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―ⅩⅠ―
レイデンとユッカは、屋敷で、ほかの子たちと夜を過ごすことにさせ、ミナたちは、すべてをガーディに預けると、翌日には、先に進もうと、話し合った。
「ファランマーゴとザルツベルの間に、最短の街道から外れるが、チュセンテルという町があるそうだ。そちらは、チュセンテルと言う鉱物が採れる土地で、これに関わる仕事を中心に、かなり大きな町が形成されているらしい。遠回りになるが、この人数で安全に泊まるなら、そちらの方が適しているだろうということなので、明日はファランマーゴではなく、そのチュセンテルを目指そう」
そういうことで、道の確認など行い、宿の予約は翌日行うということで、食事を摂った一行は、湯を浴びて休んだ。
翌日、7時に、まずは宿が取れるか、確認をして、予約ができてから、チュセンテルに向かう道を行くことにした。
ガーディと挨拶を交わして、出発すると、ステュウとヘルクスは馬の足を速めて、先に進む。
昼食は、ベックの食堂のひとつで、朝早くから用意してもらっていたので、街道の脇に馬たちを休ませて、草原でいただいた。
食後は、流れる風を感じながら、ベックに置いてきた子たちのことを考える。
「あの子たち、これから、どうなるの?」
ジェッツィに聞かれて、ミナは、どうなるかな、と言った。
「責任も持てない、多くの生に関わることは、身勝手だ。でも。動いてくれる、人たちがいるから。この、リクト国は、これからの国だから。きっと、彼らの生きる道を整えることは、また、多くの誰かを助けることになる。ヴァル様の、力になると、いいな」
ジェッツィは、ミナを見て、来た道を目で追った。
「ミナは、国格彩石判定師だから、動いたのか?」
ブドーに聞かれて、ミナは笑った。
「そうだよ。ただの選別師だった頃なら、私には何もできないと、諦めていたと思う。今は、言えば、手を差し伸べてくれる人たちがいるから。そういうとこ、私は、甘えていると思う」
「甘え、か…」
「うん。カィンたち、彩石騎士なら、どう動くのだろうね。アークなら、ルークなら。ブドー。その道を選ぶのなら。あなたもきっと、直面する。こういうこと。覚えて、おくといい」
「……うん」
そんな話をして、昼休憩を終え、一行は、まだ陽の高いうちに、チュセンテルの町に着いた。
チュセンテルは、地面に大きな口を開ける、掘削地に造られた町で、今も、底の方では、町が造られ続けているのだそうだ。
「えっ、どうやんの!?」
「さて。まあ、支柱などを決めて、そのほかの土や石を取り除けば、それがそのまま、建物になったりもするんだろうが、言うほど簡単じゃないだろう」
一度馬を停め、馬車から出て、上から町を見下ろしながらブドーが聞くと、ムトがそんな風に答える。
「興味深いね…そしてなんだか、煙が多いね?あれ、あっち、滝じゃない?」
「そうだな。少し周りを見てから下りるか。馬車に乗ってくれ」
そうしてミナたちは、再び馬車に乗り、町のある側の窓に張り付いて、様子を見た。
滝に落ちる手前の、川の奥の方は、貯水池となっていて、物々しい見張りが付いており、聞くと、この滝の水が、町の唯一の飲み水なのだそうだ。
「下から湧く水には、色が付いていて、飲む気が起きない。一部は、湯として利用しているが、入るときは、決め事に従って、最後は必ず洗い流さないといけない。それが面倒な者が多くて、蒸気浴がこの町では多い。あの煙さ」
なるほどと頷いて、一行は、滝の側から町を見下ろした。
滝の流れが、途中でいくつにも分かれていて、数本はこちらから見える、岩の壺に注ぎ込んでいるが、幾本かは、上部の開いた樋を通って、町のあちらこちらに運ばれているようだった。
「すごーい…」
感動の波が穏やかになると、今度は、早く間近で見たくなる。
「早く行こうぜ!」
ブドーに責付かれて、一行は、町に入る道を下り始めた。
道は、最初の方は、ただ石を積み重ねて、表面を平らにしたものだったが、すぐに、馬車も通れるように、しっかりとした地面を残して掘削したらしい道に変わった。
その道は、幾本かに分かれており、傾斜をなだらかにするためだろう、次第に遠回りをして、町の下方に繋がっているようだった。
