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―ⅩⅥ―
アルシュファイド王国の彩石選別師ユクトは、護衛のジェンと、今日は休日とするよう言われた、警護隊のラフィと3人で歩いていた。
自分とともにいるのでは、仕事になってしまうのではないかと言ったが、公私の別ぐらい付ける!と返された。
昨日は、用心もあって、テナと同行し、多人数で行動したが、面倒事は起きたものの、町自体は、それほど危険とは思われなかったので、今日は分かれようと話したのだ。
テナは、鉱夫の生活など見たいと、下層部に向かい、ユクトたちは今、上層部の、外から来る品物を多く置いている商店街に来ていた。
鉱物のチュセンテルや、それで作られた品も気にはなるが、ユクトは、このリクト王国で、彩石が見付かるものかどうか、知りたくて探しに来たのだった。
まずは最上層に向かい、最初に通った、本通りの店を見て、彩石がないかどうか探しながら、この町、この国の様子を知る。
じっくり、注意して、ひとつひとつの店を確認していくと、ユクトは、前回通ったときには気付かなかった、彩石屋を発見することができた。
「ああ、あった!」
「おお、彩石屋か。アルシュファイドと、なんか違うのかな」
「それを確かめたいんだ」
そうラフィと話して、なかに入る。
少し暗めの店内で、まっすぐ延びる通路の先に勘定台があり、店の者がこちらに目をやり、ユクトたちを認めると、視線を手元に戻した。
店は、出入口から1本の通路があって、進んで勘定台を通り過ぎると、扇形に広がっており、いくつもの通路が、扇の襞のように分かれて伸びていた。
足下を見ると、床に、通路ごとに何が置いているか書かれていて、この店の品のほとんどはサイジャクらしいと知った。
基本の値段は、大陸で共通して、サイジャク、サイゴク、サイセキともに、1カロン10ディナリだ。
だが、アルシュファイド王国でも、場所や、サイセキの種類によって、いくらか値段を上げる。
ただ、国内ならどこでも、護身用とされるサイジャクは、基本の値段で計算して売られている。
しかし、このリクト王国では、それすら値段が高くなっており、どうやら、持ち運びしやすく、力量の大きなサイジャクは特に、価値が高いと見られているようだ。
持ち運びしやすい、力量の大きな彩石というのは、アルシュファイド王国でも、価値は高い。
だが、サイジャクは、人を、守る形で助ける彩石だ。
本人だけでなく、周囲の者を守るためにも、値段を上げるのは避けた方がいいと思うのだが、これが、この国の、いや、アルシュファイド王国以外の国での、避けられない現実なのだ。
少し、この状況を変えることはできないだろうかと考えてみたが、思い付かないので、サイゴクやサイセキも見に行ってみた。
サイジャクも高かったが、こちらは、さらに高い。
それだけでなく、サイセキを見てみると、驚いたことに、種類分けがされておらず、用途による違いでの値段差は、ないようだった。
「えっ、こんな分け方…」
思わず呟くと、ラフィも気付いて、えっ、と声を上げた。
「えー、種類分けされてないのかよ…。どうなの、これって」
ラフィが声を抑えて話し、ユクトも、出す声を抑える。
「種類によって、値段が変わることはもちろんだけど、力を入れたとき、思った通りの結果にならない。これは、もう、危険と言っていい状況じゃないかな…」
ユクトは、考えた。
まず、一番に思ったのは、ミナに相談しなければならない、ということだ。
だが、それで本当にいいのだろうか。
ミナは、選別師の上位者ではあるけれど、ユクトの上司は、城駐選別師マニエリだ。
結果として、ミナに話が行くとしても、マニエリを飛び越えてするような報告だろうか。
身近にいるのだから、報告するのは当然、という考え方もできるけれど、ミナが現在、ここにいるのは、家族旅行のためで、実際の行動はともかく、休暇中だ。
一方で、サイセキによる事故が起こるのは、今すぐかもしれないし、早急な対策が必要だと思う。
最悪の場合、命に関わるのに、休暇とか、言っていていいのか。
だがそこで、ユクトは、ここは異国の地だと意識した。
たとえそれが、命に関わることでも。
目の前で、事態が起こってもいない状況で、口を出していいのだろうか。
彩石の扱い、という、この国独自の機能について、異国の者である自分が、危険だと、声を上げることは。
この国の、在り方を問うことではないのだろうか?
