ヒートと分からず満員電車

2/4
前へ
/36ページ
次へ
 きちんと正視した彼は、中々お目にかかれないレベルの美形だった。  髪は外ハネ短めボブで、明るいミルクティーベージュに、濃いめピンクなインナーカラー。  すっと通った鼻筋の上には、黄色のレンズが入った丸メガネが乗っている。  カラーレンズの奥にある切れ長で二重な瞳の色は、強いインパクトを与える赤(カラーコンタクトだろう)。  血色のよい口は大きく、営業スマイルの形をとっていた。   「ボクはリューイっていうんだけど、お兄さんは何ていうお名前?」    媚びるように小首をかしげてみせた彼は、細く白い手で俺の左手首を優しく掴んできた。   「……個人情報なので教えません」    芸能人クラスの美形――つまりたぶん優秀なアルファだろう彼が、俺みたいな見るからに平凡なベータをナンパだなんて、違和感しかない。犯罪の臭いがただよっている気がする。  彼の容姿はかなり好みだったが、見え透いた危険に突っ込んで行くほど俺はおろかではない。   (ポテトがまだ半分残ってるけど、カモにされちゃたまらん!)  すぐさま逃走すると決め、油で汚れた指先を紙ナプキンでぬぐい、スマホを胸ポケットに入れ、トレーを持って立ち上がった。   「えー、ケチだなぁ。――じゃぁ当ててあげますね。お兄さんの名前はぁー、灰尾澪二(はいおれいじ)!」    俺は動きを止め、驚きと恐怖で目を見開く。   (何だコイツ?! どうして俺の名前を知っている?!)  固まった俺に対し、彼は「どう? 当たってる?」などと、無邪気な笑顔をうかべて訊いてきた。  大当たり故に嫌な予感がいっそう強まり、俺は警戒を強める。   「ハズレです。違います」 「ダメですよー。嘘つきは泥棒のはじまり、ということわざ知らないんですか? 灰尾澪二さんってば!」  彼も椅子から立ち上がり、すっと俺の顔の前に手をかざしたかと思うと、俺の額にデコピンをしてきた。 「いでっ!」    痛みはたいしたものではなかったのだが、何故か軽い目眩(めまい)と強い悪寒を覚え、俺は半歩後退した。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

954人が本棚に入れています
本棚に追加