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商店街に向かう者たちと別れ、ムト、ガーディ、カダナたちは、棟梁マニカとの約束がある、宿街へと戻った。
昨日、話し合った食堂で向かい合い、まずは、採掘権利の買い取りについて話し合う。
「採掘権利を得たからと言って、私が採掘を始めるってことはできないな。その、管理の部分は、そちらに手を貸してもらわねば困る」
「ああ。こっちも、勝手なことされちゃあ、困るからね。任せてもらえれば、なんでそうするのか、説明ぐらいはするし、作業者の手配なんかも、みんなで話し合って決められるんなら、割り振りが都合良くなるかもしれない」
話しながら、相手の、ひととなりを確かめ、カダナとマニカは、互いに、任せてみようと、考えることができた。
そうして、先々のことも考え合わせて、大体の段取りを決め、頷き合った。
「それじゃあ、これから、採掘権利者として、この町のことに関わってもらう。よろしくね」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
握手を交わし、問題となった色水問題の経過を聞く。
色水自体は取り除けそうだが、汚染された部分は、今後の扱いで特に気を付ける必要がある。
採掘中に素手で触らないとか、造成するときに調理場や寝室など、人の口に入る物を調理したり保管したり、人が長時間留まる部屋としては使用しないよう計らうなどだ。
問題を起こした者たちについては、まず、首謀者は財産没収の上、国としての処分が決まるまで拘束中で、これはたぶん、刑罰地リッテルに送ることになるということだ。
命じられた実行者は、家族の面倒はマニカが見ることになり、国としての処分が決まるまで、本人は、やはり拘束中だ。
一応、事情を考慮してくれるようには言ってあるが、短期間でも、やはり刑罰地送りになるかもしれない。
その実行者を殺害せんとした首謀者は、すでに刑が確定して、5年以上の懲役刑を科せられ、すでに刑罰地リッテルに送られた。
これを実行した者は、首謀者よりは短いが、やはり5年以上の懲役が決まった。
彼には両親と妹がいたが、それぞれ働いているので、罪人の家族として、肩身は狭いだろうが、町を出る勇気はないと、この地で耐え忍ぶ道を選んだ。
「そうそう、娘。あんたの部下が助けてくれた娘はね、あれはヒュリーの娘でさ。色水を流した男を呼べと騒いでいたんだそうだ。父親の世話になっといて、事を荒立てたことが許せんとさ。もう一方の娘は、兄の所業を、自分がしたことのように受け止めて、恥じ入っているのに、育て方なのかねえ」
「そうか…その娘はどうしたんだ?」
マニカは、ふふん、と笑った。
「だが、ちょっと面白い娘でね。性根を叩き直したくて、預かることにしたんだ。さて、どうなるか、楽しめるといいんだが」
同席していた者たちは、豪い人に目を付けられたなと、少しだけ娘に同情した。
「さて、それで、と。あとは…、何かあるかい?」
ガーディが、片手を挙げた。
「ああ、これは、これからの対処となるので、ヴァッファルケルン国王陛下からの通達を待ってほしいんだが、危険があるかもしれないので、私から。現在、彩石屋に置いているサイセキが、種類分けされていないと知ったのだが、これは、サイセキによっては、術語の必要なく特定の現象を起こすものがあるので、知らずに使用した場合に、命の危険もある。使うなとは言わないが、そういう危険は、せめて周知した方がいい」
「へえ。サイセキなんて、滅多に使わないが、まあ、知らせておこう。これから、何か対処するのかい?」
「どんな形になるかは判らないが、せめて名のあるサイセキだけでも、選別できる者を用意して、できる限りの選別をさせた方がいい。極端な話、サイセキの使用を禁止しても、この国では、あまり困らないのじゃないか?」
「そうだねえ、町でも使ってないしねえ…」
「便利は便利なんだが、まあ、せめて、選別をしたサイセキだけが人の手に渡るような仕組みを作るまでは、そんな暫定措置も有効かもしれない。というところだ」
「うん、分かった。サイゴクとサイジャクは、問題ないんだね?」
「そう思う。それと、これは内々に止めておいてほしいんだが、中層部の今後の利用計画について、少し話を聞いてもらえないか」
