家族旅行

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       ―Ⅹ―    翌日、朝食をいただいたあと、部屋に戻って出発の支度をしていると、ヴァルとルードとレジーが、ミナの(がわ)の居室にやってきた。 寝室を隔てたそちらに、訪問者があることを察知して、デュッカが素早く部屋に入る。 応接用の椅子に招くと、ヴァルは1枚の、金属の折り畳まれた板を差し出した。 「受け取ってくれ。我ら、リクト国から、せめてもの心付けだ」 受け取って、見ると、リクト王国通行証、とあり、指定は、アルシュファイド王国国格彩石判定師ミナ・イエヤ・ハイデルと、その伉儷、アルシュファイド王国風の宮公デュッセネ・イエヤと、ミナの護衛として、アルシュファイド王国ハイデル騎士団団長ムティッツィアノ・モートン以下ハイデル騎士団団員、とあった。 但し、これに付従する者として指定あれば、通すことを認める、ともあった。 「これ、指定範囲広すぎるんじゃ…」 「うむ。そこは、ミナ。お前を信じようと思うのだ」 ミナは顔を上げて、ヴァルを見た。 まっすぐに見返す瞳は、とても、深く胸に落ちた。 「ありがとう、ございます…」 「いや。判らぬところなどないか?」 そうして、あとに続く条項を確かめると、ミナはそれを胸に当てて、もう一度、深く、礼を言った。 それから、ヴァルたちは一旦、用事を済ませに行き、出発の時間、見送ってくれた。 「ミナ、デュッカ。また、リクト国に来る(さい)は、是非とも、クドウに立ち寄ってくれ」 「ありがとうございます。ええ、何もなければ、そのように」 「うむ。ムト、そして騎士たちよ、役目、頼む」 「は、お任せください」 ムトが、騎士の礼をして、ほかの者たちも、これに倣う。 「テナ、ユクト。役目ご苦労。息災でな」 「お心遣い、ありがたく存じます。陛下も、ご健勝であるよう、願っております」 テナに続けて、ユクトも挨拶をする。 「ブドー!また、会いたい。もっと、話したいな!」 「うん、俺も!また、来るよ。そういう年齢になったら」 「うむ!楽しみにしている。ジェッツィ、昨夜(さくや)は楽しかった。また会えるといいな」 「はい、陛下。そのときはまた、一緒に歌ってください」 「うん!」 ヴァルは、少年らしい輝く笑顔で応え、旅人たちを見回した。 「アルシュファイド国の旅人よ、よき旅を続けてくれ!」 「ありがとうございます」 もう一度礼を言って、ミナたちは馬車に乗り込み、騎士たちの多くは馬に乗り、ムトの合図で馭者が掛け声を上げ、隊列が動き出した。 窓のなかから手を振り、クドウ城を出ると、クドウの朝の街並みを眺める。 もう、大人たちは仕事に行ったのだろう。 子供の姿が多いようだ。 「もっと、見たかったな、クドウの町」 ブドーが、少し寂しそうに言った。 「そっか。また、見に来られるといいね。ジェッツィ、楽しめた?」 「うん!私も、色々、見足りない気がするな!」 「うん。また連れて来られるといいけど、ね。リクト国は、これから、ちょっと用事があるから、付き合ってね。それから、アルシュファイドに帰ろう」 「うん!」 2人の元気な声に頷いて応え、ミナは窓の外を見た。 耳に残る、ジェッツィの歌声。 願い届けよ、天の恵み 思い()めよ、地の蓄え きっと、彼らを、満たし(たま)え 満たし(たま)え。 腹を満たして欲しい。 まずは、そこから。 一歩ずつ。 ザクォーネ王国との関係も、一足(いっそく)飛びに、改善はしない。 ひとつひとつ、積み重ねて、掴んで、いくのだ。 「次は、どんな町かなあ!」 「そうだねえ」 ミナは、もう、先のことに意識の向いている2人に微笑み、次は昼休憩だね、と言った。 「滞在時間が短かったから、あんまり知らないんだ。まあ、今回も、すぐ出なくちゃいけないけど」 「泊まるのは、どんなとこ?」 「んー、小さめの町という印象かな。手前の、昼休憩する町の(ほう)が、賑やかだったんじゃないかなあ」 そんな話をして、昼、ベックと言う町に着いた。 やはり賑やかな町で、どうやら、商人が道端で語らうところが、多く目に付く。 「どういう町なのかな」 今回は、説明してくれる者がいないので、首を傾けるしかない。 