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俺へ劣情を向ける者の気配を感じたため、俺は急いで電車を降りる。
前の時みたいに痴漢にあいたくない。
それに、オメガであることを隠している俺は首輪をつけられないでいるため、もし噛まれでもしたら最悪だ。
(いつヒートが起きても対応出来るように、カバンに抑制剤入れておいてよかった!)
降りたことがほとんどない駅のホームを足早で歩き、薬を飲むための水を買うために自動販売機を探す。
(薬飲んだら会社に欠勤の電話かけなきゃだけど……また五日も休むとか無理だろ。だけど出社するわけにもいかないし……。本当のこと言っても嘘ついても、もうクビ決定だ……)
すぐに見つかった自動販売機の前に立ち、この世から消え去りたい気分で、スーツのポケットから財布を取り出す。
その時、俺の隣に体格のよい男が並び、小声で俺に話しかけてきた。
「あなた、満員電車ん中でフェロモンテロかますとか、性癖ヤバイですね」
はっと隣を見れば、髭面の男がニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。
「――ち、違います! 今こんな状態になってるのは、事故みたいなもので……」
「本当?」
「本当ですよ!」
「三ヶ月くらい前にも、この時間の電車でフェロモンテロがあったけど、それもあなただよね? 俺、あなたのこと覚えてますよ。しっかり再犯しといて事故だなんて言い訳、通ると思う?」
俺は呼吸を止め、男の顔をまじまじと見る。
(こいつもしかして、あの時の痴漢だったりするのか?!)
痴漢の顔はちらりと見ただけだし、初痴漢に動揺していたし、三ヶ月も前のことだし……正直なところ記憶は曖昧だ。
しかし、『こいつは前回の痴漢で間違いない』と直感した。
「オメガって、発情期前後は安全のために首輪するもんだろ。なのにまたしてないとか、そういう性癖にしか思えないんですが?」
「……違います。そんなんじゃ、ない、です……」
願わない再会に動揺する俺の肩へ、痴漢は捕獲するがごとく腕をまわしてきた。
太い腕は獲物を逃すまいと力強く、俺の身体は恐怖でいっそうこわばった。
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