家族旅行

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       ―Ⅳ―    翌日、昨日と同じ時間に朝食を用意してもらった一行は、ステュウとヘルクスを除いた全員で食事をいただき、食後、支度をして馬や馬車に乗った。 今回は、(とど)められる事柄もなく、無事、ザッツを出ると、やや、馬の足を急がせて、クドウに向かった。 道の周辺は、畑が多いようだったが、やはりどこかに採掘場があるらしく、見掛ける荷馬車には、鉱物が多く載っているように見受けられた。 作物の種類は様々らしく、チタ共和国のような壮大さはない。 「なんか、チタ国とは違うね」 「そうだね。リクト国は、作物が育ちにくいんだって。いろんな植物を植えてみれば、どれかはなんとか、収穫できるって考えてるのか、それとも、あの程度の広さで、土の様子が変わるのかな」 「土の様子?」 「うん。ここは鉱物をよく採掘するようだけど、種類は色々でしょう。土の成分も、同じではないんじゃないかな。鉱物の成分が溶け出しているとも考えられるし、そもそも、多種類の成分が集まっている土地なのかも。なんにせよ、せめて、国のなかで行き渡る程度には、収穫できるといいんだけどね」 「ふうーん…」 昼食で休憩した場所からも、畑の様子が見られ、ジェッツィは働く人々の様子や、畑にも少し近付いて、どんな作物なのかしげしげと見ていた。 王都クドウに近付くにつれ、往来は盛んになり、ブドーとジェッツィは窓にへばりつく。 ある地点から、道に簡単な天幕を張って、商売をしている者たちが見られ、こんなところもあるんだ、とミナは感心して言う。 それはまた、ある地点でなくなり、そのあとはもう、遠くに見える王都の高い壁を目指すのみだ。 クドウには、思ったよりも早くに着き、出迎えてくれた大使ガーディに、ミナは、こっそりと耳打ちした。 「あの、わがままで申し訳ないんですけど、今夜の部屋、ひとつにしてもらえませんか。デュッカと」 以前に泊まった時は、結局、デュッカはミナの部屋で夜明かししたが、部屋は別にしてもらっており、今回も、そのように事前に頼んであったはずだ。 ガーディは、にこりと笑って、はい、そのようにと言った。 「あと、ほんと、わがままなんですけど、好きなときに、湯も浴びられると、助かります…」 「大丈夫です。すぐ、用意させます」 恥ずかしかったが、言い終えると、ほっとした。 ブドーとジェッツィの紹介も済ませると、ガーディは言った。 「ヴァル様は、まだ執務中ですが、それほどには、お待たせしないでしょう。喫茶室で、お待ちいただきたく思います。お付きの方々は、馬と馬車は、お任せください。そちらの侍女と侍従が案内します。必要な手荷物があれば、荷持ちが運びますので、ご指示をお願いします。では、風の宮公、ご家族と、ムト殿、イルマ殿、こちらへ」 そうして、イエヤ家の者たちと、ムトとイルマは、前回に案内された会見の()ではなく、王城内部にある庭に面した喫茶室に招かれた。 「うわあ…っ」 部屋に入ると、ジェッツィが、声を上げて窓辺に走り、色とりどりの花が咲き揃う庭を見回した。 ミナもあとを追い、綺麗だねえ、と溜め息をつく。 「露台で待たれますか?」 「そうしよっか、ジェッツィ」 「うん!」 「出入り口はこちらにございます」 案内され、硝子窓1枚の差だが、やはり直接見る感動は違う。 「こんな、景色もあるんだ…」 茶もすぐに整い、ミナは、露台の手摺(てす)りから身を乗り出すジェッツィをそのままに、椅子に座って、ひと息ついた。 同じ机に着いて、ガーディが穏やかに話す。 「ところで、ザッツの町で、何やら騒動を解決して来られたとか。東方軍大将から、知らせがあったそうですよ」 「ああ、ごめんなさい、急に予定を変えてしまって。でも、距離があったから、無理を押して夜道を走るより、思い切って、1日ずらしてしまいました」 「いえ、いえ。そのようなこと、どうぞお気になさいませんよう。家族旅行なのですから、お好きなように。ですが今回、人助けを?」 「いえ、そうしようと思ったわけじゃなくて、ちょっと状況を確認しただけなんです。それに、実際に動いたのはデュッカとハイデル騎士団のみんなで、私は何も。あ、そうだ。もし、何か、アルシュファイドとして助けられるなら、ザッツの町の、メリー・リーケルさんとそのお仲間(がた)に、手を貸してあげられるといいんですが…、大金を騙し取られて、きっと、その(あいだ)の稼ぎも、少なかったと思うんです…」 「それは、今は、お約束できませんが、少し調べさせてください」 「ええ、もちろん。お願いします。