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―ⅩⅣ―
翌日、朔の日も、チュセンテルの朝。
ミナは、今の時間担当の不寝番のアニースとともに、談話室に向かった。
この町には、建物の内側に囲ってあるものはもちろん、庭というものが、まず、ないようだった。
いつも、庭や空き地で鍛練などしていた、デュッカやハイデル騎士団は、今日は宿を出て、西の広場の方で、体を動かしているということだった。
そちらに行ってもよかったが、少し遠いのと、ブドーもジェッツィも、まだ宿で寝ているようだったので、宿内に留まることにした。
やがて、ブドーとジェッツィが起きてくる頃、デュッカが戻り、アニースも含めて、5人で朝食を摂った。
食後は、ミナは部屋に戻って、アーク宛てに手紙を書き、文箱に入れてデュッカに渡した。
ザクォーネ王国のコーリナ城にいたときと、イファハ王国のケフィラで外務大臣クリセイドに会ったあと、そしてここリクト王国のクドウ城にいたときと、ベック滞在中に、それぞれであった、報告すべきことは伝えてある。
今回は、そういったものではなくて、現在滞在中の、このチュセンテルの景色など書き、付従者一行が遭遇した事柄について、自分は関わりはないが、旅程変更に繋がってしまったことは、責めないでやってほしいと付け加えておいた。
「さてと、今日は何時頃、出掛けようか!」
朝食を摂ったのが早かったので、まだ、7時過ぎだ。
昨日行った、商店街も、まだ見足りないのだが、今日は、まず、加工場を見てみようということになっている。
「加工場、何時から見られるかなあ」
ブドーの言葉に、さあ、どうだろうねと返す。
「仕事は始まっているだろうけど、都合の悪い時間帯だと困るだろうから、一度行って、声を掛けて、何時に来たらいいか、聞いてみよっか」
「そうだな!」
「じゃあ、もう、支度して、出掛けちゃおっか。スティンにゆっくりしてもらうことにして、出発は、8時。ブドー、ジェッツィ、退屈だったら、西の広場辺りに出てていいよ。あとで一緒に、下に向かおう」
「うん!」
2人は、元気よく頷いて、部屋に駆け戻っていった。
ミナも支度をしに、一旦、部屋に戻ると、談話室で時間を待つ。
その間にムトが来て、確認事項を確かめた。
今日、休日となった、旅の仲間たちとも話して、途中まで行動をともにすることにする。
8時になると、護衛としてのスティンとアニースを伴い、旅の仲間たちと宿を出る。
テナとユクトは、今日はほぼ、休みのようなもので、上司に報告など手紙を送ったら、あとは自由だ。
ミナは彼らのことは伴わず、西の広場に向かうと、辺りを駆け回って様子を窺っていたブドーとジェッツィに声を掛け、ともに加工場のある階層へと、空中を降りていった。
目的の階層に到着して、中の道に向けて延びる通りに入ると、ここには、加工場もありはするが、簡単な仕上げ作業場らしく、なかに入って聞くと、注文を受けることが、主な仕事だということだった。
「ここに置いてる品物は、売ってるんじゃなくて、ただの見本な。こういうのを見てもらって、注文するかどうか、考えてもらう。直接、工場に行く場合もあるが、初めてなら、作業中の手元を見ても、仕上がりは判らんだろ」
なるほどと頷き、話し合って、ミナたちは、好みの意匠の加工場に向かうことにした。
セラムはここで、シェイドとともに別れ、ハイデル騎士団の居室に合いそうな、装飾が控えめな意匠を探しに行った。
ミナと、ブドーとジェッツィでは、好みは分かれたが、一番近い加工場で都合を聞き、作業を見せてもらえるよう、頼むことにして、ほかは注文だけすることに決め、加工の主となる作業場の多い、西の大通りから大きく南に入った区域を歩いた。
話では、ここより東の、南大通りが、この階層で仕事をしたり、住んでいる者たち向けの店が並ぶ通りなのだそうだ。
