家族旅行

17/47
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ
       ―Ⅵ―    翌日の朝は、雨だったが、辺りが明るくなる頃には、上がっていた。 珍しく、デュッカのいない集まりで、鍛練をした旅の仲間の騎士たちは、7時に朝食をいただき、それぞれの役割を確認し、仕事をして、ミナたち家族の、9時の出発を待った。 旅の間、使っていた客車は、現在、調子を見てくれているということで、任せ、王城付きの馬車と馭者を利用させてもらうことになった。 今日は人数が多いので、大型の客車に、イエヤ家の4人と、付従者のテナとユクト、ガーディと、ミギリと、その連れ合いのマアリ・ファゴットが乗り、あと1人乗れたので、イルマが同乗することになった。 ほかの護衛は、今回は馬を使う。 目当ての仕立て屋まで、町の中心地の範囲なので、それほど遠くはない。 到着すると、イルマを先頭に客車の者たちが降りて、ガーディが、迎えるために表に出ていた店の者と話して、なかに入れてもらった。 「さて、では、この(さい)ですから、テナさんも選びますか」 「いえ、とんでもない。一応、持って来ているもので、大丈夫と思います。でも、王城書庫の者として、見せてもらっていいですか」 「それは、もちろん。では、マアリさん、ミナ様とジェッツィ様の分で、ご相談に乗ってもらえますか」 「ええ、もちろん。では、まずはジェッツィ様から。何色がお好きですか?」 「私、緑!すごく、鮮やかなの!でも、ほかにも、見たら、好きだなって思う。薄紅(うすべに)とか、薄紫(うすむらさき)とか、ちょっと薄いけど、そういうの、明るくしたのが、好き!」 目の前にある、色とりどりの布を見て、高揚したらしいジェッツィは、近くで見たくて、うずうずしている。 「それでは、靴を脱いで、お上がりください」 店の者が、膝より少し高い位置にある床に上がるよう、促した。 ミナたちは、石の踏み台で靴を脱ぎ、その斜め上に突き出た木の踏み板を踏んで、イエヤ邸にある畳のような、植物らしい表面の床に上がった。 「すでに作っているお品は、こちらです」 ミナ、ジェッツィ、イルマ、テナ、マアリが、店の女のあとを付いていき、残りの者たちは、低い方の床面に設置してある机と椅子の組の、いくつかを利用して、待たせてもらった。 ブドーは、退屈なので、どっか行くとこない!?とガーディに聞く。 「そうですね。ミナ様とジェッツィ様のあとで決めるとしても、それまで、少し見当を付けておきますか。向かいが、男性用の仕立て屋ですから、そちらでは?」 「行く!」 「デュッカ様は…」 「うむ、行くか」 このまま待っていても、ミナはしばらく出て来ない。 向かいなら、まあ、いいかと、デュッカも行くことにし、ミギリも付いていく。 一方、店の奥に行っていたミナとジェッツィは、豊富な衣装のなかから、ほかの者の意見を聞きながら、好みに近い衣装を選んだ。 服は、一般的と思われる体型で作られており、裾の長さなど、変えられる部分は、まだ仮縫いの状態に(とど)めている。 ぴたりと体に合った方がいい意匠もあったが、事前に作られている都合があるのか、多くは、少し余裕のある着心地の意匠になっていた。 「あ、なんか、楽でいいですね。私、こんな形で、もうちょっと、夜会服置いてもらおうかなあ…」 「1着、持って帰って、城駐服飾師に見てもらえばいいんじゃないでしょうか。彼女がアルシュファイドの流行を作っていると言っても、過言ではないんです。気に入るかは判りませんが、何か、変化があるかもしれません」 テナの言葉に、ミナは大きく頷いた。 「そうだね!ちょっと、特徴のある衣装を、2着か、3着、選んでみる。テナ、探すの手伝って」 「はい」 取り敢えず、今夜の衣装と、明日(あす)も何があるか判らないので、もう1着選んでから、リクト国ならではの意匠と言えるものを選び、着るためではなく、見せるために買いたいのだと店の者に伝えて、明日(あす)までに形を整えて、届けてくれるように頼んだ。 ジェッツィの(ほう)は、2着選んだあと、布が見たいと言って、店の入り口辺りにある、これから作るために選ぶ布を見せてもらった。 