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―Ⅴ―
19時。
夕食に集まった一同は、再会と初めての対面を喜んで、杯を掲げた。
食卓には、様々な獣の姿焼き…まあ、頭や足は除いていたので、胴焼き、と言うのが正しいのかもしれないが、とにかく大きな肉の塊が多く置かれて、ブドーは感激して、あれこれと食べていた。
その食卓に上った獣肉の入手方法など、ブドーが興味を示して聞くので、そちらを中心に話が弾んだ。
食後は、部屋を変えて、茶と甘味が振る舞われ、ミナは再び、ヴァシュウと言う、豆が原料の菓子をいただくことができて、しあわせに浸った。
「さて、まずは礼を言わねばな。我が民の苦境を救ってくれて、ありがとう。ミナ、デュッカ、ムト」
ヴァルの言葉に、ムトは、控えめに笑い、デュッカが、気にするなと言った。
ミナは、自分は何もしていないと主張したかったが、様子を見に行くと決めたのは自分なので、関わりがないと強調したがるのも、どうなのかと、少し悩む。
「えーっと、採掘の様子なんて、なかなか見られませんから、興味深かったです。結果として、いい家族旅行の思い出のひとつにできたので、私はすごく嬉しいです」
「そうか。どんな採掘場を見たのだ?」
それから、ミナとブドーとジェッツィで、リクト王国の旅での感動を話し、明日と明後日の過ごし方について、話し合うなどしながら、楽しい夜を過ごした。
夜も更け、ブドーとジェッツィを先に部屋に帰してから、ミナとデュッカとムトは、残って、ヴァルたちとガーディと、別の話をした。
「まず、城に直接届けてくれた、ザクォーネ国の民たちだが、今は、この城の黒殿部分に病室があるので、そちらで世話をしている。すでにツェリンスィアとそれを扱う医師も到着していてな。ほとんどは回復したが、体の一部を失った者については、回復に少し、時を要すると聞いている。だが、とにかく、元通りの体には、なるようだ。心の傷は、こちらでは癒してやりようもないが…」
「それでも、今、対処している。そのことが、重要です。それ以外の方々については、どのようになっていますか」
「うむ。宿泊場所となる所ごとに集めて、帰国の準備をさせている。なかには、帰国していいものか、迷っている者もいるそうだが、ザクォーネ国王と話して、彼らを求めている者たちに、迎えに来させる方向で、調整できるかどうか、考えているところだ」
「それは、きっとその方がいいでしょうが、大変な数になりますね…」
「うむ。しかし、それぞれに状況が違っているからな。手間だという理由で、ぞんざいな扱いをするのでは、これまでがこれまでなだけに、あまりに無体な対応と言えよう。それに、そのような積み重ねが、きっと我らのこれからに、必要なのだ」
ミナは深く頷いた。
「そうですね」
「それで、少しでも負担を減らすには、やはり、ザクォーネ王国との国境を、一時的にでも、開ける、ということが、必要ではないかと思うんだ」
「そうですか。それでは、完全に開放するのではなく、条件付けをして、合致する者だけが、一時的に通り抜けられる、という手法がいいでしょうね」
ヴァルが目を大きくした。
いや、デュッカ以外が、驚愕した、と言っていい衝撃を受けた。
「そんな、都合のよい、いや、それ以前に、絶縁結界を通り抜ける?」
名誉称号である銀の元帥とも呼ばれる、防衛大臣カダナ・ネイテリオの言葉に、ミナはそちらを見ると、頷いて答えた。
「詳しい仕組みは、ごめんなさい、言えませんが、ザクォーネ国の民でなければ通り抜けられない、という指定なら、あちらの民たちは、安心できると思うのです。ですから、申し訳ないですが、リクト国の方は、通り抜けられない設定となります」
「それは、うん。それで一向に構わぬ。では、あちらの民を皆、南の国境のシュリンツに送ってよいか」
