家族旅行

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       ―ⅩⅡ―    翌日、暁の日。 朝食をいただき、荷物をまとめて車に乗せると、宿の玄関から通りへ出て、ちょっと驚く。 「わあ、人が多い」 「週の始めの暁の日だからですかねえ」 ミナの呟きに、テナがそう言いながら、辺りを見渡す。 「今、着いたのかな」 「それはどうでしょう。昨夜(さくや)までに着いていれば、今日から行動するとして、時間的に人が多くなるのに、不思議はないですが」 「あ、そっか。そうだね」 人の多くが、街の中心地に向かっているようだ。 確か、この階層からすぐ下の階層に下りる道が、街の中央にあるのだ。 馬や馬車は、一旦外に出て、もっと下まで直接下りるのだろう、街の外側へと向かう。 たぶん、徒歩だと、馬車より時間はかかっても、一階層ずつ下りる方が楽なのだ。 だから早めに出発するのかもしれない。 外側の道は、馬車などと共用で、歩行者用の通路を特別に設けてはいないし、車輪が通るので、まず、階段がない。 路面も、(ひづめ)や車輪に削られて、直してはいても、手の届かない部分はあるだろう。 一気に上り下りする道は、広いが、目的地まで、座り込んで休む場所まではない。 人を各階層に運ぶ馬車は、安いが、一応、金もかかる。 上階にあがるならともかく、下りるのなら、苦しむほどの行程ではないだろう。 ミナたちは、空中を降りていくので、街の外側へと向かう。 下に降りる途中で、まずは、馭者たちを、中層の下方と思われる部分に送って、彼らに付くサウリウスとシェイドと、別行動のムト、ステュウ、ヘルクスと別れた。 それから、さらに下方へと降りる。 途中で、ミナたちに気付いて、ぎょっと目を大きくした男が、慌てたように手を振った。 「なんでしょう?」 ほかの者はそのままに、ミナとデュッカが近付いてみると、どうやら、降り過ぎてしまったらしく、この辺りはもう、掘削(くっさく)現場なのだそうだ。 「えっ?まだ、下、こんなに深いのに」 「正確に言うと、この辺りが採掘現場、横の端とか、最下部なんかは、探掘(たんくつ)現場、そのほかは、造成現場。作業しやすいよう、やがては街になるよう、作っている部分が広くなってる。全部()(くる)めて、掘削(くっさく)現場。とにかく、危ないから、ほかのもんにも、上がってくるよう、言ってくれ。この、上の階層が、(かろ)うじて、俺たち鉱夫の住居層になってるから、そこから上にあがるといい」 「分かりました。どうもありがとう」 ミナが礼を言い、デュッカが、ほかの者らに伝達を放つ。 特に下に行っていたブドーとジェッツィは、底まで見られたらしく、満足したようだった。 「なんか、色水が張ってた!あの水、そのままで、掘り続けられるのかな?」 「さあ。土の異能を使って、流れを作って退()かしたり、水の異能で、ある程度は消せるんじゃないかな」 「ふうーん、それも、その時々で、都合のいいやり方?」 「うん、そうだね」 ミナたちは、教えてもらった階層まで上がって、地に足を着ける。 そこは、人が少なく、歩いてみると、通り過ぎる人々が、何事かと目を大きくする。 団体だからかな、と思ったが、旅人然(たびびとぜん)とした風体(ふうてい)だからかもしれない。 しばらく歩いてみたが、どうも、住居はあるものの、住んでいる気配がなく、どうやら、先ほどの男が、(かろ)うじて、と言っていたのは、言葉通りの意味だったようだ。 ミナは、景色に変わりがないと見ると、通りかかった男を捕まえて、上階にあがりたいのだがと聞いてみた。 「なんだ、どうやってここまで…、て言うか、下りてて気付かなかったのかい、明らかに、まだ人なんて住んでないだろう」 「ごめんなさい、すごく下まであるものだから、町の方じゃなくて、下の方を見ていたの」 「いや、それにしたって…、いや、ま、いいか。あんたら、ひょっとすると、外から上がる方が早いかもしれんが、下りられても、上がれないってやつかい」 「いえ、上がれますけど、せっかく来たんだし、歩きながら見ていたの。そんなに、上に行くの、たいへん?」 