が、作業場ごとに分かれて行われていた。
こちらで織られた布を、北の染色工場に持っていって、色を染めるのだ。
糸は、メグスを細かく裂いたものを繋げて作るのだが、布は、織り方が全く違うそうで、触ってみると、感触がまるで違う。
「すごおい…」
ジェッツィが呟き、何やら深く考える様子で、サラナザリエが聞くと、踊る時に使いたい、と答えた。
「昨日、染色を見たでしょう?光の加減で、色が移ろうのが、すごくきれいだったの。あれ、布の織り方が違うと、布を動かす時に、また違って見えるのかなって」
そこへ、南の通りからミナたちが合流して、話を聞き、その考えは面白いねと言った。
「ただ、布の状態での見え方じゃなくて、人が着るんだから、動きがあって当然よね。肌触りだけでなく、動きによって、使われる場所によって見え方が違うなら、これは、状況によって求められ方が変わってくるんじゃないかな。特に舞台衣装として求める、演者とかもいるだろうし、夜会に着ていくとして、舞踏会と観賞会と茶話会じゃ、動きが全然違う」
「ふうーん?」
ジェッツィは夜会は知らないので、首を傾けたが、気になるのは、舞台での動きの違いだ。
「私は、旋回する動きと、飛び跳ねる動きと、静止と、それぞれに変えられるかなって思う。なんか、ぜいたくかなって、思うけど、やっぱり、それで伝えられることが変わるなら、色々と試してみたい。リィナと、話したいな!」
ジェッツィの言葉を聞いて、デュッカが言った。
「商人と話して、アルシュファイドに行くついでに、邸に見本を持って来させよう。小さな布では、動きによる違いは見分けにくいだろうから、板に巻いてあるのを1本ずつ。荷物が多くなる分、手間賃を払うことで、対応するかもしれない」
「ふむ、そうか。商人を紹介しようか?」
サラナザリエの申し出に、デュッカは頷いた。
「うむ、頼む。城に来させるか、こちらが行くか、どちらがいい」
「少し待て」
サラナザリエは、同行していたガリエに命じて、商人と話を付け、近々、アルシュファイド王国に向かう、知り合いの商人を紹介してもらい、今日中に城まで来てもらえるよう手配した。
街歩きを終え、そのまま歩いて城に戻ると、商人が来ており、詳細を決めて、アルシュファイド王国に布を運んでもらうことになった。
運んでくれた布は、いつも商品を卸している、レグノリア区の商人に保管してもらい、イエヤ家の一行が帰国する頃、邸に持って来てくれるよう手配した。
帰国後の楽しみができたジェッツィは、喜びに頬を赤らめ、瞳を輝かせる。
ブドーも、このコーリナで見たこと、知ったことに満足したようだ。
ミナは、2人に楽しんでもらえたことで、ここで行ったことの疲労が、癒されたと感じた。
この日も、夕食は、旅の一行全員とサラナザリエとで楽しんだ。
別れの前の夜ということで、2人組、またはそれより多くで腕を組んでの踊りを楽しみ、早めに部屋に戻ることになった。
サラナザリエは、そのミナを引き留めて、近くの小部屋に入った。
ミナとデュッカがあとに続き、ムトには遠慮させ、不寝番の最初の担当のスティンが、扉の外に残った。
互いが近くになる背の低い椅子を選んで腰を落ち着けると、サラナザリエは、早速、聞いてきた。
「今、国の役目の者たちに、知人伝いに相談の者が集まっていてな。リクト国に攫われた肉親、親類、知人を、なんとか取り戻せないだろうかと、言ってきている」
サラナザリエは、ミナの目を見ながら続けた。
「今が、頃合いと見たのかもしれないが、一度に、申し合わせたように来たのでな。先日、風を通したことが、契機となったのだろうか」
ミナは頷いた。
「たぶん、そうですね。なんと言って、来ているんですか?」
「奪われたことは、もういいから、とにかく、返してほしいと。たとえ、灰となったのでも、何か、残ったものがあれば、返してほしいと」
この大陸では、遺体は焼いて、灰にし、遠い空に飛ばすのが一般的だ。
ザクォーネ王国で命を落とした、東隣国リクト王国の者も、西隣国カラザール王国の者も、等しく灰にして、名や出身地などを記した小さな金属板など、身に付けていた、故人を特定する品だけ、灰にした各地から届けられ、出身国に返している。
「そう。前を向いて、進もうと、しているのですね…」
それは多分、デュッカの心を示したためだ。
ミナが乱した心は、彼らの心に残した、デュッカの心という指標によって、支えを得たのだろう。
「前を、向いて…」
サラナザリエが、反復する。
ミナは目を上げて、サラナザリエを見ると、頷いた。
「できれば、尽力してあげてもらえませんか。恐らく、リクト国でも、何かしら動きが、あるはず」
「リクト国でも?」
「ええ。死者にはもう、何もできませんけど。リクト国にいても、ザクォーネ国の民のすべてに、働き掛けましたから。動ける者は、隷属から逃れて、リクト国王に保護を求めるよう、勧めてあります。動けない者は、申し訳ないんですけど、直接リクト国の王城に届けてしまいました」
「は?」
思わず、意味のない聞き返しをしたが、ミナは繰り返した。
「えっと、リクト国で、捕らわれていた者たちは、縛めなど解いて、動けるようにした上で、近くの、助けを求められる者の下へと、導きました。足をなくしたとか、病で動けないとかいう者は、数人でしたけど、いたので、それはもう、直接、リクト国王の下に届けて、一言だけ、あとを頼んであります。ああ、そうだ。手紙を書いて送っておけばよかったな。うっかりしてた。あとで、デュッカ、飛ばしてもらえますか」
「分かった」
「ま、待て。この国の、なかだけで、風を通したのでは、ないのか」