一行は、上層に近い道から町に入り、先に到着していたステュウから届いた、説明にある道順で、宿を目指した。
宿に入って、合流したステュウとヘルクスの背後には、人1人程度の幅の滝が流れていて、ブドーとジェッツィは、歓声を上げて駆け寄った。
手すりはあったが、窓硝子などの隔てるものはなく、飛沫が降りかかる。
足下には、地を這う茶色の草が床面を覆っていて、滑り難くなっているようだ。
「すごいねえ」
横に並んでミナが言う。
「上から下まで、見てえ!」
わくわくと高鳴る好奇心が抑えられないブドーを笑って見て、ステュウが答えた。
「上の滝壺になら、行けると思う。ああでも、馬車がいいかな」
まだ上層部とは言っても、滝壺のある頂上からだと、かなり下だ。
「外から、飛んで、上がっちゃだめか!?」
「ああ、それなら、いいかも。でも、ジェッツィたちは、馬車にするか」
「私、両方、見たいなあ!外側も、内側も!」
「外から上がって、帰りに内側を下れば?デュッカ、連れて行ってもらえますか」
「ああ」
「それじゃ、荷物置いたら、みんなで行こう!」
そう決まり、宛てがわれた部屋に荷物を置くと、玄関広間に集まった。
ここから目的のザルツベルまでは、休憩をしながら5時間程度だろうということで、弁当の手配をするよりは、早めに、食堂で昼食を摂る方が、手配しやすいはずだと、翌日は昼食後の出発となった。
馬の世話はしてもらえるものの、何かと調整があるとかで、馭者だけ残し、旅の一行は揃って観光に出掛けた。
町の外側に行くと、道を遮るように、鎖が、右、左、右に張られており、避けて通ると、その先は、脛の辺りの高さの、太い縁石が設けられているだけで、はるか下方に、下層の街が見えた。
「うわ、すっごい」
ミナは思わず呟き、デュッカに腰を取られて、空中に出た。
ジェッツィと、テナとユクトもデュッカの力で浮かせてもらい、ブドーは自力で浮き、騎士たちは、それぞれの異能で上に向かう。
「わああああ」
ジェッツィの感嘆の声が聞こえ、ブドーは上下左右斜めにと、自由に飛び回って様子を眺める。
ミナたちのほかにも、街の外側の空中を利用する者たちはいたが、外壁に張られた命綱を身に付けている者が多く、完全に町から離れてしまっている者というのは、いないように思われた。
そんななかなので、ミナたちの様子を見て、あんぐりと口を開ける者たちが多く、ミナはちょっと笑ってしまった。
「騎士たちの手法は使えなくても、何か、楽な方法があるといいですね。あ、あれは、滑車を使って、手動で荷物を引き上げているんだ」
あまり重い物には使えないようだが、かなり長い距離を運ぶらしい滑車もある。
「明日は、朝は、最下層まで行ってみたいですね!」
そんな話をしながら、最上層に到着して、一行は見当を付けて道を選び、滝壺に向かいながら、街の様子を見回した。
この辺りが、最初に造られた街ということだろう。
ミナたちの泊まる宿が、岩や土を刳り抜いたような造りなのに対して、ここには木で組まれた建物が多い。
そのため、かなりの年月を経ていることも見て取れた。
宿のある辺りと大きく違うのは、まず、空が見えることだろう。
下層は、明かり取りらしい上空に向けた穴なども見られたが、まだ夕方でもないのに、火の入ったランプがあちらこちらに設置してあった。
長い年月を重ねることで、町の者が住むことはなくなったのか、どうやら、飲み水の見張りをする警備の者と、官吏が多いように思われた。
滝壺にも、見張りの者がいて、水を汲む者もいたが、この町全体を支えているにしては少なく、数えるほどだ。
「あの樋の中の水、思った以上にこの町に行き渡っているのかな」
ミナは呟いて、滝壺の底を覗く。
思った以上に深く、底は暗くて、見えない。
滝壺から溢れる水は、水路を走って、よく見ると、さらに下に落ちているものもあるようだ。
水の行き先を目で追っていると、建物のなかに吸い込まれていっている水路や樋があった。
なんの建物だろうと思って近付くと、見回りの警備の者に咎められた。
「いえ、なんの建物かと不思議で」
「これは貯水館だ。水を貯えて、配っている。あまり近付くな。もう、ずっと昔だが、飲み水で争いがあってから、警備が厳重になっている」