「そうだなあ、この上が、(おも)()()なんだが、あんたら、外から来たんなら、用があるのは、その上の上の、加工場か、もっと上の、商店街じゃないのかい」 「いいえ、鉱夫が住む街も見てみたいな。すぐ上にあがるには、どうしたらいいの?」 「へえ、なんもありゃしないがねえ。簡単さ、ここをまっすぐ行きゃあいい。最上階は、なかの道はあんまり使われねえが、この町は、中央と、外側にいくつか、上下に向かう道がある。外側の道は、まあ、大体、西側さ。方角が判らなかったら、ほれ、ここに、大体の場所が彫ってある」 男が示したのは、壁のひとつで、腰の高さに、向かって左の矢印と、中の道、という、単語が彫られていた。 「(なか)の道が左なら、ここは町の西側なのさ。矢印が上を指してれば、大体北側、下なら南側、右なら東だ。東西の矢印は南の壁に彫られてて、南北の矢印は、南に向いたら正面になるように、地面に彫られてる。これは、子供向けの、目印なんだ」 「なるほどー、判りやすい!どうもありがとう!」 「いや、どういたしまして。じゃあな」 ほかの者たちも礼を言い、男を見送って、(なか)の道というのを目指すことにした。 進むにつれ、いくらか人は多くなったが、女子供は、ひょっとするといないのか、見掛けなかった。 (なか)の道は、上に4本、下に4本あって、(ゆる)い螺旋状に延びており、矢印で、上り下りの道を示している。 上下とも、2本ずつが階段、2本ずつが坂になっており、これは上層部と変わりない。 ただ、上層部では、通路の両端にある胸まである高さの壁に、大人用と子供用の手摺(てす)りと、装飾を施されているのに対して、こちらは、矢印以外に何もなく、のっぺりとした表面で、大人の女の(あご)の下辺りまでの壁があった。 「これは、これから手摺(てす)りとか、装飾とか彫ってくのかな!」 「そうなの?」 「きっとそうだよー、だって、上より、高いし、厚みがあるもん」 ジェッツィとそう話して、ミナは矢印を確かめ、坂の(ほう)を上ることにした。 少し上にあがって、下方の壁の向こうを覗き込めば、いくらか、下の階層に向かう(なか)の道を見ることができる。 坂は、一応、馬車も通れる幅と傾斜だが、多いのは、人力で動かす手車(てぐるま)で、木枠の中に入った前の1人が引き、1人が、板の上に縄で固定された荷物の様子など見ながら、後ろから押している。 後ろの者が押しているのは、腕が入る程度に()いた木枠で、いざとなったら、引っ張る、ということができそうだ。 ちょっとだけ後ろに下がって、障害物を避けるとか、前の者が引く以上に、車が前に進んでしまうなどの時に、使うのかもしれない。 鉱夫の仕事の一端を見た気になって、ミナは、へええ、と感心の声を上げる。 ブドーは、階段の(ほう)を、広めの()(づら)なのに、一段飛ばしで上がっているらしく、進みが速い。 すぐあとを、ゼノとラシャが追ってくれるので、安心だ。 ジェッツィは、そのちょっとあとを、テナと一緒に上っている。 ミナは周りを見回しながら、足下(あしもと)や前や、追い抜き、追い抜いていく人などに気を付けて、ジェッツィには遅れないよう、上がっていく。 天井が高く、(なか)の道は、傾斜を(ゆる)やかにしている都合もあり、長い。 上に着く頃には、すっかり息が上がっていたが、苦しいというほどではない。 到着した階層を見回すと、下と違って人が多く、女子供の姿が見られた。 「ちょっとだけこの辺、見ようかな。ブドーはどこだろ?」 見回すと、緑の彩石ボゥが目に()まり、誰か、見知らぬ大人と話しているようだ。 様子を見ながら、ジェッツィの(そば)に寄ると、しばらくして、戻ってきた。 「ここは、店では食料と、普段、使うような道具しか売らないんだってさ。一応、あっちの、南の道で売ってるって。東の方に行くと、飲み水の管理館があって、警備が厳しいって。北の方は、採掘権利者とか、ちょっと稼ぎのいい人たちの家なんだってさ。西には、外に出る道があるから、人を乗せて運ぶ商売の、馬車屋なんかがあるんだって」 「そうなんだ。この(へん)で手に入る食材とか、使ってる道具に違いがあるか、見てみようよ、南の方!」 「うーん、そうだな!」 そう決めて、ミナたちは南に向かい、マルクトとファルは、交通手段について、少し知りたいと言って、西に向かった。 (なか)の道の近くは、一番人が集まる広場となっていたが、通り道としての機能が重視されているようで、広場内には特別な設置物はない。 坂や階段の上り口や下り口から、脇に沿って、腰掛けにできる出っ張りがあり、ちょっと休んだり、待ち合わせに使われているようだ。 話し込んでいる者たちもいたが、多くは、広場に面した硝子張りの店の中で過ごしている。 広場近くの、その店にも興味はあったけれど、取り敢えず、南にある数本の道の中でも、大きな道に入ったミナたちは、少し歩いて、店の品物が路上に突き出している通りに差し掛かった。 店の者が、時折り隣近所の者と言葉を交わしながら、興味を示して立ち止まる者に話し掛けている。 ミナは、育てられたような、野菜らしき植物が多く並べてある店に近寄っていき、見慣れない植物について色々と聞き、調理せずとも食べられるか、簡単な方法ですぐに食べられるもの、あるいは、乾燥豆のように、長期保存のできるものがないかと探ったが、こちらでは、適当なものは見付けられなかった。 この通りで最も多かったのは、根菜らしき土の付いた植物だ。 見た目からして、葉菜(ようさい)や、水分の多い果菜に比べれば、保存の管理は、それほど難しくなさそうだ。 どの辺りから仕入れているのと聞くと、近隣の森の中に、畑を(ひら)いている者たちがあり、含む水分の多少に関わらず、果菜は、大体そちらからだということだ。 「土の下にできるものは、ちょっと遠くて、ベック辺りから来るんだ。この(へん)に置いてる、()()なんかは、西の方、森の中にちょっと入ると、集落があってね。そこに住むもんが、家の周りでちょこちょこ作ってるのを売ってくれる。その人たちも、本業は、この辺に置いてる、果実を売ることなんだ。菜っ葉は、そのついで」 「周りの森の木には、食べられる()()らないの」 「それもあるけど、普段から食べるようなもんじゃないね。種が多くて、()が少ないんだ」 「ああ、なるほど。やっぱり、この町の中じゃ、植物は育たないよね」 「そりゃあ、まあね。陽がなくても育つのとか、あるけど、誰も育てやしない。まあ、水はあるとしても、ここまで掘ったら、土は使えないだろうね」 「やっぱり、鉱物の影響?」 「うん。触る分には、いいんだけど、体の中に入れるのは、まずいね。一応、チュセンテルの食器は作っちゃいけないって、決まってる。器として使う程度なら、汁とか飲み物とかでも、溶け出すほどじゃないとは思うんだけど、まあ、なんか、やっぱり、使いたくないよね」 ミナは頷いて、じゃあ、何を作っているのと聞いた。 「家具かな」 ミナの当てずっぽうに、女は頷いて答えた。 「ああ、それもあるね。けど、一番の稼ぎは、(あみ)なんだよ。糸みたいに細くして、編んでるんだ。重さは、植物の(あみ)と変わらないのに、破れないってとこがいいんだ。それを、畑の鳥獣()けにしているのさ」 「へえ!でも、破れないなら、行き渡ったら、もう、注文されなくなっちゃう…」 店の女は、笑って、大丈夫さと言った。 「(あみ)が作られ始めたのは、最近なんだ。あそこまで細くする技術がなかったからね。だから、まだ、行き渡るほどじゃあないよ。それに、売れなくなったら、また、別の何かを作ればいい。チュセンテルがある限り、この町は続くよ!」 女の前向きな言葉に、ミナは笑って頷いた。 ここで生きる限り、ここにあるものを利用して生きていくしかない。 それはどこの土地も同じで、それぞれに、考えて、選んで、工夫して、努力している。 こんな。 生きる姿をこそ、あの水底(みなそこ)に眠る方々に、ご覧になっていただきたい。 同じ感想を、持つわけではないのだろうけれど。 戦の記憶ばかりでは、切ない。 そんな思いを振り切るように顔を上げ、ミナは、気になる品がないか見た。 いろんな話を聞けたので、何か求めたいが、調理をする予定がないので、難しい。 ちょうどそこへ、男が1人やって来て、母さん、と呼び掛けた。 「ああ、いつものとこに置いてるよ」 「分かった、ありがとう」 「はいよ」 店の奥に入った息子は、やがて、台車に、野菜の入った箱を載せて出てきた。 じっと目で追うミナを見て、店の女は、笑って言った。 「ああ、それは、昨日の売れ残り。(いた)んでいるんじゃないよ。ただ、店に出したくないだけ」 「捨てるわけじゃないんですよね」 「ああ。