「ええ、それで大丈夫と思います。時期については、構築者の作業が必要になりますから、そちらの到着を待つことになります。私もあちら側に行かなければなりませんし、ザクォーネ国民へは、状況の説明もしなければなりませんから、調整をして、実行しましょう」
「うむ、分かった。世話を掛けるな」
「とんでもない。あと、ザクォーネ国民と、リクト国民の間に生まれた子のことですが、この者はザクォーネ国の民として分けます。ですが、孫、そのまた下の曾孫など、長い間に、本人が、リクト国民であるという意識となっている者は、通り抜けられません。その者たちには、今回のことに期限を縛られず、どのように行動すべきか、よくよく考え、1人1人に、そのときの状況に合わせて動いてもらうことになります」
「うむ…、そうか」
「ちなみに、どんなに血が薄くても、ザクォーネ国の民であるとの意識が強い者は、通り抜けます。そこまで周知するかどうかは、サラナザリエ様と、お話し合いの上で、決めてください」
「そう、か…、意識が、問題なのか?」
「ええ、そうなります。欺くことを考える者も出て来るかと思いますが、これは企むだけ無駄ですので、ご心配の必要は、ありません。あとは、と…。そうなると、その時機が、ちょうど、3国会談に都合よくなるかもしれませんね…」
「3国会談?」
「ええ。もし、政王陛下の都合が付くようなら、その、国境の街シュリンツででも、行うといいかもしれません。ザクォーネ国王とリクト国王の会見、となると、即、和解、と、なりかねませんが、そんなに急いで、人は心を動かせませんから、もし今回、会見の必要があるなら、間に政王陛下を入れることで、まだ、話し合いの段階であると示すこともできるでしょう。まあ、逆に、和解と見られるかもしれませんから、その辺りは、外交に長けた方々のお考えと、持っていき方次第ですね」
ガーディと、外務大臣であるミギリ・ファゴットが深く頷く。
「それと、そういう設定ですから、ザクォーネ国にいる、リクト国民は、こちら側に通り抜けることはできません。捕らわれの者がいたとしても、そのことに関しては、今後、お話し合いを重ねていただけますか?」
「うむ。分かった。まずは、こちらからあちらに返すことで、その者たちに対する考えも、変えられるかもしれない。そのような者がいるかどうか、確認する時間も必要だから、それは、これからのこととして考えよう」
「はい。あとは…、ザクォーネ国とは、こんなところですかね…」
「そうだな…、まずは、そのような手法ではどうかと、ザクォーネ国王と遣り取りを始める」
「分かりました、では、これはこれとして。ザルツベルの方は、変わりありませんか?」
「うむ。問題ないと聞いている。今回、様子を見てきてくれるのか」
「はい。そうそう変化があるわけもないのですけどね。あちらで1日休んで、帰国します」
「そうか。ミリアによろしくな。もう1人ぐらい、あの者と同じ役目をしてくれる者を、探すべきだろうか…」
「まあ…、そうですね…。アルシュファイドの者でよければ、本人が了承してくれるなら、適任がいなくもないです。それか、不定期に、火の宮公を招くことですね。ですが、火の宮公よりは、役目のない者の方がいいでしょうから…、それは、国に戻って、双王陛下と、本人と話してみますね。火の強い者は、もともと世界にも少ないんですけど、事情を話して役目を担ってもらえる者となると、また、さらに少なくなってしまいます」
「そうか…、はっ、世界!?」
ヴァルが急に大きな声を出したので、ミナは驚いたが、周囲はもっと驚いていた。
世界に、火の異能の強い者が、どれほどいるか判るなど、気が遠くなるほどに途方もない能力だ。
「はい。まあ、強い力を、ざっと探っただけなんで、火を扱える程度の者まで数えれば、少ないと言うのは、違うかもしれませんけど」
もう、なんと言えばよいか判らず、空気を求めて口を開ける。
「まあ、とにかく…、双王陛下にお話しするので、構いませんか?どうしてもリクト国内で対処するとなると、人数を増やすことになり、不測の事態も起きやすくなるでしょう。あまり、お勧めはしませんが、この地に住んでいる者の思いは、それはそれで、得難いものではありますよ」