以前にも世話になった食堂で昼食を摂ると、ミナたちは、少しだけ街を歩いた。 食事をした食堂のある通りは、大きかったけれど、外から見て、店と判るものは、ないように思った。 「ここは…宿、の通りかな…」 宿ならば、ぽつりぽつりと見受けられる。 食堂として使われているようで、出てくる者たちには、どこか満足した様子が(うかが)える。 「俺、聞いてくる!」 ブドーが、()める()もなく、目に付いた男たちのところに駆けて行って、いくらか言葉を交わすと、戻ってきた。 「向こう側に店の並んでる通りがあるんだってさ!行っていいか!?」 「うーん、そろそろ、出発かなあ…」 「歩くのは無理だが、馬車をそちらに回して、窓から見る程度では?」 セラムの提案に、仕方ないとブドーは頷き、馬車に戻った。 そこでは、ちょっとした騒ぎが起きていて、どうやら、小さな子が、馬車に潜り込んだらしい。 何か、腹を()かせた様子だったので、食べ物を持たせて帰したらという意見と、このまま帰せば、また同じことをして、今度はひどい扱いを受ける、という意見があり、割れていた。 ちょうどムトが、決断を口にしようとするところで、ミナが言った。 「小さな子は、言っても、聞かないところがあるよ。大人に対策を取らせなくちゃ。まず、その子は、保護者がいるの?」 「ミナ。ここで時間を取ると、帰国が遅れる」 「うん、まあ、そうだけど。せめて、保護者がいるかだけでも、調べられない?」 ミナがしてもいいが、少し疲れる作業なので、彼らがした方が楽なら、そちらがいい。 そう思って聞くと、ムトは、時計を見て、まあ、その程度なら、と言った。 その子に、親はどこだと聞けばいい。 だが、父さん母さん、と言い換えても、その子、少年か少女かも判然としない子は、首を傾けて皆を見上げるばかりだ。 ミナはしゃがんで、おねえさん、おにいさんは?と聞いてみた。その子は、やっと反応して、来た方向らしき道を指差した。 「連れてってくれる?」 その子は頷いて、ミナの手を掴んだ。 ミナは少し前屈(まえかが)みになりながら、その子に合わせて走り出した。 デュッカと、ブドーとジェッツィ、テナとユクトと、もちろんハイデル騎士団の数人とラフィとカチェットが続く。 その子は少し、無駄と思えるような回り道をして、大きめの、使わない板や箱などが、ごみごみと置かれた露地裏に入った。 そこには、その子のように、貫頭衣(かんとうい)を着て、汚れた姿の子たちが歩き回っていて、ミナたちを見ると、さわさわと話しながら、逃げて隠れてしまった。 そのなかから、1人の少女が駆け出てきて、ミナの手を掴む子を引き寄せて、背中に隠した。 挑むように、無言で見上げる少女は、ヴァルより体は小さかったが、意思持つ瞳は、強かった。 ミナはしゃがんで、お父さんか、お母さんは、と聞いた。 少女は、大きく首を横に振り、逃げる(すき)がないかと、ミナの後ろの者たちを見る。 「誰か、世話をしてくれる大人はいないのかな」 少女は、再び、首を横に振った。 ミナは、これに関わるとするなら、大きなことになると判っていたが、自分の立場を考えて、声を上げるべきだと、判断した。 「ムト。この町に(とど)まれるように、手配して」 「ミナ」 「長居はしない。でも、今日一日、掛かりそうだから。ガーディさんに連絡を。すぐに発てば、今日中に来られるはずだから、引き継げる。任せられる人がいるなら、本人でなくても構わないって、伝えて」 ムトは諦めて、分かった、と言った。 手配が行われる横で、ミナは、少女に、近くに湯屋はないかと聞いた。 「あるけど…」 ようやく、声を発してくれたので、ミナは嬉しくなって、にこりと笑う。 「じゃ、そこに行こう。テナ、カチェットと行って、2人に適当な服を見繕ってきて」 「分かりました」 「じゃ、そこに湯を浴びに行こう。話は、それから」 「おかね、ない」 「心配しないで。行こう」 そうして、ミナたちは湯屋に行き、ミナとジェッツィとイルマは、黒い浴衣(よくい)を受け取って、2人と一緒に浴室に入った。 2人は、肌着も身に付けておらず、腰を紐で縛った貫頭衣(かんとうい)を脱ぎ、靴の代わりに足に当てていた布を取ると、浴衣(よくい)を着た。 