その息子の店で、使うんだ。あの子は、料理屋をやっていてね、カッティーニョ揚げを前面に出して商売してるの」 「カッティーニョ…、あ!私それ、食べたことあります!表面が、ぱりぱりして甘いの!」 「そうそう、それ。カッティーニョは、ベックの辺りで作ってるんだ。あの子は、今、持っていった食材を、ひと口よりちょっと大きいぐらいに切ってね、カッティーニョ揚げにして、それを、客の好みで、皿に加えるの。基本の料理は、蒸かしたプノムの上に、いろんな香辛料を入れて煮込んだ、汁に近いものを掛けるんだ。そこにさらに、カッティーニョ揚げを加えるってわけ」 「それ!食べてみたい!お店始まるの、何時から!?」 息子はすでに、どこかに行ってしまって、姿がない。 それを確かめて、女は記憶を辿った。 「ええと…、何時だったかな。ちゃんと決めてなかったと思うけど、昼頃には開けてるよ」 「11時は、まだかなあ!?」 「うーん。確実に行くってんなら、その時間に開けるよう、言ってみることはできるけど」 「どうしよう!行きたい!それ、店はこの階層なんですか!?」 「いいや、違うよ。ここでも、食堂は開けられるけど、あの子はちょっと上の方、いや、ちょっとじゃないか。この下層部の、最上階にある、食堂街ってとこで、加工人とか、商売人相手に、店、開けてんの。一旦、外に出て、直通の道から上がった方が、手っ取り早いよ。馬車に乗ってね」 「えっと、どうしよう。まだあと、2時間ぐらいあるから、まだ、この町を見たいんですけど。上にあがるのに、どのくらい時間、掛かるかな…」 「俺が運ぶ」 もちろんデュッカがそう言って、ミナは彼を見上げた。 「ブドーとジェッツィも、それでいいって言ってくれるかな」 「聞いてみる」 素早く伝達を放って、やがて、了承する返事が来た。 「テナたちは、別のとこに行くかな…、取り敢えず、11時に、10人ぐらいで行くって、伝えてもらえますか。あと、食堂の正確な場所と、名前を教えて」 「ああ、いいよ。西の大通りの真ん中辺りから、南向きの小道にちょっと入った、ベラドナって言う食堂だよ。目印はねえ、さて、なんと言ったものか…」 「先ほどの男が、その食堂にずっといるなら、そこを目指す」 「そうかい。もちろん、ずっと食堂にいるはずさ。派手な目印とか無いから、それで頼むよ。連絡はしとくね」 「頼みます!ありがとう!」 何も買わなくてごめんなさい、と言いそうになったが、()めておいた。 その代わりに息子の食堂に行くのだと思われたくなかったのだ。 できれば、食べたいものがそこにあるから、行くんだと、思ってほしい。 息子が、そういう、聞いただけでも人の気を引けるような、工夫を()らした立派な仕事をしているのだと。 女が、そこに価値を見出(みい)だすかは、判らないけれど。 喜んでそれを得ようとする者がいたことを、覚えていてもらえたらいいなと思う。 ミナは、手を振って、その場を離れ、少し考えた。 そのあと、道具屋の中に入ると、中をざっと見て、気を引かれる物があるか探す。 何もないので、すぐ外に出ると、時計を見て、また考え、デュッカを見上げた。 「食事の時間は、遅らせたくないので、あとの街は、ざっと通り過ぎて、その、食堂街の様子をゆっくり見たら、頃合いかなって思うんです。それで、できれば、歩くよりちょっと速い程度に、運んでもらえませんか…、私とブドーとジェッツィ」 「ああ、いいだろう」 「よかった!お願いします…、あ、2人がいいって言ってくれたらですけどね」 デュッカは頷いて、ブドーとジェッツィに、このような計画ではどうかと伝え、2人は了承を返すと、それぞれ、いたところから、駆けてきた。 移動の方法は色々あるが、今回は、彩石で緑の浮き(かご)を作り、胸の下にくる大きな環状の手摺(てす)りに、大きく体重を掛けた方向に進む。 止まるときは、手摺(てす)りから身を起こして、中央に立てばいい。 手摺(てす)りに手を載せている程度なら、動くことはない。 大きな上昇はできないが、地面との距離を指定以上に保つようになっているので、上り坂は問題なく上るし、階段の上りでは、一般的な高さの蹴上(けあ)げなら、進もうとすれば、指定の高さを維持できないため、傾斜に沿って、(ゆる)やかに上ることになる。 