「あ、う、うむ…、ミナは、人数は少ない方がよいと思うのだな…」
「ええ。場所はリクト国ですが、世界のことですから、離れていても、国を思う心は、この国に生きる者と、差はないと思います」
「そうか…、うむ…。ひとまず、その者に頼めるか、聞いてみてくれるか。その結果を見て、話し合ってみる」
「はい。では、そのように。大きなことは、こんなところですかね。今日は、もう遅いし、明日、時間を作って、ガーディさん、さっきの話の続きをしましょう。仕立て屋のところには、9時出発でしたね」
「あ、はい。そのように」
「では、ヴァル様、皆さん、おやすみなさい。ムトは、まだ話があるかな」
ガーディが言った。
「はい、旅程の確認など、少しだけ」
「分かりました。では、失礼しますね」
そうして、ミナとデュッカが出ていくと、残った一同は、息を吐く。
「彩石判定師…、底知れぬな…」
ヴァルが呟き、本当に、とガーディが頷く。
「それはそうと、ガーディ、話とは、我々には聞かせられない話か」
「いえ、ミナ様には、安易に他国のことに口を出すべきではないとの、お考えなのでしょう。お役目としても、話すべきかどうか、私に対してご相談のお気持ちが大きいご様子です。ひとまず、話させてください」
「うむ。しかし我らの国のことなのか…」
「ええ。先ほどの続きということですからね…。さておき、ムト殿、今後、またリクト国に訪れる必要があれば、通行証のようなものがあった方が、動きやすいでしょう」
ムトは頷いた。
「ええ。叶いますか?」
ガーディは頷きを返して、ヴァルを見た。
「いかがでしょうか、ヴァル様。ミナ様は、アルシュファイド国の国格彩石判定師としてではなく、この世界にただ1人の方として、神域に訪う必要が、我々のために、必要なのだと思います」
「うむ。レジー、ルード、どう思う」
親衛隊隊長にして、リクト王国総軍の長であるレジー・ドゥードが、は、と頭を下げて答えた。
「ミナ様が、たった今、お示しになられた能力の一端でも、我らの考えの及ぶところではありません。そのような方には、お願いすることはあれど、禁ずることなど、してはならない。そう考えます」
「うむ…、ルード」
「は。私には、おそらく、畏敬が足りないと思いますが、しかしながら、あの方は、信ずるべき方と、思います。リクト国内を自由に、とは申しませんが、もしものとき、お力になれるよう、配慮したく思います」
「うむ…、カダナ。うまく収めようとするなら、どう動く」
「はい。まず、通行証は、便利になるでしょうな。これまでも、必要のある者に使わせていましたから、その形に近付ければ、通りがよいでしょう。あとは、そこに含む条項を工夫します」
「うむ。では、通行証の発行、という形が、良さそうかな。宿泊はどうする」
「いえ、そこまでは…」
ガーディが言ったが、ヴァルは首を横に振った。
「いや、もしものときは、必要だ。緊急などでなければ、アルシュファイド国の手配で構わないが、この先、何があるか判らぬ。備えとして、休む場は、設けられるよう整えさせてくれ」
「ありがとうございます」
ムトが頭を下げ、ヴァルは、いいのだ、と言って、カダナを見た。
「もしものときは、軍の施設で匿ってもらえないものだろうか」
カダナは、自分の顎を撫でる。
「そうですな…、異国の民を軍の施設に入れること、そこで安全を保てるか、となると…、兵への通達と教育は、これからのことになります。これまで、異国に対しては、敵対する覚悟を持つよう、してきたわけですから」
「ふむ」
レジーが言った。
「それは、どのみち、これから変えていくことです。国王軍以外は、防衛軍となったのですから」
「む。それもそうか」
カダナが言い、レジーは続けた。
「ええ。国王軍にも、ザルツベルのことは、国王陛下のご意思に沿っていることと、通達した方がいいでしょう。まず、あちらの国王軍駐屯地に、特にミナ様ご一行の緊急時の宿泊場を設けるようにします。そのほかは、ルード、条項を整えてから、それに沿った対処をする」