そこで、年上の子がレイデン、下の子がユッカという名で、女の子と判明した。 こちらには、備え付けでは、体を洗う洗剤などはなかったので、料金を払ったときに、一式を買い揃えていた。 ミナは、特にレイデンには、体の洗い方を、きちんと教えてやり、低温と表示のある湯に浸かってみるよう、勧めた。 「肩まで浸かってみて。寒かったら、そっちの湯は、もうちょっとあったかいよ」 どうかな、と聞いてみると、ちょっと寒い感じがすると言うので、中温、という表示の湯に入るよう言った。 少し熱がったが、腰まで浸かるなど、調節させて、気分が悪くならない程度に、湯のなかにいさせた。 湯から上がると、テナとカチェットが、肌着から靴下まで、少女向けと少年向けの服のひと揃いを持って来てくれていたので、()(かた)を教えて、身に着けさせた。 アニースが、ミナたちが浴室に入っている間に、2人の、貫頭衣と靴代わりの布と紐を洗って、水気を抜き、きちんと畳んでくれていたので、そちらをそれぞれ、袋に入れて渡すと、靴を履かせ、ミナは、次はご(はん)を食べようねと言った。 近くの食堂に入って、まずは汁を求め、食べさせると、崩れやすい食べ物と、ヒュミのようなものか、フッカのようなものがないかと、給仕に尋ねて、主食のひとつともされる、ヒュミよりも小さな作物を注文した。 肉などもあった方がいいかと思ったが、食べ慣れていないと体に変調を(きた)しそうに思い、()めておいた。 どうやら、腹が満たされたらしい2人を見て、ミナは、住む所はあるのと聞いた。 レイデンが、応えて言った。 「ある。つくった」 ミナは、先ほどの路地裏に放置されていた、板や箱を思い出した。 「そこは、寒くない?」 「いろいろ、うえにのせる」 「そっか。周りに、小さな子たちが、何人ぐらいいるか、判るかな」 「わかんない」 「あなたより、おっきな子は、たくさんいる?」 「あんまりいない。みんな、どっか行った」 「そっか。うん、と。じゃあ、ちょっと、横になったらいいかもね」 ミナは、ムトを見て、宿の手配はできたと聞いた。 「いや、まだだ。だが、そろそろ連絡が来るんじゃないか」 言っている(あいだ)に、伝達が飛んできて、宿が取れそうだということだった。 「何人で取る」 伝達の彩石鳥から聞こえるステュウの声に、ミナは、子供2人分も加えて、と返した。 「私が一緒に寝れるかな」 「それは、警護の都合上、やめてくれ。女の子なのか」 「うん、2人とも」 「そうか…、男部屋のなかでも大丈夫そうか?」 「どうだろう?あ、いっそのこと、大勢なら、どうかな。部屋がないかな」 「聞いてみる」 しばらく待つと、再びステュウの声がした。 「6人部屋を作れるそうだ。ミナとジェッツィとイルマとアニースと、子供2人ではどうか、ムト」 「ああ、そうしてくれ」 そういうことで、一旦、その宿に向かうことになった。 突然だったが、普段は、見ず知らずの者同士が使う、多人数用の部屋を使わせてもらうことになったので、テナとカチェット以外、部屋の鍵はないが、全員がひとつの宿に泊まれることになった。 夜は、数人の力を併せるなどした上で、多重結界を構築し、不寝番の4人とは別に、ファルが寝ずに過ごす。 「手間掛けさせてごめんね。でも、国格を名乗るなら、アルシュファイド王国の品格を(おとし)めることはできない」 旅の仲間たちは、胸を突かれるような思いで、頷いた。 ただ、ミナを守っているだけでは、いけない。 国格の名称は、ミナを守ると同時に、知らしめてもいる。 彼女が、アルシュファイド王国の、品格の体現であると。 ムトが言った。 「そうだな。すまない。浅慮(せんりょ)だった。意識を改める」 ミナは、頷いて、それから、にこりと笑った。 「さてと、じゃあ、ね。ちょっと考えてみたんだけど、この町に、()いてる建物とか、ないかな。大きいお邸とか、昔の宿とか」 ヘルクスが頷いて、探してみる、と言った。 「先ほど、この町で役目を果たしている、王城書庫の収集官と連絡を取ることができたから、その者に相談してみる。ちょっと待ってくれ」 「お願い」 続けて、ミナは言った。 「そこがどんな所か判らないけど、きっと、あちこち(いた)んでいるから、直したりして、子供の家にしようと思う。