「あ、はい。ごめんなさい。下におりる一般的な方法は、どっちに向かえばいいんですか?」
「あちらの方が、本通りだ」
「ありがとうございます。あと、もうひとつ。この最上層には、町の、普通の住民?は、いないんですか?警備とかで滞在している以外の人」
「いくらかいる。代々、この土地で鉱夫として働いている者がな。まあ、今は、鉱夫のまとめ役みたいな役割が大きくて、掘削はしていないんだろうが…さあ、もう行け」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、ミナは、滝壺の仲間たちの所に戻り、本通りがあっちなんだって、と声を掛けた。
「街を見て帰ろう」
そうして、一行は滝壺を離れ、教わった方へ歩き、すぐに本通りと言われるらしき通りに出た。
そこは、滝壺近辺の静けさとは打って変わって、人通りの多い、賑やかな道となっていた。
どうやら、この町に来た商人が、多く集まるらしく、小さな天幕のひとつひとつで、それぞれの商いが行われていた。
ここで得られるのは、余所から来た品が多いようで、チュセンテルの品はどこにあるのと聞くと、それは下の階層に移ったねと言われた。
「こんな上まで、持ち上げるのが難儀だからね。徐々に下の階層に移っていって、今、あるのは、小さな飾り物程度さ」
その店の女主は、そんなことより、うちの商品を買っとくれよ!と続けた。
「どんなものを置いているの」
「ええ、リテンリルの食器さ!落としても変形しないし、軽いんだ!」
「へえ。どんな形?」
ミナはしばらく、その店で食器を見て、ほかの食器と比べたいなと思った。
なので、丸い平皿と、丸い深皿と、角のある平皿と深皿、そして取っ手付きの飲み物用の器を求めてみた。
匙や肉叉はないのと聞いたら、うちは器だけだよ!と返された。
あまり時間を取ると、陽が落ちてしまうので、あとは、ざっと外側から見るだけで、下の階層に向かう道を探した。
通りの端は、外に向かう道に繋がっていて、その道の脇から建物の裏手に向かう人々のあとを付いていくと、そこが最も使われる下層への道らしく、木の階段と、木の坂が、街の外に吊り下げられる形で作られていた。
それは、すぐ下の階層に向かうためだけの通路らしく、聞いてみると、もっと下におりるときは、一旦町を出て、外の道を下るのだそうだ。
階段と坂は、逆側に向けて下っていたが、下りてみると、同じ広場に到着した。
そこは大きな広場で、今の時間は、もう、陽の光は、わずかだった。
最上層に劣らぬ賑わい振りだったが、長居できないので、足早に通りを抜け、内側に向かった先にあった通路を使って、すぐ下の階層に向かう。
下に向かうにつれ、静かにはなったが、確かに人は生活していて、食料を売る通りが、各層にあるらしく、中央の上下に向かう通路のある広場を行き交う人には、軽装で、手提げの籠に家族分の食材を持っている者が多いようだった。
ただ、上層部は、旅人向けの街のようで、住んでいるのは、どうやら、宿や食堂で働く者だった。
身なりがそれなりに良く、小奇麗で、農夫や鉱夫のような、土に触れる仕事には、見えなかった。
「あれ、食料は、外から仕入れているのかな」
不意の疑問に、デュッカが答えた。
「そうだな。光がなくて育つ植物は少ないだろうし、水に鉱物の影響が出ているなら、土も同様で、使えんだろう」
「あ、そっか、そうですね」
暗くなるのが早いからか、通り過ぎる人に、夕暮れの時間から酒を呷ったと思われる者が増えてきた頃、宿のある階層に到着した。
宿に戻って、湯を浴びると、食事をいただき、改めて翌日の予定を話した。
「少し早いが、11時に昼食を摂ろう。12時に出発して、17時頃、ザルツベルに到着予定だ」
部屋は、10時までに明け渡せばよく、昼食は、それぞれで摂ろうかと話した。
「観光などするなら、この近辺まで戻ったり、1ヵ所に集まるのを待つより、その場にある食堂に入る方が手軽だろう。馬と車は、出発まで、こちらの宿に預けられるので、集合場所は、この宿だ」
それから、ともに行動する者を決め、ミナたちはいつもの顔触れ、テナとユクトは、これまでの旅程で、うまく休日が取れなかったので、半日だけ休暇として、ミナとは別に、警護隊の者たちと、ひとまとまりで歩く。