階段と坂の(くだ)りでは、指定の高さが基本の高さでもあるので、極端に低い段差でもなければ、指定の高さを保ちながら進み、(ゆる)やかに下ってくれる。 急激な下降はしないので、地面が遠いところに飛び出しても、落ちないし、そのまま平行移動をすることができる。 階段や坂以外で、大きく下に降りたいときは、頭を手摺(てす)りの下にさげれば、高さに見合う、人の負担にならない速度で、下降するそうだ。 つまり、しゃがめばいい。 浮き(かご)に乗って立つと、ミナがちょうど、デュッカと目線を合わせられる程度で、ブドーとジェッツィは、それより少し低いぐらい。 デュッカは、作ってみて、浮き籠の手摺(てす)りの分、ミナと離れなければならなくなり、とっても後悔した。 テナとユクトには、同じ浮き(かご)を作ってやってもいいがと言ったが、2人は、チュセンテルの加工場に時間を取りたいということで、ここで付従者一行とは、一旦、別れることになった。 ミナたちは、浮き(かご)の操作を練習しながら、この階層の南の通りを端まで行くと、戻って(なか)の道を上がった。 進む速度は、大人の男が早足で歩く程度なので、デュッカと騎士たちは、それほど苦もなく、早足で付いて行ける。 デュッカは、浮いた方が楽なのと、ミナとの距離が、ほんの手摺(てす)り分、(ひら)いたことで、がっくりと落ち込んでしまい、足を動かす気力が失せたため、寄り掛かれる空気の層を作って、上体を預けながら、なんだか()(だる)そうに、浮いて進んでいた。 騎士たちは、この程度の活動量は問題ないが、(なか)の道の(うえ)移動では、いくらか異能を使っていた。 さて、チュセンテルに関わる仕事の者と、その家族が大半を占めるこの下層部だが、掘削(くっさく)作業場のすぐ上が鉱夫と家族の住居層、その上が加工場層、さらに上が加工人たちの住居層で、その上の下層部最上階が目指す食堂街となっている。 食堂街のすぐ上は、中層部とされており、開拓された年代が、大きく遡る。 上層部は初期開拓時代、中層部は中期開拓時代、下層部は近年の開拓で、現在の開拓地が、すぐ下の、町の造成を並行して行う部分となっている。 そのさらに下の、町の最下層では、探掘(たんくつ)作業が行われており、調査段階、とでも分けるべきだろう。 とにかく、中層部では、様子が、がらりと変わり、ここからが町の、外部に開かれた部分となる。 食堂街と言うのは、そのすぐ下の街で、多く利用するのはチュセンテルの住人だが、余所(よそ)(もの)も、(おお)らかに受け入れてくれる雰囲気があり、これより下層では、警戒する様子も見られたが、ここでは、そういった気配がない。 ミナたちは、特に加工場では、注文などしてみたかったが、ちょっと見せてもらう程度に立ち寄るだけで、上階にあがった。 「食事が時間半ばぐらいだろうから、ちょっとだけ、上の商店街ってとこに行ってみようね」 そう話して、食堂街の様子を、約束の時間まで見て回ると、目的のベラドナという店に入った。 先ほどの男は、笑顔で応対してくれて、特にお薦めのものなど詳しく、食材の説明をしてくれた。 出てきた料理は、聞いた通り、()かしたプノムの上に、何か、濃い色の、とろりとした液体が掛けられていて、これは、甘みもあったが、説明するならば、(から)い液体だった。 甘いのは、砂糖などの濃縮された抽出物ではなく、植物そのものの甘みなのだろう。 甘辛い、というものではなく、(から)みの中に、ほんのり甘みが潜んでいて、味を(やわ)らげており、強い(から)さに振り回されることがなく、食べやすい。 そこに、表面が甘いカッティーニョ揚げを添えてあるので、自分の好みで口の中の味わいを調節でき、ミナたちは、それぞれの食材の違いと、それらが合わさったおいしさを味わい、楽しむことができた。 食後に、茶と甘味(かんみ)をいただき、ひと息つくと、残り時間が気になり始める。 待ち合わせの、出てきた宿までは、町の外側から一気にデュッカが運んでくれることが決まり、ミナたちは急いで浮き(かご)に乗り込むと、(なか)の道から、すぐ上の階層の商店街に向かった。 (あらかじ)め、食堂ベラドナの(あるじ)である、あの若い男に、この商店街で一番の品揃えと言える店を聞いてきたので、その店の看板を探す。 