たとえ、それが正しいとしても。
手順を踏むべき事柄、なのではないのか…。
ユクトは、これは、自分の身に余る判断なのではと、考えた。
声を、上げるべきだ。
そこまではいい。
けれど、その先は。
自分で対処できる、問題ではない。
ユクトは、いつも持ち歩いている手帳に、このことを書き、切り取り線で切って、ムトに送ってくれるよう、ジェンに頼んだ。
自分でもできるけれど、それには、少量でもサイセキの力が必要なのだ。
用心のため、旅の間は、常に体内に、4種の異能を入れているが、使うのは、緊急の場合だけだ。
同じ透虹石の力を持つラフィも、無駄遣いはできないけれど、騎士なので、使うべき時というのは、ユクトとは違う。
とにかく、緊急の伝達でもないし、ジェンという、身の内に風の力を持つ者がいるのだから、利用させてもらう。
しばらく、その彩石屋で、彩石を見ていると、ムトから返信があって、このことはムトから、各方面に向けて連絡を行う、と知らされた。
ほかに気付いたことがあれば、また伝達を寄越すか、夕食の前に伝えてくれるようにと、添えてあった。
ユクトは、1人頷いて、この対処でよかったのだろうと、感じた。
ムトには、手間を取らせることになったけれど、この、彩石判定師の家族旅行に同行する集団として、彼は、そのまとめと、指示を行う立場だ。
ユクトにとって、命令を受ける上司ではないけれど、判断を仰ぐことは、きっと間違いではない。
それは、自分が考えることを放棄しているのではなくて、分を弁える、ということなのだ。
彩石屋を出たユクトたちは、残りの店にも、ちらちらと入って、値段が高いこと、そして、とても多くの場所から、この町に、品物が運ばれていることを知った。
リクト国中からと言っても、過言ではないかもしれない。
それほどの儲けが、この町では見込めるのだ。
王都クドウの方が、住んでいる人々の身なりは、きちんとしていて、整っている印象だったけれど、交流はそれほど活発ではなく、例えば、品物を求める様子も、クドウの者は、そこにある品の確認をする程度だが、この辺りで品物を求める者たちは、こんなものはないか、なぜ入れないんだ、あれば買うぞと、積極的に、店の品揃えに対して、物申している。
自然、会話も、活発で賑やかな印象で、同じ国でも、こんなに違うのだと、ユクトは感心する。
「何か、クドウとは違うな。王都と、それ以外の違いってこと?」
ラフィがそう言い、ユクトは、首を横に振る。
「いや、これはたぶん、この町独特の空気だと思う。ザッツとかベックも、また違う感じだったろ」
「ああ、それもそうか」
ベックも、賑やかな街ではあったけれど、どちらかと言うと、チタ共和国の新興の街ハボットのような賑わいで、旅人の往来が多かった。
こちらは、旅人ももちろんいるが、この町の住人も多く、出される要望は、この場所で確実に売れる、保証ともなっているのだ。
「あ、そうか。ここの店は、通りすがりの者ばかりでなく、住人たちばかりでなく、双方に向けて開かれている、数少ない街なんだ」
「え、どういうこと」
「クドウは、王都の住人向け、ザッツも、住人向け、ベックは、旅人向けって、店の商売の仕方が違うんだよ。でもここは、旅人に向けても商売するし、住人に向けても商売する。そういう違いがあると、まず、相手が、どういう者なのか確かめることから始めなきゃいけない。自然と会話が増えて、要望を出すっていう、流れになるんじゃないのかな…」
「そうなのか」
「いや、判んないけど。でも、とにかく、ここと、加工場のとこの通りも、様子が違ったろ。全部は見回れないかもしれないけど、もう少し、階層による違いなんか、確かめてみたいかも」
「そっか。じゃあ、下におりるか」
「うん。どこがいいかな…、あ、そうだ。俺たち結局、チュセンテルの売買をしてる街に行ってない」
「お、じゃあ、そこに行くか。馬車だな!」
そうして、次の目的地を決め、ユクトたちは、異国の町を興味深く巡る足を進めた。
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