ブドーとデュッカにも、選んだ衣装を見てもらい、それに合わせる形で彼らも決めると、向かいの店に戻って、注文を済ませてきた。 今日の衣装だけ、夕方、17時に届けてくれるように頼み、残りは、明日の17時に届けてもらう。 手配をし終えて時計を見ると、11時半ば過ぎだったので、予約してもらっていた食堂に入った。 食卓が調うまで、少し茶を飲んで待ち、整えられた個室で昼食をいただける。 ここは、前回に来た所ではなく、プノム料理中心の店だった。 ガーディが言った。 「貧しいなりに、様々な工夫を()らしています。甘みが多くて、菓子のように感じるかもしれませんが、このようなものも試してみたいかと思い、ご案内しました」 「ええ、食べてみたいです!」 ミナは言ったが、ブドーは、甘いのか?と、眉根を寄せる。 ガーディは、少し笑って、ええ、甘いんですよと言った。 「リクト国には、なぜか甘い植物が多くて、海から離れて塩が高価なこともあって、普段の食事から、甘いものが多いのですよ。そこに、酸味を加えたり、苦みや(から)みで変化を付けて、食べています」 「あ、そういえば、ザッツで食べた鍋も甘かった!でも、辛くて、うまかったな!ああいうのなら、いいな!」 「はい。では、取り敢えず、食べてみてください」 「うん!」 そうして、食べてみると、なるほど、確かに、甘味(かんみ)がすべてにあったが、濃さに違いがあり、そこに、酸味と、苦みと辛みによる変化が付けられ、少ないけれど、(しお)()と、うま()のある料理もあって、肉や魚が少なくても、充分に満足できた。 「ああ、うまかった!甘いって言っても、こんなに違いが出せるんだな!なんか、すげえ!」 ブドーが(いた)く感心し、喜ぶので、ミギリは、こんな()()しもあるのかと、庶民の料理だからと避けていたことを、考え直してみようと思った。 「さて、あとは、以前に行った加工場でしたね」 「はい!今回は、以前に求めた感じの棚が、この2人の部屋にもあったらいいかなって、見てもらいたくて。鉱物の種類にもよるって言ってたし、まずは倉庫を、ざっと見たらいいかなと思うんですけど」 「かしこまりました。では、あの形状の棚が多い倉庫に行ってみましょう」 「そんなのがあるんですか!」 「ええ。以前に行った倉庫は、一番最初に開かれた倉庫で、置かれているものも雑多なのですが、それ以来、同じ特徴で集めれば見やすいんじゃないかと、ほかの倉庫は、様々な特徴の違いで分けて、置き分けるようになったのです」 「それは、探しやすそうですね!」 「ただ、置くには、倉庫の建設費用を出した者か、維持費を出している者、という条件が付くので、誰でも置ける、以前に行ったあの倉庫が、自然、職人が多く集まる倉庫となりますね。気に入った職人に、自分の好きな形を作ってもらえばいいので、すぐにこれが欲しい、と形が決まっていなければ、時間を掛けて作ってもらうのが、このクドウでの形です」 「へえ…」 そんな話を、歩きながらして、待たせていた馬車に乗り込むと、クドウの中心地から少し離れたところで降りた。 高く、大きな倉庫に、ブドーとジェッツィは口を開け、なかに入る。 「ブドー、ジェッツィ。こっち」 ミナは、手近な棚を示して、こういうのが部屋にひとつあるとよくないかな、と話した。 「地下にも、たくさん家具があるけど、あれは戸棚が多いから。これは、中身が剥き出しだから、(ほこり)が溜まったりして、掃除の手間もかかるんだろうけど、使い勝手が良いように思うんだ。あちこちに小物を引っ掛けられる、という所とか、木の家具にはない使い方ができるの。考えてみない?」 「これより、大きくてもいいか!?」 ブドーが、輝く目で身を乗り出す。 「うん、たぶん、組み立てられると思うから、まずは見て、選んでみて」 「分かった!組み立てる?」 「うん。この辺り、螺子(ねじ)があるでしょ。こういうのを全部外すと、棒と板だけになってしまって、持ち運びしやすくなるのよ。ま、それはあとで見たら判るから、取り敢えず、探してみて!」 「うん!」 2人の大きな返事に微笑んで、辺りを見回すのを眺める。 