未成年者保護施設のようなものだね。でも、まだ、保護、と言うほどのことはできないだろうから。その辺りは、アークや、ヴァル様や、ガーディさんとか色々、話さないといけないけど、とにかく、緊急避難場所として、設置しようと思うの」 皆が頷き、どのように動くか、役割を決めた。 まず、ゼノとラシャは、先ほどの路地裏に戻って、密かに、あの場で生活しているらしい子供の、大体の数を確認する。 テナとユクトと付従者警護隊の者たちは、着衣と寝具を用意する。 マルクト、ファル、サウリウス、シェイドは、食料を集め、ヘルクスとステュウは、建物の手配と、伝達を繋げ、状況を確認する。 ミナと、その警護に当たる者たちは、建物が見付かるまで、宿で待機だ。 ブドーとジェッツィは、テナとユクトたち、付従者一行と行き、ついでに街を見てくることになった。 ミナも行きたかったが、レイデンとユッカのことも見ている必要があったし、2人はたぶん、今は休んだ方がいいと判断したので、宿に(とど)まることにした。 やがて、ムトの元にガーディから連絡が入り、18時にはこちらに到着できるとのことだった。 ガーディと、連れの者の部屋も、同じ宿で取っておき、待っていると、手頃な建物が見付かったということで、見に行くことにした。 あまり眠らせても、夜に起きてしまうので、寝台で休んでいたレイデンとユッカを起こして伴う。 このベックの町で、植物の種類を調べ、それら情報を収集しているゲイラ・メットと言う、王城書庫所属の男収集官は、ここ数年、この地で役目に当たっているのだそうだ。 「そこの邸は、いや、屋敷は、ずいぶん前から()いていて、気になっていたんですよ。広くて、馬屋とかもあるから、役に立つんじゃないですかね。ただ、修復できるものかどうか」 行ってみると、かなり(いた)んでいて、きちんとした修理には、大工師が必要だった。 「今日、すぐには使えないかな。ほかには、ありませんか?」 「大きいものとなると、限られますね。ほかに、(もと)宿(やど)とかもあるんですが、そっちはさらにひどい状態だもんで」 「んー、これだけで足りないとき、そっちも使えそうですね。とにかく、今はこっちを確認しましょう!」 ミナは、そう、元気に言って、邸の内部に入り込んで、あちらこちらを確かめ、2階の木の床部分は、所々抜けるようだが、1階の足下(あしもと)は、石や、土や、何かの金属などで、まだ使えること、壁は全面、石造りで隙間(すきま)なく、窓の木枠や、硝子などの破損をなんとかすれば、部屋として利用できる所が多いことが判った。 「建物として、致命的な所があると困るから、そこは異能でなんとかしましょう。この屋敷、使いたいと思いますが、手配できますか」 「ええ、そう思います。お待ちを」 それから、ゲイラは、紙を使った伝達で()り取りして、金さえ払えば、この屋敷を買い取ることができると言った。 「俺が買い取る」 デュッカが言い、ミナは、一応、大丈夫ですかと聞いてみた。 「この程度で、どうにかなるほどの身代(しんだい)ではない。今の稼ぎだけでも不自由しないしな。手続きなどがあるか」 「はい、こちら、リクト国は、土地は、利用権利証の譲渡によって移譲されます。土地そのものは国王のもの、家屋と、土地の利用権利は、前の持ち主のものです。まず、家屋の料金を交渉して、土地の利用権利は、官吏の立ち会いの(もと)、証書を譲渡してもらい、国王に一定額を支払うことで、土地の利用権利を獲得できます。ですから、手続きとしては、官吏立ち会いの(もと)、現在の持ち主と直接会って、双方へ金を支払い、証書を受け取ります」 「分かった。どこへ行けばいい」 「まずは、持ち主に、家屋と利用権利証を買う意思があることを伝えます。今日、譲渡できるか、ちょっと判りませんが、とにかくお待ちを」 そういうことで、ミナたちは、一応、(もと)宿(やど)だと言う所に行ってみることにした。 そちらは、街の中心地に近かったので、便利そうではあったが、先ほど見た屋敷より、もっと荒れていた。 「こっちは、異能でどうにかするなら、もう、建物を壊す方が早いですね。