「ええ。デュッカの風は世界を巡りますからね。それに、絶縁結界は、大気は通しますから。異能の風である、という点では、ちょっと細工をして、まあとにかく、風の巡るままに世界を駆けたので、ザクォーネ国の民…、正確には、異能が、このザクォーネ国の者であると、私に認められた者には、すべてに働き掛けました」
「な、んとも、まあ…」
やっと、それだけ呟くと、サラナザリエは、不思議そうに首を傾けるミナの様子に、今、優先すべきことを、考えるべきと、慌てて思考を回した。
「つ、つまり…、捕らわれの者たちは皆、解放されたのか」
「ええ。でも、ザクォーネ国に戻ろうとするかは、本人次第ですね。あちらの国で、子を産んだ者も、少なくなくて。そういう者は、子から、リクト国の者である父を、奪えないと、考えるかもしれません」
「それは…」
「ほかにも、いろんな、意識の者がいて。ただ、こちらでそうして、求める声があるのだと、知れば、彼らの考えを、変えることができるかもしれません。だからとにかく、こちらとあちらが繋がるように、してあげて、もらえませんか。一度でもいい。せめて、こちらで、求める人と、顔を合わせるだけでも、計らってもらえたらと」
「うむ。分かった。早急に、リクト国王と話し合わねばならんな」
「それと、カラザール国で捕らわれていた者たちは、私はあちらの国の方と面識も何もないので、イファハ国に逃れるよう、勧めてあります。ウル国の方は、まだ国状が安定していないはずですから、対応できないでしょう。そうだ、イファハ国にも…、クリセイド様に頼んでなくちゃ」
「カラザール国もか…」
「はい。イファハ国の外務大臣クリセイド様に話しておきますね。ああ、国境で問題になってないといいんだけど…」
「今より早い対処などない。それに、考える頭は誰でも持っている。問題があれば、解消するなり、回避するなり、する」
デュッカが言った。
「そ、そうですね…」
その言葉に、ミナは下を向く。
考える頭がないと、思っているのも同然なんて、自分はかなり、他者を軽く見ている。
そう思う一方で、心配が尽きないのも事実だった。
デュッカは、ミナの顎を捕らえて、自分に向かせた。
「それとも、信じられないのは、俺の力か」
ミナは、目を大きくした。
そう、無事に望む場所に行き着くまで、1人1人に、デュッカの力で、守りの風を与えてあるのだ。
「い、いいえ…」
「では、俺を、信じていろ」
「は、はい…」
有無を言わせぬ、強い瞳が、不安を払ってくれた。
ミナの目を見て、それと知ると、デュッカは、よしと言って、手を離した。
「…その…、気になるのだが、カラザール国では、動けぬ者などいなかったのか」
サラナザリエの問いに、ミナは意識を切り換えて、そちらを見た。
「あ、はい。足下の不安な人はいましたけど、そういう人たちは、ほとんど風に乗せるような形で、補助してます。カラザール国の方は、適当な預け先が思い付かなかったので、もう、全員、国境に向かうといいかなって。北部は、ベルウッド国に行かせることも考えましたけど、まあ、どっちみち風の補助があるので、イファハ国に」
「そうか、分かった」
「あと、先の戦で負った傷などですが、政王陛下にも、相談してみてください。お金の問題は、ちょっと判りませんが、医師の技術などで、もしかして力になれることがあるかもしれません。あまりに数が多くなると、対処できないのかもしれませんが、アルシュファイドでは、訪問者も、治療や薬にお金は必要ありませんし、適当な医師を探すことなどに、多少、時間や手間は取りますが、多くの傷病を完治できると思います」
「そう…なのか?では、ツェリンスィアは元々、必要ないのか…」
ツェリンスィアは、万能薬として、ザクォーネ王国としては、主要な取引のひとつに数えているのだ。
それが必要ないなど、今後の取引に関わる。
けれど、ミナは首を横に振った。
「いえ、まさか。重傷、重病はさすがに、力量不足で治せません。そういうところで、失う命が減ったり、これまでは残っていた痕が消えるなど、多くの場面で助かっているはずですよ。とにかく、リクト国の王城に運んだ者たちは特に、早急な対応が求められます。無償とは、いかないかもしれませんが、ツェリンスィアを使えれば、一番対処しやすいかもしれません」
「ん、ああ。そうだな。いや、そこは無償になるよう、計らう。そちらは、10人に満たないのか」
「ええ、そうです」
「分かった、手配する。では…、そうか。受け入れの体制など、整えなければならんな。うむ」
サラナザリエは、ひとつ大きく頷くと、身を乗り出して、ミナの両手を握った。
「我が民を、取り戻せるよう、尽力してくれて、ありがとう。ここからは、私の仕事だ。きっと、民たちのため、手を尽くす」
「はい。ですがお体には、どうか気を付けて。あなたに何かあれば、多くの者が、悲しみますし、この国の方々は、支えを失ってしまいます」
サラナザリエは、大きな笑顔を見せた。
そのくらいは、長く生きた者の、貫禄あるところを見せたくなった。
「案ずるな。ミナよ。そなたは、この世界に1人の能力者かもしれんが。少しずつ、荷を分ければ、軽くなろう。どうか、そのときは頼ってくれ」
ミナは、顔を伏せ、頭を深く下げて、礼を言った。
「ありがとう、ございます。その、お心、忘れません」
互いに、強く、握る手に力を込め、それから離した。
2人、互いの目を見て、明日に向かう。
サラナザリエは、民たちに。
そしてミナは。
次は、リクト王国。
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