それと、途中で見せてもらった、鉱物の採掘方法なんですけど、もう少し楽にできるやり方があると思うんで、その辺り、良いように計らってあげられませんか…」 「と、申しますと…」 「タライライトという鉱物が、水の底から採掘するようになっているんです。彩石がなくても、術語次第で、もうちょっと楽できると思うんです。それに、あの場所が、リクト国唯一の採掘場所ということでしたから、残りがどれだけあるか、把握した方がいいと思うんですけど、現場では誰も知らなくて。あの鉱物が、ほかに代えの利かない重要なものなら、事前の備えがきっと必要なんですけど。そこまで口出すのは、国としてしちゃいけないかもしれませんが、て言うか、気付いてて何もしてないとか、既にしてるとか…」 不安そうに自分を見るミナに、ガーディは首を横に振る。 「ああ、いえ。それは、興味深い、お話です。大変に、興味深い…。私から、政王陛下にご報告申し上げておきます。こちらで勝手に調べることはできませんが、調べるよう、促すとか、手伝うことはできるでしょう。どんな形になるにせよ、この国の鉱物が取引の対象になるのなら、我らも、より確かな情報と、より都合のよい採掘方法には、無関心ではいられません」 ミナは、ほっとして笑う。 「よかった。そういえば、土壌調査とかは、これからなんでしょうか?」 以前来た時に、調査団を招くとかいう話があったのだ。 「いえ、すでに、たびたび川の溢れる南の方に、派遣しています。何か、お気付きになったことでも?」 「まあ、調べれば判ることですけど、もしかして、こちらの土地は、土の成分の同じ範囲が、ほかの国より狭いのかもしれません。その前に、現在、どうして、違う作物を隣り合って植えているのか、調査した方がいいですけどね。ほかに理由があるかもしれないので」 「違う作物を隣り合って…」 「ええ。通常、土に合った作物を植えると思うんですけど、あんなにまったく違う植物が、何種類も目に入る範囲で育てられているので、ちょっと違和感を感じて。もし、土に合わせているのなら、土の成分が違うということだし、ただ、そういう組み合わせで隣り合わせて育てると、虫が付きにくいとか、逆に()を増やすのに都合のよい虫が集まるとかなら、それは、アルシュファイドの農業にも、役に立つと思います」 「アルシュファイドの、農業に…」 「はい。とにかく、リクト国のこの土地は、ちょっとほかとは違うように感じるんですよ。その辺り、要領よく調べられると、(あと)が助かると思います。あ、それと…」 続けようとしたとき、扉が叩かれ、国王陛下が間もなくお着きです、と声が掛かった。 「あ、じゃあ、この話はまたあとで。あ、いえ、余計なこと、話しちゃってますかね、私…、ただの通りすがりに…」 ガーディは、とんでもない、と言って、気を呑まれていた自分を立て直した。 ミナたちが椅子を立ち、ブドーとジェッツィを呼んで、扉近くに控えたとき、それは大きく開かれて、2人の人物を通した。 1人は、このリクト王国の若き王、ヴァルで、もう1人は首席秘書官のルードリィ・カルナス、通称ルードだ。 「ミナ!風の宮公!よく来てくれた!ムト!会えて嬉しい!」 少年らしい明るい声が聞かれて、ミナは嬉しくて笑顔になる。 「ヴァル様。お元気そうで、なによりです。お忙しくて休めていなかったりしませんか?」 「いいや!あれから毎週、休んでいるぞ!年の近い者らと話せて、嬉しい!」 ミナは笑みを深めて、ブドーとジェッツィを紹介した。 「よろしくな!今夜は、カダナと、マアリも呼んでいるのだ!2泊してくれると言うから、明日(あす)の夜は、旅の一行全員が参加できるような夜会にしたいのだ!ムト、よかったか」 「大変、ありがたく思います。ほかの者たちも喜ぶでしょう」 「だといいな!今夜は、ムトも顔を見せてほしい!こちらは、あとはレジーと、カダナと、このルードと、マアリの夫のミギリだ」 「ありがとうございます。必ず」 「うん!では、また、夕食の時にな!それまで、休んでくれ!」 「ありがとうございます」 ヴァルが出ていくと、部屋の用意ができたということで、一同はそちらに向かった。 今回は、ミナとデュッカの部屋を中心に、左右にブドーとジェッツィ、向かいにムトとイルマが入れてもらえるそうだ。 「ハイデル騎士団団長のことは、国格彩石判定師様付きということで、国にいるのと同様、高位の騎士と位置付けています。イルマ殿は、ミナ様のお立場あっての配慮としています」 「ありがとうございます」 イルマが頭を下げ、ガーディは、片手を上げて、(ゆる)く首を横に振った。 「いえ。私としては、ハイデル騎士団の皆さんのことは、特別扱いしたいところですが、身の程がありますのでね。ミナ様と、ジェッツィ様には、夜会服の準備はございますでしょうか」 「あ、はい。