家族旅行

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       ―ⅩⅤ―    ムトは、この町、チュセンテルの代表者マニカと、二度目の対面を果たしていた。 呼び名としては、棟梁(とうりょう)というのが、町の内外では一般的で、ビリーデ公と呼ぶのは、どうやら一部のまとめ役たちだけのようだった。 マニカは、対面の挨拶を済ませると、今回の騒動の落ち着くところを話してくれた。 「…さて、ヒュリーの(せがれ)だが、毒を盛ったのは、どうやらあの者の指図だったそうで、父親は知らなかったようだ。そのことに対しては、(せがれ)と毒をもった本人とを、官吏に引き渡して、国の法で裁いてもらうよ」 「そうか…」 法で裁くということは、公平な半面、当人の意識を正すということには、なり(にく)い。 毒を盛られた者が助かったので、ムトとしては、この町を支えるチュセンテルという鉱物を、私物化するような発言の方が許し(がた)かったが、通りすがりの余所(よそ)(もの)が、何か働き掛けようとするのも、(ぶん)(わきま)えないことだ。 マニカは笑って、何か不服かいと聞いた。 ムトは息をついて答えた。 「まあ、それがこの国の法で、あなた方の判断だ。ただ、罰を与えたからといって、意識は改まりはしない。何が罪か、はっきりさせられないのは、不服と言うより、それでいいのかという疑念が大きい」 「ふむ…。まあ、あれごときに、そこまで意識を傾けたり、配慮したくないという思いもあるんだ。あんたは、あれのために、そこまで(おこ)っているのかい」 「まあ、そうだな。どちらかと言うと、他者を踏み(にじ)る心根が許せん。そういう思いがあるということがな。町の人たちにも、それが不当であることを知ってもらいたいが、それこそ余計な世話なんだろう。なんにせよ、こうして事の始末を説明させるのも、通りすがりの者としては、出過ぎたことだ。受けてくれて、厚意に感謝する」 マニカは小さな笑い声を洩らした。 「堅苦しい男だ。アルシュファイドの騎士とは、そうしたものか」 「まあ、そうだな。そういうところで、厳格さが出るのは、騎士ならではと思う。態度の違いはあるがな。それはさておき、毒を盛られた男の方は、やはり罪に問われるか」 命じられたからと、悪行(あくぎょう)と知りつつ荷担(かたん)したのだ。 被害に遭った者からすれば、どんな事情だろうと、踏み(にじ)られたに違いはない。 「うむ。だが、官吏に引き渡すのも、少々かわいそうな気がしてね。色水を流されていた、ヴァディーリーシと話しているところさ。今は、どこに流したのか、正確なところを確認させている」 「そうか。償うにしても、体が損なわれていては思うように動けんからな、何か不具合が出るようなら、知らせるよう言ってくれ。一応、そのときのための仕掛けは渡してある」 「手厚いことだ。分かった、そこは、償うためとして、遠慮はさせないようにしよう。もちろん、ヒュリーの奴には、町としての制裁を加えることにした。国に引き渡す前に、全財産を没収する。妻と娘には、妻の実家に戻るよう、伝えてある」 ムトは、目を大きくした。 「それは…、妻と娘には、罪はないのだろう」 「夫の、父の、町の存続を危うくするような手段で得た稼ぎで、贅沢をしてきた罪はある。娘ももう、20歳も過ぎて、嫁にも行かずだが、分別はあってもいいはずだ。出戻りは居心地悪かろうが、路頭に迷うよりはよかろうさ。そのあとのことは、あれら次第よ」 「そうか…」 町の存続を危うくする手段。 色水の処置は、ムトが思う以上に、広範囲の影響を町に与えるのかもしれない。 今後、同じことを考える者が踏み(とど)まるよう、見せしめでもあるのかもしれなかった。 「没収した金は町として、もちろん直接の被害に遭ったヴァディーリーシへの損害にも充てるし、わずかばかり、見舞いともしよう。