それは、(なか)の道に近いところにあったので、ミナたちは店を見付けると、素早く浮き(かご)を降りて、なかに入った。 ちなみに浮き(かご)は、デュッカが往来の邪魔にならないよう、上空にあげている。 急ぎ足で、店の中にある品物を確認すると、特に気になるところで立ち止まる。 1階部分には、身に付ける、腰帯や(かざ)(ぼたん)など、装飾のための装身具が置いてあった。 中央の階段の前に、店の中の案内板があり、それによれば、建物の下の方は、靴などの履き物、袋や(かばん)などの持ち物といった、外出に必要なものがある。 その上は家庭内で使う小物類で、身嗜(みだしな)みを整える櫛や鏡などと、調理場で使う、食品に直接触れない吊り下げ(かぎ)や、吊り下げもできる(かご)や棚、持ち運びできる程度の台と、そのほか、居間や寝室で使う、物入れ、棚、仕切り板などと、あとは浴室で使う道具などだ。 さらに上は、家を維持するための作業道具や、補修に使用する棒や板などがあり、その上は、仕事に使う道具などが置かれている。 そして、最上階は、大きな家具類だ。 大きな物は、下に置いた方がいいんじゃないかとミナは思ったが、すぐ上の階層が倉庫街で、商品の置き場となっており、天井を開けてすぐ、商品を降ろして店に並べたり、引き揚げて配送の手配をしやすいのだ。 「私は、ちょっと家具類を見てくるね!ああ、色々見たかったなあ!」 そう言いながら、階段を駆け上がろうとして、デュッカを振り返った。 「あの…」 「連れて行ってやる」 デュッカは、すぐさま察して、ミナの腰を抱えると、浮いて上階に向かった。 ブドーは、仕事道具とやらを見ようかな!と言って、階段を駆け上がり、ジェッツィは、悩みに悩んで、取り敢えず上にあがることにした。 ジェッツィには、彩石ニモが付いていたが、ラシャが同行してくれ、2人で1階1周ずつ見て、上階にあがる。 ブドーには彩石ボゥとゼノが付き、残りのハイデル騎士団はミナのあとを追う。 家具類のある階に到着したミナは、手前の戸棚を見てから、店の者に声を掛け、チュセンテルの家具の特徴を聞いた。 それによれば、チュセンテルは、常温でも、ある程度の厚みから、形を変えられるようになるそうだ。 「それは、一旦、熱したものでないと、そうはならないんです。そういう特徴があるもんで、ここ、ただの装飾に見えるでしょうが、この細い部分を持つと、女性でも片手で曲げられる。やってみてください」 言われるまま、装飾部分を片手で掴み、起こしてみると、容易に持ち上がる。 「それを、上にくるっと曲げれば、吊り下げ(かぎ)になるでしょう。そのままだと、吊り下げた物の重みで、下にさがってしまうけど、上の(ほう)にほら、引っ掛ける枠があるから、そこに、先端をちょっと曲げて掛けてやるんです。曲がるけど、極端には伸びないから、この状態で固定される」 「へええ!これはこれで、便利!」 「ええ。取り出すときは、この引っ掛けた部分を外さないといけないけど、これは、こういうものだと使うようにすればいい。引っ掛けたものをそのまま取り上げたいなら、吊り下げた物の重みで曲がらない程度の太さの(かぎ)を使えばいいわけです。あと、表面を押し潰すには、かなりの力が必要になりますから、大抵のものが、問題なく吊り下げられると思いますよ」 「表面を押し潰す…」 「ええ。曲げる場合は、多少、伸び縮みしてるんですけど、これは、内側は縮むよう、外側は伸びるよう、同時に力が加えられているから、曲がるみたいなんですね。だから、ちゃんとした太さがあれば、片側だけ押し下げても、変化しないんです。よほど一点に力を掛けて、重いものを吊り下げなければ、表面を押し潰して、その部分だけ細くする、押し潰す、といったことができないんです」 「えっと…、そっか、変形させようと思うなら、押し下げながら、反対側を押し上げて、その部分に働き掛ける、曲げる、という行為にしなくちゃいけない、かな?」 ミナが手で行動しながら確かめると、店の者はそれを見て、大きく頷いた。 「ええ、そう。そういうことです」 そんな話をしていると、伝達が飛んできて、ステュウの声がした。 「付従者一行の(ほう)で、問題があった。確かめるので、宿に戻ってくれ」 「えっ、なんだろ」 「さてな。