「利用計画に?口出ししようってのかい」
「まあ、そんなところだが、耳を貸してはもらえないか…」
マニカは、眉間に皺を寄せたが、ふむ、と音を出して少し考えると、いいだろう、と言った。
「まあ、聞くだけ聞いてやる。言ってみな」
「ありがとう。中層部については、飲料水など、生活用水として利用する水を貯める計画なのだよな」
「ああ、そうだが」
「その場所に、水耕区画を設けないか」
「すいこう?って、なんだい?」
「水を耕すと書く。養分を水に溶け込ませて、土の養分の代わりとする栽培方法で、水に根を泳がせたり、土の代わりに、砂や礫を敷く場合もあるが、とにかく、土を使わない栽培方法だ」
「土を使わない…」
ガーディは頷いた。
「ここは、上から流れる水の方は、安全なんだろう?水源がひとつしかないことには、もちろん不安はあるが、試してみるには、よい環境だと思う。これを基に、リクト国内の農業を見直し、生産量が増えて、国が豊かになる見込みがあるなら、国から補助金を出してくれるよう、願い出ることもできるし、国としても、対応する利得を求められる」
「ふむ…。それは、大きな話だね…」
「ああ、だが、この町では、作物を育てることもできないんだ。それができるとなれば、作物の種類によっては、外部からの食料が少なくなったりしたとき、いくらか凌ぎやすくなるだろう」
「うう、む…。この町だけの話でも、大きな決断…いや、しかし、確かに、食料のすべてを外に頼っている不安は大きい。水が足りなくなる不安もあるし、さて、うーん」
「ほかに水源が望めるかどうかなど、考えることは色々とある。とにかく、考えてはみないか。もちろん、アルシュファイドとして、援助は惜しまない」
マニカは、顔を上げて、ガーディを見た。
「アルシュファイドとして?」
ガーディは頷く。
「アルシュファイドとしても、この取り組みには大いに期待したいところだ。リクト国は、もしかして、ある程度結果が出るか、見込めないと動けないかもしれないが、アルシュファイドなら、計画の段階で、うまくいかなくても損害が少ない手法を、複数用意して選ぶことができる。そこは、すでに各国と交易を始めているアルシュファイドの強みだ。だから、複数の思惑があって、手を貸したいのだと、承知したうえで、考えてくれ」
「各国と、交易…。ザクォーネともかい」
ガーディは、マニカの目を、じっと見つめて頷いた。
「そうだ」
「ふむ…」
つい先日、マニカのところに、この町で劣悪な環境で奴隷として働かされていた者たちが、逃げ込んできた。
ザクォーネ王国の民だ。
マニカには、敵対する隣国とかいう、感覚はない。
ただ、奴隷たちの扱いに眉をひそめ、これが戦なのだと、知った気になっていた。
けれど、国に帰りたいと、訴える者たちの目を見て。
同じ、人、だったのだと。
気付いた。
だが、自分のことは置くとして、この町の住人の多くは、どうだろうか。
彼らを奴隷として、扱っていた過去のある者もいるのだから、ほとんどが町から出ないとは言え、戦で傷付き、ここに戻るしかなく、癒えぬまま過ごす者だって、少なくても、いる。
多く戦を仕掛けたのはリクト王国だが、反撃されて、恨みを抱く心の動きがあることは、知っている。
「ふむ。戦に関わる者が少ないとは言え、それは、問題になりそうだが」
「話してみて、もらえるか」
「うむ…」
ムトが言った。
「ただ話すだけではなく、水耕栽培なんて、聞いたこともないんだ。まずは、どんなものか、見てもらった方がいい」
「どうやってだい」
「カダナ殿は、採掘権利者として、土地の利用権も取得できるのではないか。それか、ガーディでもいい。ひとまず、建物の中に水を引くか、そこで作るかして、説明するための水耕栽培を始めるんだ。カダナ殿がしてくれるなら、家庭菜園程度の、自分が食べる分を育てる、という程度の規模でいい」
「私が、植物を育てるのか」
「まあ、こちらにはあまり来られないだろうから、誰かに任せるとして、ザクォーネ国との関係も、国王陛下のご意思を伝える者としての活動と考えてみてくれ」
「国王陛下の…ご意思」