そちらにも少し興味はあったが、ひとまず、注文したいと思う品を作っていた加工場を探した。
まずは、近かった、ブドーの選んだ加工場に行くと、ここで作業の様子をいくらか見せてもらえることになり、案内されながら加工場内を巡った。
仕入れたチュセンテルは、まず、交ざりもののあるものとないものに分ける。
チュセンテルの大きさは、最小で砂粒程度なのだそうだ。
掘り出された個体には、そのチュセンテルの砂粒だけが集まって固まったものもあれば、別の鉱物や土など、いわゆる不純物の交ざったものもある。
加工場では、個体の大きさや、不純物の多少に関わらず、チュセンテルだけの個体と、わずかでも別の物質が交ざっている個体とを、分ける、という選別作業に始まる。
選別が済むと、チュセンテルは加工が始まり、不純物の交ざったものは、これを取り除く、という作業が始まる。
作業の流れを見ていくと、ここでは、火は滅多に使われないことが判った。
一旦、熔かして成形するのではなく、不純物を取り除いたチュセンテルを圧し固め、それを削ることで形を作っているのだった。
「チュセンテルの加工方法は、加工場によって違う。チュセンテルは、一旦、熱を加えると、その後も変形する特徴があるから、そういう変化を求めないとか、ほかの特徴を与えたい場合なんかは、そのための加工がそれぞれにあるんだ。ここでは、圧し固めて、削って成形する加工なんだ」
頷いて、興味深く作業を見る。
削りの段階は、いくつかに分かれていて、まずは大まかに削って形を作り、そのあと、細かく彫っていく、という流れだ。
ひとつの圧し固められた個体に、複数の作業者が流れ作業で付き、主導する者が、どんな仕上がりにするか決めて、それに合わせた形を、それぞれの担当ごとに整えて、徐々に製品として仕上げていくのだ。
そのような工程なので、ここで作られる製品の多くは、最初に圧し固められた形から、大きく外れることはない。
太い個体から、多くの部分を取り除いて、細い個体には、しないのだ。
細いものが作りたければ、最初から、細めに圧し固める。
中身を大きく刳り抜いたようなものもあるが、それは隙間を作って、抜き出しているのだそうだ。
その技巧は、見ていて、はっと息を呑むもので、ブドーは、すげー、すげー、と連発していた。
中身を抜き出すような手法で作られた製品は、多く引き出しとして、本体から出し入れして使用するものが多かった。
「俺、この引き出し付きの戸棚を、時計とか、腰帯留めとか、靴とかの、毎日身に着ける道具入れにしたいんだ!あんま、多くないのに、大仰かなあ…。でも、これから、増えてくのかなって、思って。腰帯留めひとつでも、服の印象、変わるだろ!?それに、気分変えたいっていうか…、そんなの、贅沢かな…」
ミナは笑顔になって、そんなことないよ、と言った。
「腰帯留めは、贈られることも多いからね、贈ってくれた人に、使ってるところを見せるとかで、変えることは多いよ。それに確かに、使われている箇所が目に付くから、服の印象を変える。そろそろ、好みで、そういう持ち物、増やしていこう」
ブドーとジェッツィの部屋の寝室には、外出用の服や靴など入れる、浅めで横に広い納戸がある。
一応、身に付けるための小物類を置く箇所もあるが、いつも使うようなものだけ、別に置いて、出掛ける直前に選ぶ、という使い方も、いいだろう。
ブドーは、意匠を決める職人と話し合って、大きさと形を決め、注文した。
今日、注文したものは、王都クドウにいるガーディの邸に送ってもらい、ほかの荷物などと、アルシュファイド王国に送ってもらえるよう、頼んだ。
ミナとジェッツィの選んだ加工場は、互いに近かったので、先にジェッツィの注文を済ませ、次にミナの注文をする。
恥ずかしくて、とてもほかの者には言えないが、寝台から出る時に、裸の上に着る服を、掛けておきたいのだ。
今は、いつも寝具の上に畳んで置いている、追加で使うための薄い掛け布を体に巻いて、自分の部屋に戻っているので、どうしても引きずってしまうし、歩き辛い。