馭者たちには、サウリウスとシェイドが付くことになり、あとは、2人組にして、自由行動とした。
一応、ミナたちが、最下層を目指すので、全員がその辺りへ向かう。
予め、給仕の者に、チュセンテルの売買が盛んな階層を聞いて、馭者たちはそちらへ送ることにした。
ついでに、大体の町の様子を教えてもらい、上層が余所者の街、中層が商売人の街、下層が鉱夫の街と聞いた。
「商売人って言うのは、チュセンテル商品を売買する人たちね。中層の中でも、上の方は、チュセンテル商品の売買のために、町の中や外で仕事してる人たちが住んでて、店があるわけじゃないの。中層の下の方は、ちゃんと店があって、今はその辺りが、チュセンテルを手に入れられるところね」
茶と茶請けを並べ終えた女給は、慣れているのか、流れるように話す。
「下層の上の方は、加工人が住んでるよ。加工場は、下の方にあるんで、注文するときは、ちょっと下、下層の真ん中ほどまで下りるね。そっから下は、ほんとの鉱夫の街。チュセンテルの開拓人がいる。あんまり下までおりると、掘削現場で危ないから、掘削中の看板があったら、そっから先は立ち入り禁止だって覚えていて」
「分かった。どうもありがとう。ほかに注意することは?」
説明を求めて話していたムトが聞く。
女給は、ちょっとだけ首を傾けて、考えながら答えた。
「そうだね、飲み水の水管や、貯水場の近辺は、ちょっと警備が厳しいから、あんまり近付かない方がいいね。あとは、問題は聞かないけど、階層それぞれに流儀のようなもんがあるんだ。この辺の階層で、チュセンテルの店は開かないとかさ。窓口を開くのはいいんだけど、品物を並べて商売する者は、なんやかやと、揉めて続けられなかったね」
「窓口っていうことは、注文だけはできるんですか?」
尋ねるミナに顔を向けて、女給は頷いた。
「ええ、加工場と、採掘権利者の窓口ね。その人の仕事振りを知っている人が利用する所だから、初めてのお客向けではないよ」
「採掘権利者の窓口?」
「ええ、採掘権利者が、掘削現場の管理をしてて、権利者の名で拓かれてる現場ごとに、チュセンテルの純度なんかに、差があるの。こっちの現場では、とにかく純度が高いけど、品が小さいとか、こっちの現場では、とにかくチュセンテルが多く含まれた塊で売るから、ひょっとすると値段以上のチュセンテルが取り出せるかもしれないけど、逆かもしれないとかね。同じチュセンテルでも、細かく見れば、違いが色々あるんだね」
「なるほどー」
「では、取り敢えず、来訪者との間に、問題はないんだな?」
「ええ、聞いたことないよ。こっちで聞かないだけかねえ、うちじゃ、泊めるだけだから、そのあと客がどこ行っても、何しても、知らないからね」
「そうか。では、下層で開いている食堂などに入れば、詳しい話が聞けるか?」
「ええ、そうだね。宿はないけど、食堂はあるはずだから、心配なら、先に入って聞いてみるといい。食事時でなくても、甘いものと茶は、出してくれるはずだよ」
「そうか。色々詳しく、ありがとう」
「いいええ、いいチュセンテルが見付かるといいね」
そう言って女給が去り、ムトは、では俺は、分かれて先に食堂に入ってみる、と言った。
「ステュウ、ヘルクス。悪いが、俺と来てくれるか」
「ああ、分かった」
「何か心配?」
ミナが聞くと、ムトは、どうかな、と言った。
「どうも、ほかとは様子が違うからな。それに、水場の見張りたちの警戒振りが気になる。何もなければいいんだが」
「ほんの数時間だけど…」
迷うように言うミナに、次の言葉を察して、ムトは微笑んだ。
「気にするな。色々と備えるのが、俺の役目だからな。ミナたちは、家族旅行を楽しめ」
気遣いが、いや、それ以前の、気持ちの持ち様が、嬉しくて、ミナは笑って、うん、と頷いた。
楽しんでほしいと、願ってくれる、気持ち。
それは気を使っているのではなくて、相手に向ける、親愛の情。
通じ合う妻と騎士団長を鋭い目で見つめて、デュッカは、こちらにも少し注意しておこうと、胸に刻むのだった。
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