「うん。これから、ザクォーネ王国だけでなく、ほかの国との交流も見直すんだろう。王都だけでなく、ほかの地域でも、働き掛ける努力は必要だ。特に、水の流れを操る大掛かりな仕掛けについては、ザクォーネ国の力を借りる日が来るかもしれない。そのとき、すんなり受け入れられるよう、下地を作るんだ」
「ザクォーネ国の、力を借りる…」
「マニカ、どうだろうか。ガーディが、異国の者として動く分には、異国の者だからと、諦めを誘うこともできるので、それはそれで話の流れを作ることもできると思う。どちらかか、両方か、ガーディ、できそうだろうか」
「ああ、そうですね。土地の利用権程度なら、自分のあとのことは考えやすい。自分の土地となれば、使い勝手がいいし。マニカ、私が土地の利用権利を買うことを、認めてもらえるだろうか」
「ああ、そりゃあ、異国の者だって、外から来る者なら、あまり違いはないからね。土地の利用権利程度は、うるさく言うつもりはないよ」
「では、適当なところを探して、買うとしよう。カダナ殿は、私の始めることを見てから、検討するといいでしょう。あまり一度に、あれこれと抱えるのは、よくない」
「う、うむ。ああ、しかし、私も、こちらに滞在することが多くなりそうだから、活動拠点が必要だ」
これにマニカが答えた。
「それなら、始めのうちは、この上層部にある中期、長期滞在者向けの宿を借りるといいよ。中には、建物丸ごと貸すところもある。どっちみち、移住しようとするなら、建物の内装を整える必要があるから、その間に生活を整えるために、半年の中期滞在者用の宿を借りる者が多い」
ガーディが頷いた。
「それは助かる。こちらで仕事を任せる者も必要だし、人員を調えて、まずはそちらを借りる。長期は、一年以上か」
「そうだよ。中期はだいたい、3ヵ月から一年未満、長期はそれ以上さ」
「ありがとう。さて、ほかには…」
「今は、こんなところかね」
「うむ」
頷き合って、一同は立ち上がる。
互いに握手を交わし、これから、よろしく頼むと挨拶を交わす。
食堂を貸してくれた者に礼を言う、とのマニカを置いて、ムトたちは食堂を出た。
一様に息をつき、顔を見合せて笑う。
「さて、大変なことが始まるな!」
カダナが言って、暗い天井を見上げる。
この、青い空の見えぬ天井。
これから、関わっていく町。
ガーディも、天井を見て、辺りを見回す。
王都での活動も続けるが、ここも活動拠点のひとつとなるだろう。
「ガーディ、大丈夫か」
ムトの声に、そちらを見て、微笑んだ。
「大丈夫。私1人では、ありません。アルシュファイドの手も借りるし、もちろん、このリクト国の者の手も借りる。そうそう、ベックの町の子らについて、ミナ様やそのほかの方々には、ご報告があるのでした。また、夕食の…あとでいいですかね」
「ああ、頼む」
「では、私は、宿を借りに行くので、ここで。カダナ殿は?」
「ああ、うむ。私も、そちらの話を聞いてみよう。慌てて活動する場所を決めると、困りそうだし、よく考えなければ」
「では、ムト殿、ここで」
「ああ、またあとで」
そう話して別れ、ムトは同伴していたステュウと宿に戻る。
「さて、あとは夕食まで、俺も休むかな…、蒸気浴に行くとか」
ムトの言葉に、ステュウは、俺は閉鎖空間は苦手だ、と返した。
「ははっ。じゃあ、別行動だな。いや、警備隊の前で単独行動はいかんな」
「ヘルクスと行けばいいんじゃないか。今、どこかな。ん、下の方か」
どうやら、まだ、商店街の階層にいるらしい。
「一部はミナたちから離れているが、騎士団は全員、商店街だな。付従者たちもその辺りだ」
「そうか。俺も商店街見物に行くかな」
「だな。蒸気浴には、湯を浴びる時間に行けばいい」
「ああ」
そう話し、手っ取り早い、西側の空中から、下に降りることにする。
西の大通りを進み、空中に飛び出して見上げた空は、まだ青い。
「ああ、遠くに来たな…」
下から呼んだ土に乗りながら、顔を上に向けて、呟く。
「うん?ああ、いろんな国を見たな…」
そう言うステュウは、風に乗る。
思うところには、重なるものもあり、違うものもあり。
だが、黒檀塔の、仲間たちとは違う。
騎士団の、仲間。
かけがえのない、この仲間たちと、これから、どこまで、行けるだろう。
狭い空が、遠くなる。
遠くに、遠くに…。
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