だが何より、こんなことが二度と起きぬよう、仕組みを作らねばならん。その立ち上げなどで、使うことになろうな」 「そうか。そういえば、採掘の権利とかは、どうなるんだ?」 「うむ。あれはかなり広範囲の土地に対する権利を持っているからな。権利自体は、その行使の最中(さいちゅう)に罪を犯したとして、取り上げられるので、広範囲の土地が所有者不在となる。町として、そんな状態で、おかしな考えを持つ者に権利を買われては困るのでな。かと言って、こちらで買う金も、どこから出すかとなると、難しいところだ。没収した金をそちらに充てるか、少し悩んでいる」 「没収した金を充てるなら、では、採掘権利は、町の所有?」 「いや、それが、権利は、人に与えられることになっていてな。私一代限りのことなら、負ってもいいんだが、親の権利は子に継がれることになっている。自慢の(せがれ)ではあるが、親から子に渡すのでは、町の皆の、権利を侵すことになる。町の金なんだから」 「ふむ…」 「それで今は、複数の、その土地に接する土地の採掘権を持っている者たちに声を掛けて、土地を分けて、採掘権を買い取れないものかと考えてもらっているところだ。私個人でも買えないことはないが、運用までを考えると、苦しいところがある。それに、今、持っている土地の区画と離れているのでな。子に継ぐとなると、管理が面倒になるのは目に見えているから、それもまた、迷っているのだ」 「おかしな考えか…。では、異国の者に買い取らせるのは、避けたいだろうな」 マニカは、面白そうに笑って、聞いた。 「おや。お前さんが買い取ってくれるのかい」 「いや、土地の範囲も判らないのに、個人で買えるとは思わないさ。管理までとなると、こちらで住むことなど考えなければならないし、引退後ならともかく、今は無理だ。ただ、アルシュファイドの者で、現在、外交官としてこちらに駐在し、大使を務めている者がいて、彼はこちらで生まれて、過ごしているんだ」 「大使…、国王の首席秘書官だった男かい」 「知っているのか」 「話だけな。ふむ…。国王と懇意にしている異国の者か…」 「彼が、ずっとこちらに留まるものか、判らないから、子には継がずに、また売るとして、今、考える時間や、買い取りの準備期間を設けることができるのなら、時間稼ぎとしては都合がいいと思う。もちろん、彼と直接会って、判断してくれればいい。ああ、まだ、彼に話していないので、了承してくれるかも判らないが」 「時間稼ぎか。なるほど、子に継ぐまでになら、今、考えてもらっている者たちも、準備を始めるということで、なんとかできるかもしれんな…」 「彼に話してみてもいいか?」 「うむ…、そうだな。ひとまず、その者と会ってみようじゃないか」 「分かった。では、話をして、都合を聞いてみる。俺たちは、明後日(みょうごにち)に出発するので、会見には立ち会えないかもしれない」 マニカは、笑って頷いた。 「いいさ、それぐらい。話を通してさえくれれば、あとは直接話すだけだ。ありがとうよ」 「いや、俺たちも、あとが気になるから、彼から落ち着く先を聞ければ、助かる」 マニカは、おかしそうに笑う。 「通りすがりなのに、そこまで気に掛ける必要はないんだがね…、まあ、そうかい。…さて、あんたら一行には、滞在期間を延ばさせるなど、余計な金を使わせたね」 「それは、気にしないでくれ。旅が始まって、ひと月近く、休暇のために時間を取ることがなかったので、ちょうどいい。ほかにも、色々と確認してから動きたいところもあるので、こちらの都合だ」 「しかし、結果として、町の者の命を救ってもらった。罪人(つみびと)だろうと、それは変わらん。礼をさせとくれ」 「ふむ、礼か…。家族旅行の最中(さいちゅう)なので、色々と見せてもらえるといいがな。見られるところは、もう見ているかな…」 「ああ、風の宮公の家族な。