()いた土地として、使えるかどうか、ガーディさんに話しておきましょう」 そう話していると、屋敷の管理者が持ち主との交渉を終えて、これから会って譲渡を行えることになった。 大勢で、ぞろぞろ行くのも、なんなので、近くの食堂で茶と、菓子ではないが、甘いものをいただきながら待っていると、しばらくして、手続きが終わった。 16時を過ぎていたので、とにかく急いで、調理場と、食卓と、浴室と、寝所を整えることにした。 部屋として、きちんと外気から隔てなければならないのは、寝所だけだろうと話し合い、ほかは、使えさえすればいいので、そのように整える。 掃除をし、調達されたものを、それぞれに配置して、足りないものなど確認すると、再び調達に走り、あとは、異能で、直せるところは直し、危険な所には立ち入れないようにし、外気と隔て、充分な油を用意して、ランプの火を(とも)した。 調理場には、相応の彩石によって術を構築し、常に飲み水が湧き出るよう、流しの端に水甕(みずがめ)を用意した。 (かまど)の近くには火種(ひだね)場を作り、常にそこにある火を(かまど)に移せば、()(くさ)がなくても、充分な大きさの火になるよう、双方に彩石と術を仕掛けた。 また、邸内(ていない)を探し、大きめの金属らしき、密閉できそうな箱をいくつか用意して、保冷庫として使えるよう、彩石と術を仕掛けた。 食堂は清潔にし、食台さえあればよいだろうと、ムトに、(じか)に座れる、冷たくない、しっかりした床を出してもらい、求めてきた敷物を敷いた。 低めの台を集めてその上に置くと、足りない分は、ムトに作り出してもらう。 浴室は、大きめのもの、ふたつを、男女で分けることにして、脱衣所と、近くの洗濯室も同時に整えた。 浴槽には、常に清潔な湯が保てるよう、彩石と術を仕掛ける。 体を洗うためには、大きめの、水を入れて使える(おけ)(かめ)邸内(ていない)から探してきて、常に新たな湯が湧き出るよう、彩石と術を仕掛ける。 湯を掛ける手桶(ておけ)や、体を洗う布や、洗剤は買ってくるしかなかったので、調達して配置した。 リクト王国の共同浴場では、浴衣(よくい)を着用するのが作法だが、その辺りは、今後、配慮してもらうとして、今は、用意しなくてよいだろうと話した。 脱衣所には、衣服を大きさごとに分けて置き、充分な()き布を用意した。 髪を乾かせるよう、隣の浴室の温められた空気の水気を除いて、仕掛けの前に人が立つと、生温かい乾いた風が吹くようにする。 髪を整えるためには、櫛は必要だろうと、これは調達して置いておく。 この脱衣所の廊下への出入口に、大きさの違う靴と、多少大きくても、詰め物で調節するよう、端切(はぎ)れを用意した。 洗濯室には、水甕(みずがめ)と、(から)(ふた)付きの(かめ)を用意して、水甕では常に一定量の水を回し、水を入れていない甕のなかでは、蓋を口に()めると、ほどよく中の水分が消えるようにした。 水甕(みずがめ)は、2ヵ所に分けて置くと、一方には洗剤を用意しておく。 片方では洗剤で洗浄し、もう一方では、(すす)いでもらうのだ。 アルシュファイド王国の洗濯機は、洗剤を使った洗浄と、洗剤を洗い流す濯ぎの工程をひとつの箱のなかで行うものだが、細かな指定で彩石を細かく使うよりは、工程を分けて、使う者に手間を掛けてもらうことにした。 洗濯物の移動に(おけ)があるといいだろうと、そちらも用意して、洗濯室から出られる外の空き地に、干し場も設置しておいた。 (ふた)付きの(かめ)に入れれば、着られる程度に乾くが、少し、しっとりと感じるかもしれないし、陽に当てると、特に寝具の敷き布などは、気持ちよく利用できるかもしれない。 寝所は、1人ひとつの寝台では、足りなくなるだろうと、こちらでもムトに、異能で、必要な弾力のある物体を作り出してもらい、その上に敷き布を敷き、枕を並べ、その足元(あしもと)に掛け布を畳んで置いた。 寝所の出入口付近には、大きさの違う夜の衣を畳んで用意しておく。 支度をする(あいだ)に、ガーディと部下らしき者が来たので、子供の世話をする者や、料理を用意してくれる者など雇ってもらった。 ある程度、支度が進むと、ゼノとラシャを中心に、2人ひと組になって、露地裏にいた子たちを1人1人掴まえ、話を聞き、食事ができると話して、湯屋に連れて行ったり、整え終えた浴室を使ったりして、次々に湯を浴びさせ、着替えさせた。 