それに、ほかの寝具と同じ、白い色なので、上に乗せていると見分けが付きにくいし、まあ、大体は、下に落ちてしまっているのだけれど、きっと床から拾うよりは、手に取りやすいだろう。
行為を前提に、そんな用意をするのも、なんだか恥ずかしかったが、夜の衣の上に着る、上着としても使うのだ、と自分に思い込ませる。
それを掛ける自立台は、すでにありはするのだが、そちらは、立って利用することが前提らしく、寝台から寝た状態で手を伸ばすのでは、服を取れないのだ。
恥ずかしがる妻の姿に、デュッカは欲情して、ああ、同じ部屋がいいのに、とぼそりと呟く。
あと何日、1人寝を強要されるのか、考えるのも、いやになる。
まあ、そんな感じで加工場を回ったミナたちは、昼食をどこで食べようかと話し、西の広場に向かうことにした。
加工場近くで商売をしている食堂なども、加工人たちが、常日頃、口にするような食事なのだろうから、大いに興味はあったのだが、加工場に遠慮してか、戸口の小さな店が多く、外からだと、同時に入る多人数に対応できるか不安だったのだ。
分かれて入るか、西の大通りに戻るかと話していると、加工場から、どっと人が出てきて、さっさと食堂に入り、あっという間に、店の外に列ができてしまった。
食事が終わって、出てくる者が、目を見張るほどに早く、どうやら、ここでは、のんびりとした食事はできないようだと知った。
そんなわけで、話しながら西の大通りに戻り、外から食堂の様子を見てみたが、ここまで来たら、西端の広場に戻るのに苦労はないし、覚えている限りでは、広場の食堂は、余所者や、特に馭者や荷持ちなど、荷運びに関わる多人数の客に対応していると思われた。
行ってみると、初めて入る客を意識してか、名を示す看板には、食堂の都合として多く出したい、一揃いの定食も紹介してあり、様子も値段も判るので、入りやすい。
ざっと確認して、ミナは、果菜中心の店が目に入ったので、そこにしない!?と提案してみた。
果菜であれば、きっと、町の周辺の森に住む人々の作物だ。
なかに入って、献立を確認してみると、主な食材の説明がある。
肉や魚はないし、穀物も根菜も少なめなので、腹を満たせるか少し心配したが、頼んだ料理を見てみれば、物足りなさなどまったく感じない。
ちゃんと、実の詰まり具合に合った量で提供されるので、大きくても空洞の多い果菜なら、見た目に迫力のある楽しさと、ほかの食材との組み合わせでの量の調節により、味も食感も多種類を知ることができるという、儲け気分を味わわせてくれた。
その土地にしかない食材を食べ、旅ならではの喜びを噛み締めて、食後の茶を飲むと、さて、これから、どうしようかと話す。
欲を言うなら、採掘現場の様子も見てみたいけれど、きっと危険なのだろう。
加工場は、人が作っているし、問題なしに、相応の時間が経過しているので、安全対策に不安はないが、掘削中の現場となると、身を置くその場所の心配から、しなければならない。
デュッカが付いていて、滅多なことがあるわけはないけれど、自分が守れもしない子供を連れて、敢えて危険を冒すなんて、無責任にもほどがある。
残念だったけれど、掘削現場の危険には対処できないものとして、ミナには、諦めるしかなかった。
「明日も一日あるから、今日は…、まだ見たことのない場所に行ってみようか。明日とか、明後日とかは、昨日も行った商店街に行こうかな。まだ、品物の種類、全部見られてないんだよね…」
「でも、縦方向には、一応、見たよな…」
「うん。でも、ちょこっと中の道から、通りの様子を窺っただけだったでしょ。立ち入ったのも西の大通りが多かったし、南の大通りは、この町での暮らし方が判りそうだよ。ここの南の大通りも、加工人が使う道具なんかを、中心に置いてるって言ってたでしょ」
ブドーは、目を輝かせて、身を乗り出した。