一応、それなりに見栄えはすると思うんですけど…」 ザクォーネ王国では、夕食会の延長だったので、余人もなく、いつもの、王城に上がるような服でよかった。 「見せていただいても、よろしいでしょうか?」 「そうですね!では、…荷物は」 「すでに届けています」 「では、ジェッツィの(ほう)から」 そういうことで、確認してもらい、2人とも、今夜は問題ないが、明日(あす)の夜はもう少し、華やかな方がいいだろう、と言われた。 「こちらの仕立て屋の仕事振りなど、ご覧になるのも、また旅の楽しみかと思いますが、気が乗らなければ、城にある衣装から選んでいただいても、問題ありません」 「そうですね…、ジェッツィ、仕立て屋のとこ、行ってみる?」 「えっと…、したてや…」 仕立て屋がどのようなところか判らず、首を傾げるジェッツィに、ガーディは微笑んで説明した。 「リクト国でも、多くの国と同じように、仕立て屋は、夜会服などを中心に作る仕事をしています。注文を受けてから作るところもありますが、私がご案内したいところは、店の者たちの感性により、作り置かれたものが多いのです。その中から気に入るものを選んでいただき、体に合うように直して、明日(あす)の夜、着られるようにしたいと思います」 「えっと、じゃあ、もう、作ってある服から選んだらいいの?」 「ええ、そうです。ついでに、服が作られる工程も、ご覧になれますよ」 「服が作られる…ちょっと、見てみたい」 ミナが頷いて、言った。 「じゃ、明日(あした)は、朝のうちに、そちらに行って、昼から、また、加工場や、菓子店?巡りがしたいんですけど」 「かしこまりました。菓子店、ということは、つまり甘い食べ物であればなんでも?」 「ええ。こちらには、砂糖のような、料理に甘みを加えるものが、ほかの国とは違うのではないでしょうか…」 「ああ、ええ。形状としては、砂糖と言えなくもありませんが、原料が違いますね。あと、ほかにも、液体なども。こちらでは、糖味店(とうみてん)と呼ばれる店があって、そちらがご期待に沿うかと」 「ん!名前からして、良さそうですね!糖の味で、糖味店?」 「ええ、そうです。では、そちらと、加工場は、以前にも行ったようなところでしょうか。昼からでは、倉庫に行った方が、いいかもしれませんが、滞在を延ばすわけにはいきませんか…?」 「そうですねえ…、とても回れませんよね。あまり長居してもいけませんし、じゃあ、あと一日だけ、延ばすようにしてみましょうか…」 「きっとヴァル様も喜びます。では、3泊ということで、ムト殿と調整してきてよろしいですか?」 「デュッカ、いいですか?」 「ああ。部屋は今のままか?」 ガーディが応えて頷く。 「ええ、問題なければよいのですが」 「ない。それなら、俺は何日延ばしても構わん」 ミナは、また何か、(みだ)りがわしい考えを始めているのかなと、汗をかく。 「いや、ザルツベルにも行きますからね…、とにかく、3泊で、お願いします」 「かしこまりました。デュッカ様と、ブドー様の、お衣装は、改めて用意する必要など、ございませんか?」 「ん。ミナの衣装に合わせることができれば、いいな。2人の衣装を見てから、それ次第とする」 「では、そのように。夕食は19時に間に合うよう、案内させます。お着替えに必要があれば、控えております小間使いが手伝います。それでは、それまで、ゆっくりと休まれますよう」 ガーディが腰を曲げて挨拶したあと、出ていき、ブドーとジェッツィも、たぶん自分で着替えられると言い、宛てがわれた部屋に向かった。 2人が出て、扉が閉められると、デュッカがミナに手を伸ばす。 ミナは後ろに下がって、デュッカを見た。 「お湯!浴びますし、着替えなきゃいけないんですから、自分のとこに行ってください!」 扱いとしては、ひとつの部屋ではあるが、きちんとした壁と扉で、みっつの部屋として分けられており、中央に寝室、左右に廊下側に出入りできる居室と、その居室それぞれに個別の浴室があるのだ。 「そうか、着替えたあとでもいいんだな」 「きっ、着替えたあと、は、や、休ませて…」 「うん?まあ、いいだろう。休ませてやる」 いやに聞き分けがよいので、うっすら怖い。 「え、と…、何も、しないです、よね…」 「そうは言ってない」 どうしたものかと悩んでいると、一歩を詰めて、デュッカが手を伸ばす。 頬を包んで、親指で撫で、ここで待っている、と言って、寝室を通ってもうひとつの居室に向かう。 何されるんだろ、と恐れながら、期待している自分を知って、羞恥に立ち尽くす。 なんとか、先の予定を理由に、体を動かし、支度をして浴室に入った。 気持ちを立て直すには、まだ少し、時が必要だ。
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