ルードが頷いて応えた。
「承知しました。それでは、これまでの通行証の形で、条項を作成します。クドウでのご滞在は、明々後日《みょう
みょうごにち》の朝まででしたね」
「ああ、そうだ」
ムトの返事を受け、ルードは頷く。
「それでは、明日中に条項を整え、明後日には、完成させます」
「うむ、頼む。ムト、ザッツのことでは、改めて、礼を言う。しかし、なぜまた、そのようなことになったのだ?」
「いえ、ただの成り行きで…。まあ、時間もあったことですし、本当に、ただ、様子を見に行っただけなのです。それでまあ、目の前で、ジャコレルという、獣が、非道にも、命を奪われそうだったので。助けたまでなのですよ」
「ふうん。ジャコレル。聞いたことがないな。覚えておこう」
「少し気になるのは、これまで、大金を騙し取られた者たちですね。首謀たちは、とっくに散財したのでしょうが、例えばアルシュファイドでは、罪人に強制で稼がせて、その金を被害者に返す、ということも、したりします。こちらの仕組みがどうなっているか知りませんが、そうして、被害者を助けてやる、ということも、考えてみてはもらえないでしょうか」
「うむ、そうか。罪人を捕らえて、刑罰を与えるだけでは、確かに、被害に遭った者は、この先の生活も大変だろう。そうだな、何か、考えてみる。そこまで、配慮してくれて、ありがとう」
「とんでもないことです」
ガーディが言った。
「では、ムト殿、こちら、クドウは藁の日に出発で、ザルツベル滞在は2泊3日の予定ということで、進めてよいですか」
「ええ、頼みます」
「それでは、お疲れでしょうから、遅くなりましたが、お休みください。ヴァル様、よろしいでしょうか」
「うむ、そうだな。ムト、ゆっくり休め。また、明日」
「はい。それでは、失礼します」
ムトが下がると、ガーディは、ミナと話したことで、新たに政王アークとも確認を取り、提案などすることがありそうだと話した。
「政王陛下のお考えもありますし、まだ、はっきりとは申せません。私自身、調べてみなければ何とも言えないところもあるので、少し時間をいただきますが、何にせよ、今後のアルシュファイド国との取引に関わってくるだろうと、気に留めていただけますか」
「うむ、分かった」
「では、今日は失礼します。明日、明後日は、ミナ様のご案内を主にいたしております。それでは、おやすみなさい」
「うむ、よく休め」
「ヴァル様も、お早めに休まれますように」
そうして、ガーディが下がると、ヴァルは残った者たちと、相談や命令などして、自室に戻ることにした。
レジーと廊下を歩きながら、息を吐く。
「ああ、何か、充実しているなあ…!」
「気力はあっても、ちゃんと休んでくださいよ」
「分かっている!ところで、レジーは、ジャコレルを知っているか」
「ああ、ええ。見たことがあります。普段は、おとなしいと言っていい獣だと思いますよ。それを、弄ぶように命を奪うなど、とんでもない所業です…」
「ふむ。被害者と言うなら、そのジャコレルが一番の被害者と言えるな…」
「はい。しかし獣には獣の道がありますからね。人が、善意であれ、何かをすることは、彼らにとっての、よいことではないのでしょう…」
「うむ。あ、だが、せめて、今回の件、ジャコレルは巻き込まれただけと、周知することはできるな」
「ああ、ええ。それは、しておいた方がいいでしょうね。過剰な恐れを抱いて、過剰な対処をさせては、ジャコレルは、きっと、今いる場所で、住み難くなりますから」
「うん!明日、早速な。いや、一番にな!」
そう言って、ヴァルは足を速めた。
そうすることで、早く明日が訪れるとでも言うように。
それは、明日を楽しみにする気持ち。
明るい、日々に、向かっている、そんな、気持ち…。
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