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―Ⅶ―
半の日。
この日もデュッカは起きて来ず、ミナも来ない。
代わりにブドーとジェッツィが来て、ハイデル騎士団は寂しさを紛らわせることができた。
この日、朝からの観光では、キリルリーリアも同行してくれ、アジールと名の付いた彼女の庭に向かった。
そこは、黄色い花々が咲き揃う斜面の下に、小川の流れがあり、水音に誘われるように歩を進めると、岩の間から水が噴き出す水源に行き着く。
岩場の裏手には、大きな湿原が広がり、奥の深い林の緑を背景に、大振りの白い花冠が咲き揃う。
「う、わあ…!」
ジェッツィが声を上げ、ブドーも、すげえ、とあとに続ける。
2人は、湿原のなかに入れないので、その縁に沿って走り、奥の林からの眺めも、またいいと声を上げ、ミナとデュッカもあとを追って、下生えの少ない林に入った。
木々の間から見る湿原は、背景が遠い空となり、確かに、また違う趣で、うつくしく、心和む。
少し、林を散歩したりして、庭を楽しみ、一行は馬車に戻った。
時間を見て、まずは糖味店を目指す。
この店では、料理に加える甘味料を取り扱っていて、形状としては、砂状、砂状を固めたもの、砂状よりも細かい粉末、親指の先程度の大きさの固形などと、それよりも大きな固形もあり、その大きな形状になると、主に専用の道具を使って削る。
あとは、液体と、植物の実や葉、茎などをそのまま入れるそうだ。
「へえー、すごい!こんな、多様なんだ」
植物は、なまの状態もあれば、干して水分を抜いたものもある。
また、液体などのなかに入れて、甘味を染み込ませた植物なども、料理に加えて使う。
「これは、煮詰めたというわけでは、ないんですか」
瓶詰めの、実らしきものを見ながらミナが問うと、近くにいたマアリが、煮詰めてはいません、と答えた。
「こちらに置かれているのは、甘味を特に取り出したもの以外、普通は、加工したものではないのです。煮詰めたものなどだと、また別の店で求めます。ここで手に入るのは、料理に使う甘味で、そのままで食べるようなものでは、ありません」
「へえ。そうなんですね。間違わないようにしなくちゃ。全部試したいけど、さすがに無理だなあ。あ、そだ!この、瓶詰めのもの色々、買って帰ろう!ここ独特だと思うし、これ、きっと、なかに入ってる植物の香りとか、味とかも料理に加えたいってことなんですよね!」
「ええ。あまり多くは、私も知りませんが、こちら、ジェセリーは、ぴりりと辛いのです。ああ、こちら、ユンカナの花弁は、味や香りはないのですけど、薄赤い色が付いて、綺麗なんです。中身を丸ごと鍋に入れて、甘くしたいものを煮ると、甘味と同時に、色が付きます」
「へえー!面白い!そういうのも選んでみよ!」
そうして、ミナは、店の者に頼んで、かなりの数の瓶詰めを求めることになった。
「うっ、これはさすがに、持って旅するのは厳しいか。送りたいんですけど、いい方法、ありませんかね」
顔を上げて、ガーディを見ると、お任せください、と言った。
「この機会に、政王陛下にあれこれ送りますので、そちらとともに運ばせましょう。昨日求めた、服や棚も、こちらで届けるよう、手配しましょうか」
「あっ、お願いします!」
そう決めて、のちほど、荷物を分けることになった。
昼食では、蒸し焼き料理というものをいただき、これは、いい具合に塩味の染み込んだ、素材そのものを味わう料理だった。
「これ!いいですね!こちらの国に、あ、この近辺か。とにかく、どんな味の植物があるのか、知ることができるのって、旅してきた甲斐がありますね!」
ガーディは、そう言っていただけると、嬉しいですと言った。
「こちらは、まず、下に、マテリトリカルという鉱物を多く含む鍋で湯を沸かし、その蒸気で、上に並べた素材を蒸してから、焼き色を付けています。ですから、アルシュファイド国で言う、蒸し焼きとは違うのですよ。あちらは、まず鍋で焼いて、蓋をして、なかの蒸気で蒸しますからね」
「へえ。マテリ…トリカルですか。それを使うのには、何か理由が?」