それから、デュッカを振り返って見た。 「デュッカ、ほかに利用できそうなことって、あるでしょうか?」 「金属にもよるんだろうが、細くてもしっかりと立つ、という点で、木製とは違う利用ができそうに思うな」 「ああ、そういえば、曲げられる金属とかもあるんでしたね!」 話しながら、ゆっくりと歩いて倉庫を見回り、やがて気に入った棚を見付けたブドーとジェッツィの示す棚を見て、ガーディとミギリと相談し、その棚を作った職人の加工場に、順に行くことになった。 倉庫の管理の役目の者に、職人の加工場の場所を聞いて、馬や馬車で向かい、それぞれで、ブドーとジェッツィの望みに合う棚を求め、後付けできる吊り下げ(かぎ)、吊り下げ(かご)なども求めて、満足する一日を過ごした。 夕方、クドウ城に戻って、茶を飲んで休んでいると、夜会服が届いたので、着て具合を確かめ、そのあと、皆、湯を浴びることにして、それぞれの部屋に戻り、夕食まで、そのまま部屋で休むことになった。 19時前に、侍女や侍従がやってきて、広間に案内し、旅の仲間たちと顔を合わせる。 テナとユクトは、控えめで、きちんとした印象の夜会服、騎士たちは正装だ。 今回、夜会には、騎士たちの親しみやすさを考えてか、国王親衛隊を始め、リクト国軍の者たちが参加していた。 もちろん、それなりに地位のある者で、話を聞くと、20人以上の兵をまとめるような立場の者たちと考えられた。 そのほかには、国の主要人物が参加していて、かなり人数は多い。 「ちょ、ちょっと、考えた以上に大掛かりだなあ…」 ミナが呟くと、ガーディが微笑んで、これでも控えめな(ほう)です、と言った。 「以前に来られたときは、兵士たちがいませんでしたからね。あの時は、商人などもいたのですよ。今回は、そちらの関係は控えて、国の役目の者に挨拶だけさせる、という形です」 「挨拶?」 「ええ。国交とは少し違い、厚意に近い形で、ザルツベルの神域の維持に尽力していただいている風の宮公、という、説明をしてあります。厚意で世話になっているのですから、まあ、礼を示すのが、重臣として、最低限の態度となります」 「気を使わせちゃってますね…」 「そんなこと。思わないでください。実際の所を、彼らにも知らせたいところですが、今のところは、当たり障りのない説明となっています。ただ、あなた方のために、あなた方を知るために、こうして時間を取ることで、彼らには、せめて、あなた方に対し、意味は違っても、礼を示せる機会を持たせたいのです」 「礼だなんて、そんな」 「どうぞ、そうさせてください」 穏やかに笑い、やんわりと、主張する。 ミナは頷いて、はい、と応えた。 ヴァルと、その母、キリルリーリア・フードリッヒハウゼンが現れると、高らかに夜会の開始が宣言され、まずはミギリが、産業大臣のエカテ・グリマテとその連れ合いを連れてきて、挨拶させ、前後して、防衛大臣カダナが、金の元帥カロンラ・ヴェリルと、銅の元帥カリステア・アーティスを連れてやって来た。 そのあとは、大臣たちが次々やって来て挨拶をし、一通(ひととお)り済んだようなので、ミナは皿に食事を取りながら歩き、時折り、用意された椅子に座って食べ、また取りに行くを繰り返した。 流れる音楽に乗って、男女の組で踊る者たちもあり、ジェッツィは、見よう()真似(まね)で、ブドーを相手に踊ってみた。 ブドーも、呑み込みが早いようで、2人は、周りと変わりなく、ひょっとすると上手(うま)いぐらいに見えただろう。 頭ふたつ小さな少年少女の踊る様子を、周りは微笑ましく見つめ、終えると、温かな拍手をくれた。 ミナは何より、ブドーとジェッツィに対する、その温かな心こそが嬉しく、リクト王国の人々に感謝の気持ちを持った。 楽しい夜が終わると、ミナは、そういえば、ガーディと話さなければと、申し訳なく思いながら引き留めて、リクト王国での旅で気付いたことなど話し、もし対処できることがあればと、頼んでおいた。 クドウ城の夜は、そんな風に更け、招待客たちが帰ると、静けさが降りた。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!