露地裏では、子供がいなくなると、あとから来た子が、屋敷に導かれるよう、屋敷の場所を子供に向けて聞かせる彩石鳥を置き、案内にも、彩石鳥が分かれて出現するようにした。 そのように、湯を浴びた子たちは、ひとまず食堂に集めた。 用意した食材で、汁物を多く作り、できあがった料理を鍋ごと運んで、1人用の器に(よそ)って配った。 雇った者たちには、すぐに働き出してもらい、旅の一行から、徐々に作業を引き継ぎ、任せていった。 ある程度落ち着くと、ミナはガーディと話して、この屋敷を、一時預かり場として、しばらく運用するよう、頼んだ。 「リクト国が整えば、ヴァル様に引き継げばいいですし、それまでは、アーク様の管理としてもいいですし、ガーディさんの一存で動かせる、または動かした方がいい範囲なら、そのようにしてください。とにかく、国格彩石判定師として、最低限、このまま捨て置けはしないと、お伝えください」 ガーディは、深く頭を下げた。 宿なし子が国内にあることは把握していたが、これまで、手を出せる状況になかった。 だが、今は、異国の者として、声を上げることができるのだ。 ヴァルの多忙さは承知していたが、知らせず、気付かせずでは、彼の能力、いや、心を、軽んじていることになるだろう。 「早速、ヴァル様にお伝えして、そちらの意向が決まり次第、アーク様に、アルシュファイド国として、できることを進言いたします」 「お願いします。今はデュッカが、屋敷の所有者としての権利など持っていますから、手続きは彼を通してください。それと、差し出たことではありますが、ただの預かり場として運用するのが難しい場合は、ここに集まる子たちを利用するといいでしょう。例えば、異能の修練を国民に行き渡らせるなら、修練に使用する1カロンのサイジャクを集める役目を与えるんです。それなら、仕事の見返りに生活する場を与え、食事を与える理由にはなります。釣り合いは、ほかのことも考え合わせて、都合するといいでしょう」 「は…」 ガーディは、そこまで考えていたのかと、改めて、ミナという者を見た。 ただ、彩石を見分けるだけではないのか。 先日、リクト王国で捕らわれの身となっていた、ザクォーネ王国の傷病者が、城に送られてきた。 ザクォーネ王国に風を通した(さい)に、必要と感じて(おこな)った処置だと聞いた。 風の宮公の力を(もっ)()したということだが、今一(いまひと)つ、状況が呑み込めない。 それだけでも、ただ、彩石を見分ける、などということとは、掛け離れているのに。 この人は、どこまで、するのだろう。 物事を、背負うのだろう。 「この年頃の子は、体を酷使するといけないので、働かせるべきではないですが、この国では、その状況に合ったやり方でなければ、立ち行きませんものね。仕事ということでなくとも、学習や、行動を利用することで、国の機能を向上する役割を持たせられるかもしれません。例えば、修練の手法を定着させるのに、あの子たちに先に覚えさせれば、それを見て、ほかの者は真似(まね)すればよくなりますから、指導者ではなく管理者を据えて、問題を察知し、対処する、という、やり方ができます」 ミナは息を切って、続けた。 「ただ、食事を食べ、生活する、というだけにしても、彼らに食事を与え、生活の場を整えるという、仕事ができますから、雇用の必要を生むことができます。どんなことが、今のリクト国に合っているかは、判りませんが、どうか、ただの負担とは、捉えないでもらいたいのです」 「ええ。そうですね。物事は、繋がっている。繋げることができる。ええ。きっと、よい手法を導き出します」 「お願いします」 ミナは、ほっとしたように笑った。 集めた子、すべてに、ミナが直接手を貸すことはできないけれど、周りには、様々な事情があり、務めのある者がいる。 通りすがりのミナに、できることは、とにかく、声を上げること。 この先のことに、責任を負うことはできないけれど、せめて、力になれることをしようと、覚えて、この地を去ることを決めた。
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