「はい。昨夜のお話にありましたように、鉱物を使った鍋の中には、使うと、有毒な成分を調理中の食材に移すものがあって、マテリトリカルもそのひとつではあるのです。ただこれは、一定の温度に達した湯に溶ける、という性質があるので、直接調理したり、沸かした湯を摂り込まなければ、問題はありません。何より、蒸気の方に、塩味を与える、塩と同じ成分が含まれていて、これはかなり時間が掛かるのですが、食材に塩味を染み込ませることができるのです」
「わあ、それは、便利…、いや、時間が掛かるのは、ちょっと困りそうですね」
ガーディは、少しだけ困ったように笑った。
「ええ、普通の家庭で、できる調理では、ありませんね。こちらの食堂は、もう、これ一本に絞っているので、料理の提供時間を操作することで、対応しています。あと、火の番をする、火の者を雇うなど」
「繁盛するといいですね!ところで、蒸気に含まれるのは、塩味だけ?」
「いいえ、ほかの成分に付着することで、海水のように塩が鍋に残ることなく、蒸気に乗るそうですよ。そちらの成分は、もともと体に害のあるものではないですし、塩味とともに摂取する分には、量も少ないだろうとの調査結果でした」
「それは、アルシュファイドに調査を依頼したんですか?」
「ええ、そうです。こちらには、そのような設備がありませんからね。その当時に、人に影響があって、ちょっとした問題になっていたこともあって、特別に、調べさせました。ですが今後は、国として、きちんとした取り決めをして、調査し、その結果を扱わなければなりません」
「そうですね。鉱物の違いで、いろんな料理法が確立できたら、いいなあ!」
ミナはおいしそうに食べていたが、ミギリは、当時の騒動が、このような形に落ち着いているとは知らなかったので、驚いていた。
知らない間に、アルシュファイド王国に、この国の鉱物の情報が渡っていた、という点は、やはり注意すべきだが、そのお陰で、こうして、仕事として利用されていることは、正当に評価すべきと思えた。
イエヤ家の者たちを満足させた昼食のあとは、ブドーとジェッツィに、何がしたいかと尋ねてみた。
「んー、俺、ちょっと、国王陛下と、話したりしたいなー、無理だろうけど!」
「そうだねえ、お休みの日は、円の日なんですか?」
ガーディが頷いて答えた。
「ええ。ですが、平日に息抜きぐらい、しても良さそうに思います。視察という名目で、城を出て、その供をする、ということはできそうに思いますよ。しかし、何がいいでしょうね…」
「俺、ここの壁の造りが見てみたい!だめか?」
「そうですね…、国防の問題もありますから、詳しい説明はできませんが、上にあがる程度は、いいと思います。ミギリ、どうだろうか」
「ああ、もちろん、その程度なら大丈夫。しかし、国王陛下はお忙しいのでは」
「忙しかったら、1人でも行く!」
そういうことで、まずはヴァルに確認を取り、合流できることになった。
「ジェッツィは、そっちには興味ない?」
「うん…、ちょっと、上からの景色を見てみたい気もするけど、もう少し、布とか、食べ物とか、見たいし、知りたい!」
キリルリーリアが言った。
「辺りの景色は、城からでも眺められます。ジェッツィは、城の見晴らし塔に上がるといいですよ。泊まっている青殿からも行けますし、特に立ち入り制限のある区画でもありませんからね。どんな食べ物を知りたいですか?」
「えっと、甘いもの!さっきは、甘いの、そのままだったけど、そのままで食べられるものがいい!」
キリルリーリアは微笑んで頷き、ミギリとマアリを見た。
「何か、そのような、よいところはありませんか?」
マアリが頷いた。
「甘味通りと呼ばれる通りがあるのです。恐らく、以前、来た時に行ったのは、別の通りではないでしょうか?」
「どうでしょうか。以前は、カダナさんのお薦めの店から、歩いて…2軒、行きましたけど、それはそんなに大きな通り沿いではなくて、近くと言っても、町の区画としては、それぞれ違うような感じでしたし、周りの店は、甘味関係とは、思われませんでした」
マアリは頷いた。
「あのあと、カダナさんに、その干しラベンナの店を教えていただきましたが、あちらは、これからご紹介したい通り沿いでは、ありません」
「なあ、そろそろ、国王陛下、来るんじゃねえ!?」