そうさな、普通、余所(よそ)(もの)が見られないと言えば、配水の仕組みとか、あとは掘削(くっさく)現場か」 「掘削(くっさく)現場は、さすがに危険だろう」 「うむ。そうだな、掘削(くっさく)ではなく、実際には、造成を(おこな)っている現場がある。そちらは、落盤の危険がないから、その点は安全だ。まあ、もし興味があるならだが」 「それはありがたい。ご家族が興味を持つかは判らないが、騎士たちも半分は休みだから、見たがる者は多いだろう」 「そうかい。では、造成現場の者に話を通してみるよ。できなかったら、すまないね」 「いや、そこまでしてくれるのは、ありがたいし、嬉しい。感謝する」 マニカは、笑って手を振った。 「いや、いや…、そんなことで礼とするなんて、こちらには心苦しいほどだ。では、明日(あす)に見られるかどうか、今日のうちに確認しておくね」 「ああ、頼む。話はこんなところかな」 「うん、そう思うよ。それじゃ、そちらも、連絡を頼むね」 「ああ、もちろん。では、また」 「ああ、またな」 片手を挙げて別れ、ムトは同伴していたステュウと、会見の場であった食堂の2階から下りた。 ここは、ムトが来やすいようにと、宿街の階層にある、(なか)の道に近い食堂だった。 「明日(あした)は最下層で面白いものが見られそうだな」 ステュウが言い、ムトは、そうだなと頷く。 今日、届いた伝達によれば、ガーディは現在、ベックの町で、家なし子のために色々と手配中らしかった。 王都に戻る前に、なんとか捕まえることができれば、明日中にこちらに到着できるだろうか。 独断で彼にまで、個人的な関わりを求めようとすることには、迷うところもあるが、もしかして、知人の中に、適当な人物がいるかもしれない。 そう気付き、ムトは、小さく頷いて、宿に戻った。 すると、付従者一行が玄関広間で待っていて、仕方ないなと笑いを漏らした。 ムトを見ると、急いで来て、どうなったかと聞く。 「まあ、あれこれ、手配中のようだ。問題ない。それより、町を見てきてはどうだ」 テナが言った。 「私たち、昨日の対応について、対処について、話し合ったんです。何かほかに、選択する道があったのかと」 「確かに、そうだな。正面からぶつかるのでなく、周りを利用するなど、方法は、いくらかあった。だが、正面から、不当な扱いは許してはならぬと、声を上げ、周知することも、時には必要だったり、有効だったりする。今回は、君たちの立場で、旅程を変更させる結果になることは、()けるべきだったが、今、旅程変更によって変わった状況で、君たちにとって適切な対応は、現状で得られるものを探すことと思う。休息なり、見物なりな。さあ、もう行くといい。このことは、帰ってから、また、話し合おう」 そう言って促し、付従者一行は宿を出ていった。 「考えさせられるな。俺たちも、他人(ひと)(ごと)じゃない」 「そうだな。俺たちが遺す、ハイデル騎士団活動記にも、加えておこう」 ミナに請われて記し始めたものを、現在はそう呼んでいるのだ。 「活動記か…、どうもしっくりこないな」 「そうだなあ、今も仮の名称だから、まあ、考えてみよう。いや、突然、思い付くかもな」 「ああ。さて、じゃあ、ガーディ殿に向けてと、あとは?」 「アークにも、知らせなければならないが、それはガーディがどう判断するかにもよる。あちらの返事次第で、内容を決めるから、ガーディ宛ての伝達を書く時間を少しくれ」 「分かった。ちょっとヘルクスの様子を見てくるな」 「ああ、頼む」 そう話して別れ、ムトは、宛てがわれた宿泊部屋に向かった。 ハイデル騎士団団長として。 国格彩石判定師ミナの、騎士団として。 採るべき対応をしていると思う。 ムトは、(あご)を上げて、前を見据える。 彼らの、(おおやけ)の立場が、定まりつつあるのを、感じていた。
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