行くぞ」 「あっ、どうもありがとう!」 店の者に礼を言い、デュッカに腰を取られて、1階に降りる。 途中、ブドーやジェッツィたちも合流して、店を出ると話し合い、当初の予定通り、浮き籠を使って町の西側から空中に出て、宿のある階層に上昇することになった。 テナとユクトに何かあったのだろうかと、不安に思いながら宿の前に着くと、ヘルクスが1人で待っていた。 「馭者たちとサウリウスとシェイド、それとマルクトとファルは戻ってる。ムトとステュウは、付従者一行の(もと)に向かった。ミナ、すまないが、リクト国王の通行証があった方がいいかもしれない。ここまで戻ってもらってなんだが、下に降りてもらえないか」 「もちろん。ブドーとジェッツィを送る必要があったんだから、気にしないで。馬と馬車の支度は?」 「今、馭者たちとマルクトたちがやってる。そちらが済み次第、いつでも出発できるよう、町の外に出ている。町の()り口で待っている」 「分かった、よろしくね」 「気を付けて」 ミナたちは、ブドーとジェッツィを置いて、付従者一行のいる地点を確認し、町の外から、下層に降りた。 テナとユクトたちは、二階層ある加工場のうち、下の階層にいた。 上の階層は、材料や、作り終えて搬出を待つ製品の置き場としての機能が大きいため、こちらが実際の加工作業場と言える。 到着した地点から、早足で、西側の大きな通りを進んでいくと、やがて人だかりを見付けた。 テナとユクトは、そのなかだ。 先に行くデュッカの背を追うと、人の間をすんなり通れる。 人の壁から出ると、目の前には、馬上から、少し胸を反らしつつ話す男と、それと話すムトがいて、テナとユクトを探すと、ラフィとカチェットの隣で、成り行きを見ているようだ。 ティルとジェンは、中央で、(うずくま)る人を庇う様子だ。 「とにかく、その男を渡せ!余所(よそ)(もの)が口を挟むな!」 「事情も判らず、暴力を振るうような者には渡せぬ。人として当然のこと。手当てもしなければならぬし、その(あいだ)に説明をすればよい」 「そんな面倒、していられるか!」 「だから、渡せぬと言っている」 どうやら、ムトも事情は知らないようだ。 デュッカなら、事情を聞き出すことはできるが、付従者の揉め事であれば、まずは上司であるハイデル騎士団団長が事に当たるべきだろう。 ステュウは、ムトの後ろで、どうやら人々の(ささや)きを聞いて、事情を探っている様子だ。 ミナは、(うずくま)る者の様子を見に行きたいが、デュッカが体の前に腕を差し出しているので、動くなという意味だろう。 スティンが進み出て、(うずくま)る男の(もと)へ行き、話し掛けたが、答える様子はない。 やがてステュウがムトに何事か(ささや)いた。 ムトが、すっと目を細めて、言った。 「そちらは、この町の加工人を束ねる者の子息だそうだな。人の上に立つ者を見ているなら、分別(ふんべつ)を示せぬか」 「分別(ふんべつ)だと!その言葉、そっくりお前に返してやる!この俺に(たて)()いて、この街でチュセンテルを手に入れられると思うな!」 瞬間、土が、殺気立った。 「立場を(わきま)えよ!一介(いっかい)町人(ちょうにん)が一国の財産を左右するなど、思い上がりにもほどがある!チュセンテルはただの鉱物ではない!これを(もっ)てこの町を維持せんとする者すべての命綱!軽々しく扱うなど、なんたる不届き者よ!」 ムトの怒号は、地を震わせ、馬は縮み上がり、男は尻を鞍壺(くらつぼ)から外してしまい、馬からずり落ちていった。 付き人らしい、力仕事を(おも)に扱いそうな身なりの男が、痛い!と悲鳴を上げる男に駆け寄って、手を差し出す。 「ステュウ、町の代表者にここに来るよう、伝えろ。それと、ヘルクスに、滞在期間を延ばすように手配させろ」 「は!」 ステュウは、いつもの仲間同士の()り取りではなく、ムトに対して敬意を示し、後ろに下がると、伝達を作り、放った。 ムトは、(うずくま)る男から話を聞こうと苦心しているスティンを見たが、首を横に振って返された。 それに頷いて返し、ムトは振り向いてデュッカを見ると、近寄って言った。 「風の宮公、申し訳ないが、旅程を変えさせてもらう。手配はこちらでするので、お付き合い願えまいか」 「いいだろう」 「ありがとう。