ブドーが、気になる様子で言い、それもそうだと頷いて、ここで、二手に分かれることにした。
ガーディは、彩石ボゥを連れたブドーと行き、残りは、マアリの薦める甘味通りに行く。
馬を1頭、ガーディに預けて、ブドーは後ろに乗せてもらい、ボゥが並行する。
2人を見送って、ほかの者たちも、馬や馬車に乗り込んだ。
甘味通りは、クドウ城に近く、その前にある広場に繋がる、大きめの通りだ。
馬と馬車を、停め場に預けると、そこから歩く。
「以前に持ち帰ったものは、いかがでした?」
マアリに聞かれて、ミナは両手を合わせた。
「はい!あれらは、多くは周りに、お土産として配っちゃったんですよ。それらを加えて、お菓子とか、料理とか作ってもらったんですけど、評判いいです!干しラベンナ入りの焼き菓子とか、独特の味が楽しめました!」
「それはよかったです。また、いくらか、周りの方々にも喜んでもらえるといいのですが」
「そうですね!四の宮って、人が多く集まる所では、休憩時間があるんで、そこで使ってもらえたらいいんですけど!」
「ああ、大勢で楽しんで食べてもらえると、一層、よろしいですね。ああ、そちらなど、いかがでしょうか」
先を歩くジェッツィとキリルリーリアに呼び掛けて、一行はひとつの店の前に止まった。
「こちら、カッティーニョ揚げと言います。入ってみましょう」
マアリが引き戸を開けて入ると、甘い香りが漂う。
「カッティーニョと言うのは、植物の名です。これの葉から絞ったものが甘くて、ここでは、その汁を熱したものに、色々なものをくぐらせているのです」
そう言って、マアリは、店の者と話して、汁にくぐらせる食材を見せてもらえることになった。
「こちらは、このもの自体が甘いです。こちらも、こちらも。こちらは、このもの自体には、あまり味はありません。プノムのようなものです。こちらとこちらも味の薄いもの、こちらは、少し苦味がありますね」
そう説明を受けて、食材を選び、調理してもらうこと少し。
細い串に刺さったそれぞれの食材が来て、一同は食べてみる。
ぱりぱりと音がして、てかっていた表面が割れ、どうやら、その部分が甘いようだ。
食材そのものには、甘みは染み込んでおらず、表面の甘さと、食材が口のなかで、ちょうど良い具合になる。
「んー!なるほど、こういう食べ方!」
「甘さが違うー、……んん、うん。これ、おいしい!」
ジェッツィは、食材そのものが甘いもの、ミナは、プノムのようなものと言われたものを食べてみたのだ。
「これは、食材次第ですね!ただ、その汁を温めて、揚げるだけ?揚げるって言うんですね」
「ええ、油ではないのですけど、どこか油に似た粘着するものがありますでしょう。それで、カッティーニョに関しては、揚げると言うのです」
「ええ!何か、食べてみた感じも、油のような香ばしさ?と言うのでしょうか。近いものがありますね!」
「ええ、そうなのです。味は食材に染み込まないのですけど、そちら、すでに揚げているものを、買って帰ってから、炒めたり、煮込んだりもするのです」
「え!煮込んで、また溶けたりしませんか」
「ええ。一度、熱して固まったものは、崩れないようなのです。煮ても、表面が覆われているから、煮汁は染み込みにくくなっています。長く煮込めば、食材の芯まで味を染み込ませることができますけど、その辺りは好みなどで、調節します」
「へええ!わあ、それ、色々使えそう!その料理、食べてみたいなあ!」
「あまり、城では出ないかもしれませんね。また今度、来ることがあれば、機会があるかもしれません」
「そうですね!遠いけど、また、ザクォーネ国に行った帰りに、来られるかなあ、どうだろう!また来る楽しみがあるのも、いいですね!」
マアリは微笑んで、ええ、と答えた。
「ミナ、いいなあ。次は、私たち、来られないんでしょ?」
ジェッツィが唇を尖らせる。
ミナは、その様子がかわいらしくて、笑って答えた。
「あは、そうだね。でもまた、きっと機会があるよ。ジェッツィなりの機会がね。さて、次はどこに行きましょう!」
「ええ、では、次にご案内しますね」
そうして、一行は甘味巡りを楽しんだ。
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