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きちんと正視した彼は、中々お目にかかれないレベルの美形だった。
髪は外ハネ短めボブで、明るいミルクティーベージュに、濃いめピンクなインナーカラー。
すっと通った鼻筋の上には、黄色のレンズが入った丸メガネが乗っている。
カラーレンズの奥にある切れ長で二重な瞳の色は、強いインパクトを与える赤(カラーコンタクトだろう)。
血色のよい口は大きく、営業スマイルの形をとっていた。
「ボクはリューイっていうんだけど、お兄さんは何ていうお名前?」
媚びるように小首をかしげてみせた彼は、細く白い手で俺の左手首を優しく掴んできた。
「……個人情報なので教えません」
芸能人クラスの美形――つまりたぶん優秀なアルファだろう彼が、俺みたいな見るからに平凡なベータをナンパだなんて、違和感しかない。犯罪の臭いがただよっている気がする。
彼の容姿はかなり好みだったが、見え透いた危険に突っ込んで行くほど俺はおろかではない。
(ポテトがまだ半分残ってるけど、カモにされちゃたまらん!)
すぐさま逃走すると決め、油で汚れた指先を紙ナプキンでぬぐい、スマホを胸ポケットに入れ、トレーを持って立ち上がった。
「えー、ケチだなぁ。――じゃぁ当ててあげますね。お兄さんの名前はぁー、灰尾澪二!」
俺は動きを止め、驚きと恐怖で目を見開く。
(何だコイツ?! どうして俺の名前を知っている?!)
固まった俺に対し、彼は「どう? 当たってる?」などと、無邪気な笑顔をうかべて訊いてきた。
大当たり故に嫌な予感がいっそう強まり、俺は警戒を強める。
「ハズレです。違います」
「ダメですよー。嘘つきは泥棒のはじまり、ということわざ知らないんですか? 灰尾澪二さんってば!」
彼も椅子から立ち上がり、すっと俺の顔の前に手をかざしたかと思うと、俺の額にデコピンをしてきた。
「いでっ!」
痛みはたいしたものではなかったのだが、何故か軽い目眩と強い悪寒を覚え、俺は半歩後退した。
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