ミナ様、ご覧の通りの状況にて、勝手をお許しください。もとより、お楽しみには短かったでしょうから、どうぞ、これよりごゆるりと過ごされますよう」 「そちらは、どうするのですか」 「は。お任せいただきたく存じます」 「そう…、判りました。あとで説明を。デュッカ、行きましょう」 ミナは、早々にその場を去って、町の西側から空中に出ると、ヘルクスの待つ、町の()り口の手前にある、広場に連れて行ってもらった。 テナやユクトは、直接には関わっていなかったようだが、ミナが指示を出すよりも、ムトに任せた方がいいだろう。 あとを付いてこなかったところを見ると、どうやら、その場に残ることにしたようだ。 ヘルクスは、マルクトたちに宿を探させているところで、状況は判ったかと聞いた。 「ううん。でも、ムトには、団長として、やらなきゃいけないことができたみたい。私たちには、遊んでていいって。宿は取れそう?」 「どうかな。今、探し始めたところだから」 「荷物、任せていい?それとも、この町を出ないといけないとか…」 宿がないのなら、ムトが残り、ほかの者たちは、到着が遅くなっても、ザルツベルに行くしか、ないのかもしれない。 「そうだな、せめて宿が取れるかどうか、確認させてくれ」 「うん」 そこへ、町を見下ろしていたブドーとジェッツィが来て、どうなったのと聞く。 「うん、ちょっと、旅程を変更することになった。決定は、もうちょっと待って」 「うん」 「分かった」 ジェッツィとブドーの返事を聞いて頷き、広場の(ふち)の崖に近付いて、ミナは町を見下ろした。 先ほどの、(うずくま)っていた男が、口も満足に利けない様子だったのが、気になる。 やがて、問い合わせていた宿から返信があって、一行を分けることになるが、しっかりした対応の宿で泊まれそうだった。 「上等な部屋が取れた宿を中心に、配置する。では、下りよう」 ミナたちは馬車に乗り、再び宿街の階層に下りると、昨夜(さくや)に泊まった宿とは、違う宿に入って、荷を降ろした。 「この宿には、ミナたち家族と、イルマ、セラム、パリス、不寝番4人、ムトと、私と、ステュウが入る。残りは、斜め向かいの宿だ。馭者たちは2人部屋となるが、こちらの宿で、馬と馬車の管理をしてもらおう」 ヘルクスがそう決めて、宿と取引のある荷持ちに頼み、別の宿に泊まる者たちの荷を運んでもらった。 ミナたちは、ムトたちのことは気になったが、怪我はしていないし、危険もなく、直接のいざこざとは言えないようなので、ここは言われた通り、家族旅行として過ごしていようと決めた。 先ほどの顔触れで出掛けることにしたミナたちは、ヘルクスにあとを任せ、宿を出た。 加工場は、今は、ムトたちへの対応の影響があるかもしれないので、()けて、商店街の階層に下りようと決めた。 時間があるので、浮き(かご)を、再び作ってもらい、町の住人たちの住居階層などは、さっと見回るだけにして、再び商店街の階層まで、楽に下りさせてもらった。 商店街の階層では、浮き(かご)は降りることにして、歩いて店を見て回る。 ミナはまず、チュセンテルで作られている品が、どのようなものかを確認したかったので、いくつかの店を見ると、ついさっき、慌ただしく出ることになった、商店街で一番の品揃えだと評判の店に、再び入ることにした。 今度は、下の装身具から、じっくり見て回りたい。 ブドーにはゼノが、ジェッツィにはラシャが付き、一旦、通りを見てくると言って、2人並んで歩いていった。 家族旅行だから、付いて行ってもよかったが、離れている時間があってもよいかと、見送る。 騒動の(あと)だが、そのために気を張り、2人を厳重に見守るのでは、結果として、その(もと)となってしまった付従者一行には、気まずい思いをさせてしまう。 旅程が変更になってしまったのだから、今だって、充分、()(たま)れない気持ちだろう。 少し、彼らの心情を(おもんぱか)って、ブドーとジェッツィの後ろ姿を眺めていたが、すぐに、目的の店に向き直る。 「それじゃ、行きましょ!」 元気に言って、歩き出す。 付従者一行が、必要以上に落ち込んでいないといいなと、思いながら。
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