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―ⅩⅧ―
この日、宿に戻ると、ムトから話があるので、自分の宿泊部屋に来るようにとの伝言を受け、ミナはデュッカと、今日の護衛のスティンとアニースとともに、ムトの宿泊する部屋に向かった。
イルマには、ジェッツィとともに、先に湯を浴びてくれるよう頼んだ。
部屋に入ると、付従者一行もいて、どうしたのと声を上げた。
ムトは少し笑って、いや、大したことじゃない、と言った。
「ただちょっと、知らせておきたいことがあって。座ってくれ」
ムトの部屋は、一間だが、応接用の背の低い、机と椅子がある、割と良い部屋だ。
今回、ムトが、アルシュファイド王国の高位の騎士として事態に当たったので、ヘルクスが適当な部屋を配慮したのだ。
ミナとデュッカが来たため、テナとユクトが椅子を譲ってくれ、ミナとデュッカは腰を下ろすと、前の椅子に同時に座ったムトを見た。
「まず、ユクトが、この町の彩石屋に行って、サイセキの種類が分けられていないことに気付いたんだ。それで、このままでは、事故など起こる恐れがあるので、アークと、ガーディやマニエリに知らせておいた。どういう対処になるかは判らないが、それだけ、承知しておいてくれ」
「分かった。へえ、そうなんだ。そっか。私ってば、そういうとこ、確認しなきゃなのにね…」
「いや、君には、限られた時間で、きちんと休みだって取ってほしいんだ。そこまで気を回す必要はない。それに、判定師の本来の仕事は、完全体の見分けだが、選別師は、こういう調査も含まれてると思う。その辺りは、君とユクトは役目が違う」
「んー、そっかな。でも、なんかほかの国も気になってきた…」
ムトは、仕方ないなと言うように笑った。
「だから、そこまで気を回す必要はないんだ。それはもう、外交にも関わるところだから、下手をするとアークの領分に入るぞ」
「うっ、はあい…。ほかには何か?」
「ああ。娘が1人、最下層に入り込んでな。ティルが捜索に少し、手を貸してやったそうだ。そのあと、小規模な落盤事故があってな。捜索の者が怪我をしたそうだが、擦り傷だから心配はいらないと。まあ、彼らの言う擦り傷は、言葉通りではないんだが。あまりツェリンスィアを使うわけにもいかないので、ガーディに、この町の医師の処置で適当かどうか、確認するように言ってある」
「そっか…。この町のお医者さんじゃ、不安がある?」
「いや、ただ、異国では色々と違うからな。医師のことも、確認しておいた方がいいだろうと、思ったんだ」
「ああ。そうかもね…、ザクォーネも…、あ、いや、ほかには?」
「そのガーディに、こちらで、できることがないか、考えてもらおうと、呼んだ。ベックの子供のことは、一旦、ほかの者に預けることになるだろうが、まあ、なんとかしてくれるだろう。明日、来てくれることになったので、直接、あの子らの今の様子など聞いてみよう。あとは、また明日、明後日、処置が決まったり、連絡が届くなど、動きがあると思う」
「そっか。分かった。ほかには?」
「ああ。この町の代表者が、是非とも礼をしたいと言ってくれたので、最下層部の、正確には造成現場と言う所を見せてくれるそうだ。落盤事故などの恐れは小さい区画という話なので、ブドーとジェッツィも連れていけると思う」
ミナは、目を大きくして、輝く顔を見せた。
「ほんと!行きたかったの!やったあ!」
両手を合わせて喜び、ブドーとジェッツィも喜んでくれるといいんですけど、と、デュッカを見る。
そうだなと応えて、ミナが目を離すと同時に、デュッカはムトを睨んだ。
ムトは、何か敵視されてるなと気付いたが、ミナが喜んでくれた嬉しさが先に立つ。
「宿の前に、8時に迎えに来てくれるそうだ。ほかの者たちにも話して、希望者を同行する」
「うん!テナたちは!?行く!?」
「ええ…、できれば…。でも、そんな大勢でも、本当に?」
いいのか、と問い掛ける目のテナに、ムトは頷いて見せた。
「最大で何人になると言ってある。馭者たちも、明日は同行する。俺たちだけなら、空中を降りられるが、まずは馬車移動だと思う。その辺りは、案内してくれる彼らに合わせよう。では…、ミナたちは、湯を浴びるといい。テナたちは、夕食までまだ1時間以上あるから、湯を浴びに戻ってもいいし、こちらの宿で休んでもいい。俺も湯を浴びるとするか。ああ、ミナ。明日は、俺も一応、休暇としておく」
「分かった!それじゃあね!」
浮かれた様子で部屋を出るミナを見て、デュッカがもう一度ムトを睨んで、部屋を出た。
どうやら、ミナを喜ばせたことが、敵視する要因のようだ。
ムトは、仕方ないなと笑って、テナたちも送り出し、湯を浴びる支度をした。
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