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―Ⅸ―
この日の夜は、10歳前後の子を持つ、要職にある者の家族が特に招かれ、昨夜より、人数はかなり減った。
そちらの人数と合わせるように、招いたリクト国軍の者も、少し人数を抑えられた。
食事は、同じ部屋だが、20歳より下の者と、それ以上の者の机は離れており、それぞれで会話があった。
ジェッツィは、同じ年頃の女の子たちと、どう話せばよいのか判らなかったが、テナが間に入ってくれて、いくらか会話をすることができた。
食事が終わると、部屋を出て移動し、楽器を奏でる者たちのいる部屋に入った。
そちらには、いくつかに分かれて、背の低い椅子が配置され、小さめの机が脇に添えてある。
奏楽する者たちの近くにある椅子は、少し高めで、あまり腰を落とす必要がない。
ジェッツィは、楽器に気を引かれて、そちらに向かい、繰り返しの旋律に乗せて、声を伸ばした。
「なだらかな地に作するはリクトの民
鍬を持ち、土を分け、種を蒔く
温かなその手が
土を混ぜ
花をなで
水を撒き
やがて風のささやきのなかに
さあ、聞け、実りの音
弾け知らす、収穫の時
茎の垂れ下がる音が
莢のさける音が
今日よりも明日、増えてゆく
流した汗に報いるよう
願い届けよ、天の恵み
思いくめよ、地の蓄え
きっと、彼らを、満たしたまえ」
今日、様々な甘味を求めて歩き、そのなかで聞いた、耕作の苦労は、父と家の近くで育てた、植物の実りを思い出させた。
遠い空に陽が落ちるのを見ながら、クドウの街の周りを囲う畑は、チタ共和国の豊かな実りとは、掛け離れていると感じた。
苦労は同じなのに、得られるものは少ない。
それでも、ここで生きていくのなら。
頑張るしか、ないのだ。
ジェッツィは、今日の夕暮れを思い返し、何か、励ましのような言葉を、発したくなったのだった。
誰にも、届かなくても。
歌い終わり、楽器の音も止むと、指揮棒を持つ者がジェッツィを見て、にっこり笑った。
「見事だ」
ヴァルの声がして、そちらを見ると、彼が近付き、ジェッツィの右手を取った。
「我が民のための歌か」
ジェッツィは、そんなつもりはなかった。
リクトの民と歌ったけれど、ヴァルの民ではなく、ここに住む人、という気持ちだった。
けれど、ヴァルは、我が民と、言った。
国王という立場の人の心情を、理解はできなかった。
ジェッツィは、ちょっと首を傾けて、言った。
「ただ、目に入った人たちのことを、思いました。リクトの民って歌ったけど、それって、ここの周りの人だけじゃ、ないですよね」
それに、耕作するばかりが、明日を生きる糧を得る方法ではない。
ヴァルは、頷いた。
「よいのだ。それも、我が民に違いない。礼を言う。そのように、心を掛けてくれたこと」
礼を言われる筋なのか、よく判らなかったけれど、ジェッツィは、はい、と答えた。
「邪魔したな。続けてくれ」
「国王陛下は歌わないの?」
言うと、ヴァルは、少年らしい、恥ずかしそうな笑みを見せた。
「私は、聞かせられるほど、うまく歌えない」
ジェッツィは、相手が国王だということを忘れて、言った。
「やってみようよ!」
積極的に、今度は、ジェッツィが手を取り、楽器の奏者に向き直る。
「ラー、この音を真ん中にして、何か、繰り返しの旋律を、ください」
指揮棒を持つ者は頷いて、奏者を促し、同じ旋律を繰り返した。
「さあ、声を出して!ラー」
伸びやかな声は、いつ止まるのかと思うことすらさせない。
ヴァルは、声を出し続けるジェッツィの音に乗っかり、声を上げた。
「ラー」
ジェッツィは、笑顔で頷いて、音程を変え、空いた手を大きく内側に回して、ヴァルに繰り返しを求めた。
「ララララララー」
「アー、アッ、アー、ラー、ラララー」
「アー、アッ、アー、ラー、ラララー」
「ルルルララー」
「ルルルララー」
「リルリルレオアハーッ!」
「リルリルレオアハーッ!」
高い音で旋律を終えると、大きく肩で息をつく。
「すごい、歌えるじゃない!」
「えっ?いや、歌?」
「うん!言葉はなくても、気持ち良かったでしょ!声出すのって、気持ちいい!そう思わない?」
ヴァルは、確かに、胸がすっきりしているのを感じた。
「うん、気持ちいい!」
「でしょ!」
そこへブドーが来て、三連で歌ってみようと言った。
「朝駆けるの輪唱。歌詞が簡単だし、繰り返しだから」
「分かった!あっ、国王陛下、朝駆ける、夢を蹴散らし、光差す、目覚めよ、童女(おとめ)、起きよ童男、朝日を浴びよ!って、覚えられる?」
「ああ、うん!どうするのだ」
「最初私、次、ブドーが歌うから、あとから、入って。いくよ」
ジェッツィは、ひと息吸って、穏やかに歌い出した。
「朝駆ける、夢を蹴散らし、光差す、目覚めよ、童女(おとめ)、起きよ童男、朝日を浴びよ!」
ブドーは、光差す、のあとから追った。
「朝駆ける、夢を蹴散らし、光差す、目覚めよ、童女(おとめ)、起きよ童男、朝日を浴びよ!」
ヴァルも、真似をして後を追う。
「朝駆ける、夢を蹴散らし、光差す、目覚めよ、童女(おとめ)、起きよ童男、朝日を浴びよ!」
指揮棒を持つ者が、3人に合わせて奏者に音を促し、ジェッツィの流れに合わせる。
ジェッツィは、段々と速度を速くし、最後は、音を伸ばして、ブドーも最後の音を伸ばし、ヴァルとともに歌い終わった。
ヴァルは、肩で息をつき、腹の底から溢れる笑いに支配された。
「あっははは!楽しいなこれ!」
「だろ!?輪唱って言うんだ!」
「りんしょう!どう書く?」
「輪っかに、唱う!ぐるぐる回って、輪になるみたいだったろ!」
「なるほどな!もっとやりたい!」
「あとは、ちょっと長いんだよな」
テナが、椅子から立って近付き、大勢でやってみたらどうでしょう?と提案した。
そうして、リクト国の若者たちに歌詞を教え、スティンやパリス、レモンドが仲間に入れてくれと来て、それを追って、アニースが、イルマとカチェットを連れてきた。
大きな輪唱が部屋に響き、ミナも立ち上がって駆け寄り、仲間に加わった。
キリルリーリアまでも加わって、大合唱が終わると、大きな笑い声が広がった。
それから、リクト王国の歌を教えてもらうなど、笑い声と、歌声の絶えない夜が更け、やがて夜会の終わりを迎えた。
「皆、集まってくれて、楽しませてくれて、ありがとう。客人たち、来てくれてありがとう。リクト国の旅に、よきことがあるように」
デュッカが立ち上がって、胸に手を当て、深い礼を示した。
「ありがたきお言葉。陛下も、お健やかに、リクト国のますますのご発展を願っております」
「うむ。では、皆、気を付けて帰れ。客人よ、よく休まれよ」
「はい」
ヴァルとキリルリーリア、お付きの者たちが退室し、ほかの者たちも、立ち話などで少し時間を置きながら、部屋を出た。
多くの人の頬に笑みが浮かび、楽しい夜の余韻が残った。
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