「あ、うん!俺、そういうの、見てみたい!」
「よし。じゃ、手始めに、ここの南の大通りに行こっか!ジェッツィ、いいかな」
「うん、いいよ。何があるか判んないけど」
そういうことで、ミナたちは、食堂を出ると、西大通りを東に向かい、中の道で南に向かい、いくつかある道のなかから、大通りと呼ばれる、最も大きな道に入った。
中の道に近いところには、どうやら、茶と甘いものがいただける店が多く、広めの机を利用して、店の提供する飲み物などは脇に置き、何か書かれた紙を広げて、話す者が多い。
表情などからしても、きっと仕事の話なのだと思われた。
歩いていると、そのような店はすぐに見なくなり、店先には金具が多く並び、それらは、休日木工の道具として、よく見られる品々を思わせた。
多くのものは、握りやすい太さだし、滑り止めらしき工夫もしてある。
何に使うのかはよく分からないけれど、様々な形状に分かれて、大きさ違い、長さ違い、重さ違い、素材違いなどにして揃えてあるので、何かに使えそうな気がしてきた。
「あ、そうか!これなんかは、螺子を締め付けるものですね!組み立ての棚を買ったときに、一緒に買った!」
「ああ、そうだな。これだけ種類があれば、大抵のものには対応するんだろう。国が違っても、螺子に当てる部分が一の字か十の字かという所は、同じらしいな」
「あ、ほんとだ!この辺は、溝に嵌めて回す形なんだ!溝の形が色々なんだ…、でも、多いのは、一の字と十の字みたい…!」
ブドーとジェッツィは、ミナとデュッカの話を聞き、そこで取り上げられる道具など見ながら、自分たちが王都クドウで求めた棚を思い出したりした。
専門店が多いので、こちらでは叩く道具、こちらでは回す道具、こちらでは切る道具、という分け方もあるし、ここは嵌める部品、隣は取り付ける部品、その隣は周囲に取り付けて、使用環境などを整える部品、といった分け方もある。
チュセンテルが大量に採掘できるためだろう、素材もチュセンテルが多かったが、どんなことにも対応できるわけではなく、刃物の形状をしたチュセンテルはあったが、その特徴は、刃物であるにもかかわらず、なんと、切れ難い、というところだった。
まあ、だから、子供に持たせても安全ということで、先端は丸く、ことさら安全な点を強調して作られていたりする。
そのようなチュセンテルでは、当然、色々と不都合が出るのだろう。
チュセンテル製と比べると、値段は跳ね上がるが、別の素材もある。
そもそも、作業ごとに求める特性は違うはずなので、道具の素材も、変わるのが当然なのだ。
ほかの素材は、ほとんど街の外から仕入れなければならないらしく、そのために値段が高いのだろう。
同じ形状の道具を両手に持って、うんうん唸る者を多く見掛けた。
「木工の多いアルシュファイドだから、必ずしも利用できないかもしれないけど、こういう違い、みんな、見たくないかなあ…!」
「そうだな。これらをアルシュファイドに持ち込むことはできるが、この町の特殊な造りなど、異国で学ぶことは多い。留学者を受け入れるなら、アルシュファイドから派遣するのも、悪くないかもしれない」
「あ、技術交換とかじゃなくて、学ばせるんですか…!」
「技術交換だと、双方に、役に立つと判っている技術が必要になる。学びなら、役に立つものではなく、異国での経験こそが重要だ。それを持ち帰らせるかどうかは、国の考え次第だが、留学者が来ることで、得るものはある。ブドーやジェッツィに親しめそうな者ができるとかでもな」
「ああ!ええ…!」
よいことばかりでは、きっとないのだろうけれど。
期待する気持ちが、膨れる。
ミナはデュッカの、服の袖を握った。
こんな風に何気ないなかに、明るい気持ちをくれる、この人が、好き。
くすぐったいような、感触が胸の奥を撫で、柔らかな風が、渦巻き、留まる。
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